第24話 Cultural festival act11 ~祭りの終わり……そして~
「加藤達の事を見ていて驚いたんだけど、神山さんって何か格闘技やってるのか?」
加藤達のお説教を終えた俺は、沈んだ空気を元に戻そうと、あの時見た神山の見た事がない型から繰り出す攻撃について訊いた。
「それな! あの時は超緊急事態だったから訊けなかったんだけど、確か古武術? とか言ってたよね?」
加藤も俺と同意見だったようで、その隣にいた希もこくこくと首を縦に振り、興味津々といった様子だった。
「あれは神山家に代々伝わる古武術でね。お爺ちゃんに小さい頃から稽古つけて貰ってたんだ」
「何かカッコいいですぅ!」
希が羨望の眼差しで神山を見つめている。
「古武術か……どうりで見た事もない構えだと思った」
「えへへ! でもお父さんが継がずにコックになっちゃったので、お爺ちゃんの代で途絶えちゃうんですよね」
神山は少し寂しそうな表情で応えた。
「えぇ!? もったいないじゃん! あんなにカッコいいのに、結衣が継いだりしないの!?」
「そうしたい気持ちはあったんだけどね……この古武術は代々男が継承する習わしなんだよ。だから仮にお父さんが継いだとしても、お父さんの代で看板を降ろす事になるから、少し途絶えるのが早まっただけなんだ」
神山は小さく首を左右に揺りながら、加藤の継承話を否定した。
「美容と健康の為に続けてきた古武術が、まさか大切な仲間を助ける為に役立っただけでも、続けてきて良かったって思う」
神山はそう言って誇らしい顔を見せると、希が神山の夏物のジャケットの袖をキュッと握り、軽く引っ張る。
「結衣さん。今度私にも古武術の稽古つけてもらえませんか?」
「あっ、希ズルい! 私も教えてよ! 結衣」
「あははっ! いいよ。じゃあ今度お爺ちゃんの道場に招待するね」
勇敢な3人の女子がそんな話で盛り上がっていると、皆無事で良かったと思わず笑みが零れた。
「以前瑞樹さんが言ってましたけど、間宮さんは優しさの塊だって言ってたんですけど、分かった気がします」
そんなんじゃない。
俺はただ――。
そんな時、スマホが震えてポケットから取り出して画面を見ると、思わず「あっ」と声が漏れた。
大体用件は察しがついていたが、とりあえずスマホを耳に当てる。
『おっそい! 何時まで待たせんねん!』
「わるい! これから向かうとこや」
予想通り茜からの催促電話で、苦笑いを受けべて電話を切った俺は、談笑している加藤に声をかけて楽屋に向かい始めた。
◇◆
俺達は瑞樹がデリバリー配達をして、茜と会っていた場所に到着した。
ドアの前に立つと、加藤と希はキョロキョロと挙動不審になり、神山に至っては荒くなった呼吸が聞こえてきそうな程、興奮しているようだった。
俺がノックすると、ドアが開き茜が顔を見せた。
「おっそいわ! 婆ちゃんになってまうやろ!」
開口一番にこれである。
そりゃもう三十路だっていうのに、仕事一筋に生きてるわけですよね。
心の中でそう思っていると、茜の目が更にジトっとしたものに変わった。
「今、ごっつい失礼な事考えてたやろ!」
「いや、別に……」
久しぶりに会った妹は、東京でエスパーの力を手に入れたようだ。
『茜さん。来たのなら入ってもらって』
茜の後方の部屋の中から、声がそう聞こえた。
「あ、うん。そうね」
おい、お前のその敏感スイッチってどこに付いてんだよ。
俺が変わり身の早さに溜息をついていると、ドアが完全に開かれ中に招き入れられた。
「いらっしゃい。初めまして、神楽優希です」
楽屋の中に入ると、中央に設置されていた椅子から立ち上がり、神楽優希が俺達をそう迎え入れてくれた。
「きゃあ! ほ、本物の神楽優希だよぉ!!」
神山が感激のあまり若干キャラが壊れ始めたように、大はしゃぎしている。
加藤や希も目をキラキラとさせながら、超有名人が同じ部屋にいる事に感動しているようだった。
だが……俺だけはそういった感じにならずに、ただ口をポカンと開けて呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
そして何とか振り絞った言葉が……。
「――ゆ、優香!?」
俺が震える声でそう口にすると、神楽は少し目を見開いたが、直ぐに元の表情に戻してから苦笑いを浮かべた。
「は、はじめまして! わ、私! 神楽優希さんの大ファンで、こうしてお会いできて光栄です!」
あまりに興奮し過ぎて、自分の名前を名乗るのが飛んでしまった挨拶をする神山に、我に返った俺はプッと吹き出した。
引き続き加藤達も挨拶を済ませると、準備されたパイプ椅子に座るように促された。
全員が座るのを確認すると、神楽優希は5人の前に立ちニッと笑みを見せる。
「さっき友達を助ける為に、皆が体を張ったって話をマネージャーから聞いてね! 熱い友情って感じで興奮してたんだ!」
神楽は身振り手振りで、この興奮を伝えようと目を輝かせながら俺達にそう話すと、俺がさっき説教したのが原因なのだろう。加藤達は気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
「ん?どうしたの?」
神楽は首を傾げてそう尋ねると、加藤達はお互いの顔を見合わせてから。
「いや、その事でそこの間宮さんって人に叱られたばかりなので、素直に喜べないって言うか……」
加藤が頬をポリポリと掻きながら苦笑いでそう説明した。
「え? 叱られた? どうして?」
「無茶をして取り返しのつかない事態になってしまった時、助けようとした友達の気持ちを考えたのかって叱られちゃって……」
今度は神山がそう説明した。
さっきまでの興奮していた様子はなく、しっかり話せたのはちゃんと反省してくれているのだろう。
「フフッ、兄の言いそうな事ね」
入口付近の壁に凭れて腕を組んでいた茜が、そう言って神楽達の会話に割り込んでくる。
「偉そうにうるせえよ」
俺がそう言い返すと、さっきの『兄』という単語と合わせて違和感を覚えたのか、4人が一斉に後方にいる茜の方を振り返った。
「さっき兄って言いましたよね? それって神楽優希さんのマネージャ―さんが……」
神山はそう言いながら、口をワナワナと震わせているのが見えて、俺は小さく溜息をついた。
「えぇ、そうよ。はじめまして! 良介の妹で、間宮 茜です。よろしくね」
それを聞いた俺以外の4人は、余程の衝撃の事実だったのか、この大会議室一杯に驚きの声が響き渡った。
そのリアクションが面白かったのか、茜は楽しそうにクスクスと笑っている。
「間宮さんの妹が、あの神楽優希のマネージャー!? う、嘘でしょ!?」
神山は驚くのを通り越して、唖然と立ち尽くす。
そこまで驚く事かと思っていると、希はうんうんと納得した顔を見せた。
「そっかぁ。だから間宮さんに連絡がきたんですね」
俺と茜が兄妹と知った4人は、その話題で盛り上がっていると、神楽が一番端にいた佐竹の前に立った。
「もうちょい先なんだけど、12月にXmasLIVEをやるんだけど、友達を助ける為にライブに参加出来なかったって聞いたからさ。よかったらこれどうぞっ」
そう言って佐竹に差し出された物は、XmasLIVEのチケットだった。
「え? えぇ!? Xmasliveのチケット頂けるんですか!?」
神山が震える声でそう言いながら、佐竹が受け取ったチケットを血走った目で見ている。
「こ、このチケットって私が必死にPCとスマホ2機がけで手に入れようとして、惨敗した激プレミアチケットじゃんか! ちょ、ちょっと佐竹君! このチケット私に頂戴! お願いだから!」
そう言って強引に奪い取る勢いで佐竹に詰め寄る神山を見て、神楽は腹を抱えて笑った。
「あははっ! 大丈夫! ここに来た人数分のチケットは用意してるから、安心していいよ」
神山は神楽をまるで女神にでも見えているのだろうか、両手をギュッと合わせて拝む様に見つめている。
つきさっきのカッコいい神山の姿は、もうこの場にはなかった。
「ホントですか!? 私も頂けるんですか!?」
「勿論! ホントはね、クラスの皆も招待したかったんだけど、招待用のチケットそんなに用意出来なくてさ」
神楽から差し出されたチケットを神山は震える手で受け取ると、歓喜が極まった様に顔面の筋肉が垂れ落ちた。
「ありがとうございます! 何があっても必ずライブ行きます!!」
「凄く応援してくれてるんだね。でもそれだけ楽しみにしてたライブを友達を助ける為にスッパリと切り捨てて駆け付けた君は、凄く優しい女の子なんだね。茜さんのお兄さんが言う事ももっともだとは思うけど、私はやっぱり感動しちゃったよ!」
神楽はサムズアップして白い歯を見せ、神山達の勇気を称えた。
――違う、全然違う。あいつなら絶対にそうは言わないはずだ。
あいつなわけがない。
――だってあいつは……。
「お兄さんも良かったらどうぞ」
神楽と神山のやり取りを見て、完全に意識を中に向けていると、不意にそう声を掛けられて意識を目の前に向けると、そこにはチケットを差し出している神楽がいた。
「あ、ありがとうございます。えっと……挨拶が遅れました。茜の兄の良介です。妹がお世話になっています」
「いえ、お世話になっているのは私の方ですよ」
絶対に違う。
違うって分かってるのに、どうしてもあいつに見えてしまうのは……何なんだよ。
俺は決定的な事を何度も口にしようとしたのだが、どうしても喉で引っかかり言葉に出来なかった。
「あ、それと、志乃さんでしたっけ? 彼女の分もお兄さんから渡して貰えますか?」
「え、えぇ、分かりました」
チケットを俺に手渡すと、茜がドアの前に向かった。
「それじゃ皆! Xmasliveで会おうね! 頑張れ! 若者達よ!」
神楽が加藤達に向けてそう話すと、茜がニヤリとこっちも見た。
「言うとくけど、その若者達の中に良兄は含まれてへんからね!」
「わ、分かっとるわ! あほっ!」
茜とのやり取りで、楽屋に笑い声が響く。
その賑やかな声に紛れて、俺の後ろにいた神楽が俺だけに聞こえるように呟いた。
「私を見て優香って呼ぶ人って、心当たりは1人しかいないかな」
「……え?」
背中から発せられた言葉が俺にはハッキリと聞こえた。
そして神楽は俺の背中をポンと叩きながら、更に驚く言葉を投げかける。
「まさかこんな所で会えるとは思わなかったよ――またね、良ちゃん」
――『良ちゃん』俺の事をそう呼ぶ人間は、東京では1人しかいない。
全く予期せぬ出来事に思考が完全に停止してしまい、俺の事をそう呼ぶ神楽を呼び止める前に、彼女と茜は楽屋を出て行ってしまっていた。
追いかければ、まだ間に合う。
そう思ったけれど、今度は意識がハッキリしているのに、何故か足が床に張り付いているかのように、全く動いてくれなかった。
どういう事だ?
なんなんだ、あの神楽って女は……。
「お~い! 間宮さんってば! お~い!」
頭の中で押し問答を繰り返していると、遠くから呼ばれている気がして意識を表に向けると、首を傾げた加藤が目の前にいた。
「あ、あぁ……ごめん。聞いてなかった」
「そろそろ私達も帰ろうかって言ったんだけど?」
もう俺と加藤以外は楽屋を出たようで、あれだけ賑やかだった部屋がシンと静まり返っていた。
本人がいない以上、これ以上考えても答えなんて出るわけがないと、俺も諦めるように楽屋を出た。
E駅前まで来ると、時間的に飯時になっていて、俺が御馳走してやるからと、皆でファミレスで夕食を摂った後、お互い最寄り駅がバラバラだった為、ここで解散する流れになり長い、長い1日がようやく終わりを告げた。
瑞樹のガードを加藤達に頼まれてから本当に色々な事があったが、皆大した怪我もなく本当に良かったと、はしゃいで電車に乗り込む加藤達を見て安堵した。
皆電車に乗って、それぞれの駅で降りていく。
加藤の家で神山と瑞樹が今晩お泊り会をするようで、加藤の最寄り駅で神山も一緒に降りていく。
そして暫く進みA駅の一つ手前の駅で佐竹も降りて行った。
希とは最寄り駅が一緒だから、最後まで同じ電車に乗り、同じ駅で下車した。
A駅に到着して電車を降りた時、空気に湿り気があると感じた瞬間、ゴロゴロと雷が鳴りだしたかと思うと、すぐに物凄い雨がホームの銀傘を叩きつける音が聞こえてきた。
「うひゃっ! 何この雨! ゲリラ豪雨ってやつ!?」
希が大きく口を開けて、驚いている。このままでは帰れそうになかったから、駅の構内にあるコンビニでビニール傘を2本購入して、1本を希に手渡した。
だがいくら傘があるからとはいえ、あまりの豪雨に2人は足踏みしてしまい、もう少し待てば小降りになるだろうと改札口付近の壁に凭れて、雨宿りする事にした。
暫くお互い何も話さなかったが、さっきまで「うへぇ」と困った顔をしていた希が、急に真顔になり話しかけてきた。
「間宮さん。今日はお姉ちゃんを守ってくれてありがとうございました。えっと、平田はもうお姉ちゃんに近付いてこないんですよね?」
希はまだ不安が残っているというような、表情でそう訊いてくる。
「安心してくれていい。絶対にあいつはもう瑞樹の前に現れたりしない! 俺が保証するよ」
松崎に預けた後、どうなったのかはまだ訊いていない。
だが松崎の言葉を信じて、俺は希にそう言い切ると、希は心の底から安心したような顔を見せる。
あれだけの事があったんだ。
そう安心しきれるものではなかったんだろうと思う。
「本当に仲の良い姉妹だよな。姉想いの妹想い……ウチとは大違いだよ」
「そうかなぁ。間宮さんと茜さんも仲良さそうに見えたけどなぁ」
「ウチは小さい頃から、ああやって憎まれ口ばっかり叩き合ってただけだよ」
「私達もそんな感じだよ。でも……いつもお世話になってるから、助けられる事があったら、頑張りたいって思ってるんだよね……えへへ」
「その気持ちはいい事だと思うけど、でももうあんな無茶は駄目だぞ」
「はぁい! 以後気を付けまぁす!」
希は俺の注意を敬礼のポーズで了承してみせたが、俺には若干の不安が残った。
不安気に希を見ていると、「そういえばさ」と豪雨を降らせている黒く分厚い雲を見上げながら、希が話し出した。
「実は私って昔からお兄ちゃんが欲しかったんだよね。優しくて頼り甲斐のあるお兄ちゃん! だから間宮さんなら、私大歓迎だからね!」
「は、はぁ!? 突然何言ってんだよ!」
突然、とんでもない事を言いだした希は、ニシシと白い歯を見せた。
焦る俺を他所に、小降りになってきた空を見上げながら、手に持ったビニール傘を広げて駅前の広場に飛び出した。
「ホントだよ! んじゃ小降りになったから、帰るね! 今日はホントにありがとう。間宮さん!」
「あ、あぁ……気を付けてな」
呆気にとられながらも、何とか挨拶を交わして帰っていく希に小さく手を振って見送った。
本当の加藤が2人いるみたいで、賑やかで退屈しなけれど……ちょっと疲れるな。
そんな事を考え、クスっと笑みを浮かべながら、俺も帰宅しようと駐輪場で自転車を引っ張り出して、ビニール傘をを片手に自転車を押しながら家路についた。
帰宅途中、今日一日あった事を思い出しながら歩く。
ヤバい場面もあったが、瑞樹に降りかかったトラブルを解決する事が出来て「ふぅ」と肩で息を吐いた。
これで受験勉強に集中出来ればいいなと、彼女の明るい未来を願う。
ただ、最後の最後で想像すらした事がない事が起こった。
結局あの神楽って子はなんだったんだ?
テレビでは何度も見た事がある。
カリスマロックシンガー 神楽優希。
そんな有名人が、何で俺の名前を知ってたんだ?
いや、茜がマネージャーだから、名前を知っていたかもしれないが、俺の事を『良ちゃん』と呼ぶのは、あまりにも不自然だ。
――可能なら、もう1度彼女に会ってみたい。
どうしても確かめないといけない気がする。
そんな事をぼんやりと考えていると、自宅のマンションが見えてきた。
東京で唯一落ち着ける自宅が見えた途端、さっきまで感じなかった疲労が急に体を巡り、自転車がやけに重く感じ始めた。
もう少しだと重くなった自転車を停めている駐輪所を目指していると、途中にあるエントランスに誰か立っているのが見えた。
だが、ここは集合住宅のマンションだ。
そんな所に人が立っていても何も珍しい事ではないと、俺は傘から顔を出さずにそのままエントランスを通過して、駐輪場に自転車を停めて傘を畳んだ。
傘をさしていたとはいえ、靴とズボンの裾は雨で滲んでいて、何とも言えない不快感を感じながら、俺はエントランスに戻りロビーへ入ろうとした時、視界の端から視線を感じた。
そういえばここに人が立っていた事を思い出して、俺は視線を感じた方に顔を向けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。
「――み、瑞樹!?」
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