第23話 Cultural festival act10 お説教
路地裏から表通りに出て、瑞樹が通っている英城学園前まで戻ってくると、正門からゾロゾロと沢山の人達が出てくる。
きっと最大の目玉イベントである、優希神楽のライブが終わったからだろう。
すれ違う客達の顔からは満足感が滲み出ていて、ライブの感想を話し合いながら楽しそうに駅へ向かっている。
高校生活最後の文化祭。
瑞樹にも純粋にお祭りを楽しんで欲しかった。
結果だけみれば、平田達がこの文化祭の日にあのふざけた事を企ててなかったら、俺達は瑞樹を守る事は不可能に近かったと思う。
それでも俺は普通の女子高生として、このお祭りを通して良い思い出を作って欲しかったと、落胆の息を零さずにはいられなかった。
「おっ! やっと戻ってきたな」
視線を少し落としながら正門まで戻ってくると、そう声を掛けられ視線を正面に上げると、そこには校門の壁に凭れて腕を組んでいる茜がいた。
「終わったん?」
「あぁ、全部片付いたわ」
「まさかとは思うんやけど……殺したりしてへんよね?」
「……」
「えっ!? ちょっ!? う、嘘やろ!?」
「正直ヤバかったわ……でも止めてくれた奴がおったからな」
「ビビらせんといて! 不良兄!」
茜は心底安心した様子だった。
それだけ本当に殺してしまわないか、疑っていたのだろう。
まぁ、実際そのつもりだったから、疑われていた事に文句を言える立場ではないのだが……。
「それで? 俺に何か用やったんか?」
「あぁ! そうそう! さっき優希に志乃ちゃん達の事話したらな。楽屋に連れて来て欲しいって頼まれたんや」
「は? 神楽優希が俺達をか!?」
困惑する俺を鼻先をポリポリと掻きながら、黙って頷く。
「とりあえずあいつらと合流して、この事を伝えんとな」
「そうやね。まぁ断る事はないと思うから、あの子達を連れて来たって」
茜はそう告げて先に楽屋に行っているからと、再び正門を潜り校舎に姿を消した。
俺も茜に続くように正門を潜ってからスマホを取り出して瑞樹に電話をかけようとした時、先に加藤の名前が表示され着信音が鳴った。
「もしもし」
「あっ! 間宮さん!? だ、大丈夫だった!?」
大丈夫かと訊かれて、俺が何をしていたのか知っている事に気付いた。
恐らく茜が話してしまったのだろう。
という事は瑞樹にも知られたという事で、自分で解決しようとしていた瑞樹の気持ちを酌めなかったという事になる。
「平田の件は解決したから、もう大丈夫だ」
「そ、そっか! ホントありがとう!」
「気にしなくていいよ。それより今どこにいるんだ?」
俺は加藤達の居場所を訊いてから自分のいる場所を告げると、加藤達がこっちに来る事になり、暫くこの場で待つ事にした。
相変わらずライブの興奮が冷め止まぬようで、学校を出ようとする人、自分のクラスに戻る生徒達、皆の目がキラキラと輝いていた。
――なぁ、知ってるか? お前らが騒いでいる時に、必死にガラの悪い奴らに体一つで立ち向かった女の子がいた事を。
――なぁ、知ってるか? そんな友達を助けようと、危険な事を十分承知の上で、飛び込んだ女の子達がいた事を。
別にここのいる人間が悪いわけじゃない。
でも、どこかで割り切れない自分がいるんだ。
「あ、いた! 間宮さ~ん!」
加藤の元気な声で黒々とした意識の中から我に返り、軽く息を弾ませた加藤達と合流した。
「あれ? 瑞樹は?」
「あぁ! 志乃はカフェの片付けして、そのまま打ち上げに行くって言ってた。ギリギリまで間宮さん達を待ってたんだけどね」
「そっか」
「あれ? そういえば松崎さんはどうしたの?」
「……あいつはこの後用事があるからって、先に帰ったよ。皆によろしくって言ってた」
本当はあいつが何をやっているのか、そして平田との関係を話す気になれず、俺は当たり障りのない嘘で誤魔化した。
それを松崎が望んでいる気がしたからだ。
「そっかぁ。松崎さんにもお礼言いたかったんだけどなぁ」
「それより加藤達はこの後、何か予定あるのか?」
「この後? 志乃と結衣の3人でウチでお泊り会する予定だけど、集合時間まではまだ結構時間あるけど?」
加藤がそう答えると、お泊り会に参加する神山もうんうんと頷いていた。
「希ちゃんと佐竹君は?」
「私も特に何もないですよ」
「僕も帰るだけで、特に予定はありません」
瑞樹を呼べなかったのは仕方がないなと、俺は加藤達だけに茜が言っていた事を話して聞かせた。
「えぇ!? 神楽優希が私達を呼んでる!?」
加藤と希が驚いた声を上げると、神楽優希の大ファンの神山は信じられないと言わんばかりに、顔を硬直させて鯉のように口をパクパクさせているのを見て、思わず吹き出してしまった。
「え? どうして間宮さんがそんな事知ってるの?」
「さっき正門の前で神楽優希のマネージャーと会って、加藤達に伝えてくれって頼まれたんだ」
加藤達は首を傾げて腑に落ちない顔をしていたが、神山だけは目をランランと輝かせて、首を傾げる加藤達を無視して服の袖をギュッと握り、楽屋に早く行こうとそわそわと落ち着きがなくなっていた。
どうやらその行動は無意識のようで、それだけ一刻も早く神楽優希に会いたいという気持ちの表れなのだと、加藤は相変わらず腑に落ちない顔つきだったが、急かす神山に負けて打ち切る事にしたようだ。
だが、その出来上がった流れを俺はぶった切る。
「その前に加藤達に言いたい事があるんだけど」
「え? なに?」
俺がそう呼び止めると、加藤は首を傾げる。
本当に俺が言いたい事に、心当たりがないようだった。
「加藤と希! それに後から神山さんもだよな」
ここまで言っても、3人はキョトンとしている。
「何で俺や松崎を待たずに、加藤達だけで飛び込んだ?」
ハッキリとそう言い切ると、キョトンとしていた3人は慌てるどころか、俺をキッと睨むように視線を向けてきた。
「何でって、あんな状況で何もしないで見てろって言うの!?」
「そうですよ! お姉ちゃん襲われそうだったんですよ!?」
「……」
神山は何も言わずに加藤達を見ていたが、加藤と希は俺が言った事を理解出来ていないのか、猛抗議をしてくる。
「だからって、あの状況でお前達が突っ込んだって、あいつらの餌が増えただけだっただろう」
「餌って! じゃあどうすれば良かった!?」
「俺達を待つ事が最善だっただろ? その為にお前達は俺に頭を下げに来たんじゃなかったのか!?」
そう言っても加藤達は納得した表情を見せない。
「それは間宮さん達がこの場に来てくれなかったからじゃないですか! 僕、間宮さんにはこの場所を直ぐに教えましたよね!?」
すると、黙って俺達の話を聞いていた佐竹が割り込み、加藤達の行動は俺が原因だと抗議の声を上げた。
俺はあの時の状況を説明しようと口を開いた時、もう1人黙って話を聞いていただけの神山がボソッと呟いた。
「……いたよ」
「え?」
この場にいなかったと抗議した佐竹が首を傾げる。
「あの時、間宮さんと松崎さん……私達が来た反対側にいましたよね」
神山はそう言って、自分の目元をトントンと人差し指で叩く。
うん。やっぱり神山さんは気付いてたか。
あの時、飛び蹴りを平田に喰らわせた時、彼女と目が合った気がしたけど、気のせいじゃなかったんだな。
流石は古武術だっけか。武道を志す者の視野の広さに驚いた。
「あぁ、俺もあの場にいて、瑞樹達の様子を伺ってた」
「何でそんな事してたの!? 私は平田から志乃を守ってって頼んだんだよ!?」
「分かってる。でも、俺は瑞樹の意志を酌んでやりたかったんだ」
「意思? 酌む?」
加藤達も分かってはいたはずなんだ。
瑞樹が助けを求めないで、自分の力で過去を乗り越えようとしていた事は。
その証拠にカフェで俺達と顔を合わせても、平田の事を一言も話さなかったんだから。
だが加藤達は、瑞樹が囲まれている輪の中に飛び込んだ。
「加藤は俺を待たずにあの場に飛び込めば、瑞樹を助けられると本気で思ってたのか?」
「……それは……でも私達が飛び込んで時間を稼げば、間宮さんが駆けつけてくれるって思ってたから!」
「結局他人頼みしか出来ないんだったら、馬鹿な事するんじゃねぇ!」
思わず怒鳴ってしまった。
加藤達はビクッっと肩を跳ねさせて目を大きく見開いている。
学校を出ようとしている人達も、何事かとこちらに目を向けているのが分かった。
「いいか! あのまま瑞樹のクラスメイト達が駆けつけて来なかったら、お前達がどんな目にあってたか、分ってんのか!?」
「分かってる! 私だって覚悟くらいしてたよ!」
「覚悟してた!? それは瑞樹が自殺してしまうかもしれないって覚悟だよな!?」
「――えっ?」
俺が怒鳴りつけてから加藤も語尾を荒げていたが、瑞樹の死を聞かされた途端、目を丸くして言葉が出なくなったようだ。
「加藤が言ってるのは、自分がどんな目にあうかの覚悟の事を言ってるんだうけど、俺が言ってるのは最悪の事態になってしまった後の、瑞樹がとる行動に対しての覚悟があるのかって訊いてんだよ!」
「……ちょ、それって」
「3人共襲われて傷を負わされてしまった後、瑞樹が普通に生きていくと思ってたのか!? あいつの性格はお前の方が知ってるって思ってたんだけどな……」
そこまで話して、加藤はようやく瑞樹を助ける為の行動が、逆に追い込ませてしまう事に気が付いたようで、ガックリと俯いて肩を落とした。
希も言葉を失い目を泳がせている。
側にいた神山と佐竹も口を閉じてしまった。
あのカフェでの時間が、最後の確認だった。もしあの場で助けを求めてきたのなら、こんな回りくどい方法なんてとらなかった。それに本当にもう無理だと判断したら、瑞樹の安全を優先して助けに入るつもりだった。
俺はその事を簡潔に加藤達に付け加えて話した。
「……そっか。志乃の気持ち……か」
加藤がそう呟くと、隣にいた希も加藤と同様に表情を曇らせて俯いた。
だが神山はそんな2人を宥めるように、優しく肩に手を置いている所を見ると、彼女は分かっていた上であの場に駆け込んだのだろう。
恐らくだが、あの古武術なら3人を守れると判断したんだと思う。
確かに彼女なら瑞樹のクラスメイトを引き連れてこなくても、あいつらに勝てたかもしれない。
でも勝てたとしても、3人も無事では済まなかったはずで、瑞樹は加藤達に怪我を負わせた事を責めるだろう。
――俺はその状況を良しとしたくなかった。
「……そうだね。これは志乃の事を思ってやったんじゃなくて、ただの自己満足だったのかも……ね」
「……はい。お姉ちゃんの気持ちなんて、考えてなかったかもです」
加藤と希がシュンと落ち込み、自分達のとった行動の意味を理解したようだ。
反省はして欲しいと思ってキツイ言い方をしたけど、加藤達の気持ちを全否定するつもりはない。
質はともかく、友達を思う気持ちは本物だと思うから。
「まぁ……あれだ。厳しい事言ったけど、お前達の気持ちも理解出来ないわけじゃないし、瑞樹だって分かってるとは思う。だから、瑞樹にも言える事だけど、もっと周りを頼れって事だ」
加藤達の落ち込み様に居たたまれなくなり、首の後ろをポリポリと掻きながら2人の気持ちを酌むと、加藤と希だけでなく神山と佐竹が俺に向かって頭を下げた。
「え? ちょ!」
「間宮さん。志乃を助けてくれてありがとう!」
加藤がそう言うと、希達もそれぞれ感謝の気持ちを伝えてくる。
その感謝の言葉を受けて、俺はあの子の周りに集まる奴らはどうして、こうお人好しばかりなんだと苦笑いを浮かべるしかなかった。
だってそうだろ?
襲われた瑞樹が礼を言うのなら分かるが、瑞樹を助けようとした加藤達は礼を言われる事はあっても、俺に礼を言う必要なんてないんだから。
「あ、あぁ! それとな。平田の事なんだけど、今後一切瑞樹は勿論だけど、お前達にも関わらないように話をつけたから、安心してくれていいから」
俺がそう言うと、加藤達は心底ホッと安堵した顔を見せた。
本当はこれからの事を不安に思っていたのだろう。
ホント、こいつらは……バカばっかりだと思う。
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あとがき
ここまで読んで頂きありがとうざいます。
次の24話で長かった文化祭編が終わります。
瑞樹が襲われている時の描写や、間宮達が平田を潰しにかかるシーンで、少し乱暴な表現をして、気分を害された方にお詫び申し上げます。
ただ、これ以上ぼかすと今後の心理描写等に影響が出てしまう為、私が思いつく限りではありますが、表現を最小限に留めれたと思っています。
これからも、まだまだ続く『29』~結び~を宜しくお願い致します。
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