第22話 Cultural festival act9 抑えられない怒り
「ふざけやがって! クソッ!!」
撤収を余儀なくされた平田達は苛立ちを隠そうともせず、E駅に向かって歩いていた。
「おい、平田ぁ! あの女どうすんだぁ?」
平田の仲間の一人が不満顔を隠さずに、平田にそう問う。
「決まってんだろ! 本当なら校内でマワしてズタボロになった瑞樹の姿を大公開してやるつもりだったが、こうなったら駅まで待ち伏せて拉致るぞ!」
平田がそう話すと、仲間達の目が再びギラつきだし、いやらしい笑い声を上げた。
途中商業ビルが立ち並ぶ通りがあり、そこにはジャンクフード店やカフェなどが入っていて、放課後には英城学園の生徒達で賑わっているそんな場所に不似合いな平田達が差し掛かった。
平田達はその通りの道幅一杯に広がって歩いていた為、他の歩行者達には邪魔でしかない。
だが平田達の風貌に怯え苦情を言える者はなく、通行人達は路肩まで避けてやり過ごすだけだった。
そんな平田達専用通りと化した場所のど真ん中で、間宮と松崎が立つ。
平田も2人に気付いたようだが、歩みを止める事なく真っ直ぐに進んで行く。
恐らく近付けば避けると思っていたのだろう。
だが……間宮達は平田が目の前まで近づいてきても、全く動じる事なく仁王立ちしたままだった。
「おい、オッサン。そこどけよ」
平田は足を止めて、動こうとしない2人に静かにだが凄味を効かせた声色でそう告げるが、2人は平田の要求を拒否するように鼻で笑う仕草をみせた後、足を動かさずに口を開く。
「交換条件だ。今後一切瑞樹と瑞樹の周囲にいる連中に関わるな。それを約束したら、このまま無事に帰してやる」
「はぁ!?」
交換条件だと言いながら、棘しかない言い回しで挑発しているとしか思えない事から、間宮は初めから音便に済ませる気がない様に見えた。
「オッサンよぅ! 瑞樹の知り合いなんかぁ?」
「あぁ、そうだ」
「うっそくせえ! お前みたいなおっさんをあの瑞樹が相手にするわけねぇだろ! どうせストーカーか何かなんだろ!?」
「――――」
「よしっ! 俺に任せとけよ、オッサン! 俺達の後でおっさんにもマワしてやっからよ!」
平田は邪悪な顔つきでそう言うと、ギャハハッ!と下品な笑い声を上げた。
「――もういい。やっぱりゴミが人間の言葉を理解するのは、無理だったようだな」
間宮は大きな溜息をつくと、平田の眉がピクリと跳ね両目がどんどん充血していく。
「おい、オッサン! 誰がゴミだって?」
「お前ら以外に誰がいんだよ」
額に青筋を浮かべた平田が、ガッシリと男の肩で腕を回した。
「これはじっくりと話す必要があるなぁ! とりあえず場所変えようかぁ」
平田はそう言いながら、ビルとビルの間にある路地裏に続く隙間のような通路を指さした。
「そうだな」
間宮は平田の言う事に素直に応じて、コクリと頷く。
「おい! そっちのオッサンも連れてこい! 絶対に逃がすんじゃねえぞ!」
「あぁ! オラッ! 来いよ! オッサン!」
平田は男をグイグイと引き連れながら、仲間に松崎も連れて来いと指示を出すと、仲間達は男の両腕にガッシリと腕を通して路地裏に移動を始めた。
「男に腕を組まれる趣味はないんだけどなぁ……」
仲間達に連れられている松崎がそうブツブツと呟くのが聞こえて、間宮は緊張感のない松崎に失笑した。
◇◆
路地裏に連れてこられた間宮は、辺りを見渡す。
ビルとビルに挟まれている空間で、突き当りにコンクリートの壁がそびえ立ち、まるで逃げ場のないリングの様に見えた。
「ここならゆっくりと話が出来るだろぅ?」
「……これ以上ゴミと話をする必要性を感じないがな」
間宮は明らかに挑発しているように見える。
その事に平田も気付いているようだったが、瑞樹を思い通りに出来なかった苛立ちが勝り、殺気が籠った目で間宮と睨みつけると、音もなく距離を詰め振り上げた拳を間宮に突き出した。
だが間宮は待ってましたと言わんばかりに、平田の拳を最小限の動きで交わしたのとほぼ同時に、鈍い音――本当に鈍く骨が内側から砕けたような音が路地裏に響く。
平田が殴りにかかり決定的に出来た隙を、間宮は平田の攻撃の勢いを利用しながら、カウンターで拳を平田の鼻面に叩き込んだ。
平田の顔面が激しく歪み、鼻と口から血しぶきが舞い散る。
舞い散る血の中に白い個体が平田の口から飛びだし、地面に転げ落ちた物はへし折られた歯だった。
平田は激痛で涙をポロポロと零しならがら、蹲り動きを止めた。
「さてっと。このゴミが動かないうちに、お前らを潰しておくか」
間宮は蹲った平田を見下ろした後、狼狽える仲間達を睨みつける。
「ヒ、ヒィ!!」
仲間の1人が悲鳴を上げて蹲る平田を見殺しにして、この場から逃げ出そうと通りに戻ろうとしたが、細い通路の入口に松崎が立ちはだかる。
「おいおい、仲間がピンチなんだぜ? そいつ見殺しにして逃げんのかよ」
「う、うるせえ! そこどけよ! オッサン!」
怯えを隠す事なく、血相を変えた仲間は逃げる邪魔をする松崎を殴りにかかった。
だが松崎を睨みつけていたハズに視界が、いつの間にか上を向き今にも雨が降り出しそうな分厚い雲が見えていた。
仲間は状況を把握できないまま、膝から崩れ落ち意識を失いその場に倒れた。
倒れた男の前にいた松崎は、片足を真上に振り抜いた格好で倒れた仲間を見下ろしていると、周りにいた仲間が震える声で呟く。
「あ、あいつドンピシャで顎先に、真下から振り上げたつま先をヒットさせやがった」
間宮と違い、最小限の動きで最大限の成果を生んだ松崎は、恐ろしく冷たい視線を他の仲間達に向ける。
これで意識はあるが蹲ってまだ動けない平田を除けば、この場に4人になった平田の仲間達は、お互いの顔を見合わせ何かを覚悟したように頷き合った。
「四人がかりでどちらかを潰して逃げようってか? まぁ作戦としては間違ってはないけどな……ただ、どっちか迷って俺に向かってきたのは、俺の方が勝てると思ったって事だよな?」
気にくわないと苛立ちを吐き捨てる間宮の足元に、ボロボロに潰された4人の男達が転がっていた。
間宮の顔には多少やり合った跡が見て取れたが、とても5人の男を相手に喧嘩したようには見えなかった。
両拳に付いた相手の血を振り落とした時、蹲っていた平田がようやく立ち上がった。
「やっと立ったか。さぁ、これからが本番だぞ。糞野郎」
間宮は再び戦闘モードに切り替えて、鼻血が止まらず押さえている手から血を滴らせている平田を殺気を込めて睨みつける。
「な、なんなんだよ……お前らは……。お前らからしたら、赤の他人のガキだろうがぁ! そんな奴がどうなろうと、お前らには関係ねぇだろ!」
「――言いたい事はそれだけか? なら――死ね」
「クソがあぁぁ!!!」
間宮は見え見えの大振りの攻撃を初手同様最小限の動きで裁き、今度は上体を下げて拳を下から上に突き上げた。
「グエェェッ!!」
突き上げた拳は平田の鳩尾に突き刺さるようにめり込み、平田の瞳孔が広がり切り、口からは胃の中の物を吐き出した。
勝負あり!
誰がどう見ても、勝負は逸した。
だが鳩尾を抱きかかえるように蹲る平田に対して、軽くパックステップを踏んだ間宮は、驚く程冷たい視線を向けて躊躇なく右足を後方に振り上げる。
「終わりだ――死ね」
地の底から響いてきたかのように、恐ろしく冷たい声色で平田にそう告げると、まるで平田の顔がサッカーボールに見えているかのように、振り上げた右足を全力で振り下ろした。
「ぎゃあぁぁぁっ!!!!」
恐ろしさの余り、断末魔の声かのような悲鳴を上げた時。
「やめろ!! 間宮!!」
平田の悲鳴より大きな声が路地裏に響くと、間宮の右足は平田の顔面に当たる寸前でビタッと止まった。
「何で止めんだ? 松崎」
「当たり前だろ。こんなクズの為にお前を殺人犯にしたら、俺が瑞樹ちゃんに殺されるっての!」
「は? その瑞樹に一ミリも近づかせない為にやるんだろうが……いいからお前はもうあいつらのとこに戻れ――これ以上邪魔すんなら……お前もただじゃ済まねえぞ」
そう言い捨てて、間宮は再び蹲る平田に向き直る。
「俺は止めろって言ったんだぞ。間宮」
「お前は元々関係ねぇじゃねえか!」
「関係あったんだよなぁ――これが!」
「……は?」
困惑して間宮を他所に、松崎は溜息交じりに平田を見下ろした。
「そこで提案なんだが、この喧嘩ここから先は俺に預けてくれないか?」
「何言ってんだ!? こいつは俺が徹底的に潰して、体に恐怖を植え付ける必要があんだよ!」
間宮は大きく声を上げて、松崎の提案を拒否した。
しかし松崎はそう言うだろうと想定内だったのか、怒鳴る間宮に笑みを向ける。
「そういう方法もいいけどさ、俺なら瑞樹ちゃんにとってもっと良い結末を迎えさせる事が出来るんだ。だから――ここは俺を信じてくれよ……間宮」
そう説明した松崎の表情は、いつものチャラけた様子は微塵もなく、真剣な顔を向けて深く頭を下げた。
「どうするつもりだ?」
「詳しくは知らないけど、このゴミに瑞樹ちゃんはトラウマを背負わされたんだよな? そのトラウマの清算を全部こいつにやらせる。勿論、今後一切瑞樹ちゃんの周囲に姿を見せさせないと約束する」
「それを信じろってのか?」
「あぁ、信じて欲しい」
いつもの調子の松崎なら、絶対に聞く耳すら持たなかっただろう。
だからといって、今の松崎を信じきれるのかと問われれば、間宮のお答えはNOだった。
「こいつにそんな事をさせられる根拠は?」
「それはこれから見せるよ」
松崎はそう話した後、顔面を潰され血みどろになった平田に体を向けた。
「……久しぶりだな。浩二」
「……はぁはぁ……誰だてめえ」
松崎は平田の事を浩二と呼び、顔を覗き込むように見てニヤリと笑みを浮かべた。
「おいおい。まだ気付かないのかよ……俺だよ」
そう言った松崎は頑なに外そうとしなかったサマーニットとコウモリを外して、平田に自分の顔がよく見える位置に距離をとった。
「――ア、兄貴」
(は?兄貴!?松崎と平田が兄妹!?いや!でも苗字が違うだろ……)
困惑した様子を見せる間宮を見て、その様子を察した松崎は苦笑いを浮かべ口を開く。
「兄弟っていっても、親の再婚相手の連れ子ってやつだ。再婚後も別姓を名乗ってるから、こいつと苗字が違うんだよ」
松崎はそう説明した後、再び平田に向き直る。
「兄貴が……何でここに……」
「こいつがお前が襲おうとしていた瑞樹ちゃんのボディーガードを頼まれたって話を訊いてな。詳しく話を訊いたら平田って名前が挙がって、まさかとは思いながらついてきたら……本当にお前だったとはなぁ」
「う、うるせえ! 兄貴には関係ねえだろがぁ!」
平田が虚勢を張るように松崎に怒鳴りつけると、ゴキっと鈍い音が平田だけに聞こえた。
「イイィィッッ!?」
音の正体を追った平田の顔が酷く歪んだ瞬間、松崎は仲間が着ていただろうボロ雑巾みたいになった上着を、平田の口に力づくで詰め込んだ。
ふぅ、ふぅ、と涙をボロボロと流しながら、悲鳴を上げたくても上げられない平田の視線の先に、変な方向に折れ曲がっている人差し指があった。
「俺が止めなかったらどうなっていたか分かってんのか? お前なんかのせいで、こいつを殺人犯にするわけにはいかねぇんだよ」
そう告げる松崎の顔を見上げた平田は、ゾッとする冷たい目が視界に入った。
「納得してくれたか? 間宮」
「……あぁ、この件はお前に任せるよ」
「なら後の処理は俺に任せてくれていいから、間宮はもう行ってくれ」
「――わかった」
間宮は松崎の言う通り、乱れた服装を整えて路地を出ようと歩みを進めた時、ピタリと足を止めて松崎に背を向けたまま、口を開いた。
「――悪かったな、松崎……ありがとう」
完全に自分を見失っていた。
自分が何をしようとしたのか、冷静になれた間宮はあの瞬間の事を思い出すだけで、血の気が引く思いだった。
松崎が止めてくれなければ、間宮は間違いなく殺人者になっていただろう。
そうなれば、瑞樹に殺人の片棒を担がせたかもしれない事に気付いたのだ。
松崎の行動で冷静になれた間宮は、ゾッとする想像を巡らせた後、もう一度「ありがとう」と独り言ちて、路地裏を立ち去り再び英城学園に向かった。
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