第21話 Cultural festival act8 ~仲間達の力~
神山達に攻撃を受けた男達が立ち上がり、加藤達は再び瑞樹を守るように囲み武器を構える。
正面に神山の背中、左右に加藤と希の背中に囲まれ仲間の温もりに触れ、更に瞳の強さが増した瑞樹は、先頭に立っている神山の前に立ち平田と対峙した。
「もういいかな。これ以上私に……ううん。私達に関わらないで欲しい! 昔の事はもういい……憎んだりしないから、これっきりにしてよ――ハッキリ言って迷惑だからっ!!」
1度心が折れかけ光を失った瞳から強い力が戻った瑞樹は、平田を睨むのではなく、真っ直ぐに見つめてそう言い切った。
瑞樹の今の表情は、かつて平田が惚れた瑞樹そのもので、平田は怯み一歩後退った。
しかしすぐ後ろにいる仲間達が、その一歩に動揺しだしたのに気付き再び平田は瑞樹に一歩詰め寄る。
「う、うるせえ! お前は俺のモノだって決まってんだよ!」
平田は何かを振り払うように右腕を振り上げたが、瑞樹はまったく怯む様子を見せずに、恐怖で目すら閉じる事なくその場から動かない。
その様子を見た平田は眉をピクピクと痙攣させ、振り上げた右腕を瑞樹目掛けて振り下ろすとパァン!!と瑞樹の左頬から音が響いた。
だが、瑞樹は平田のビンタに屈する事なく、引っ張たたかれた拍子にフワッと瑞樹の頬に掛かった綺麗な髪の隙間から、変わらない眼差しが平田に向けられる。
瑞樹がビンタを喰らう音が響くと同時に、瑞樹の後ろにいた神山が瞬時に前方に回り込み地面を蹴り上げて、その反動と体の捻りを効かせて初手と同様に平田の頭部を目掛けて、勢いよく右足を振り抜くとスパァァァン!と鮮やかなハイキックが狙った箇所にヒット!
したかに見えたが、同じ攻撃は効かないと言わんばかりに、左腕で神山の足を掴み得意気に笑みを浮かべた。
「クッ!」
忌々しそうな表情を平田に向けた神山だったが、次の瞬間掴まれた右足を力任せに投げつけられ、背中から地面に叩きつけられた。
「カハッ!」っと声を上げ、苦悶の表情を見せる神山。
平田は叩きつけた神山に向き直り、更に追い打ちをかけようとした時「神山さん!」と叫び瑞樹が駆け寄ろうとすると……
「来ないで! ここは私達に大人しく守られてればいいの! 分かった!?」
叩きつけられた激しい痛みが体中に走った神山だったが、そんな痛みに耐えながら駆けつけようとした瑞樹にそう言って足を止めに掛かる。
――だが瑞樹は神山の制止を聞かずに、倒れ込む神山と平田の間に割って入り、両手を一杯に広げた。
「1人で解決するのは無理だった事は認めるよ。でもね……守られてるだけの私の気持ちって考えた事ある? 情けなくて惨めでさ――死にたくなるんだよ!!」
「……瑞樹さん」
「……志乃」
「……お姉ちゃん」
掴まれた足首に手を当てながら立ち上がる神山を見て、瑞樹は大きく空気を吸い込み口を開く。
「だからもう3人には遠慮なんてしない! お願い私に力を貸して! 一緒に私の過去と戦って! 愛菜! 希! そして――結衣!」
名前を呼び捨てにされた神山は大きく目を見開く。
少し俯き僅かに肩を震わせると、「ははっ!」と声が漏れた。
「当たり前じゃない! 任せてよ! 志乃!」
顔を真っ直ぐに上げた神山は、瑞樹の名を呼び古武術独特の構えを取り平田を睨みつけた。
「恥ずかしい友情ごっこは終わったかぁ!? ライブが終わるまでに済ませたいんだからよぅ! これ以上くだらない事に付き合ってられんぞ!」
我慢の限界だと言わんばかりの表情で、平田は3人を睨みつけ大きく吠えた。
「おいお前ら! もう女だからって遠慮はいらねぇ! 4人もいるんだ! ヤりたいようにヤッちまえ!!」
平田の号令に、仲間達の目つきが完全に欲望にまみれた目に変わる。
瑞樹達も各々に構えを取り臨戦態勢に入った時、集団の後方から悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。
「オオオオォォォヒャァァァッッ!!!」
叫び声を上げた主は集団の一番外側にいた平田の仲間に体当たりして、そのまま2人で倒れ込み、主はすぐさま相手のマウントポジションを取り腕を振り上げる。
声の主は人を殴った事がないのがすぐに分かる程、ぎこちない動きで押し倒した平田の仲間の1人を必死に殴りつけた。
「なんなんだよ! てめえはぁ!!」
「ブッ! ゴハッ!!」
呆気に取られていた他の仲間が、殴りかかっている男の顔面を蹴り上げて、主は呆気なく蹴り飛ばされてしまった。
「な、何やってんのよ! 佐竹!」
加藤は乱入してきたのが誰なのか気付き、倒れ込んだ男の名を叫びながら駆け寄った。
顔面を強打された佐竹の鼻から血が止まらない。
左手で鼻を抑え痛みで涙目になっている佐竹は、抑えている手を震わせて口を開く。
「な、何って……助けに来たに決まってるだろ――ぼ、僕だってやれるんだから!」
恐怖で声を震わせながらも、必死に格好つける佐竹に加藤は少し涙を浮かべてクスっと笑みを零す。
突然乱入してきた佐竹を横目で見ていた平田の苛立ちが増して、更に鋭い目つきを対峙する神山に向け、平田は躊躇なく神山にフルスイングで蹴りを放つ。
神山は平田の動きを見て、蹴りのポイントをズラす為に平田との距離を詰め、右の掌底を下から上に押し上げるような軌道で平田の顎先を狙う。
だが平田の蹴りの方が一瞬早く、威力を半減するポイントまでズラしたにも関わらず、神山はガードごと吹き飛ばされてしまった。
倒れ込んだ神山に続けて襲い掛かろうとするが、素早く2人の間に割り込んだ瑞樹が、また両手を広げて立ちはだかる。
一瞬動きを止めた平田に、角棒を構えていた希が棒を振りかぶって襲いかかるが、仲間の男がラリアットを仕掛ける様に希の首元に腕を当てて、そのまま力で強引に押し戻され倒れ込んだ。
「きゃあっ!!」
「希!!」
倒された希を見て近くにいた加藤が駆け寄ろうとしたが、後方に回り込んだ男に押し倒されてしまう。
「クッ! 離せよ!!」
加藤は抵抗を試みるが男の力に抗えるわけもなく、目が血走った男が加藤の服に手を掛けた時、痛みに耐えならが立ち上がった佐竹が男の頭を両手でガッチリと固定して、渾身の頭突きを男の後頭部目掛けて喰らわせた。
鈍い音と元に男が頭を両手で抑え込みながら膝をつく。
攻撃した佐竹も激しい痛みに両膝をついて、肩を震わせて頭を抱えた。
そんな希や加藤達のやり取りなんてお構いないしに、割り込んできた瑞樹の胸倉を掴み上げ、ごつい拳を振り上げたその時だった。
「何やってんだ!! お前ら!!」
神山や加藤達が走り込んできた方角から、女性の甲高い怒鳴り声が響く。
その場にいる全員が動きを止め、一斉に視線が声の主に注がれた。
その人物の姿を確認した瑞樹は目を大きく見開き、女性の名を口にする。
「――あ、麻美」
そこには腕を組み仁王立ちしている、瑞樹のクラスメイトの麻美がいた。
「おいおい! また1人追加してくれんのかよぉ! 瑞樹ぃ、お前の連れ共はヤりたがりばっかか」
平田がそう言うと、仲間達がまた下品な笑い声をあげる。
「お客さ~ん。ウチの看板ウエイトレスを連れ出されたら、困るんですけどねぇ!」
麻美に続き校舎裏に現れた男が不敵な笑みを浮かべて、平田達にそう言いながら麻美の隣に立った。
「――す、杉山君!」
麻美に続き杉山も現れた現状に驚きを隠す事なく、ポカンと2人を眺める事しか出来なかった。
平田は「チッ」と舌打ちして、不愉快そうに杉山を睨みつける。
両者の間に沈黙が流れる中、杉山と麻美の後方からライブ中の神楽優希のMCに観客たちが盛り上がる歓声が建物に反響してここまで響いてきた。
「次から次にゾロゾロと――おい! 兄ちゃんよ!」
「なんだ?」
平田が声を荒げて指を指された杉山は、その威嚇に動じる事なく冷静に受け流す。
「ここは女だけで野郎は立ち入り禁止なんだよ! それとも俺達をお前だけで潰しに来たなんて言わねえよなぁ! 雑魚山君よぅ!」
平田は杉山の名を弄り揶揄い笑ったが、その台詞すら杉山はクールな笑みを浮かべていた。
「麻美! 杉山君! こいつらは本当に危険だから、早く逃げて!」
平田達のやり取りを暫く聞いている事しか出来なかった瑞樹は、麻美と杉山に逃げろと叫ぶと、平田がニヤリと笑みを浮かべる。
「そうそう! 俺達はこれからお楽しみの時間で忙しいんだぁ。今なら逃げ出しても見逃してやっから、とっとと尻尾巻いて逃げるのをお勧めするぜぇ。クックックッ」
完全に馬鹿にした口調で杉山に忠告したが、杉山もニヤリと笑みを浮かべた。
「確かに俺達がこの場に加わっても、お前らの餌食になるだけだろうな――でもな」
「でも、何だってんだ――」
そう言いかけて途中で言葉を切る。
それは平田の視界に言葉を失う光景が見えたからだ。
ザッザッザッ!ジャリジャリ……。
1人や2人でない。
人数は正確に把握できないが、かなりの人数の足音が聞こえてきて、仁王立ちする麻美と杉山の周りに人影が次々と姿を現す。
全員の足音が止まった時、加藤達は絶句して立ち尽くし、瑞樹は口元を手で覆い大粒の涙で手の甲を濡らす。
「これでも志乃達を助けるのは無理だと思う? 糞野郎!」
殺気に満ちた目で平田を睨みつける麻美達の周りに集まったのは、瑞樹のクラス3-Aのクラスメイト全員だった。
その人数、瑞樹を除く男女合わせて33名が一堂に集結したのだ。
「あ、麻美……皆……どうして……」
大粒の涙が止まらずぼやける視界の中に、共に頑張ってきた3-Aのクラスメイト達の姿が映る。
戦闘モードに入っていた加藤達も呆気にとられて、希達と顔を見合わせている。
「どうしてって、仲間がピンチなんだぜ? 助けるのは当然じゃん!」
杉山が白い歯を見せ片目を閉じて、優しく語り掛ける。
「杉山ぁ! 何どさくさに紛れて、志乃の事口説いてんのよ! アンタに志乃は勿体ないっての!」
「ば! 違っ! そ、そんなんじゃねぇよ!」
麻美の指摘にクラスメイト達から、ドッと笑いが起こった。
そんな雰囲気と対照的に、平田達は戦況が一気に逆転してしまった事を理解して、仲間達の目線を伺いながら瑞樹達との距離をジワジワと開け始めた。
ゴホンッ!
杉山は麻美に弄られて緩んだ空気を引き締めようと、ワザとらしく咳払いをして、後方に下がっていく平田に視線を向ける。
「で? どうすんだ!? まだ瑞樹を苦しめるってんなら、今度は俺達が相手になんぞ?」
1人1人の力を比べたら、当然平田達に軍配が上がるが、どう見ても多勢に無勢なのは誰の目にも明白だった。
それでも仲間達の戦意がまだ高いレベルを維持していればやりようがあったかもしれないが、周りの連中はすっかり数の暴力に圧倒されていて、この場の空気の飲まれてしまっているようだった。
「チッ! 今日の所は引いてやるけどよぉ! 恥をかかされた礼はきっちりとしてやるからなぁ!」
平田はそう怒鳴りつけて仲間達に撤収を言い渡すと、1人、また1人と麻美達が立っている逆方向へ歩き出して行き、人数が減っていく度に現場の空気が和らいでいく。
最後に立ち去ろうとした平田が瑞樹の横を通り過ぎる時、小さい声の中に憎しみを込めて瑞樹に口を開く。
「これで終わったと思うなよぉ。絶対にお前だけは許さねえからなぁ」
平田にそう告げられた瑞樹は睨み返したが、何も言い返さずにやり過ごした。
平田達の姿が完全に見えなくなった事を確認すると、ずっと張り詰めていた緊張から解放されたからなのか、瑞樹は膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。
「瑞樹! 大丈夫か!?」
「志乃! 怪我してない!? って頬のとこ腫れてるじゃん!」
麻美が真っ先に駆けつけて瑞樹の肩を抱きかかえると、杉山が心配そうに瑞樹の顔を覗き込む。
「あははっ、大丈夫だから心配しないで」
顔の腫れや膝に滲む血を見て麻美達が声を上げると、他のクラスメイト達も瑞樹の周り集まり、それぞれに声をかけてきた。
そんな瑞樹達の様子を見て、加藤達も完全に緊張を解き深呼吸をして空を見上げた。
「お疲れ! 希! 結衣!」
「お疲れ様でしたぁ!」
「うん! 皆大した怪我がなくて良かった!」
3人は瑞樹を守り切れた事を労い合っていると、後ろから恨めしそうな声がする。
「い、いや……僕は全然無事じゃなかったんだけど……」
恨めしく話す声の主は、平田の仲間達に散々痛めつけられた佐竹だった。
「弱いくせに、あんな無茶するからよ! ホント馬鹿なんだから!」
「そんな言い方ないんじゃね!?」
そんな2人のやり取りに、佐竹を除く3人は笑い合った。
◇◆
「ごめん……本当にごめんね。皆にまで迷惑かけて……本当にごめんなさい」
クラスメイトに囲まれた瑞樹は、膝をついて下を向き涙を流しながら謝罪した。
1人で乗り切れると自惚れ突っ走った挙句、こんなに大勢の人間に迷惑をかけてしまった自分が情けなくて、涙が止まらなかった。
そんな瑞樹をギュッと抱きしめた麻美は、瑞樹の耳元で優しく話す。
「そんな事ない。普通あんな連中に女の子が1人で立ち向かうなんて出来ないよ。私達こそごめんね……。ヤバい奴らだって事は店に来た時から分かっていたのに……助けに来るのが遅くなって……ごめんね」
麻美の腕の中で瑞樹は首を小さく左右に振り、おずおずと腕の中から出て改めてクラスメイトを見渡しながら立ち上がり、深く頭を下げた。
「皆……本当にありがとう」
感謝の気持ちを込めて頭を下げた瑞樹だったが、気になっていた事がありすぐに顔を上げて、クラスメイト達に問いかけた。
「それにしても、どうして私がここで襲われてるって分かったの?」
瑞樹にそう訊かれたクラスメイト達は顔を見合い、杉山が代表する形で答え始めた。
「それがさ、突然ここで瑞樹が平田って奴らに襲われてるって教えに来てくれた人がいてさ! 大事な仲間が危ないのに、助けにいかなくていいの?って言われたんだよ」
杉山の返答を聞いていた加藤が、すぐさま杉山に詰め寄る。
「それって年上の男の人じゃなかった!?」
加藤は連絡したはずの間宮がこの場に現れなかった事が腑に落ちず、クラスメイトを動かしたのが間宮だったのではないかと考えたのだが、杉山の返答は予想を大きく外す内容だった。
「いや! 年上だったけど女の人だったよ」
杉山の返答に、加藤達は顔を見合わせて困惑してしまう。
その時、クラスメイトの1人から声が上がった。
「あ、あのさ……あいつら恥をかかされた礼はするって言ってたけど、し、仕返しとかされるのかなぁ」
1人の女生徒が心配そうにそう告げると、クラスメイト達の顔が一気に曇った。
――そうだ。この場を回避出来ただけで、根本的には何も解決出来ていない。
それだけならまだしも、これからはここに駆けつけてくれた皆に危険が及ぶ可能性が発生してしまった。
(……どうしよう。自分自身すら守れなかった私に、皆を守る術なんて皆目見当もつかないよ)
「あぁ、それね! 仕返しとか報復の心配はいらないから、安心してくれていいわよ」
(え!? この声って――)
神楽優希がライブを行っている会場をバックに、瑞樹達にそう言い切る人物が姿を現した。
「――あ、茜さん!」
瑞樹はそう呼びかけながら、クラスメイト達の先頭に立った。
黒のスーツに身を包んだ茜は、かけていたサングラスを外して瑞樹に優しく微笑む。
「瑞樹! この人だよ! 瑞樹がここで襲われてるって教えてくれたのは!」
杉山にそう告げられた瑞樹は納得したように頷き、茜の前に立った。
「心配いらないってどういう事なんですか!?」
「そのままの意味よ。ここまで貴方達はよく頑張ったわ! だからここから先は大人に任せなさいって事よ」
茜の言う大人の人なんて、瑞樹にはあの人しか思いつかなかった。
「茜さん! その大人の人ってまさか!」
瑞樹は思わず身を乗り出して、不安そうな顔を茜に向ける。
「志乃ちゃん。あいつも志乃ちゃんの気持ちを酌んでここまで我慢したんだよ。でもね……この先は自分達では無理だって分かってるよね?」
「そ、それは……でも! 私はもうあの人に迷惑かけたくなかったから……」
「うん、分かってるよ。だからここから先は、あいつの我儘みたいなものだから、黙って任せてやってくれないかな?」
「で、でも! あいつらは6人もいるし!」
瑞樹がそう言いかけると、茜はフッと瑞樹の耳元に顔を寄せた。
「大丈夫や。良兄を潰すのに、ガキ6人じゃ全然足らへんで。それとも……志乃ちゃんが惚れた男はそんな情けない男なんか?」
「ほ、惚れ!?」
茜に自分の気持ちを言い当てられた瑞樹は、慌てて茜から距離を取り目を丸くして真っ赤に茹で上がった。
「あっはっは! 本当に可愛い子ねぇ。でもね、あいつは色々あって相当面倒臭い男だから、本気なら相当な覚悟が必要かもよ?」
ニッと笑みを浮かべ、茜は瑞樹を試すように見つめてそう告げる。
「わ、分ってます! でも、諦める事は出来そうにありません!」
「ふふっ! そっか」
「はい!」
茜がそろそろライブが終わるから仕事に戻ると、体育館に向かい姿を消した。
その時の顔が、何だか瑞樹には嬉しそうに見えた気がした。
「ねぇ! さっきの女の人が言ってた大人って……」
瑞樹と茜の会話を聞いていた加藤が駆け寄ってそう問うと、瑞樹は何も答えずにただ黙って頷いてみせた。
「……そっか。間宮さんがここの来なかったのは、こうなるように裏で動いてくれてたからだったのか。それなのに、私達が勝手に突っ走っちゃったから――」
「ううん! そんな事ないよ。愛菜達が助けてくれなかったら、絶対に最悪な事態になってたはずだもん! だから……そんな事言わないで!」
加藤にそう言い聞かせていると、希達も2人の元に集まった。
傷や砂埃まみれになった3人を見て、瑞樹はそんな3人をギュッと抱きしめた。
「愛菜……希……結衣……。本当にありがとう」
◇◆
「もしも~し! 言われた通りにやったったで! 忙しいのに何やらすねんホンマ! はぁ!? 突入させるタイミングが遅かったって!? そんなん知らんやん! モタモタしてたあいつ等に文句言うてよ!」
瑞樹達から離れて、電話で連絡を入れていた茜はそう話すと、舌打ちの音を最後に電話を切られてしまった。
茜に瑞樹のクラスメイト達を誘導させたのは、兄である良介だったのだが、電話口からでも分かる程、口調がいつもと違っていた。
――声がめっちゃ怒ってたなぁ。負けるとは思えんけど、殺したりせんかが心配やなぁ……。
物騒な考えを巡らせて、茜は仕事に戻っていった。
◇◆
「あのさ……ちょっとは僕の心配してくれてもいいんじゃないかなって、思うんだけど」
瑞樹達が抱き合って無事を喜んでいると、足元から恨めしそうな声が聞こえてくる。
「うわぁっ! アンタまだいたの!?」
加藤が白々しく驚いてみせた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ホントお前って酷い女だよなぁ……」
「冗談じゃんっ! つか弱いんだから無理しないで隠れてれば良かったのに」
「あ、やっぱり隠れてた事知ってたんだ」
「あんな所で蹲ってれば、誰でも気付くっつうの!」
「うん。私もこんな所で何してるんだろうって思ってた」
「……かっちょわりぃ」
佐竹がガックリと項垂れるのを見て、加藤達はお腹を抱えて笑い合った。
瑞樹はいつもの加藤達の雰囲気に包まれて、ようやく完全に肩から力を抜き、すぐ側にあった校舎の壁に体を預けるように凭れると、そんな瑞樹を見た加藤が表情をパチッと切り替えて、申し訳なさそうな顔で頭を下げだした。
「ごめんね、志乃。本当は岸田って奴がした事を志乃が知ってしまう前に潰すつもりだったんだけど、まさか仕事中に攫うなんて思いもしなくて……」
「え? 何で愛菜が岸田君がした事を知ってるの?」
「それは、私が愛菜さんに知ってる事を全部話したからだよ」
困惑する姉の瑞樹に、希も視線を下に向けてそう話し出した。
希は以前から平田の事を調べる為に、色々なアンテナを張り巡らせていた。その調査の過程で偶然にも岸田が裏で何をやっていたのか、知ってしまったのだという。
モールで加藤と初めて会った時、意図的に2人きりになろうとしたのは、加藤を見る姉の顔が今まで見た事がない顔だった為、恐らく
話したい事とは今の平田の事。確認したい事とは、姉の昔の事をどこまで知ってるかという事。
その両方を加藤と2人でじっくりと話し合った事で、2人は仲良くなったんだと照れ臭そうに話した。
だから平田と会ってしまった事を瑞樹から聞いた加藤は、真っ先に希と連絡を取り話し合ってる中で、岸田の事も加藤に話したんだと聞かされた。
自分の知らない所で、2人に迷惑をかけてしまっていた事に、瑞樹は視線を落とした。
「そ、そっか。2人共岸田君が裏切ってた事知ってたんだね……。ははっ、馬鹿だよね私って……すぐ信じちゃってさ」
情けない自分を見られたくなくて、瑞樹は蹲って両膝で顔を隠してしまった。
「……それは仕方がなかったんじゃない? あの当時の志乃はもう壊れる寸前だったんでしょ? そんな時に優しくされたら……誰だって縋っちゃうでしょ!」
「そうだよ、お姉ちゃん。それに騙されてたかもしれないけど、結果だけみれば岸田って人の存在のおかげで卒業するまで耐える事が出来たんじゃない! だからお互いがお互いを利用したと割り切ればさ、そう悪い話じゃないじゃん!」
加藤が自分を責める事を否定すると、希が考え方を解いてみせた。
「ははっ、希はいつも凄い考え方するよね。そういう所が昔から羨ましかったんだ――でも」
そこで言葉を切り、瑞樹は顔を上げて3人を見渡した。
「でも! 今は皆が傍にいる事が分かったよ。だからもう大丈夫!」
瑞樹が本当に嬉しそうな笑顔を見せると、加藤はブンブンと首が千切れそうな程激しく頷き、少し涙声で応える。
「……うん! うん! そうだよ! 志乃は過去を乗り越えたんだよ……だからこれからは、私達と先を見て一緒に頑張ろうよ! ねっ!」
加藤はそう話しながら、隣にいた希と肩を組み白い歯を見せて笑った。
「ねぇ、志乃。落ち着いてからでいいから、もしよかったら私にも志乃の昔あった事を聞かせてもらえないかな……仲間として志乃の事もっと知りたいから」
オズオズとそう話しかけてくる神山の両手をギュッと握り、瑞樹は真っ直ぐな瞳を向けた。
「うん、分かった。凄く情けない話なんだけど、今度話すから聞いてくれる?」
「勿論! それを知れば今まで志乃に対して謎が解けると思うし、もっと志乃の事好きになれるから!」
「――ありがとう。結衣」
神山が求めていたのは、自分との本当の友情だった事を知った。
これまで『私なんて』という言葉が口癖だった。
いつだったか、その癖を止めろと加藤に言われた時は、正直意味が分からなかったけど、今ならハッキリと分かる。
瑞樹はゆっくりと神山を抱きしめる。
抱きしめられた神山は少し驚いた様子だったが、すぐに瑞樹の背中に手を回して応えると、加藤と希が抱き合う2人を温かく包み込む様に抱きしめて、4人は静かに涙を流した。
抱き合う瑞樹達を羨ましそうに見つめていた麻美の両目からも、綺麗な涙が零れ落ちる。
その涙に気付いた杉山は、湿っぽくなった空気を吹き飛ばす様に声を上げる。
「よぅし!! 瑞樹も復活した事だし、さっさと店に戻って最終収益を出して打ち上げに行くぞ! 目標の利益より遥かに儲かったはずだから、超豪華な打ち上げを期待してくれていいから、思いっきり飛ばしていくぞ! お前ら!!」
杉山はクラスメイト全員にそう豪語して、拳を高々と突き上げた。
そんな杉山に同調するように、メンバー全員が晴れやかな表情で同じように拳を天高く突き上げて、雄叫びを上げた。
その雄叫びは、優希神楽のライブが終盤に差し掛かりヒートアップしていた歓声に負けないもので、加藤達と抱き合っていた瑞樹は大歓声で盛り上がるクラスメイト達を見て、優しく微笑んだ。
「――皆……みんなぁ……本当ありがとう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
8月28日にファミ通文庫大賞中間選考結果発表があり、なんとこの「29」~結び~が通過して、最終選考まで残ってしまいました!
想像もしなかった事で驚いているのですが、これも読んで下さり応援して下さっている皆様のおかげだと、本当に感謝しています。
これからも、頑張って書いていきますので、変わらずお付き合い下さると嬉しいです。
ありがとうございました!
葵 しずく
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