第20話 Cultural festival act7 ~裏切りと……~
平田の口から出たキーホルダーという単語に、全身の血が冷めていくのを感じた。
「な、何でアンタがその事を知ってるのよ!」
その血を温める直すかのように、私は大きな声を出して、もう一度平田の頬をめがけて振り上げた手を振り下ろしたけど、今度はあっさりと平田に腕も掴まれて阻止されて、掴まれた腕も投げ捨てるように振り払われた。
「きゃっ!」
腕も引っ張らた私は地面に倒れ込み、倒れた拍子にスカートが捲りあがってしまい、下着が平田達に晒してしまった。
「おぉ! ピンクのレースかぁ!」
平田が興奮した声色でそう言うと、仲間達もいやらしい目つきで歓声を上げている。
私は膝の痛みに耐えて、急いで捲れ上がったスカートを正して自分の体を守るように腕を体に巻き付け、平田に憎しみを滲ませた目を向ける。
「なぁ瑞樹ぃ。中学の時は可愛らしいパンツ履いてたのに、随分色っぽいパンツ履く様になったんだなぁ!」
「は? な、何言って――」
「お前さぁ! おかしいと思わなかったか?」
「な、何の事!?」
「岸田の事だよ! あんな状況だったお前の味方をしたあいつをさぁ! 俺が放置してたと思ったのか!?」
平田にそう問われた私はゾッと悪寒が走る。
――そうだ……正直あの頃の私の中に、その疑念は確かにあった。
でも誤魔化した。気にしないように目を背けたんだ。
だって、もし疑った事が真実だったら――私はホントに独りぼっちになってしまうから……。
あの時の私は精神的にギリギリの状態で、最悪の終わり方まで考えていた。だから岸田君の存在が唯一の支えになっていた。
そんな彼の裏切りをあの時に知ってしまったらと、想像するだけで今でも恐ろしくなる。
今日は平田との過去に決着をつけるだけのつもりだったのに……。
知りたくない――知りたくないよ……。
「
当時の事を楽しそうに平田が話すと、仲間達の下品な笑い声が響く。
――もういい! もういいから!
「土下座しながらあいつ何て言ってきたと思う?」
平田は私にそう問いかけながら、人差し指を立てて見せた。
「1日1000円で許して下さいだってよ! どんだけお前に惚れてたんだって話だよなぁ! 自分の女にならないんなら、売ってくれって言うんだからよ! まぁ、おかげで毎日豪華な昼飯が食えたってわけだ!」
平田はどうせならと、岸田君にカメラを仕込ませて盗撮をする事も条件に含めて、彼の話に乗ったらしい。
平田はその画像を売り捌き小遣いを稼いでいたと話した。
その際、スカートの中が映った画像は高値で取引されていたというのだ。
「――酷い」
気になっていた。
ある時を境に、私を見る周りの目が更に酷くなった事を。
女子達からはまるで汚い物を見る様な視線を向けられて、男子達からは血走ったようないやらしい視線を向けられていた事を。
あの頃の私は自暴自棄に陥っていたから、被害妄想からくる思い込みだと思っていたけど、気のせいなんかじゃなかったんだ。
そうか……。
私は売られた商品で、岸田君はお客さんだったんだね……。
それに私の知らない所で盗られた画像が、不特定多数の人間の目に晒されてたってわけ……か。
そうとも知らずに舞い上がったりして――バカみたい。
「まぁあれだ! 純粋な心を傷つけられた慰謝料みたいなもんだ!」
知りたくなかった現実を受け止められずに、私は膝から崩れ落ちて座り込む。
ふざけんなって怒鳴るとこなんだろうな……。
でも、その気力が湧いてこないよ。
「さぁて瑞樹さんよぅ! もう一度だけ訊いてやる。俺の女になれ! 俺の言う事聞けば、優しくしてやるからよぅ。なぁ!」
――今日まで頑張ってきたつもりだったけど、逃げてただけで結局何も変わってなかった。
周りの人達が優しくて、ただ勘違いしちゃっただけ。
「アンタの言う事に従ったら、クラスの皆に迷惑をかけないって……約束してくれる?」
「あぁ! 勿論だ! 俺の目的はお前なんだからなぁ! 瑞樹が手に入ればこんな所に用はねぇよ!」
――それならいい……よね。私が私を諦めさえすれば、これ以上周りに迷惑をかけなくて済むんだから。
……それにもう……疲れちゃったよ。
差し伸べられた平田の手を、力のない目でぼんやりと眺めながら、微かに震えて禄に力が入らない手を、無理矢理に持ち上げる。
……愛菜、ずっと心配してくれて、ずっと応援してくれたのに……ごめんね。
……希、もうお姉ちゃんの事はいいから、自分の幸せを追いかけてね。
……神山さん……佐竹君。折角仲良くしてくれたのに……ごめんね。
そういえば、今日は愛菜達とお泊り会の約束だったな。
後で行けないって連絡しないとな。
こんな汚れた私なんて友達と見て貰えなくなるけど、ちゃんと謝らないと。
あ~あ……友達とのお泊り会なんて、生まれて初めてで楽しみだったんだけどなぁ。
私の手を待ちきれなくなったのか、平田は差し出されかけていた私の手首を乱暴に掴み、強引に引き寄せ立ち上がらされた。
「さっさとしろよ! とりあえず二人っきりになれる所に行こうぜぇ! 大奮発した部屋に連れて行ってやるからよぅ。そこで朝まで……なっ!」
……分かってる。平田やこいつらは初めから、私の体だけが目的なんだって事は。
男達に関わらないようにして、必死に守ってきたんだけどなぁ……。
無理矢理抱き寄せられた平田の顔を見上げると、そこには欲望しか見えない下卑た目が、私の顔を映していて、その汚らしい顔が近付いてくる。
「えっ? な、なに?」
「もうお前は俺のモノなんだからよぉ! とりあえずキスさせろよ」
言い捨てるようにそう言う平田の顔が更に近づき、荒くなった鼻息が頬にかかる。
恐怖しかない私は、これから訪れる現実から逃げるように目をギュッと力いっぱい閉じて、歯を食いしばる事しか出来なかった。
怖い……怖い……怖いよ!
――――間宮さん!!
視界を閉ざし暗闇の中で懸命に助けを求めると、出会ってからの間宮さんの姿が次々と浮かんでは消えていく。
駐輪所で怒らせてしまった事。
合宿で再会した時の事。
メロンパンを喉に詰まらせて、慌てて飲み物を渡した事。
中庭で気持ち良さそうに眠っている間に、こっそりと膝枕で眠った事。
浴衣姿で袖をキュッと掴んで歩いた事。
ナンパ男達を怒らせて怖くなった時、優しく包み込んでくれた事。
A駅前で待ち伏せして全部話して謝った時、また優しく包み込まれて『よく頑張ったな! もういいんだ……もういいんだよ』って言ってくれた事。
もういいよね……私なりに頑張ってきたもんね……。
――間宮さんだって仕方がないって言ってくれるよね。
私は間宮さんの大好きな柔らかい笑顔を思い出そうとした。
……でも、浮かんでくるのは、顔がぼやけたよく見えない間宮さんだけだった。
頑張ってなんかない……か。――私はただ逃げてただけ……。
――頑張るのはこれからだ!今頑張れないで、いつ頑張るの!
心で強く自分を奮い立たせ、抱き寄せられた腕を突き放して間髪入れずに力いっぱい右手を振り抜いて、平田の頬を歪ませてやった。
「誰がお前のモノなんかになるか! 汚い手で私に触るな!!」
◇◆
瑞樹の心が折れかけて平田の言いなりになりかけた時、校舎裏には瑞樹と平田達の他にもう1人の姿があった。
校舎裏の奥の方で瑞樹達が揉めているのを、手前の階段になっている物陰に隠れて様子を伺っている佐竹だ。
佐竹は間宮に連絡を取った後、そのまま平田達を尾行してこの場に辿り着いたまでは良かったのだが、平田と瑞樹のやり取りに足が竦み助けに行きたい気持ちとは裏腹に、足がこれ以上前に進まないでいると。
そんな意気地の無い佐竹の横を、全速力で走り抜ける2人の人影があった。
呆気にとられた佐竹だったが、2人の後ろ姿を見てそれが誰なのか瞬時で察知して止めようと声を上げようとしたのと同時の事だ。
「よく言った! それでこそ私の親友だ! 志乃!!」
「汚い手でこれ以上、お姉ちゃんに触るなぁ!!!」
瑞樹が平田の手を振り払い、勢いよくビンタを喰らわして威勢のいい啖呵を切った時、走り込んできた2人は途中で焼却炉付近で放置されていた角棒を振りかぶり迷いなく平田には横顔を、その仲間には脇腹を殴りつけた。
「ぐあっ!!」
「ぐぎゃあっ!!」
予想だにしていない攻撃を受けた平田達は、痛みで顔を歪ませて体制を崩した隙を縫うように、奇襲を仕掛けた2人は輪の中心にいた瑞樹を取り囲むように立ちはだかり、手に持っていた角棒を剣道の竹刀のように構える。
「――えっ?」
予想だにしていなかったのは瑞樹も同じで、突然現れた2人の姿に思考が停止して言葉が中々出てこない。
「んだぁ!? まさかこいつ助けに来たってんじゃねぇだろうなぁ! おいっ!!」
「ふざけやがって!!」
攻撃を受けなかった平田の仲間が乱入してきた2人に、怒鳴り散らしながら詰め寄る。
「ヤッバいなぁ……ついブッチギレちゃって、後先考えずに突っ込んじまったい!」
「そういう無鉄砲な所が、私は好きなんですよ!」
こんな碌な目に合わない事が約束されたような場所に突っ込んだ2人は、自ら招いた大ピンチな状況にも関わらず、笑みを浮かべながらそう話す。
「よぅし! 褒めてないな! つかさぁ、希って実は空手美少女でこんな奴らなんて瞬殺出来るって、驚きの展開とかってないの!?」
「あっはは! 私は帰宅部で、帰って録画してたドラマとか観てるだけの美少女でしたねぇ!」
「うっ! なんだよ、受験勉強に入る前の私と一緒じゃん!」
無意識に体が動いていたという言葉がピッタリと当てはまる行動で、突っ込んだ先の事なんて考えていなかった2人の逃げ場を潰すように、平田達が周囲を囲んだ。
「はっはっ! なるほど! なるほど! 瑞樹1人で俺達全員が満足させるのは流石にキツいから、助っ人を呼んでおいたって事か! 気が利くじゃねぇかぁ瑞樹ぃ!」
平田は瑞樹を守るように立つ2人をジロジロと舐め回すように見ながら、下品な言葉を吐き捨てる。
そこで守られるような立ち位置にいた瑞樹が、駆け付けた2人の間に隙間を作ろうと、壁となっていた2人の前に出た。
「何やってるの! 愛菜! 希!」
「何って! 志乃を助けに来たに決まってんでしょ!」
「そうだよ! お姉ちゃんこそ1人で何やってんのよ!」
前に出た瑞樹を再び自分達の後方へ戻そうと、加藤と希は瑞樹の肩を引っ張ろうとしたが、瑞樹の体は全く動かない。
「誰が助けてって言ったの! 2人は早く逃げて!!」
「何言ってんの!? 逃げるなら3人で逃げよう!」
「無理だよ……全員で逃げたって逃げ切れるわけないじゃない!」
瑞樹はそう言い切り、少しでも平田達から2人の距離を空けようと、更に平田との距離を詰めた。
「へっ! わかってるじゃん! 1人も逃がす訳ねぇだろ」
「アンタ達の目的は私でしょ! 私は絶対に逃げたりしないから、2人は関係ないんだから見逃して!」
「馬鹿が! お前が俺達に穴だらけにされる事は決まってる事なんだよぅ! だからそんな条件なんざ取引にすらならねえっての。それに俺はこいつらに怪我させられたんだぞ!? 無事に帰すわけねぇだろうが――いいから、とりあえずそこどけ!」
平田は瑞樹の交換条件を一蹴して、目の前で両手を広げて立ちふさがる瑞樹を強引に投げ飛ばす様に払いのける。
「きゃっ!」
瑞樹が砂利の上に投げ出されると、平田はイヤらしい笑みで見下ろしていた。
「おい、お前ら! 瑞樹と一番にヤるのは俺だからよぅ! お前らはそっちの2人に相手してもらえ」
「あぁ、こっちの女も可愛いし文句ねぇよ」
平田にそう言われた仲間達はニヤリと笑みを浮かべて、加藤と希にジワジワと詰め寄り始めた。
「お願い! や、やめて! 2人には手を出さないで!」
瑞樹の叫びに平田の仲間達の足は止まる様子は微塵もなかった。
「大丈夫だよ! 心配しないで! 志乃!」
加藤が威勢よくそう言うのと同時に、持っていた角棒を平田の仲間に振り抜く。
だが、不意打ちなら兎も角、か弱い女子高生が棒を力いっぱい振り回したところで、喧嘩慣れしている男達にあっさりと武器を奪い取られてしまう。
それは加藤と同時に攻撃した希も同様で、2人は一瞬にして武器を失ってしまった。
丸腰になった事を確認した平田の仲間達は目が血走り、欲望に支配された顔つきで次々と2人に近付いて行き、必死に抵抗を見せる加藤の両肩が押さえつけられた。
「お願い! 私はどうなってもいいから、もうやめてぇぇ!!」
出せる最大の声量で叫んだ瑞樹の声を聞き、物陰に隠れていた佐竹の恐怖心に初めて助けたいという気持ちが上回り、立ち上がろうと両足に力を込めた時、まるで強い風が吹き抜ける感覚を覚える。
その風は佐竹の後方から一気に吹き抜けて、あっという間に佐竹を追い越して瑞樹達の方へ向かって行く。
風と感じた正体は1人の女の子だという事を確認した佐竹は、あまりの速さに足に込めた力が再び抜けてしまった。
猛スピードで駆け寄る女の子は、低い姿勢から勢いを殺さず手前に軽くステップを踏む様に飛び込み、着地と同時に今度はその勢いを上昇力に変換させて上に飛んだ。
飛び上がった女の子は独特のフォームで体を捻り、その反動とスピードを利用して鋭い蹴りを加藤を抑え込もうとしている男のこめかみにヒットさせた。
スパァァン!!といい音が響くのと同時に、蹴りをお見舞いされた男は苦悶の表情のまま派手に地面に叩きつけられる。
華麗な飛び回し蹴りを決めた女の子は空中で姿勢を整えて、瑞樹達に背を向けて着地した。
まさに電光石火の一撃に平田達は何が起こったのか状況が把握出来ない様子で、立ち尽くし言葉も出ないようだ。
いや、蹴られた男自身も何が起こったのか理解出来ずに倒されたのだろう。
上体を起こした男が目を丸くしている事から、それは容易に伺えた。
「空手少女はいないけど、古武術使いの美少女ならここにいるんだけど?」
絶体絶命のピンチに、まるで空から舞い降りてきたような登場をした女の子はそう話して、加藤にニッと口角を上げる。
そこでようやく、3人は誰が駆けつけてきたのか理解した。
「――か、神ちゃん」
乱入した女の子はライブ会場にいるはずの神山だった。
そのライブ会場からついにライブが始まり、神楽優希が奏でる独特の世界観がギッシリと詰まったロックサウンドをBGMに、平田達に古武術の構えを見せる神山の姿は、まるでアクション映画のワンシーンのように映える。
「何でここにいるの! 私は関わるなって言ったよね!!」
構える神山の両肩を掴み、怒り心頭と言わんばかりの剣幕に捲し立てた。
「うるさい! うるさぁい!!」
加藤の台詞を掻き消すかのように、神山は加藤に背を向けたまま怒鳴ると
、加藤はビクッと掴んだ神山の両肩から手を離す。
いや加藤だけではない。瑞樹姉妹も目を見開き硬直している。
「――友達が……大切な仲間がヤバい時に、助けようとして何が悪いの!? カトッ――――愛菜!!」
睨むように加藤を背中越しに見ながら怒鳴り返した後、神山はフッと優しく微笑んで見せた。
「いつまでお友達ごっこやってんだ! コラァ!!」
平田の仲間の1人が神山と加藤のやり取りを邪魔するように、怒鳴りながら左手で神山の胸倉を掴み、利き腕の右腕を振り上げた。
しかし神山は掴まれた相手の左腕の関節を一瞬で逆方向に捻り、掴まれている力が弱まったところで、間髪入れずにしゃがみ込み超低空飛行の回し蹴りを足を払う様に振り抜くと、軸足を払われた男は簡単にバランスを崩し倒れ込んだ。
「ごっこ!? ナメんな!! 糞野郎っ!!」
鮮やから足技と男前な台詞に他の仲間達が怯んだ瞬間、奪い取られて捨てられていた角棒を手にした加藤と希は、お互いの顔を見合わせた後、角棒を下から上に振り上げた。
「ギャンッ!!」
「グガァッ!!」
振り上げた棒は2人の男の股座に直撃して、この世のモノとは思えぬ悲鳴が響き渡り――男達は股間を両手で抑えながら跪いた。
「うへぇっ! 何かグニュッって感触だったなぁ……気持ちわりーっ!」
「彼氏とか出来る前に、この感触は知りたくなかった……です」
加藤と希は手に持っていた角棒を汚そうに眺めながらそう呟き、2人は倒れ込む男の前に仁王立ちする神山に視線を向けた。
「まったく――せっかくアンタだけは純粋に文化祭を楽しんで貰おうと思ってたのになぁ……もうガッツリ頼りにしちゃうからね! 結衣!」
加藤がそう言って、再び角棒を構える。
「また1人お姉ちゃんが増えて、すっごく嬉しいです! 結衣さん!」
希は角棒を立てて、ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねた。
――結衣。
2人に名前で呼ばれた瞬間、加藤との間に感じていた僅かな壁が崩れる音が聞こえた気がした神山は、ずっと欲していた関係になれたんだと実感して――こんな絶体絶命の状況下にそぐわない笑顔を2人に見せたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます