第18話 Cultural festival act5 ~兄妹!?~
間宮達の姿を見なくなって一時間が過ぎたが、相変わらず客足が落ち着く事がなく、カフェ猫娘はオープニングから大繁盛でホール、厨房、裏方に至るまでフル回転状態だった。
だが誰1人笑顔を絶やす事なく、皆頑張っている。
ホールのエースである瑞樹が休憩をとる事が出来たのは、オープンしてから3時間後の事だった。
「あ、杉山君! お疲れ様。これから私も休憩に入るからよろしくね」
入れ替わりで休憩明けの杉山に声をかけて、瑞樹はバックヤードに向かおうとしたが、その杉山に呼び止められる。
「瑞樹わるい! 休憩入る前にデリバリー頼まれてくれないか?」
「は? デリバリー!? そんなサービスやってなかったよね?」
突然デリバリーを頼まれた瑞樹は、困惑した表情で苦言を漏らす。
何でも他のカフェをやっているクラスの偵察に行っていた時、突然校内放送で職員室に呼ばれた杉山は、担任にデリバリーを頼まれたのだと話す。
「杉山君が呼び出されてたのは知ってるけど、用件ってデリバリー発注だったの!? そんなズルしないで先生も並べって言えばよかったじゃない」
「先生の依頼ならそう言って断ってたって! でも先生からの注文じゃなかったから断れなかったんだよ」
「じゃあ誰からの依頼だったの?」
瑞樹がそう尋ねると、杉山は瑞樹との距離を詰めて小声で話し始める。
「それがさ……さっき神楽優希が学校に到着したらしくて、今は楽屋に待機中らしいんだけど……デリバリーを頼んできたの神楽優希のマネージャーらしいんだよ」
学校に入ったのは神楽だけではなく、今日のライブを撮影する為のスタッフも多数来ていた。
この場合テレビ局側がケータリングやロケ弁を用意するのがお決まりで、実際ケータリングが準備されていたらしい。
だが神楽はそれらを拒否して、文化祭で出店している食べ物が食べたいと言い出したそうだ。
そこで前日の飲食店ランキングでぶっちぎり1位通過のカフェ猫娘に白羽の矢が立ったのだ。
本人は他の人達と同じように並ぶと言っていたそうだが、そんな事をしたら大混乱になってしまうのは明白だった為、マネージャーが特別にデリバリーを頼めないかと相談されたと杉山から聞かされた。
「なるほどね。それは確かに並んでとは言えないか……分かった! じゃあ私が届けてくるよ」
「サンキュ、助かるよ! 休憩なのにわるいな。直ぐに用意させるからちょっと待っててくれ」
杉山が大急ぎで厨房に駆けていくのを見送って、瑞樹は待っている間に着替えようと更衣室に向かおうとしたら、厨房から杉山の大きな声が届く。
「瑞樹! 猫娘のスタッフとして行くんだから、宣伝も兼ねてその恰好のまま行ってくれ!」
まだ宣伝が必要!?と言い返したがったが、ここで杉山と口論しても時間が勿体ないと、素直に応じる事にして持ち運びしやすい大きなトレーを準備した。
メニューが出揃い準備が整った瑞樹は、届け先を確認して落とさない様にと慎重にトレイを持ちカフェを出て神楽の楽屋に向かった。
慎重に進みもうすぐ楽屋に着く所まで来ると、楽屋に使用している大会議室のドアの前にスーツ姿の女性が立っているのが見えた。
◇◆
カフェを松崎達より先に出た間宮は、パンフレットを片手に校内をこまめにチェックして歩き回っていた。
体育館の方から大きな音と声が聞こえる。
16時から神楽優希の単独ライブが行われる予定で、それまでは軽音部のライブや各クラブの催し物が開催されていて、大音量の音楽と歓声が盛り上がっている事を示していた。
体育館を抜けてそのまま校舎に入り暫く歩いていると、各クラスの様々な催し物や飲食関連の店舗が立ち並び、廊下には大勢の人が行き来していて、体育館のライブに負けない盛り上がりを見せていた。
間宮は自分の高校生時代を思い出しながら、各クラスを横目で見物しつつ歩みを進めていると、人気の少ない廊下の突き当りにスーツ姿の女性が立っているのが見えてきた。
しかもその女性に話しかけている見覚えのある猫姿の女の子も、視界に入った。
「お待たせしました! カフェ猫娘です。ご注文の品をお届けに参りました」
「ありがとう。無理言ってごめんなさいね」
差し出されたトレイを受け取った女性が瑞樹を見て、続けて口を開く。
「あら? 貴方はこの前道案内してくれた子よね?」
「はい。覚えててくれてたんですね」
「勿論よ! ふふっ、今日は随分と可愛らしい恰好なのね。似合ってるわよ!」
「あ、あはは、ありがとうございます」
単身で行動している様子の瑞樹を見た間宮は、2人のやり取りに横槍を入れるように口を開いた。
「瑞樹、こんな所で何やってんだ?」
瑞樹はマネージャーから視線を外して振り向くと、そこには少し心配そうな表情を浮かべる間宮が立っていた。
「間宮さん!」
「休憩時間か? 加藤達と文化祭回るんじゃなかったのか?」
「あ、うん! 今から連絡しようと思ってたとこだよ」
頼んでいたメニューが乗ったトレイを受け取ったマネージャーは、会話に割り込んできた男を見つめて首を傾げる。
「ん? 間宮?」
そう呟く声が聞こえた瑞樹は、仕事の途中だった事を思い出して慌ててマネージャーに意識を戻した時、間宮の口から聞き覚えの無い名前が零れる。
「え?……茜……か?」
「りょ……良兄!?」
間宮と茜と呼ばれる神楽優希にマネージャーが、お互い指を指し合い口をワナワナと震わせていた。
「お、お前こんな所で何してんねん!」
「良兄こそやん! ここ高校やで!? まさかJK目的で潜り込んだんとちゃうやろな!? オトン泣きながら首つりおんで!」
「あ、あほかっ! そんなんちゃうわ! 俺はボディ――ちゃうくて神楽優希のライブがあるから来ただけや!」
思わず瑞樹の前で、ここに来た目的をバラしかけたが、咄嗟に何とか誤魔化した。
ガード対象である瑞樹は呆気にとられているようで、ポカンと口を開けて固まっている。
「は!? ウチの優希のファン!? 良兄が!?」
「ウチのって……サラッと気持ち悪い事言うてんぞ!」
「どこが気持ち悪いねん! ウチは神楽優希のマネージャーやねんで!」
「はっ! 東京に来て腕が鈍ったんちゃうか? 全然おもろないぞ!」
2人の漫才染みた口論に思考が追い付かない瑞樹は、助けを求めるように「あ、あの……」と話に割り込もうとすると、2人は我に返り瑞樹を置いてきぼりにしている事に気付いた。
「あ、あらっ! みっともないところ見せちゃって、ごめんなさいね」
「あ、あぁ……いえ! 御二人は……その」
瑞樹に意識を向けた茜が恥ずかしそうに謝ると、瑞樹は間宮と茜を交互に見つめながら、困惑しているようだった。
「突然ごめんな。紹介するよ瑞樹――間宮
「そ、そうなんだ……って、えぇ!? い、妹!?」
「ふふっ! 驚かせてごめんね。良介の妹の茜です」
「あ、えっと……み、瑞樹志乃……です。まみ……りょ、良介さんにはいつもお世話になっています」
「あははっ、そんなに畏まらないでよ。ねぇ! 志乃ちゃんって呼んでいい? 私の事は茜でいいから」
「は、はい! 宜しくお願いします。あ、茜さん」
瑞樹が少し落ち着いたところで、茜がジトっとした目で間宮を見る。
「ところで良兄! 志乃ちゃんとはどんな関係なん!? まさか付き合ってるとか言わへんやんな!」
「そんなんちゃうわ! この子は俺の得意先のゼミの生徒で、仕事の関係で知り合った、ただの友達や!」
「ほんまやな!? メッチャ可愛いからって手なんか出したら、犯罪やで! 犯罪! 分かってるやんな!」
間宮の胸元に指を突き付けて睨みつける様に警告する茜に、瑞樹は慌てて両手を胸元で左右に振った。
「あ、茜さん。本当にそんなんじゃないんです。ただ私がいつも迷惑ばっかりかけてる関係というか……」
(
――ただの友達)
間宮の言葉が胸に突き刺さり激しく凹みそうになった瑞樹だったが、グッと堪えて間宮にかけられた疑いを解こうとしたが、茜の疑惑の目は消えていなかった。
「そ、そんな事より、間宮さんって関西の人だったの!?」
瑞樹は話題を変えようと、さっきから繰り広げられていた漫才トークのやり取りについて訊いた。
出会った頃から綺麗な標準語を使っていた為、間宮は同じ東京の生まれだと思っていたのだから、この質問は当然だった。
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺達は大阪出身なんだよ」
「マ、マジですか!?」
「そんな事より良兄! さっき言うてた事ボケたんちゃうで! ウチは今ホンマに神楽優希のマネージャーやってるねん! じゃなかったらウチがこんな所におるわけないやろ!」
ムキになって神楽優希のマネージャーだと言い切る茜を無視して、間宮は確認するように瑞樹に視線を向けると、瑞樹は黙ったまま激しく何度も頷いた。
「マジでか!? 確かに昔から茜は芸能関係の仕事がしたいって言うてたけど、オトン滅茶苦茶反対してなかったか?」
「してた! してた! だから反対押し切って東京に出てきたんやもん」
「え? それっきり帰ってないんか!? 偶には帰ったれや!」
「こっちで就職してから、全く帰ってない良兄にだけは言われたくないわ! この不良兄!」
――あははは!!
笑いが堪えられなかった瑞樹はお腹を抱えて笑いだすと、間宮と茜は大袈裟に驚き笑い転げる瑞樹に顔を向けた。
「あはっは! ご、ごめんなさい! 笑う内容じゃないって分かってるんだけど、普段の間宮さんのギャップと2人の大阪弁を聞いてたら、何だか漫才を聞いている感じになっちゃって――それに不良兄て」
瑞樹にそう言われた2人は、お互いの顔を見合わせて大きく溜息をついた。
「そう。大学の時からそれよく言われとったから、言いたくなかったんやけどな……」
「そうそう。全然おもろい事なんて言うてないのに、笑いがとれるのって大阪人としては微妙やねんなぁ……ってそうや! 良兄と遊んでる場合やなかったわ!」
茜は瑞樹から受け取ったランチボックスの存在で、優希を楽屋で待たせている事を思い出して、手帳型のスマホカバーに忍ばせていた名刺を取り出して、「ん!」と間宮に手渡す。
「それウチの名刺! 携帯番号とアドレスが書いてるから後で連絡してえや。5年ぶりに会ったんやし、今度ゆっくり話そうや!」
「おぅ! また連絡するわ」
茜をランチボックスの代金を支払い、瑞樹に柔らかい笑顔を向けた。
「デリバリーありがとう。ライブ楽しみにしてて!」
「はい! 楽しみにしてます! カフェ猫娘のご利用ありがとうございました!」
茜が手をひらひらと振りながら楽屋に戻っていき、現場に間宮と二人きりになり、さっきまでの賑やかさが嘘のように沈黙が流れる。
間宮はさっきのメロンパンの事で瑞樹を怒らせてしまったのだと思い、言葉が全く出てこなかった。
そんな沈黙に耐えられなかったのか、瑞樹は思い出したようにポケットからスマホを取り出し加藤の番号をタップして耳に当てた。
「……じゃあな」
「え? あ、うん」
加藤に連絡しているのだろうと、間宮は気を利かせてこの場を離れようと歩き出す。
加藤と電話が繋がったのか、立ち去る後ろから瑞樹の話声を聴いた間宮は、再びボディーガードとしてのスイッチを切り替えて、気持ちを引き締め直した。
◇◆
小さくなっていく間宮の背中を寂しそうな表情で見送りながら、瑞樹は電話が繋がった加藤と落ち合う場所について話をしている。
表情は見られなくて済むが、声色が少しでも沈んでいると加藤はすぐに気が付く為、努めて明るく振舞っている自分が、気持ち悪くて仕方がなかった。
平田が来るかもしれないという不安と、間宮の為に準備したメロンパンを喜んで貰えなかった事がショックで、瑞樹の気持ちは沈む一方だったのだ。
加藤と合流して文化祭を回ったのだが、その場に何故か神山と佐竹の姿が無く加藤に何度も訊いたのだが、神楽優希のライブでいい席を確保する為に並んでくれているとしか答えず、瑞樹はそう話す加藤の表情に違和感を覚えながらも、頷く事しか出来なかった。
休憩が終わり仕事に戻ると、神楽優希のライブが迫るにつれ客足がドンドンと減っていき、ようやく落ち着きだしてスタッフ達もライブの事で盛り上がり始めた。
いくら大人気カフェと言っても、流石にライブを観れないのは我慢出来ないという声が大半だった為、16時からのライブに合わせて15時にカフェを閉まる事になっていて、閉店時間が迫る度にスタッフ達もそわそわと落ち着きがなくなってきた。
そんな空気の中、もしかしてこのまま平田は来ないのではないかと期待し始めた瑞樹も、ライブで盛り上がっているクラスメイトの輪の中に加わろうとした時の事だった。
――恐れていた事が現実になってしまう。
突然勢いよくカフェのドアが開く。
入口に一番近くにいた瑞樹が対応しようと、入って来た客にすっかり慣れた猫ポーズで出迎えた。
「いらっしゃいにゃ! 何名様ですかにゃ?」
客にそう言った直後、瑞樹は背筋が凍る感覚を覚えた。
「よう! 宣告通り来てやったぜ? 瑞樹」
「――――平田」
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