第17話 Cultural festival act4 ~分裂~

 カフェの入口で固まってしまった2人。


 カフェの成功の為に全力で猫娘スタイルで接客に向かった相手が間宮だと知り、肉球を顎先まで上げて猫ポーズを決めたまま固まった瑞樹。


 対して厨房担当だから会えないと言われていた間宮の目の前に、突如現れた猫娘姿の瑞樹が今まで見た事がない類の笑顔が飛び込み、更に語尾に「にゃん」なんて付ける瑞樹なんて、流石に想像もした事がなく……完全にギャップにやられた間宮。


 両者が店に入口で動きを止めてしたった為、後ろに続いていた松崎が苛立ちを隠す事なく、間宮の肩越しに顔を覗かせた。


「おい! 何立ち止まってんだよ!? さっさと入れ……よって……おぉ! メッチャ可愛いネコがいる!」


 松崎もカフェとだけ聞いていただけだった為、間宮の前に絶世の美少女が猫スタイルで立っていれば、この反応は当然といえば当然だった。


 はしゃぐ松崎に怪訝な表情を見せた加藤達も、入口の僅かな隙間を潜り中に入ると、真っ赤に茹で上がる瑞樹を見て目をキラキラと輝かせた。


「うわっ! 志乃にゃんこだ! 猫耳カフェをやるって聞いてたけど、尻尾に肉球まで付いてるじゃん! かっわいい!」

「お姉ちゃんが猫コスとかウケる!!」


 加藤の後に続いた希は、姉の変貌ぶりにケタケタと笑い転げた。


「瑞樹さん、 マジハンパなく可愛いんだけど!」


 神山は両手を頬に当て、興奮を抑えられずに絶賛している。

 最後に入ってきた佐竹に至っては、もはや言葉が出てこないようで、顔を赤らめてモジモジと視線を逸らす始末だ。


 松崎達の歓声に我に返った瑞樹は必死に笑顔を作ろうと努力したが、どうひいき目に見ても、その笑顔は不自然に引きつっていた。


「ま、まま愛菜に希、それに神山さんと佐竹君もいらっしゃい」


 瑞樹の反応に他のスタッフ達がフォローの為に駆け寄ろうとしたが、瑞樹は顔を真っ赤にしたまま肉球でそれを制止して、改めて間宮に顔を向けた。


「お、おはよ。そんな可愛いネコに迎えられたら、眠気を吹き飛んだよ」


 間宮も冷静に努め、いつもの柔らかい笑顔を瑞樹に向けると、瑞樹は更に顔を赤らめてプイッと目を逸らしてしまった。


 サラッといつもの攻撃に撃沈しそうになった瑞樹だったが、笑われるかもしれないと不安があった為、お世辞でも嘘でも可愛いと言ってくれたのが、素直に嬉しかった。


「あ、ありがとうにゃん! それではお席に案内するにゃ~ん」


 ご機嫌な瑞樹は肉球で可愛らしく手招きしながら、間宮達を席に案内した。


「ご注文は何になさいますかにゃ?」


 間宮達にこの姿を見せるのに慣れてきたのか、自棄になったのかは不明だが、照れ臭そうな仕草を見せる事なく、間宮達の接客に当たる。


「間宮さんは絶対にこのメロンパンね!」


 メニューを眺めていると、隣に座っている加藤がメロンパンを強く勧めてきて、そういえばとガードを頼みに来た時に加藤がメロンパンの話をしていた事を思い出す。


「じゃあ、俺はメロンパンとアンパンとアイスコーヒーを貰おうかな」


 間宮がメロンパンを注文すると、瑞樹ネコの表情がパッと明るくなった。


「俺は海老ピラフとホットドッグね」


 どんな食い合わせだよと、間宮達は引きつる仕草を見せたが、当の松崎は気にする素振りすら見せなかった。


 加藤達も瑞樹に注文を告げ終えると、伝票に記入した注文メニューを復唱した後、小さく咳払いをした瑞樹は照れ臭そうにネコポーズを見せた。


「ご注文ありがとにゃん! 心を込めて作ってくるから少しだけ待ってて欲しいにゃ!」


 この姿を見られるのは意外にすぐに慣れた瑞樹だったが、ポーズと語尾に「にゃん」と付け加えるのには抵抗があるようで、頬を赤らめながら決められた台詞を言う瑞樹が余計に可愛らしく見えた。


 オーダーを厨房に届ける瑞樹ネコの後ろ姿を眺めて、加藤達は談笑に華をさかせ始める。


「あの子がガード対象か?」

「……あぁ、そうだ」


 松崎は加藤達の話題に入らず、浮かない顔をしている間宮に今回の仕事の確認をとり始めた。


「なるほどな。確かに目を引く女の子だよな――くだらない連中とのトラブルに巻き込まれる事も……あるか」

「……まぁな」

「んで? 具体的なガード方法とか考えてるんか?」

「いや……色々と考えてみたんだけど、どれも完璧に守れる作戦ってのが思いつかなくて……な」

「だろうな。この敷地にこの人数、おまけにずっと一緒にいるわけじゃない……危険を伴わず完璧にガード出来る方法なんて皆無だろうよ」


 正論だ。無策だったと言われても仕方がないのかもしれない。

 平田の接触は瑞樹にとって好機だとか言ってたくせに、結局何も策を講じる事が出来なかった事実に、間宮は奥歯を噛み締める思いだった。


「……松崎ならどうする?」


 悔しい気持ちはある。

 だが今回の事は被害を受けるのは自分でなく、瑞樹という高校生だ。

 これからの事を考えると失敗は許されない。

 1%でも成功の確率が上げる事が出来るのなら、自分の策でなくても一向に構わない。


「思い切って、彼女のガードを完全に止めてしまうのはどうだ?」

「は? 言ってる意味が解らないんだが……」

「中途半端にガードについて、お前の存在だけが相手に知られたりしたら? 彼女に接触するのを止めて日を改められたら?」

「……完全にアウトだな」


 松崎の指摘は的を得ている。

 この日にこの場所で相手が行動を起こすと分かっているからこその好機なんだ。もし平田が今日ではなく、突発的に接触してこられてしまったら――瑞樹を守る事は不可能に近い。

 だが、松崎の提案に対して、素直に首を縦に振る事が出来ない理由がある。


 ――それは


「それはつまり……瑞樹を囮にするって事か?」

「まぁそうなるな。不服か?」

「……かなりな」


 不満全開をいう顔つきで、平田の提案を否定する。


「そこはしょうがないだろ。あの子と平田って奴の間で何かあったにしても、ガキの喧嘩みたいなもんで時効みたいなものだしな。だから平田が瑞樹ちゃんに接触する前に拉致るってもの筋が通ってねえじゃんか」

「……筋とか言ってる場合じゃないだろ」


 正論が耳障りで仕方がなかった。

 身勝手な事を言ってる自覚はあったが、どうしても松崎の提案を肯定する気になれない。

 それはトラウマという大きな心の傷に塩を塗る行為が、どれだけ本人に負荷をかけてしまうのか……間宮にはよく分かるからだ。


 間宮は松崎から視線を外して黙り込んだ。


「……ほ~~ん」

「んだよ!」

「んにゃ、らしくない事言うんだなって思ってな。筋を通さず実力行使とか――それだけお前にとって大切な存在って事なんだろ?」

「そ、そんなんじゃないって! 俺はただ瑞樹が心配だってだけでな!」


 松崎の挑発と取れる台詞が癇に障ったのか、間宮は声を荒げて反論すると、後ろから複数の弾んだ声が聞こえてきた。


「おっまたせにゃあ! ご注文の品をお届けにゃんよ!」


 瑞樹を含む愛らしい恰好をした猫娘達が、可愛い仕草を見せながら間宮達のテーブルに現れた。


 それぞれのテーブルに注文された物を並べ終え、瑞樹はトレーを胸元で抱く様に持ち「冷めないうちにどうぞにゃ!」と声をかえると、松崎が早速ピラフを頬張り始めた。

 間宮も大好物のメロンパンを口に運んだが、難しい顔つきが緩む事はなかった。


「あ、あれ? そのメロンパン美味しくない? 間宮さん……」

「え? 何で?」

「だってメロンパンを食べてる時の間宮さんって、本当に幸せそうな顔で食べてるの見てきたから……」


 絶対に喜んでくれると思っていた瑞樹は、嬉しそうな顔を見せるどころか、眉1つ動かない間宮を見て不安になり、無意識にネコ風に話す事を忘れていた。


「……そ、そんな事ないよ。凄く美味いメロンパンだな」


 恐らく本当に美味いパンなのだろう。

 だが、間宮の意識は平田との事でいっぱいになっていて、食べているパンの味すらも感じなくなっていた。


 瑞樹が寂しそうな表情が視界に入った間宮は、美味そうに食べるフリをして、一気にパンを平らげて引きつりそうな顔を必死に隠して瑞樹に笑顔を見せたが、瑞樹は「ごゆっくり」とだけ言い残して間宮達のテーブルを離れようと背を向ける。


「な、なぁ! このパンって持ち帰りも出来るんだよな? 悪いんだけどメロンパンを三つ包んで貰えるか?」


 そう呼び止められた瑞樹は、背を向けたまま視線だけを間宮に向け頷く。


「……うん。分かった……包んで持ってくるね」


 落ち込んだ雰囲気を隠そうとせず、瑞樹は厨房に向かいベーカリーOOTANIのロゴが入った紙袋を持って戻ってきた。


「……どうぞ」

「あ、うん。ありがとう」


 なるべく自然な笑顔を作り、パンが入った紙袋を受け取ると、瑞樹は「ありがとうございました」と会釈して仕事に戻って行った。


 寂しそうに立ち去る瑞樹を見て、加藤は隣に座っている間宮の袖を引っ張る。


「ちょっと間宮さん! 人前に出るのが苦手な志乃が間宮さんの為にプレゼンまでして、メニューに加えたメロンパンだったのに!」


 加藤は間宮に顔を寄せて、小声でそう抗議する。


「あ、あぁ……そうか……ごめん」

「私に謝られても困るんだけど」


 間宮は言い訳をせずに謝ると、加藤は困った顔で溜息をついた。

 そんな2人のやり取りを見ていた松崎が口を挟む。


「愛菜ちゃん。間宮は今日のガードの事で神経を尖らせてるんだから、そこまで気が回らないのは仕方がないでしょ。愛菜ちゃんがガードを頼んだんだろ? その頼みに応えようとしてるのに、それはないんじゃないかな?」


 松崎にそう言われて自分の失言に気付いたのか、加藤は申し訳なさそうにしている間宮に視線を戻して、頭を下げる。


「ごめんなさい……間宮さん。私かなり勝手な事言ってた。本当にごめんなさい……」

「いや、俺の不注意なんだから、加藤が謝る事なんてないよ」


 頭を下げる加藤に、間宮は慌ててフォローを入れながら、余計な事を言うなと松崎を睨んだが、本人は呑気にホットドッグを頬張っていた。


 その後アイスコーヒーを喉に流し込み、間宮は紙で出来たコースタ―に何やら書き込み始めて、他のメンバーがコースターを覗き込もうとした時、書き込み終えたコースターを加藤と希に手渡して席を立った。


「え? なに? これ」


 加藤と希は手渡されたコースターに視線を落として、2人共首を傾げる。


「俺の番号とトークアプリのIDだ。俺が瑞樹の傍にいない時に平田と接触したらそこに連絡して欲しい」


 間宮にそう言われて、加藤と希は間宮の連絡先を知らなかった事に気付き、目を大きく開く。


「そ、そうだね! 了解!」


 加藤はそう言って、自分のスマホに間宮のデータを登録した後、間宮のスマホにワン切りしてから素早くトークアプリを立ち上げて、ボディーガードと名付けたトークルームを制作して、間宮と希に招待メッセージを飛ばす。


 希も同じようにスマホを操作して、加藤に作ったトークルームに加入も終えた。

 2人の番号を登録した間宮は、スマホをポケットに仕舞い財布から5000円札を取り出して、テーブルに置く。


「どこに行くんだ?」

「今のうちに校内を回って、色々とチェックしようと思ってな」

「了解。俺もこれ食い終わったら回ってみるわ」

「分かった。これで皆の分も支払っててくれ。じゃあな」


 間宮はそう言うと、すぐにカフェを出て行った。


 さっきからの4人のやり取りを見ていた神山と佐竹は、怪訝な顔で加藤に詰め寄る。


「ねぇ、カトちゃん。これってどういう集まりなん? 文化祭を楽しもうってノリじゃなくない?」


 神山は加藤にそう声をかえると、佐竹も大きく頷いた。


「う、うん。神ちゃんと佐竹には言ってなかったけど、私達4人は志乃を平田って奴から守る為にここにいるんだ」

「平田? 守る? おい、加藤! 一体どういう事だよ!」


 今度は佐竹が加藤に詰め寄る。


 神山達だけでも巻き込みたくなかった加藤だったが、2人の真剣な表情に押されて、これまでの経緯を瑞樹の過去になるべく触れないように、言葉を選びながら2人に説明した。


「……そういう事だったんだ。今朝会った時からいつもと空気が違うとは思ってたんだけどね――それで?」

「ん? それでって?」

「まさか私達だけハブるつもりだったんじゃないよね?」


 神山は目つきを尖らせて更に加藤に詰め寄ると、佐竹も身を乗り出した。


「いや! ハブるとかじゃなくて、2人を危険な事に巻き込みたくないから……」

「同じ事じゃん!」

「私と希は事情を知ってるから瑞樹を守ろうとしてるけど、何も事情を知らない2人を巻き込めないじゃん!」


 剣幕な空気を見せた神山に、加藤も苛立ったのか徐々に語尾が荒くなっていく。


「事情ならさっき聞いた! それに今晩カトちゃんチでお疲れお泊り会を3人でするんでしょ!? その時、私だけ蚊帳の外なんて絶対に嫌だからね! だから私にも手伝わせてよ」


 中々引き下がろうとしない神山に、気を使ってきた事を全否定された加藤の苛立ちが爆発する。


「だから駄目なものは絶対に駄目なんだよ!」


 勢いよく立ち上がりテーブルを強く叩きながら、加藤は神山に声を荒げた時、周りの客達や瑞樹は店内にいなかったが、他のスタッフ達も一斉に加藤達に視線を集めた。


「2人共、少し落ち着きなよ」


 2人の押し問答を見ていた松崎が、溜息交じりにそう促す。


「松崎さんには関係無いでしょ! 希行くよ!」

「あ、はい!」


 松崎の忠告を受け入れなかった加藤は、希を引き連れてカフェから立ち去ってしまった。


 加藤に完全に拒否された事がショックだったのだろう。

 立ち去る加藤達を呼び止める事が出来ずに、神山はただ呆然と立ち尽くしている。


 加藤と神山のやり取りを見ていた松崎は、目を閉じて腕を組んだ。


「結衣ちゃんの気持ちは愛菜ちゃんだって嬉しかったんだと思うよ? でも大切な友達を危険な事に巻き込みたくないって気持ちも、解って欲しいなってお兄さんは思うんだけどな」


 閉じていた目を片目だけ開き、松崎はショックを受けている神山を宥めるように声をかけた。


「そんな事分かってます。でも……私だって瑞樹さんの力になりたいって思うのはいけない事なんですか?」


 寂しそうな表情で、神山は力なく松崎にそう訊き返した。


「とんでもない! 凄く素敵な事だと思うよ。でもね?結衣ちゃんが愛菜ちゃんの立場だったら、同じ事をしてたんじゃないかな?」


 そう返された神山は、何も言い返す事が出来なかった。


 ◇◆


 その時、プレオープンに続いて大行列が出来てしまった廊下で、先行してオーダーを取っていた瑞樹が店内に戻ってきた。


 カフェの空気がおかしい……。

 店内を見渡してみると、間宮達が座っていた席に3人しかいない事に気付いた瑞樹は、慌てて駆け寄り声をかけた。


「あれ? 神山さん達だけ? 間宮さん達はどうしたの?」


 そう問いかける瑞樹に、神山と佐竹は黙り込んでしまったが、そんな2人を見て松崎がやれやれと苦笑いを浮かべた。


「間宮達は食べるのが遅い俺達を待ちきれなくて、先に文化祭巡りを始めちゃったんだよ。子供だよねぇ」

「え? そうなんですか?」


 瑞樹はピンとこなかったのか、神山達に同じ質問をする。


「本当なの? 神山さん」

「……う、うん。ホント子供だよねぇ。ちょっとくらい待っててくれてもいいじゃんね」


 神山は咄嗟に松崎の嘘に合わせて、苦笑いでそう答えた。


「さってと、俺達もそろそろ行こうか。あ、志乃ちゃん! これ全員分の飲食代ね。釣りはとっておいて」


 そう言って松崎は間宮が置いて行った5000円札を手渡して、カフェの出口に向かい出した。


「え? いえ! 直ぐにお釣りを用意しましから、少しだけ待って下さい」

「本当に気にしないでいいから、受け取っておいてよ! ごちそうさま」


 瑞樹は慌ててレジに向かおうとしたが、松崎は瑞樹の言う事を訊かずに一方的にそう言い残して、3人共カフェを出て行ってしまった。


 明らかに嘘をついているのは、チョロい瑞樹でも分かっていた。

 直ぐに3人を追いかけようとしたのだが、近くのテーブルの客に呼ばれて足を止めるしかなかった。


「はぁい! すぐ行くにゃん!」


 もう条件反射に近い反応で、猫娘のスイッチを入れた瑞樹はすぐさま対応に当たった。


 休憩に入ったら、直ぐに愛菜に連絡を入れよう。

 瑞樹は今は仕事中だからと、無理矢理自分にそう言い聞かせて、猫娘は再び忙しなく店内を走り回るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る