第15話 Cultural festival act2 ~プレオープン~
文化祭の初日が始まった直後から、瑞樹達のカフェがいきなり賑わいを見せている。
「いらっしゃいにゃ! 何名様ですかにゃ?」
ホール担当の猫娘達が、若干の照れ臭さを覗かせながらも、事前に行っていた練習通り接客に応じ始めた。
尻尾を可愛らしく振り、肉球の手袋を顔の前で構えて笑顔で接客する。
この一連の動作と愛らしい姿に、魂を抜かれる男共が続出する。
「ご注文の品は以上ですかにゃ? ごゆっくりにゃあ!」
その中でもとびきり躍動したのが、ホールのエースを命じられた瑞樹だった。
瑞樹はこの恰好で走り回り照れ臭さが消えたのか、積極的に接客に励んでいる。
そのレアな行動こそが、瑞樹が本気でカフェを盛り上げようとする証明で、そんな瑞樹を見て他のスタッフも奮い立ち、店内は始まって僅か30分で大賑わいを見せた。
カフェがオープンしてから客足が途絶える気配がなく、いきなりホール、厨房共にフル回転状態だ。
少しでも客の回転を良くしようと、瑞樹は接客の合間に廊下で順番待ちしている客達に先行してメニューを渡そうと、廊下に出てその光景に驚愕した。
順番待ちしている列が長い廊下一本では足りなくて、最後尾が教室からでは見えない状態だったのだ。
メニューを5部程持ち出していた瑞樹だったが、慌てて持ち出せるだけ持ち出して、先頭の客から可能な限り手渡して回る。
「どうぞ! メニューだにゃ! 待っている間に決めていて欲しいんだにゃ!」
猫の可愛らしいポーズを取りながら、瑞樹は慌ただしくメニューを配っていると、待っている客達から男女問わず可愛いと大絶賛され続けて、瑞樹は少しでも待たされている客達のストレスを軽減しようと、笑顔を振りまいて回った。
碌に宣伝をしていなかった瑞樹達のカフェがオープン直後から大盛況だったのには理由があった。
それは瑞樹が無自覚に宣伝広告塔になっていた為だ。
元々瑞樹達のクラスで行うカフェが、猫耳カフェという事はカリキュラム的には知られていた。
だが、猫耳を付けているだけのカフェという認識を持たれていたのだが、瑞樹がパンを受け取る為に校内を走り回り、他のクラスの連中の目を引いたのが原因だったのだ。
ホールのエースがオープン前から学校中に姿を現した為、元々絶大な人気を誇る瑞樹の猫娘姿が拝めると話題になり、一目見ようと客が押し寄せるのも当然の結果だったかもしれない。
ただ、凄かったのはその先である。
瑞樹や他の猫娘に変身した女子達だけが目的ならば、序盤だけで客足の勢いは途絶えたはずだ。
だが、この勢いは閉店間際まで続いたのだ。
客足が途絶えなかった原因。それはまたしても瑞樹だった。
瑞樹が提案してプレゼンを勝ち取った、ベーカリーOOTANIから仕入れた菓子パンの存在が最大の原因だった。
カフェを含む飲食店が軒を連ねる文化祭の出し物だったが、どこも似たり寄ったりのメニューばかりで、ここじゃないと食べる事が出来ないという店が存在しなかった中で、瑞樹が仕入れた大谷のパンが美味いと話題になり、猫娘姿の美少女達の効果も相まって爆発的な人気を博したのだ。
猫娘の衣装を提案した杉山と、とびきり美味しい菓子パンをプレゼンした瑞樹。2人の功績は絶大な効果を生み、文化祭初日は瑞樹のクラスが大成功を収める事が出来た。
――だが、予想を大きく上回る結果を手放しで喜んでいられない事態に陥ってしまう。
それは15時を過ぎた頃に発覚した。
休憩時間を短縮して働いても、相変わらず客足が落ち着かず嬉しい悲鳴を上げている時だった。
ようやく少しだけ休憩を取れる事になった瑞樹が厨房を横切ろうとした時、提供する食材の管理を担当している木村が焦った様子で瑞樹に声をかけてきた。
「瑞樹ワリィ! 気付くのが遅れたんだけど、2日分仕入れたはずの菓子パンが、もう殆ど在庫が無くなってんだよ!」
「えぇ!? だってあの個数で十分足りるって言ってたじゃん! 明日どうするのよ!」
「そんな事言ったって、こんなに爆発的に売れるなんて想像出来なかったんだよ!」
木村の言う事ももっともだろう。
仕入れたパンは美味しくて絶対に売れるとは思っていたが、ここまで爆発的に売れるなんて――予想しろという方が無理なのである。
嬉しい誤算なのだろうが、本番である明日販売する分が全滅してしまうのは、完全に想定外だった。
「瑞樹頼む! 菓子パンの追加注文を店に頼んでくれないか?」
木村が両手をパンッと音を立てて合わせ、瑞樹に追加発注を頼み込む。
「そんな事言われても、今頼んで明日受け取りなんて無理だよ!」
「そこを何とか頼むよ!」
瑞樹と木村が言い合っている事に気付いた、委員長の杉山が2人に割って入り、明日のパンの在庫が無い事を告げられた。
「……それはマズいな。このパンの評判は学校中に広まっているから、明日も沢山食べに来るだろう……」
杉山と木村が険しい表情を浮かべていると、杉山が仕事に戻ろうとする瑞樹に声をかけた。
「瑞樹! お前店を離れていいから、大谷さんに連絡してパンを追加出来ないか、交渉してみてくれ!」
「はぁ……さっきも話してたんだけど、今発注して明日の早朝に受け取りなんて無理があるじゃん!」
「無理言ってるのは分かってる! でも頼み込むしか方法がないんだよ!」
「――分かったわよ……頼んでみるけど期待しないでよね」
真剣な杉山の圧に押された瑞樹は、渋々観念してスマホを手に取りカフェを飛び出したが、校内は文化祭中とあって賑やかで電話どころではないと、去年までの文化祭での自分の居場所になっていた校舎裏に移動した。
(そうだ……明日パンがなくなったら、間宮さんにメロンパンを食べて貰う事すら敵わなくなるんだった……)
個人的な事情ではあったが、事の重大性に気付いた瑞樹は気持ちを落ち着けてから、スマホを耳に当てた。
「はい! いつもありがとうございます。ベーカリーOOTANIです」
元気な声の女性が電話に出た。
「あ、あの! 私、英城学園の瑞樹と申しますが、大谷さんはいらっしゃいますでしょうか」
「は、は? 英城学園……ですか? えっと……どういったご用件でしょうか?」
このスタッフは事情を知らないようで、悪戯電話の類を疑っている口調だった。
「えと……大谷さんとパンの仕入れの契約をさせて頂いている者で、取り急ぎの件があって……」
「……はぁ」
どうやら完全なバイトのようで、事情を話しても上手く通じていないようだ。
焦る気持ちを抑えながら、もう一度詳しく説明をしようとした時、電話口の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
『ん? どうした?』
『あ、店長! 何か高校生が仕入れの契約がどうのって言ってて、店長に繋げって言ってきてるんですけど、悪戯電話だと思います』
『ああ、それ悪戯じゃなくて、俺の大事なお客様なんだ』
大谷と思われる男の声がバイトに事情を説明している話声が聞こえて、瑞樹はホッと胸を撫で下ろした。
『はい! お電話代わりました。大谷です』
「あ、大谷さん! お世話になっています。瑞樹です」
『うん。こちらこそ! どうしたんだ? まだ文化祭終わってない時間だよね』
「は、はい……まだ終わってないんですが、緊急事態になってしまって」
『緊急事態? ひょっとして俺のパンが不評で、大量に売れ残ったのか?』
そんなわけがないと否定した後、瑞樹はカフェでの現状を説明した。
『……もしかして追加とか?』
「……はい。もしかしての追加をお願いしたいのですが……いくらなんでも無理……ですよね?」
『――――』
大谷から暫く返答が返ってこず、瑞樹はやっぱり無理だと諦めかけた時……再び大谷の声が聞こえた。
『今日は学校関係者だけの、プレオープンだったよな』
「……はい」
『学校内だけでそれだけ売れたって事は、一般の人達も入ってくる明日は何倍もの人が来るってわけだよな?』
「……はい」
『――どのくらい必要だ?』
絶対に無理だと思っていた依頼だった為、数量を訊かれるとは思っていなかった瑞樹は、自分の耳を疑った。
「……えっ!?」
『だから、具体的にどのくらい必要なんだ?』
やっぱり聞き違いではなかった。
この人は前向きに検討しようとしてくれている。
諦めかけて沈んだ瑞樹の目に、輝きが戻っていく。
「え、えっと……希望は今日仕入れて貰った量の2倍の各種100個! 合計500個お願いしたいのですが……」
『500個か……それじゃあ、翌朝に250個、昼一に残りの半分の配達で大丈夫か!?』
「それは問題ないですけど、こちらから頼んでおいてこう言うのも変ですが、そんな事したらお店に並べる分のパンが焼けないんじゃ……」
『店の分は妻に焼いてもらうから、それは大丈夫だ!』
大谷はカフェ分を今晩から仕込みを始め、手の回らない分を妻に手伝って貰う、瑞樹の無茶な依頼に即対応する姿勢を見せた。
何でも、元々パン職人同士で知り合い結婚したらしく、奥さんも店主に負けない腕の持ち主だと教えてくれた。
ただし、今回の追加注文の分は、今日納品した特別価格ではなく、最初に見積もりした単価と、2往復分の配達料金を請求すると条件を掲示してきた。
「大谷さんのその条件は当然だと思いますし、こちらも問題ありません! ……ありませんが」
『ん? どうした?』
「どうして大谷さんから見たら、高校生の子供がやってる文化祭のお店ごっこに、そこまで力を貸して下さるんですか?」
『不思議か?』
「はい……凄く不思議……です」
大谷の対応は物凄く助かるし、物凄く感謝もしている。
だが、何故そこまでプロの大谷がここまで協力してくれるのか、無理を頼んでいる立場の瑞樹だったが、どうしても理解出来なかった。
『俺は職人を目指した時から、ずっと大切にしてきたものがあってな。……それは人と人との繋がりなんだよ』
「繋がり……ですか」
『あぁ、仕事上は勿論だけど、プライベートの繋がりもそうだ。人間は1人では生きていけない生き物なんだよ。だから生きていく上で、関わってきた人達の繋がりを大事にしていきたいって思ってきたんだ。今こうして瑞樹ちゃんと仕事をする事になったのも、俺にとっては大切な繋がりなんだよ!』
大谷さんの声が力強く、そして優しい温かさを感じる。
『瑞樹ちゃんにも繋がりを感じた以上、困った時は協力するのは俺にとって当たり前の事なんだよ。確かに君は子供かもしれないが、いつかきっとこの気持ちを理解出来る女性になると思ってる。俺は目を見たら分かるんだよ!』
――繋がり。
瑞樹はそう呟いて、大谷の言わんとしている事を考えてみた。
少し前の自分だったら、恐らく大谷が言っている意味が理解出来なかったかもしれない。
自分を隠す為に、人を遠ざけてきた人間には……。
あの日から、身を隠す為にあった壁を溶かしだした男がいる。
その男のぬくもりが凍り付いた時間でさえ、少しづつ優しく溶かしてくれて、気が付けばクラスの為に一生懸命頑張っている自分がいた。
そのらしくない行動が、クラスメイトとの繋がりを求めていたんだと、大谷の言葉で気付く事が出来た。
「大谷さんのおかげで、何だかスッキリした気がします。改めて大切なパートナーさん! パンの追加発注の依頼お願い出来ますか?」
『わっはっはっ! いいねぇ! その台詞おじさんグッときたわ! その依頼受けさせて貰うよ! 進捗状況はメールで報告すればいいか?』
「それで結構です。本当にありがとうございます!」
瑞樹は頭を下げながら電話を切った。
「――繋がりか……良い言葉だな」
嬉しそうに呟いた瑞樹は、急いで杉山達に報告する為にクラスのカフェに走って戻って行った。
教室に戻ると、初日の活動時間終了間際だった為、流石に順番待ちをする客の姿はなく、店内は落ち着いていた。
「皆お疲れ! 忙しい時に抜けてごめんね!」
瑞樹はクラスメイト達にそう声をかけながら教室に入ると、皆が瑞樹の周りに集まってきた。
「おかえり瑞樹! どうだった? パンの追加発注引き受けて貰えたのか!?」
「かなり厳しいとは思うんだけど、引き受けて貰えたよ!」
杉山がそう詰め寄ると、瑞樹は小さくピースサインを見せて答えた。
「大谷さん……いい人っぽかったから……何だか申し訳ないな」
木村は自分のミスで、大谷に迷惑をかけた事を気にしているようだ。
最後の客がカフェを出たところで、初日の活動時間の終わりを告げるチャイムが校内に流れて、激務だったスタッフ全員がグッタリと疲れた顔見せたが、少し休憩を挟んですぐに掃除に取り掛かり始めた。
猫娘の恰好から学校の制服に着替えた瑞樹は、掃除をしているホールに向かわずに、責任者である委員長の杉山に話しかけた。
「杉山君。悪いんだけど、私これで帰ってもいいかな」
「ん? 何かあるのか?」
「やっぱり無茶なお願いだけして、呑気にパンが届くのを待ってるだけなのは嫌だから、これから大谷さんのお店に行って、雑用しか出来ただろうけど手伝いに行こうと思うの」
「それなら俺も行くぞ!」
「俺もだ! 力仕事なら手伝えると思うしな!」
瑞樹の話を耳にした周りにいたクラスメイト達が、再び瑞樹の周りに集まりだして、大谷の手伝いに次々と名乗りを上げだした。
クラスメイト達の反応を、満足そうに頷いた杉山がまとめにかかる。
「確かに無茶な依頼をしているのは俺達なんだから、手伝える事があるのなら行くべきだよな! 瑞樹はどう思う?」
杉山は大谷と直接繋がりを持っている瑞樹に、意見を求める。
「そうね……。皆の気持ちは嬉しいだけど、小さなお店で工房もそんなに広くないの。だから大人数で押し掛けても逆に迷惑になるかもだから、大谷さんの所に行くのは、私を含めて4人位で行った方がいいと思う」
瑞樹は指を4本立ててそう返すと、杉山は腕を組んで大きく頷いた。
「それもそうだな……分かった! じゃあ瑞樹と俺と――」
瑞樹と杉山の名前が挙がったところで、集まったメンバーの中から勢いよく手が上がる。
「それなら俺に行かせてくれよ! 元々俺の判断ミスが原因だからさ!」
そう言ってきたのは、食材の管理者を担当している木村だ。
木村の気持ちに杉山は力強く頷く。
「あと1人は――」
「志乃。私に行かせてくれない?」
瑞樹がクラスメイト達を見渡していると、ほうきを持った1人の女子が廊下からそう声をかけてきた。
「え? 麻美?」
名乗りを上げたのは、意外にも瑞樹が知る限りでは、一番やる気がなかった麻美だった。
「え? 行くって大谷さんの手伝いに行くって事?」
積極的とは対照的な取り組み方で、出来るだけ目立った仕事を避けていたはずの麻美が、自ら時間外までカフェの為に時間を割く理由が瑞樹には思い当たらなく、思わず確認してしまったのは仕方がない事だろう。
「へへっ、やる気が無かった私が、どうしてってか?」
「お、いや……そういう訳じゃ」
「あははっ、気を使わなくてもいいよ。やる気なかったのはホントの事だしね」
「……それじゃあ……どうして?」
「やる気がなかった私のやる気を引き出したのは…――志乃のせいだよ!」
「え? 私!?」
「そう! 志乃ってどっちかっていうと私達寄りで、必要以上にクラスの連中と絡んだりしてこなかったじゃん? なのに文化祭の準備が始まってからは、凄く皆の為に頑張りだした志乃見てたらさ……」
「……麻美」
「ほらっ! 志乃って入学してからずっと友達だったからよく知ってるけど、こんな志乃は初めて見たんだよね! そんなの見せられたらさ……高校最後の文化祭くらい、皆で何かを成し遂げる為に頑張るのもアリかなぁって……へへっ! 似合わない事思っちゃったんだよねぇ」
麻美にそう言われて改めて自覚する。
こうして予期せぬトラブルが起こっても、投げ出さずに踏ん張ろうとしているのは、クラスの為、ここにいる皆と達成感を味わう為、そして――入学してからずっと被り続けてきた仮面のせいで、中身のない高校生活を笑って振り返れる時間を作る為に――私はこんなに夢中になっているんだと。
クスっと笑みを零した瑞樹は、照れ臭そうにしている麻美の手をギュッと握る。
「うん! やろう! 麻美!」
「志乃……おうよ!」
「話しは纏まったようだな! 絶対に明日は最高の打ち上げなるからな!」
杉山は残ったメンバーに檄を飛ばして、瑞樹達4人は大谷の店に向かった。
◇◆
だが瑞樹はその看板を無視して、店内を清掃しているスタッフに聞こえるように、ドアをノックした。
「すみません。今日はもう閉店しましたので……」
「あ、先ほど電話して英城学園の瑞樹です」
スタッフが断りの台詞を言い切る前に、瑞樹は自分の身元を明かして大谷に取り次いでくれるように頼んだ。
「あぁ! 貴方がさっきの……。店長なら工房で大量のパン生地を作ってますよ」
スタッフがそう話して工房へ向かおうと振り向いた時、待ちきれなかった瑞樹は、スタッフが僅かに開けたドアの隙間に滑り込むように潜り抜けて、そのまま厨房へ向かいだした。
「え? あっ! ちょっと!」
スタッフの引き留めに応じる事なく、瑞樹は工房の中へ。
「こんばんは! 大谷さん!」
少し息を切らせて大谷の名を呼ぶと、工房の中では見知らぬ女性がパンの生地を形にする作業をしていた。
「あら? どちらさまですか?」
「あ、突然押しかけてすみません。私、英城学園の瑞樹と言いまして……」
「瑞樹さん? あぁ、貴方がこのパンの依頼者の方ね。主人から話は伺っています。はじめまして、大谷の妻の沙知絵です」
「は、はじめまして! 英城学園の杉山と申します」
瑞樹の後を追ってきた麻美達を代表するように、瑞樹に続き杉山が名を名乗ると、聴き慣れない声が気になったのか、奥にあるオーブンの影から大谷がひょっこりと顔を出した。
「あれ? 瑞樹ちゃんじゃないか。こんな時間にどうした?」
「大谷さん。お疲れ様です! あの、私達に何かお手伝いさせてもらえないかと思って! 雑用でも何でもしますので!」
「手伝いだって? 何を言ってるんだ。君達はカフェが大盛況で一日中動き回ってたんだろ? こんな所にいないで明日の本番に備えて休まないとでしょ」
4人の体調を心配して手伝いの申し出を断ろうとした大谷に、瑞樹達がここへ来た理由を話し出した。
「大谷さんこそお休みになっていないじゃないですか! 無茶で勝手なお願いだけして、呑気にパンが届くのを待ってるだけなんて出来ません。本当に何でもしますので、是非お手伝いさせて下さい――お願いします!」
瑞樹が声を張って頭を勢いよく下げると、杉山達も同じように「お願いします!」と頭を下げた。
「なるほどね。あなたが気に入った理由がよく分かったわ」
頭を下げる瑞樹達を見て、沙知絵がクスっと笑みを零し大谷にそう話しながら微笑んだ。
「気に入った……ですか? 無理難題ばかり押し付けた私達が……ですか?」
「ええ、そうよ。最近主人がよく話すのよ。最近の若い奴らは生きてるのか、死んでるのかよく分からない冷めた奴ばっかりだと思ってたけど、瑞樹ちゃんみたいな子達もいるんだなぁってね」
瑞樹達に沙知絵がそう答えると、大谷は照れ臭さそうに頬を掻いた。
「一生懸命頑張っている奴を応援しないのは……俺的にはアウトってだけだよ」
大谷と沙知絵にそう言われた瑞樹達4人は、顔を合わせて照れ笑いを浮かべ合った。
「んじゃ、コキ使ってやるからなぁ! 覚悟しろよ! ガキ共!」
大谷に激を飛ばされ、瑞樹は杉山達に向き直りギュッと拳を握る。
「よし! やろう! 皆!」
瑞樹の号令に、杉山達も握りこぶしを作り「おう!!」と声を出して、それぞれ指示された持ち場に散って行く。
その後、大谷夫妻を含む瑞樹達6人の作業は23時過ぎまで続いたが、誰も弱音など一切吐く事なく最後まで頑張り抜き、それぞれ明日への気合いを滲ませて解散したのだった。
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