第14話 Cultural festival act1 ~猫娘~
9月22日
ついに色々と話題になっていた、英城学園の文化祭が開催された。
初日は一般開放はされず、校内の生徒達や教師達だけのオープニング祭として位置づけられていた。
要するに予行練習みたいなもので、この日を利用して各クラスの出し物を披露し、参加者達の反応をバックアップして、翌日の本番に備える日なのである。
「ちょっと! なによこれ!!」
瑞樹のクラスもカフェのオープン準備で朝からバタバタしている最中。更衣スペースで着替えをしているホール担当の女子達から、大きな声が上がった。
更衣室から数名の女子達が飛び出して来て、制服のデザインを担当した男子に凄い勢いで詰め寄る。
「ちょっと、アンタ! これどういう事よ!!」
女子達は一旦着た制服を脱いで、担当者に突きつける。
「ど、どうって?」
「ここよ! ここ!!」
視線を逸らした担当男子は白々しくそう返すと、女子達がスカートの一部を指さす。
「何でお尻の所に穴なんて空いてるのよ! 破れてるわけじゃないよね!? この穴はどう見たって、人為的に空けられた穴よ! こんな大きな穴が空いてたら、パンツが見えちゃうじゃない! 志乃が最終確認の時に着た時は、絶対にこんな穴はなかったじゃん!」
「……いや、あれから委員長に、ここに穴を空けろって指示されたんだよ」
デザインを担当した男子は、助けを求めるように、近くにいた委員長の方を見ながら、そう説明した。
「はぁ!? どういう事よ! 杉山!!」
女子達の矛先が委員長の杉山に向けられた。
「それはだな! この穴が最も重要な――」
「――こういう事でしょ?」
委員長の杉山があくまで冷静な態度を崩す事なく、空けられた穴の説明をしようとした時、更衣室からカフェの制服を着たままの瑞樹が出てきて、自分の後ろ姿をクラスメイト達に披露しながら、そう話しかける。
制服姿の瑞樹にクラス中の視線が集まると、男共の歓喜の声が響いた。
モデルを担当した瑞樹は事前にこの姿を披露していたのだが、この前と違う点がいくつかあった。
一番の変更点が苦情があったお尻に空いた穴だったのだが、瑞樹のスカートはその穴から可愛らしい猫の尻尾が生えていたのだ。
しかもそれだけではない。
猫耳が入っていると渡された袋の中に入っていたアイテムは、耳だけではなく猫の肉球型の手袋と、同じく肉球型のスリッパが用意されていて、更衣室から出てきた瑞樹は、そのアイテムを全て装着していたのだ。
フル装備の猫姿の絶世の美少女である瑞樹の姿に、雄たけびに似た歓喜の声が上がるのは、当然といえば当然で、その愛らしい姿に、男子だけではなく女子達も絶賛の声を上げた。
「キャ――――!! 志乃超可愛いんだけど!! ヤバすぎだって!」
「ヤバい! ヤバい! この猫志乃を見ただけでもお金とっていいレベルじゃん!」
モデル役の責務を果たそうとフル装備で更衣室から出てきた瑞樹だったが、周囲の反応が予想以上だったのか、顔を赤らめて恥ずかしそうに更衣室に戻ろうとしたのだが、フリフリと揺れる尻尾を友人の麻美がギュッと掴んだ。
「にゃっ!」
驚いた瑞樹が思わず猫の鳴き声を漏らした途端、男子全員が涙を流して地響きのような大歓声を上げた。
「これが狙いだったんだ! どうだ? 納得したか?」
杉山は苦情を申し立ててきた女子達に、ふんぞり返ってドヤ顔でそう言うと、女子達は悔しそうな顔を見せる。
「……そ、その為の穴だったんだ。た、確かにこれは凄い武器になるね……。何か悔しいけど、このままでいいよ」
女子達も納得せざる負えなかった。それほど猫瑞樹の破壊力が凄まじかったのだ。
制服のお披露目を終えた後、各自持ち場の準備と打ち合わせを入念に行っていると、瑞樹のスマホが震えた。
電話に出ると、相手はベーカリーOOTANIの店主である大谷からで、注文していたパンを届けに裏門に到着したとの連絡だった。
「裏門にパンが届いたから、男子達手伝って!」
瑞樹は裏方担当の男子数名に声をかけて、大谷が待つ裏門へ急ぐ。
「大谷さ~ん!」
瑞樹は元気いっぱいに、ビジネスパートナーである大谷を呼びながら駆け寄ると――大谷は目を丸くして硬直した手からスマホがスルッと流れるように『ガシャン』と音を立てて、地面に落としてしまった。
「うわっ! しまった!」
落としてしまったスマホを、駆けつけた瑞樹が慌てて拾う。
幸い衝撃に強いケースに包まれていたようで、スマホを無傷で済み瑞樹はホッと安堵した。
「もう! どうしたんですか?」
そう話しながら瑞樹は拾ったスマホを大谷に手渡すと、大谷はまだ動揺した様子で、ガシガシと頭を掻く。
「いや、申し訳ない。瑞樹ちゃんの恰好に驚いてしまってね」
「……え?」
急いで受け取りに走った為、猫姿のままだった事を大谷に指摘された瑞樹は、そこで初めて自分の恰好に気が付いた。
「あぁっ! 耳とか外すの忘れてた!」
自分の今の恰好を自覚した瑞樹は、ここまでこの恰好で駆けてきてしまった失態を恥じて、顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込んでしまった。
――しかし、瑞樹のその行動が最高の宣伝効果を生んだ事を、後に知る事になる。
「いやいや! 恥ずかしがる事ないよ。凄く可愛らしくて驚いただけなんだから」
大谷は恥ずかしがり蹲る瑞樹に、手を差し伸べながらそう話す。
「か、揶揄わないでくださいよぅ……」
大谷の誉め言葉を否定しながら、差し出された手をとってモジモジと立ち上がった。
「ははっ、別に揶揄ってなんかないって。さて、それじゃパンの受け取りお願い出来るかな?」
「あ、はい!」
大谷は配達用の車の荷台から、いい匂いをさせたパンが入ったトレイを次々に引っ張り出して行く。
「受け取りのサインは私がするから、杉山君達はパンを教室まで運んでくれる?」
「OK!分かった!」
瑞樹が指示を出して、荷物運びで同行していた杉山達が次々に引き出されたトレイを教室に運び始めた。
「それじゃ、ここに受け取りのサイン貰えるかな?」
パンの搬出を終えた大谷は、受領書を取り出して瑞樹に手渡した。
「はい!」
手渡された伝票にペンを走らせてサインを書き込み、契約が無事に完了した事を示すように、2人は握手を交わした。
「これで契約は完了だね。あぁ、そうだ! よかったらウチで使ってる紙袋なんだけど、持ち帰りのパンを入れるのに使うといいよ」
そう言う大谷は、車から店名が印刷されている紙袋の束を瑞樹に手渡す。
「ありがとうございます! 大谷さんのお店もこの紙袋を使って宣伝しますね! 今日は本当にお世話になりました」
「こちらこそ! 楽しい仕事だったよ。それじゃ俺は店に戻るけど、カフェ頑張れよ! またメロンパン食べにおいで」
「はい! 絶対に食べに行きますね!」
ニカっと笑みを見せた後、車に乗り込み裏門を出て行く大谷を、瑞樹は手を振って見送った。
仕事に戻ろうと教室に戻ってきた瑞樹が厨房に入ると、もうすでに仕入れたパンを1つ1つ丁寧にラップで巻く作業に入っていた。
ホール担当は設置しているテーブルクロスの拭き取り作業に追われていて、同じ担当の瑞樹もすぐに仕事に戻る。
高校生活最後の文化祭。
余計な邪魔が入る可能性が高いが、瑞樹は後悔しないように頑張ろうと決めている。
そして準備が始まって暫く経過した時、文化祭初日が始まる事を告げるチャイムが、学校中に響き渡り――いよいよ今年の文化祭が始まった。
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