第13話 ニアミス

 英城高校の文化祭が開催される3日前の9月19日


「は!? カメラが入る!?」

「えぇ……社長がどうしてもこの条件を飲まないと、文化祭ライブは認めないって言いだしたのよ――ごめんなさい」

「ちょっと待ってよ! 昨日までそんな事言ってなかったよね!? 何で急にそんな事になったのよ!!」

「いえ……実は以前からその話はされていたんだけど、昨日までは何とか抑え込んでたの。多分オファー先のプロデューサーが余計な事を社長に吹き込んだんだと思う……。それで息を吹き返した社長が暴れだしてしまって――私も油断していたわ……ごめんなさい」


 今回の英城学園でのライブに余計な横槍が入ってしまった。

 当初、お世話になった学校への恩返しがしたくて、私が単独で企画立案したイベントだった。

 それは会場へ来てくれた人達と、生徒達や教師達に楽しんで貰いたかっただけなのに、現場にテレビカメラなんて入ってしまったら、ただのテレビ企画に母校を利用する事になってしまう。


「どうしても無理なの?」


 沈黙が流れる楽屋で、優希は悔しそうな表情でマネージャーに確認した。


「……えぇ、もう話を戻すのは日数的に無理ね……恐らくその事を踏まえてこのタイミングで言いだしたんだと思う」


 それを聞いた優希は、座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、楽屋を飛び出そうとする。


「優希! どこへ行くつもり!?」

「決まってるじゃん! あの糞社長に話しつけに行くんだよ!」


 優希は楽屋のドアノブをギュッと握りしめながら、声を荒げた。


「駄目よ! そんな事したら、優希の立場が危うくなってしまうわ!」

「そんな事どうでもいい! 契約を切りたきゃ好きしたらいいじゃん!」

「馬鹿な事言わないで! ようやくここまで来たのよ!? それをこんな事で棒に振るなんてあり得ない!!」


 マネージャーにそう言い切られて、ショックを隠せない優希はゆらりとした動きで振り向いた。


「……こんな事? 文化祭ライブがこんな事っていうの?」

「ええ! そうよ! 何もライブをやるなと言ってるわけじゃないじゃない! どうしてそこまでカメラが入る事を拒否するの!?」

「私は……私に夢を与えてくれたあの学校に恩返しがしたかっただけなのに、カメラが入って放送なんてされたら……好感度稼ぎの為にライブをやってると思う奴らが出てくる! 私はそれが我慢できないんだよ!」


 睨みつけてそう吐き捨てる優希に対して、マネージャーは怯む事なく睨み返す。


「優希はプロの世界を何だと思っているの!? 優希の夢は1人でも多くの人に貴方の音楽を届ける事じゃなかったの!?」

「そうだよ! だからインディーズじゃ限界を感じたから、メジャーに上がったんじゃん!」

「だったら……だったら自分の立場をもっと大事にしなさい! 応援してくれるファンに優希の音楽を最大限に広めてくれるメディアがないと、その夢は叶わないのよ!? その為にも好感度は絶対に必要なステータスなんだから!」


 応援してくているファンの為に、自分の事を……かと、どこかで聞いたような台詞に優希は深い溜息をつく。


「分かったよ……納得は出来ないけど、正論を言われてるのは分かるし、ライブをやらせて貰えるのなら……我慢するよ」

「……優希」

「だからそっちはそっちで勝手にやっててよ! 私は私で貫くものを貫かせてもらうから」


 そう言い捨てた優希は、楽屋のドアを勢いよく開けて出て行こうとする。


「待って! どこへ行くの!」

「どこって……別に事務所じゃないよ。今日のスケジュールは消化したんだから、家に帰るだけだって」

「そう。それじゃ車を回してくるわね」


 そう言って車を回そうと、楽屋を出ようとしたマネージャーを制止する。


「いいよ。今日はもう1人でいたいから、タクシー捕まえて帰るよ」

「え? 何言ってるの!? そんな事したら危険よ!」

「変装グッズだって持ってるし、私ってスイッチが切れると影が薄いみたいで案外気付かれないから、心配しなくても大丈夫……それに」

「……それに?」

「これ以上喧嘩したくないしね……明日までには気持ち切り替えるからさ――今夜はもう放っておいてよ」

「……分かった。でもこれだけは言わせて! 優希は私にとって最良のパートナーなの! だから信じて欲しい……私は優希の味方だって!」

「ん。分かってるよ……ありがとね。それじゃ」


 変装用のキャップを深く被り、伊達メガネを装着した優希は、力が抜けたようにフラフラと楽屋を出て行った。


 楽屋に取り残されたマネージャーはこれ以上優希を追おうとはせず、スーツの内ポケットに忍ばせていたスマホを取り出して、耳に当てた。


「もしもしです。お疲れ様です……ライブの撮影の件ですが、神楽本人の了承を得ました。はい、はい……分かりました。明日向かうようにします……」


 電話を切ったマネージャーは、スマホを握りしめた手をドンッ!と壁に叩きつける。


「アホが! どうせ過度なタイアップ持ち掛けられて、金に目がくらんだだけやろ! あのハゲ社長が!」


 歯ぎしりの音が聞こえてきそうな程、悔しさを表にだしていたマネージャーだったが、やがてニヤリと口角を上げて呟く。


「でもなぁ。いつまでも思い通りにいくと思うなよぉ」


 ◇◆


 今日は少し残業になったが、滞りなく仕事を片付け会社を後にした間宮は、帰宅途中で今週末に迫った英城学園で行われる文化祭について、考えを巡らせていた。

 当日どうやって瑞樹の身を守るか摸索しながら歩いていると、自然と足が瑞樹が通う英城学園に向いていた。

 学校の正門に到着した間宮は、見える範囲で学校全体を眺める。

 時間は21時を回ったところで、当然校内の照明は殆ど落ちていて、所々設置されている外灯だけが、周囲を照らしている状態だった。


 想像していたより大きな学校で、初めて見た瑞樹の学校の広さに驚く。


 この学校はどうやら建物に邪魔される事なく、外周を一周出来る作りになっているようで、間宮は偵察を兼ねて一回りしてみる事にした。


 半周程歩くと、それまでは高い壁が聳えていた為、校内の様子が伺えなかったが、グラウンドに近付くと金網だけになっていて、そこからだけは中の様子を見る事が出来た。

 そこで周囲を見渡してみると、立派なグラウンドの奥に大きな体育館が見えた。


 (あそこで神楽優希のライブをするんだな)


 通常ならこんなビッグイベントだ。大勢の人でごった返す事になっていただろうが、完全チケット制をとっているこの文化祭に限っては、来場者の上限が定められているうえ、更にこの広さの学校なら比較的ガードしやすいかもしれない。


 だが問題は文化祭中、ずっと瑞樹の傍にいるわけにはいかない事だ。

 どうやら瑞樹は間宮と一緒に文化祭を回る気がないらしく、そうなると傍でガードというわけにはいかないのだ。

 細かくスケジュール管理で出来ればいいのだが、文化祭の管理者ならともかく、いち生徒がタイムテーブル上で行動するのは考えにくい事だった。

 

「さてさて……どうしたものかな」


 間宮はそう呟き、後頭部をガシガシと掻きながら残りの半周を歩き始めた。


 もうすぐ一周回り終えるところまで歩くと、正門の前にタクシーが横付けされていて、学校をジッと見つめる女性が立っていた。


 間宮はその事を特に気にする事なく正門に近付いていくと、遠目で見ていた女性の姿が段々と見えてきた。


 キャップを深く被り、その上からパーカーのフードを被っている。

 眼鏡をかけていて顔は殆ど見えない状態だったが、デニムのショートパンツからスラっとした長くて細い足が伸びていて、何かスポーツでもやっているのかと思える程に括れたウエストに長い腕が印象に残る、所謂モデル体型の女性だという事が分かった。


 こんな時間にこんな所で何をやっているのかと、不審に思いながら近づいていた間宮だったが、おもわず息を飲み足を止めた。


 女性が腰の辺りで両手を組み、深々と学校に向かって頭を下げ、悔しそうに歯を食いしばり、肩も小刻みに震えていていたからだ。


 女性をジッと見られている視線に気付いたのか、慌てて顔を上げて恥ずかしそうに、待たせていたタクシーに乗り込んだ。


 一体彼女は何故あんなに悔しそうな表情で、学校に頭を下げていたのだろうと、ぼんやりとした思考で考えを巡らせる。


 そんな間宮の顔すらまともに見なかった女性が乗り込んだタクシーは、ゆっくりと学校から離れていく。

 車内の様子は暗がりだった為、殆ど見る事が出来なかった間宮だったが、原因不明の違和感に襲われた。


「――なんだよ……これ」


 タクシーが走り去った後も、暫くその場で立ち尽くしていた間宮だったが、いくら考えても当然答えなんて出るわけはなく、今は文化祭に集中しようとモヤモヤした気持ちを振り切る様に、駅に向かって歩き出した。


 まだ残暑が厳しい9月。夜とはいえ歩き回ったせいでかなり汗をかいた。

 早く帰宅して、シャワーを浴びて汗を流したい。


 叶うなら、汗と一緒にこの正体不明なモヤモヤした気持ちも、流して欲しい。

 間宮はワイシャツの胸元をギュッと握り、そんな事を考えながら帰路についた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


              あとがき


 ここまで読んで下さりありがとうございます。


 次話よりいよいよ文化祭編に突入です。


 最大の見どころは、勿論瑞樹と、瑞樹を守ろうとする間宮達なのですが、その他にこの文化祭の活気に満ちた雰囲気だと思っています。


 文化祭編を読んで、懐かしいとか共感して下さったら幸いです。


 因みに僕はこの話を書いていて「後悔」しています。


 というのも、僕自身は高校の時に積極的に文化祭に参加した記憶がないからです。


 とにかく面倒臭がってどうやってサボろうかと、そんな事ばかり考えてました。


 今思えば積極的に参加していれば、いい思い出が出来たのにと……そんな事を考えながら書いています。


 なので、瑞樹達の文化祭の雰囲気が、少しでも皆さんに伝わればいいなって思っています。


 文化祭編は長編になりますが、是非お付き合い下さい。


 長文、失礼しました。

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