第5話 Birthday act 1

 8月9日 23時58分


 家族は就寝して、家の中は静まり返っている。ついさっきまで隣の部屋にいる希が友達と電話している話声が微かに聞こえていたが、どうやら電話を終えて眠ったようで、声が聞こえなくなった。


 瑞樹は今日も受験勉強に取り組んでいる。相変わらず間宮の事は気になってはいるが、そんな理由で勉強が滞っているいては、折角諦めかけていたK大への道を照らしてくれた間宮に申し訳ないと思ったからだ。


「よし! 今日は順調に捗ったから、もう少し進めてから寝ようかな。っと、その前に……」


 予定していた単元まで勉強を進めた瑞樹は、椅子の背凭れに体重を預けてグッと上半身を伸ばして、ゆっくりと長く息を吐き椅子から立ち上がった。

 一息入れようと1階に降りて湯沸かし器のスイッチを入れ、ドリップペーパーをセットして、お気に入りの珈琲豆を準備した。

 夜の勉強時は頭をシャキッとさせる為に、夏場でもホットを飲むようにしているのだが、珈琲好きの瑞樹家にはインスタント珈琲がなく、ドリップして淹れるタイプしかなく時間がかかる。

 だが瑞樹は珈琲を淹れる時の時間が割と好きだった。


 設定した温度のお湯が沸きゆっくりとドリップを始めると、珈琲のいい香りがキッチン周辺だけでなく、リビングにまで立ち込めた。

 珈琲の香りを嗅ぎながら、少し考え事をするのが好きで、今日のお題は先日決まった文化祭の出し物である猫耳カフェについて改めて考えてみる事にした。


 「メロンパンを取り扱う為だったとはいえ、ホール担当を引き受けたけど、猫耳なんて付けている私を見て、間宮さんに引かれないかなぁ……。

 もしかしたら、少しは喜んでくれたりするかなぁ――それなら嬉しいんだけど」


 間宮が照れる表情を想像しながら、淹れた珈琲をマグカップに移し自室へ戻った。相変わらず勉強している時以外は、間宮の事で頭が一杯な瑞樹だったが、勉強の時だけでも集中出来るようになっただけでも、彼女にとっては大きな進歩と言えた。


 自室へ戻り、猫舌の瑞樹は珈琲が飲める温度になるまで、ジッと待っていると、机に置いていたスマホがチカチカと光っている事に気付き、マグカップにフゥフゥと息を吹きかけながら、スマホを立ち上げて通知内容を確認した。


 「――あっ!」


 瑞樹はトークアプリのメッセージを見て、慌てて壁掛け時計に目を向けると、時計の針が0時13分を指していた。


 いつの間にか日にちが変わり、8月10日になっていた。


 8月10日は瑞樹の誕生日だった。


 トークアプリに仲の良い同級生や、合宿で知り合い仲良くなった神山達から、お祝いメッセージが多数届いていた。1人、1人に感謝の気持ちを込めて返信していくと、最後に届いていた加藤愛菜からのメッセージにお祝いの内容とは別に、明日一緒にランチしようと誘いのメッセージが書き込まれていた。


 10日は夜にゼミがあるだけで、日中は特に予定がない事を確認すると、直ぐに誘いを受ける返信を送り、待ち合わせの場所と時間をそのままトークアプリのやり取りで決めて、スマホを閉じて机の上に戻す。


 少し冷めてきた珈琲を啜りながら、瑞樹は嬉しそうな表情を浮かべている。


 瑞樹は子供の頃から、誕生日にあまりいい思い出がない。

 8月は夏休みの真っ最中で、しかも10日となると会社勤めの大人達は盆休みにはいっている事が多く、友達も家族との予定があったりで、誕生日会を開いてもらった事が殆どなかったのだ。


 友達の誕生日会には積極的に参加しても、自分は祝って貰えない事が多かった為、両親に何で8月に自分は生まれたんだと、泣きながら訴え困らせた事もある。


 そんな苦い思い出ばかりの瑞樹だったから、友達に誕生日の日にランチに誘って貰えて、本当に嬉しかったのだ。


 まだ勉強をするつもりだったが、待ち合わせに遅刻なんてしないように、今日はもう眠る事にした。


 ◆◇


 誕生日当日の朝。


 両親も盆休みに入っていた為、朝食を作り置きにした瑞樹は身支度を整えると、静かに自宅を後にした。

 まだ少し早い時間だったが、指定された場所は殆ど訪れた事がなく、折角だから少し探索しようとこの時間に家を出た。


 W駅に到着して、愛菜との集合場所はすぐに見つける事が出来た。

 スマホの地図アプリに、待ち合わせ場所にチェックを付けて、まだ待ち合わせの時間まで30分程あった為、予定通り駅周辺を探索する事にした。


 メインとなる通りに連なるショップをブラブラと探索する瑞樹は、余計なトラブルを避ける為に、キャップを深く被り伊達メガネをかけていた。

 もはやファッションというより、有名タレントがやりそうな変装のそれである。


 通りを暫く歩いていると、いい香りが瑞樹の鼻に届き、香りを辿っていくと、そこには小さいが可愛い佇まいのパン屋があった。

 香りに誘われるがまま店内に入ると、沢山の種類のパンが所狭しと陳列されている。

 そんなパン達を順番に眺めていると、一番目を引きやすい場所にメロンパンが売られているのを発見した。

 ――いや、正確には売られていたであろう場所が正しいだろう。

 その場所には空のバケットが置いてあり、脇にメッセージカードが張り付けてある。


 そのカードにはこう書かれていた。


『当店一押しメロンパン!大好評につき品切れ中!焼き上がり予定時間、7時・14時・18時』


 (――これだ!!)


 このカードを目にした時、瑞樹の目が輝く。

 メロンパンだけ焼き上がり時間が表示されているって事は、きっとこの店のメロンパンは大人気商品なのだろうと、瑞樹は文化祭に提供するパンをこの店に交渉出来ないかと、狙いをつけた。

 とはいえ、肝心のメロンパンの現物がないのでは話にならない為、ランチの帰りにもう1度ここに来て、試食しようと決めて焼き上がり時間のメモをとり、一先ず店を出たところで瑞樹のスマホが震えた。


 加藤がもう近くまで来ていると、アプリのメッセージを確認した瑞樹は探索をここで打ち切り、元来た道を辿って待ち合わせ場所へ急ぐ。


「お~い! 志乃~!」


 待ち合わせ場所が見えた時、駅がある前方から手を振っている加藤と、その隣に佐竹がいるのが見えた。


「神山さんも来てくれたんだ。ありがとう!」

「当たり前じゃん! 今日が瑞樹さんの誕生日で、お祝いするってカトちゃんから訊いて、秒でメンバーに混ぜて貰ったよ!」


 加藤の元に辿り着くと、そのすぐ後に神山が合流した。瑞樹は嬉しそうに神山の手をとり、感謝の気持ちを伝えた後、一番離れた場所にいた佐竹に近付く。


「佐竹君も来てくれてありがとう」

「お、おぅ」


 瑞樹が佐竹に対して、笑顔を向ける事など1度もなく全く耐性がない佐竹は、目を逸らして照れ臭そうにそう返す事しか出来なかった。


「つかさ! 志乃アンタなんて格好してんのよ」

「あ! 忘れてた!」


 加藤に変装じみた格好の事を指摘されるまで、自分の恰好を忘れていた瑞樹は、慌ててキャップと伊達メガネを外して、乱れた髪をせっせと整える。


「そこまで可愛いと、私達には解らない苦労があるんだねぇ」


 そんな瑞樹を見て、神山は憐れむ様な表情で、そっと呟く。


「ちがっ! か、可愛いとかじゃなくて、声かけられたら面倒臭かっただけだから!」


 瑞樹は変装グッズを鞄に仕舞いながら、神山の勘違いを慌てて否定していると、加藤がこれから始める誕生日会の事を話し始める。


「それで今日のお祝いランチのメニューなんだけどさ」

「そう! それ! ここって今いる誰の地元でもないんだよね? 私もこの駅で降りるの初めてで、早めに来て探索してたんだけど、ここに何かあるの?」


 ランチの事を説明しようとすると、瑞樹が予想通りの反応を示して、加藤が神山の方を見て、ニヤリと笑みを浮かべると神山がコクリと頷く。


「今日のお祝メニューはビーフハンバーグにしようと思ってて、駅前に美味しいお店があるんだよ。すぐそこだから行こっか!」


 神山は得意気にそう言い、目的地を指さして歩き出す。


「そうなんだ。神山さんのお気に入りなんだね」


 神山を先頭に、その後ろを一緒に歩いている加藤にそう話すと「お気に入りというか……」と頬をポリポリと掻いて苦笑いを浮かべていた。


「着いたよ!」


 神山が紹介した店は、決して大きな店ではなかったのだが、いかにも高級感が漂う店構えをしており、瑞樹は思わず後退りした。


「神山さん……こんな高そうなお店じゃなくて、その辺のファミレスで充分だよ?」


 瑞樹は神山に無理をしてほしくないと言ったのだが、神山は瑞樹の言葉を聞き流して、店の重厚な作りをしている扉を開けながら、瑞樹にニッコリと微笑んだ。


「大丈夫! 無理なんてしてないよ。だってここは私のお父さんが経営しているお店だもん!」


 神山はそう話して、瑞樹を扉の向こうへエスコートするように、手を店内に向ける。


「ようこそ! Verdun《ヴェルダン》へ!」


 笑顔でそう紹介する神山に、瑞樹は呆気にとられて口をパクパクしている。


「ほ、本当に神山さんのお父さんのお店なの?」

「ホント! ホント! 私も神ちゃんに訊いた時は驚いたけどね!。ほら、早く中に入ろうよ。お腹ペコペコだよ~」


 加藤は身構えてしまっている瑞樹の背中を押して、店に入った。


 店内の入るとマネージャーの札を胸元に付けたスタッフが神山に歩み寄ると、綺麗な姿勢で会釈した。


「いらっしゃいませ。オーナーから話は聞いています。ご予約させて頂いているお席へご案内しますね」

「うん、宜しくね。美田さん」


 美田と呼ばれるスタッフに案内された席に、4人はそれぞれ席に着くと「今オーナーを呼びますね」と美田は席を外した。


「お店の外観もそうなんだけど、店内も素敵ねぇ」


 瑞樹はキョロキョロと店内を見渡す。

 神山の父の店『Verdun』は、視覚的には高級感があり大人の社交場という感じだ。でも感覚的にはどこか落ち着ける雰囲気があり、流石に高校生が賑やかに過ごす場所という感じではないが、必要以上に肩に力を入れずに過ごせる空間の店で、神山達がここに連れてきてくれた訳がよく解る。


 緊張した面持ちで店内の入った時と打って変わって自然に口角が上がり、この場を準備してくれた3人に微笑んでいると、ここのオーナーであり神山の父が自らトレイに水を乗せて、瑞樹達の席に現れた。


「いらっしゃい。この店のオーナー兼シェフで神山結衣の父です。いつも結衣がお世話になっているね」


 神山の父から挨拶を受け、代表するように瑞樹が応える。


「こんにちは。お邪魔しています。私達の方こそ、いつも神山さんに仲良くして頂いています。今日は押しかけてしまってすみません」


 瑞樹はそう挨拶をして、軽く頭を下げた。


「いやいや! 結衣の友達の誕生日を祝う席に、ウチを使ってもらえて光栄だよ。今日は私からもお祝いって事で、ここの食事代は私に御馳走させて貰えるかな?」

「それは駄目だよ! そんな事したら、ここでお祝いする意味がなくっちゃうでしょ? パパ」


 オーナーの提案を娘の神山が間髪入れずに、そう拒否した。


「……だそうだ」


 やれやれと言わんばかりに肩をすくめたオーナーは、そう言って「ごゆっくり」と告げて厨房に戻っていく。

 なんだかその背中が瑞樹には寂しそうに見えて、オーナーと神山を交互に見ながらオロオロと落ち着きがなくなった。


「瑞樹さん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。事前に私のお薦めのメニューを注文した時に、ちゃんと値段交渉も済ませてたのに、急にあんな事言い出すんだもん……昔から友達の前だと恰好つけたがるだけだから」

「あはは、素敵なお父さんじゃない」

「どうだかねぇ……まぁ兎に角、超美味しいハンバーグを用意してるから、楽しみにしててよ!……あとカトちゃん……よだれがヤバいよ」


 まだ何も運ばれてきていないのに、既にナイフとフォークを手に持っている加藤を見て、もう待ちきれない事は誰にでも容易に分かった。


「お待たせ致しました。国産黒毛和牛100%のビーフハンバーグセットになります」


 頼んでいたメニューを、スタッフが丁寧にテーブルに並べていく。


「おぉ! 滅茶苦茶美味しそう! てか何か凄そうなんだけど!」


 加藤が身を乗り出して、キラキラした目でハンバーグを覗き込む。


「おい、加藤! 行儀の悪い事してんなよ!」

「う、うるさいな! 分かってるよ!」


 佐竹が興奮するあまり、行儀の悪い加藤の行動を注意すると、加藤は顔を赤くして、口を尖らせそっぽを向いた。

 加藤と佐竹のそんなやり取りを微笑ましく見ていると、神山はグラスを持ち席を立った。


 因みにグラスに注がれている飲み物は、肉料理に合う様に甘さをかなり抑えたジンジャーエールだ。


「それじゃ皆! グラス持って!」


 神山がそう音頭をとると、皆もグラスを持ち席を立った事を確認すると、神山が顎をクイッと振り、加藤に合図を送る。


「コホンッ! えっと……志乃! 18歳の誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」


 加藤の音頭に合わせて、神山と佐竹も祝いの言葉を贈る。


「あ、ありがとう! 本当に皆ありがとう!」


 「――乾杯!」


 皆のグラスを軽く当て合うと、カチーンと高そうな音を響かせて、誕生日会が始まった。


 皆、一斉にいきなりメインのハンバーグに手を付ける。

 本来ならサラダからが一般的なのだが、そこは高校生。メインにナイフとフォークが向かうのは、仕方がないのかもしれない。


 分厚いハンバーグとは思えない程、スッとナイフが通ると、その切れ目から溢れんばかりの肉汁が大量に溢れ出し、熱をもった鉄板が肉汁を焦がした。香ばしい匂いが鼻に届き、食欲をそそる。


「うわっ! なにこの肉汁! 溢れ出して止まらないんだけど」


 加藤が興奮して、目を大きく見開く。


「これヤバいやつじゃん! こんなハンバーグテレビでしか見た事ないよ!」

 珍しく佐竹も興奮を隠せない。


「ほんとそれ!」


 瑞樹もそのコメントに同意して、皆殆ど同時に切り取ったハンバーグを口に運ぶと、食べ慣れている神山以外の動きが完全に止まった。


「な、何これ……今、私達が食べたのってハンバーグ……だよね?」


 今まで食べてきたハンバーグとは味は勿論だが、食感から何まで加藤が知っている物とはかけ離れていたようで、思わず確認せずにはいられなかったようだ。


「う、うん……そのはず……だよな?」


 佐竹も目を見開きながら、加藤の確認に答える。


「う、うん……多分そうだと思うんだけど――一瞬で溶けてなくなっちゃったよ?」


 瑞樹も自分で言ってて、半信半疑のような表情を見せていた。


「ちょ、超美味しい! なにこれ!? ヤバすぎでしょ! 神ちゃんこんなのいつも食べてるの!?」

「ホントに! これ食べちゃったら、今までのハンバーグって何だったのって感じになっちゃうよ」

「神山さんは、これ月に何回食べてるの?」


 ハンバーグを大絶賛された神山は、満足そうに笑った。


「喜んで貰えてよかったよ!」


 ◆◇


 美味しい食事を楽しみながら、合宿以来に全員集まった事もあり、色々な話題で盛り上がった。とはいえ、全員受験生って事で話題の大半が受験の事だったが、それでも、やっぱりこのメンバーが集まれば楽しいと、瑞樹の心は踊っていた。


 食事を終えてデザートを待っていると、突然店内に流れていたBGMが変わり、流れる曲に親しみを感じた瑞樹は、意識を曲に向ける。


 (――あれ? この曲って……)


 するとその曲に合わせて席を立った加藤をポカンと見上げると、加藤が手拍子をしながら歌い始めた。

 いや、加藤だけではない。神山も歌い、佐竹も恥ずかしがりながらも歌っている。

 そんな瑞樹達のテーブルを見て、周りの客達も手拍子で盛り上げる中、マネージャーの美田が、ロウソクに火が灯ったバースデーケーキを運んできた。


「瑞樹志乃様、お誕生日おめでとうございます。このケーキはご友人方からのサプライズケーキになります」


「……え?」


 テーブルに置かれたケーキから、立っている加藤を再び見上げると、加藤達は笑顔を瑞樹に向けている。


「さ! 志乃、ローソクを消して!」


 加藤はニカっと笑みを見せ、ローソクを指さす。


「……う、うん」


 瑞樹は加藤に言われるがまま、一気に立ててあるローソクの火を一息で消して見せると、加藤達と手拍子をしていた周りの客達からも、温かい拍手が送られた。


「あ、ありがとうございます!」


 拍手をしてくれた周りの客達にお礼を言って会釈している瑞樹に、今度は加藤達がそれぞれプレゼントらしき物を手に持って、ニッコリと笑顔を向ける。


「おめでとう! これ私からのプレゼントだよ!」


 加藤が先陣を切ると、神山と佐竹が続く。


「これは私からね! ハッピーバースデー! 瑞樹さん」

「ぼ、僕も一応……プレゼント」


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 手に持ちきれないプレゼントを胸元にギュッと抱きしめた瑞樹は、最高の笑顔を見せた。


 嬉しい――本当に嬉しい。子供の頃から憧れていた誕生日会。

 それをこんなに盛大に友達に祝ってもらう事が、ずっと想像していたものより、遥かに温かく幸せな事だったのだと、瑞樹は18歳の誕生日にしてようやく味わう事が出来た。


 だから、この幸せを返したくなる。

 自分の時よりも、もっと喜んで貰いたくなる。

 友情とは、こういう事の積み重ねで成り立つものなのかもしれないと、瑞樹はしみじみ胸の奥で囁くのだった。



 拍手が収まった頃合いを見て、立ち会っていた美田がケーキを人数分に切り分け、4人の前に配り終えた時、加藤が我慢の限界を超えたような声をあげる。


「ん~!! やっぱり駄目だ!」

「ど、どうしたの?」


 驚いた様子で瑞樹がそう問うと、加藤は小さく息を吐き苦笑いする。


「私達からって事にしてって言われてたんだけど、やっぱり隠すのは変だと思うから、ホントの事言うね」

「ホントの事?」

「うん。実はこのケーキは私達からじゃないんだよ」

「え? そうなの? じゃあ誰から……?」

「このケーキを用意したのは――希ちゃんなんだ」

「――――え? 希が!?」


 瑞樹はそう言うと、視線をケーキに落として驚く。


「そう……照れ臭いから、私達からって事にしてって頼まれたんだけどね。だから家に帰っても、知らないふりしてくれると助かる」


 両手をパンッ!と合わせる加藤に、瑞樹は苦笑いを向けながら頷く。


「あの子ったら……本当に素直じゃないんだから……」


 ケーキを笑顔で眺める瑞樹の目から、少し光るものが見えた加藤だったが、何も言わずに希のサプライズ成功を喜んだ。


 落ち着いたところで、瑞樹達は希のケーキをVerdun自慢の珈琲と一緒に楽しんだ。


「愛菜、神山さん、佐竹君、今日は本当にありがとう。実はいうと私の誕生日って8月で夏休み中だったから、今まで殆ど友達に祝ってもらう事がなくて、誕生日会って憧れてたの。だから憧れだった誕生日会をこんな素敵なパーティーで祝って貰える日がくるなんて、考えた事もなかった――だから本当に嬉しかった!」


 最後に瑞樹は3人に感謝の気持ちを伝えて、素敵な誕生日会はお開きになり、瑞樹以外の3人が会計を済ませる為にレジへ向かっている時、瑞樹の元にオーナーである神山の父が声をかけてきた。


「お誕生日おめでとう。ウチの料理はお口に合ったかな?」

「はい! 凄く美味しかったです。本当にありがとうございました。今度は家族とお邪魔させて貰います」

「ははっ! それはよかったよ。またのご来店心よりお待ち申し上げます」

「はい! 御馳走様でした。失礼します」


 瑞樹は会計を済ませた神山に手招きされ、神山の父に会釈して店を出た。

 再び重厚な扉を潜ると、店の外では愛菜達が笑顔で迎えてくれている。


 ずっと心が独りぼっちだった。

 中学で心を殺されて、高校に進学して友達は出来た。

 でも、中学のトラウマが邪魔をして、新しく出来た友達に自分を出せずに、ひたすら周りの顔色を伺う癖がついてしまった。

 周りから見れば、楽しそうにしているように見えていたかもしれない。だが、瑞樹はずっと独りぼっちだった。

 でも悪いのは自分で、決して友達ではない。


 そんな弱い自分にも、心を許せる友達ができた。

 その事が、瑞樹には途轍もなく大きな事件だったのだ。



「――皆、ありがとう。大好きだよ!」


 瑞樹は幸せそうに、今の自分の気持ちを伝えると、その表情が物凄く綺麗で男の佐竹は当然として、何故か加藤と神山までそんな瑞樹に見惚れて、頬を赤く染めたのだった。

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