第24話 仲間達との誓い……そして自分へのけじめ act 3

 最後の講義を終えた間宮と藤崎が、通路で鉢合わせた。


 2人はお互いに歩みを止める事はなかったが、藤崎は歩きながら右手を右肩辺りまで上げる。

 藤崎の行動に始めは首を傾げた間宮だったが、藤崎の充実感に満ちた表情を見て、何を求められているのか察した。


 そして2人がすれ違う瞬間、パンッ!と小気味いい音をたてて、お互いの健闘を称える様にハイタッチを交わした。


 そのまま何も話す事なく、2人はお互いの歩いてきた方へ歩き続ける。

 すれ違った2人の顔から、やり切った達成感が滲み出ていた。


 そんな2人の様子を朝一で施設を訪れていた天谷が、立ち去っていく背中を見送りながら呟く。


「どうにかして、あの2人をウチに引き込めないかしらねぇ。あのコンビは必ず看板になるわ!」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、近い将来の展望を同行していた秘書に話す。


「社長……物凄く悪い顔されていますよ……」


 天谷の秘書がまたかと、溜息交じりにそう忠告した。


「あらっ、悪い顔なんて失礼ね! 戦略的で知的な顔って言ってくれないかしら?」

「は、はぁ……」


 実際に、藤崎は本当にいい顔をしていた。いや、藤崎だけではない。

 講師としての間宮を意識した、個々に集まった殆どの講師達の目つき変わったのだ。 

 恐らく間宮に講師としての固定感を、根底から崩された事が原因なのだろう。


 選ぶ側としては、嬉しい悲鳴を上げるのは間違いない。

 だが、その中心人物である間宮は、あくまで取引先の人間で、この合宿が終われば、また営業と顧客の立場に戻っていく。


 期待していた通り、いや、期待以上の成果を出した間宮を、このまま獲得したいと考えるのは、経営者として当然の思いであった。


 

 全講義が終わり、各自荷物の整理を行った後、予定通り全員が再び中央ホールへ集まった。

 全員が揃ったところで壇上に天谷が上がり、その天谷を挟むように講師達が並ぶ。


「皆さん、長期の合宿お疲れ様でした。この合宿はどうでしたか? って愚問でしたね。皆さんの凄く良い顔を見るだけで十分です!」


 合宿が始まった頃は、どこか浮ついた雰囲気があったのだが、終わってみれば全員が手応え十分と言わんばかりに、目がキラキラと輝いていた。


「明日の休みを挟み、また明後日から通常の講義が始まるわけですが、この合宿で得た事を更に磨いて上を目指して下さい! きっと皆なら出来ると信じています!」

「はい!」


 天谷の檄に対して生徒達は元気に返事を返すと、今度は8日間共に生活してきた講師達にマイクが渡った。


 一番右手に立っていた数学の奥寺から、順にマイクが回されていく。


 そこで一番左手に立っている自分に、またトリで順番が回ってくる事にようやく気付いた間宮は、トリだけは避けようと隣に立っている村田の背後に回り込み、村田と藤崎の間に割り込もうと試みた。


 だが、ついさっきまであったはずの村田と藤崎の間にあったスペースが消えていた。それでも無理やりに入り込もうとしたのだが、村田と藤崎の肘に阻止されてしまった。何度割り込もうとしても、同じ回数だけ阻止され続けられた間宮は、強引に割り込む事は諦めて、今度は交渉を試みる事にした。


 もう後3名程で、藤崎に順番が回ってきてしまう。


 その事を確認した間宮は、慌てて村田と藤崎に小声で話しかける。


「あの……また僕がトリのようなので、代わって貰えませんか?」


 間宮は2人にそう頼んでから、再度入り込もうとした。


「「無理です!」」


 同時に間宮の頼みにそう返答した2人は、更に強い力で間宮を押し退けた。


 その3人のやり取りに気が付いた一部の生徒は、笑いを堪えるのに必死だ。

 瑞樹も気付いた内の1人だった。

 というよりも、瑞樹は最初から間宮しか見ていなかっただけなのだが……。


 そうこうしていると、順番が巡ってきた藤崎は隣の講師からマイクを受け取った。

 マイクを構えた藤崎は、諦めが悪い間宮を横目でみてニヤリと笑みを浮かべる。


「間宮先生、往生際が悪いですよ! いい加減覚悟を見めて、ビシッとトリを飾って下さいね!」


 設置されているスピーカーから、藤崎の大きな声が全生徒の耳に届けられた途端、ホールから笑いが起こった。

 他の講師達も笑っている中、中央に立っている天谷もクスクスと笑みを浮かべていたが、その目は間宮に諦めなさいと訴えていた。


 天谷の目に負けた間宮が渋々元の位置に戻った後、藤崎と村田が挨拶を終えて、最後の間宮にマイクが渡った。


「ふぅ!」と軽く息を吐いてから間宮はマイクを構えた。


「皆さん、8日間お疲れ様でした。受験頑張って下さい! ありがとうございました」


 そう話した間宮は、構えていたマイクを下ろした。


 間宮節を楽しみにしていた生徒達は、口をポカンと開けて呆気に取られている。

 それは講師や天谷も同様で、何も話す事なく目を見開いて、全員がマイクを下ろした間宮に視線を向けた。


「はぁ!?」


 一瞬ホールに似合わない沈黙が流れたが、1人の生徒の声だけが会場に響いた時、全員が間宮から視線を移した先に、腕を組んで立っている瑞樹がいた。


 瑞樹は黙ったまま、間宮に厳しい顔を向ける。


 その顔はまるで、そんな事を聞きたいわけじゃないと訴えかけているように感じた間宮は、「分かったよ」と自分にしか聞こえない程の小声で呟いて、再び手に持っていたマイクを構えた。


「すみません! やり直します!」


 挨拶をやり直すと生徒達に告げた間宮は、壇上前に集まっている生徒達を見渡してから口を開いた。


「皆さんお疲れ様でした。受験に対してのこれからの心構えについての話は、最後の講義の席でさせて頂いたので割愛させてもらうとして、1つだけ言いたい事があります。いえ、これはお願いになるのですが……」


 そう話す間宮の顔は、さっきまでの困った表情ではなく、慈悲に満ちたまるで生徒達の父親のような眼差しをしていた。


「帰宅したら、御両親に感謝の気持ちを伝えて下さい。この合宿の参加費は決して安い額ではありません。その参加費を捻出するのにご苦労されたと思います」


 その話を聞いて、瑞樹は以前中庭で藤崎に言われた事を思い出していた。


 藤崎もこんな環境で、受験勉強に打ち込めるのは幸せな事なのだから、親御さんに感謝しなさいと言われた事を。


「親というのは子供の幸せだけを願って、そして子供がいくつになっても心配しながら、日々頑張っておられます。だから帰宅したらお礼と一緒にこの合宿で得た事や、起きた事などをなるべく懇切丁寧に話して聞かてあげて下さい。きっと喜んでくれると思いますよ」


 間宮はそう言うと、目を閉じて何かを思い出す仕草を見せた。


「こんな話をしていたら、僕も親の声が聞きたくなったので、帰宅したら電話をしてみようと思います……3年ぶりに」

「間宮先生が、一番親を大切にしてないじゃん!」


 加藤が素晴らしい反応速度でキレの鋭いツッコミをいれると、会場からまた笑い声が溢れた。

 こうして間宮らしい挨拶で、天谷のゼミで行われた勉強合宿の全日程が終わりを迎えた。


 ◆◇


 各自纏めていた荷物をバスの添乗員に預けて、次々にバスを乗り込んで行く。


 瑞樹達も同室だった加藤達と賑やかな笑い声と共にバスに乗り込み、8日間お世話になった施設を後にした。

 バスは快調に東京へ向けて走り続けていると、昼食を摂る為に規模の大きい道の駅に到着した。


 この道の駅はテレビ取材を受けた事があるらしく、他の観光バスも止まっていて、夏休みという事もあり一般の駐車場にも次から次へと車が入ってきて大盛況だった。

 設備も充実していて、グルメスポットにプレイランドが軒を連ねていて、お土産等のショッピングには規模の大きな商業施設が建設されていた。


「うわ~! すっごい人だね! ここホントに道の駅なの!?」

「下手なモールより賑わってんだけど!」


 バスから降りた生徒達からは、驚きの声が上がっていた。


「これはトイレに行くだけでも、かなり並んでそうだねぇ……」

「愛菜って、時々着眼点がおかしな時あるよね」

「むっ! おかしい言うな!」


 バスから降りた瑞樹達も人の多さに驚いていると、スタッフが集合時間を告げて一先ず解散の指示を受けた生徒達は、各々に人混みの中に消えて行った。


「んじゃ! 私達もいこっか!」


 加藤が先導して歩き始めた時、瑞樹の視界に間宮の姿が入り思わず足を止める。


「間宮せ~んせ! ご一緒しませんか?」


 一瞬間宮と目が合った瑞樹は声をかけようと口を開いた時、タッチの差で藤崎が間宮に声をかけられていた。


「えぇ、構いませんよ」


 藤崎の誘いに応じた間宮を見た瑞樹は、伸ばそうとした手を力なく垂らす。


「という事は、ここは同科目担当同士で仲良く行動って流れですね」


 一緒に行動する事を取り付けて、ご機嫌な藤崎の耳に間宮以外の声が届き、間宮の逆隣を覗き込むと、そこにはうんうん!と頷いている村田の姿があった。


「は? どういう事ですか!? 私は間宮先生を誘っただけなんですけど?」

「どうと言われても、僕は間宮先生と昼食と土産を買いに行く事になってるんですが?」


 先を越された!


 藤崎は村田の話を聞いて、すぐにそれを察した。

 間宮と村田は恐らくバスの車内で、この事を決めていたのだろう。

 藤崎もそうしたかったのだが、バスに乗り込む流れが悪く、間宮と離れた席になってしまった為、車内で約束を取り付ける事が出来なかったのだ。


 (そういえば、村田先生って間宮先生の隣に座ってたっけ……)


「あの、村田先生……節付けなお願いなんですが、ここは私に譲って貰えませんか?」

「え? という事は藤崎先生は嫌わら者の僕に、1人寂しく食事をしろと言うんですか? それは酷いなぁ……」


 村田にそう言われて、藤崎は気が付いた。


 確かに終盤人が変わったような講義を展開した村田だったが、序盤からの悪いイメージを払拭するには時間が足りなかった為、合宿内の対人関係は箕臼なままだった。

 今の村田にそんな事をさせたら、他に混ざるアテがない村田は1人で行動するしかなくなってしまう事を……。


 ハッとした藤崎は、横目で間宮を見ると軽蔑しているような顔で見られている事に気付き、痛恨のミスを犯してしまったと自覚した藤崎は、慌てて村田に頭を下げた。


「馬鹿な事を言ってすみません! そういう意味ではなかったのですが……あの、私も村田先生達と同行させて貰えませんか?」

「はい、間宮先生も構わないという事でしたので、僕もそれなら全然構いませんよ」


 村田の件を収める事が出来た藤崎は、ホッと安堵の表情を見せて3人で行動する事になった。



「志乃、いいの?」


 間宮達のやり取りを遠目で眺めていた瑞樹に、加藤がそう声をかけた。

 加藤の言う「いいの?」という意味は、どういう事か説明を求めなくても分かっている。


「……うん」


 加藤達に、余計な心配をかけたくないという気持ちもあったが、それよりもあの3人の中に飛び込んで、間宮に迷惑をかける事が嫌だという気持ちが大きかった。


 その後別行動をとった間宮達と瑞樹達が、集合時間になったバスの前まで出会う事はなかった。

 移動中に話が出来ればいいのだが、間宮は瑞樹達とは違うバスに乗っていた為、それも叶わない状況だった。


 こうなればチャンスはゼミの前にある駐車場へ到着した時しかないと悟った瑞樹は、すぐにバスを降りられるようにと、頭上の棚に置いていた手荷物を足元に忍ばせた。

 加藤達は相変わらず元気にお喋りを楽しんでいたが、昨晩は明け方まで起きていて寝不足だった為、いざという時の為に体力の回復に努めようと、加藤達に少し眠ると告げて仮眠をとる事にした。


 それから数時間後、バスがゼミの向かい側にある駐車場へと到着した。


 可能な限り体力の回復に努めていた瑞樹は、待ってましたと言わんばかりに手荷物を握りしめて、準備を整えて待機している。

 バスのドアが開いた瞬間に立ち上がり通路へ出ようとした瑞樹だったが、タッチの差で数人が先に通路に降りだした為、少し足踏みをさせられてしまった。


 焦る瑞樹を横目に、隣に停まっているバスから間宮が降りるのが見えた。


 ようやくバスから降りる事が出来たのだが、スタッフの強制的な誘導で降りた順番にスーツケースを受け取るように指示されてしまい、瑞樹は焦る気持ちを抑えながら自分のスーツケースを受け取りに走る。


 自分のスーツケースを探し始めた瑞樹だったが、焦りで視野が狭くなっているのか、それとも単純に似たようなスーツケースが多かった為か、瑞樹が自分のスーツケースを中々見つけられないでいると、遅れてバスから降りて来た加藤が駆け寄ってきた。


「志乃! 間宮先生に、あの事を話す気になったんだよね!?」

「う、うん……でも、スーツケースが見つからなくて!」


 瑞樹は泣き出しそうな表情で、次々と運び出されていくスーツケースの山に目を凝らす。


「OK! 志乃のスーツケースは私が受け取りしておくから、アンタは先生を追いかけな!」

「で、でも! そんなの悪いし……」

「いいから! 早く!」


 加藤が珍しく声を荒げると瑞樹は驚きを隠せなかったが、すぐに視線を人だかりが出来ている広場に向けた。


「うん、お願い! ありがとう! 愛菜」


 瑞樹はこちらを向かずに、スーツケースを探し始めた加藤の背中に感謝の気持ちを伝えて、まだ視界に捉えられていない間宮を探しに走り出した。


「皆さんお疲れ様でした。預けている荷物を受け取った方から、解散して結構ですので、気を付けて帰宅して下さい」


 探し始めようと走り出した時、スタッフが拡声器を使って解散を告げた。

 解散のアナウンスを聞いた荷物の受け取りが終わっている生徒達は、帰宅を始める者、まだ動かずに駐車場で談笑する者達と別れて、変則的に人が動き出し始めて、人を探し出すのは困難な状況に陥ってしまった。


 そんな生徒達の向こう側に、偶然にも一瞬だが間宮の横顔を視界に捉える事が出来た。


 (いた!間違いない!先生だ!)


 そう確信した瑞樹は、間宮がいる向こう側へ向かおうとしたが、目の前の生徒達が帰宅する為なのか、一斉に動き出して壁が出来てしまい、瑞樹の行方を阻んだ。


 しかし瑞樹はそんな壁に動じる事なく、手に持っている鞄を胸の前に構える。


「志乃さんの、バーゲンで鍛えたすり抜けスキルをナメんなよ」


 瑞樹は得意気にそう呟くと、迷う事なく生徒達の壁に突入を開始した。


「すみません! 横切ります!」


 大きな声で叫びながら壁に突入した瑞樹は、人との衝撃を最小限に抑える華麗なステップで、人混みを縫うように突き進む。

 幾多の激戦バーゲンで、勝利をもぎ取ってきたスキルは伊達ではなかった。

 見事に壁を突破した瑞樹は、間宮に再び照準を定める。


 壁の向こう側は人が疎らで、もう障害は皆無だった。


 もう少しで、間宮の元へ辿り着ける。

 そう目を輝かせた時、間宮と一緒にいる人影が見えた。

 その人影が誰なのか確認出来た時、瑞樹の足が自然に止まる。


 間宮といるのは、この合宿の主催者である天谷だった。

 2人は近付き辛い雰囲気で、何やら話し込んでいる。


 2人の空気に気後れしてしまった瑞樹は、これ以上足を前に進ませる事なく、ただ眺めている事しか出来なかった。


 暫く2人が話し込んでいるのを眺めていると、天谷が通りの方を指差しながら、間宮の元から立ち去っていく。


 (いまだ!)


 瑞樹は絶好のタイミングが来たと、止まった足を再度前に出してようやく間宮の元へ辿り着けた。


「あ、あの! 間宮先生!」


 早速間宮に後ろから声をかけると、間宮の肩がピクっと動いたように見えた。


「ん? あぁ瑞樹さん。どうかしましたか?」


 間宮はいつもの柔らかい表情で振り返ったのだが、瑞樹にはその表情が少し嘘臭く見えた。


「あの……この後、少し時間を頂けませんか? どうしても聞いて欲しい事があるんですけど!」

「……すみません。社長が講師とスタッフを集めて打ち上げを開いてくれるそうなので、今からその店に向かわないといけないんです」

「え? いや! だって……」


 瑞樹は辺りを見渡して、スタッフはまだ仕事に追われ、他の講師達もまだ移動する様子がない事を確認して、不安気な表情で再び間宮を見た。


「じゅ、10分! 駄目なら5分でも構いませんから!」


 瑞樹が必死にそう食い下がっても、間宮は瑞樹から視線を外して背中を見せた。


「……すみません」


 それだけ言い残して、間宮は瑞樹の元を立ち去った。


 間宮の態度を見て、今朝からあった疑念が形になっていく。

 全講義が終わり、帰宅する為に中央ホールから出てきた時から、腑に落ちない事があった。

 バスに乗り込む時、施設から最後に出てきた間宮と目が合った途端、意図的に違うバスに向かったように見えた事。


 道の駅でバスを降りた直後、藤崎と村田と一緒にいた時も、声をかけようとした自分と目が合ったのに、何事もなかったように立ち去った事。


 これまでの間宮なら、どちらもタイミングが悪くても、声はかけてくれたはずだ。


 (……もしかして、私……先生に避けられてる?)


 抱いていた疑念がはっきりと形になったのは、さっきの間宮の態度が原因だ。

 いくらなんでも、あんなの先生らしくないと、間宮先生とも、間宮良介とも違う態度だった。


 (意図的に避けられてるとしか……思えない。)


 そう結論を出してしまった瑞樹は、離れていく背中を追う事が出来なかった。




 (……なんで!?私何か気に障る事した!?心当たりが全くない……昨日まであんなに楽しく過ごせてたのに……どうして?どうして急に避けたりなんかするの?どうして……)


「志乃! 間宮先生と会えた!?」


 立ち尽くす瑞樹に、加藤が2人分のスーツケースを引いて声をかけてきた。

 瑞樹は力なく加藤に振り向き、自虐的な笑み浮かべる。


「……うん。愛菜のおかげで会えたよ……でも、打ち上げがあるからって話は聞いて貰えなかったよ」

「え? 打ち上げってそんなに急にやるものなの!? だって他の先生達とかスタッフもいるじゃん!」

「うん……私も5分だけでもいいからって言ったんだけど、断られちゃった……」


 落ち込む色を隠さず、瑞樹は加藤に詳細を話した。


「……ねぇ、愛菜……私……間宮先生に避けられてるっぽい」

「そんな事ないって! 昨日だってあんなに楽しそうにしてたじゃん!」


 ネガティブな考えを持ち出した瑞樹に加藤は強く否定したのだが、瑞樹は首を左右に振る。


「ううん、勘違いとかじゃないよ。昨日からずっと間宮先生を見てたから分かるの……今日の先生は、私にだけ昨日までと態度が全然違うんだよ」

「……志乃」


 瑞樹の瞳に、ずっと我慢していた涙が浮かびだし、流れ落ちないように伊豆とは別物といえる程、よどんだ夜空を見上げた。


「愛菜……私、先生に何かしたかな……ほら、私ってこんな奴だから、空気読めないとこがあるじゃない? だから知らないうちに、嫌われるような事しちゃったのかな……って」


 加藤にも、間宮の態度が一変した原因に検討がつかず何も言えずにいると、少し離れた所から2人を呼ぶ声がした。


「お~い! カトちゃん! 瑞樹さん! そろそろ行こうよ!」


 振り向くと、神山が大きく手を振っていた。


「あ、うん! わかったぁ!」


 加藤も神山に手を振り返してから、瑞樹の肩にポンと手を添える。


「とりあえず今日は残念だったけど、またゼミで会えるんだから焦る事ないんじゃない?」

「……うん。そうだね」

「でさ! 今から神ちゃん達とお疲れ会兼ねて、ご飯食べに行こうってバスで話しててさ! 志乃も一緒に行こうよ!」


 瑞樹が無気力な返事をすると、加藤はわざと陽気な口調で食事に誘った。


「ありがとう……でも、ごめん……今日はもう帰るね」

「え? でも……」

「何か色々疲れちゃったし、それにこんな状態で行ったら、皆にまた気を遣わせてしまうだけだしね……ごめんね、神山さん達にも宜しく伝えておいてくれる?」


 瑞樹は今の自分に出来る限りの笑顔を作って、加藤にそう言って誘いを断った。


「……そっか……うん。そうだね、分かった! 伝えておくね!」

「それじゃお先に。お疲れ様……またね」

「うん! お疲れ様! またね、志乃!」


 小さく手を振る瑞樹に、加藤は大きく手を振って駅に向かって歩き出した瑞樹を見送った。


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