第21話 想い act 3      

 とっておきの打ち上げ花火を打ち上げ終えた夜空に静寂が戻る。


 最後の花火を見届けその余韻にしばし浸っていた瑞希たちだが、不意にスタッフが広場で忙しそうに動き回っていることに気が付いた。他の生徒たちが満足そうに施設へと戻っていく中、後片付けに追われているようだ。


 瑞樹は後輩達に軽く手を振り別れて、すぐにスタッフの元へ駆け寄る。


「あの! 片付け手伝わせて下さい」


 瑞樹がそう話しかけて手伝いに名乗りを上げると、スタッフが少し驚いた顔を向けた。


「ありがとう! でもその浴衣じゃ無理じゃないかな? 汚しちゃったら大変でしょ?」


 自分が浴衣を着ている事をすっかり忘れていた瑞樹は、施設の方に体を向ける。


「そうでした! 直ぐに着替えてきますね!」

「着替えてる間に終わっちゃうからいいわよ! 優しいのね、ありがとう」


 スタッフにそう告げて、急いで着替えに向かおうとした瑞樹だったが、スタッフにそう言われると諦めるしかなかった。


「役に立てなくて、すみません」

「何言ってるのよ! 片付けを手伝うなんて言ってくれた生徒さんなんて、今まで1人もいなかったのよ! 本当にありがとう! 嬉しかった」


 スタッフの嬉しそうな笑顔を見て、会釈して更衣室へ向かおうとした時、元気な下駄の音がこちらに近づいてくる。


「あ~!? 志乃に先越されてる!」


 元気な下駄の音と共に、元気な声が瑞樹の耳に届き振り返ると、こちらに小走りで向かってくる加藤が視界に入る。


 瑞樹にニコッと微笑んだ加藤は、スタッフに自分も手伝うと申し出たのだが、瑞樹と同様に浴衣を着ていた為、同じ理由で手伝いを断られた。


「ありゃ! そういえばそうでしたね!」


 加藤も自分の恰好を見渡して、流石にこの恰好では邪魔になるだけだと判断したようで「ありがとうございました!」と会釈して、瑞樹に向き直った。


「んじゃ! 戻ろっか! 志乃」

「あ、うん」


 浴衣姿の2人は、楽しそうに話を弾ませながら施設へ歩き出した。


「いや~! 楽しかったね、志乃! ずっと勉強漬けだったから、いい気分転換になったよ!」

「……そうだね、本当に楽しい時間だった」


 加藤に同調していた瑞樹だったが、間宮と藤崎の事を思い出すと、楽しかったとは言い辛く、複雑な表情を作っていた。


 そんな事を知ってか知らずか、加藤はニヤリと笑みを浮かべて瑞樹の肩に手を回した。


「でもね! 本当に楽しい夜はこれからなのだよ? 部屋に戻ったらじっくり聞かせて貰おうじゃないか!」

「え? え? な、何を……かな?」

「決まってるじゃん! 志乃と間宮先生の浴衣デートの詳細だよ!」

「デ、デートじゃないってば! そ、それに恥ずかしいから話したくないんだけど……」


 あの時間は瑞樹にとって、特別で大切な時間だった。


 色々と立ち回ってくれた加藤には申し訳ないが、この事は誰にも話したくなかった。

 だから、瑞樹には珍しくキッパリと断ったのだが、加藤のニヤニヤ顔が更に加速する。


「え? 恥ずかしくなるような事しちゃったの!? もしかしてチュー………」

「違うから! そんな事するわけないじゃん!」


 加藤が馬鹿な事言い切る前に、強く否定した瑞樹はある事を思い付き反撃に転じた。


「それじゃあ! 私が話したら勿論愛菜も佐竹君とのお祭りデートの報告してくれるんだよね!?」

「え!? な、何もなかったよ! ほ、ほんとだよ!?」


 加藤も瑞樹に負けず劣らず、顔を真っ赤にして瑞樹の勘繰りを否定した。


「ホントかなぁ! 愛菜こそチューしちゃったんじゃないの?」

「ば!? チ、チュ~とか有り得ないって! た、ただ、あいつが私を振り向かせる為に頑張るって、宣言してきただけで……アッ!!」


 慌てて口を両手で塞ぐ加藤だったが、もう時すでに遅しだった。


「ふ~ん! それってほぼ告られてますよね? 愛菜さん? どうやら今夜の主役は愛菜で決定だね!」


 加藤にいつも揶揄われている事を、やりかえせた瑞樹は満足そうに笑みを浮かべていると、瑞樹の口撃に反撃出来ずに加藤は黙って涙目になってしまっていた。


「わっ! 嘘! 冗談だよ愛菜! ほら! 早く更衣室にいこ!」

「……うぅ!」


 恥ずかしくて俯いてしまった加藤の手を引いて、瑞樹達は小走りで施設の中へ向かった。

 率先して手を引いて前に出たのは、我慢の限界を超えてしまった今の自分の顔を見せたくなかったから……。


 これ以上、親友に心配をかけたくないから……と。






 施設内にある更衣室へ到着すると、浴衣組の殆どがまだ順番待ちの状態だった。


「混んでるね……スタッフさん達は花火の片付けに追われてるから、回転が悪いんだろうなぁ」

「ほんとだね……あ、愛菜! 私着替えを部屋に取りに行ってくるから、順番がきたら先に着替えてて!」

「おっけ!」


 混んでいると苦笑いを浮かべている加藤に、瑞樹は着替えを用意していなかった事を伝え、一旦コテージに戻る事にした。


 ロビー付近は浴衣組がいた為ワイワイと賑やかだったのだが、私服組はもう就寝時間を過ぎていた為か、一応大人しく自室へ戻ったようで、コテージへ繋がる通路は静まり返っていた。

 中庭に差し掛かった時、あの2人の光景が蘇ってしまい無意識に眉間に皺を作った瑞樹は、中庭を恐る恐る横目で見てみると、どうやら2人共部屋に戻ったようでホッと胸を撫で下ろした。

 だが、間宮達がいたデッキチェア辺りをよく見てみると、デッキチェアの端がぼんやりと僅かに光っている事に気が付いた。


 不思議に思った瑞樹は、足音を殺して光っているデッキチェアに向かうと、そこにはPCを立ち上げたまま眠っている間宮がいた。


 光の正体はどうやら、このPCのモニターのようだった。


 かなり遅い時間だった為、瑞樹は慌てて起こそうと眠っている間宮に近づくとPCのモニターにfinと書き込まれているのを見て、仕事の途中で眠ってしまったのではないと、ホッと安堵して起こそうとした手を止めた。


(……何だか先生とここで会った時って、いつも眠ってる気がするよ)


 そんな事を考えてクスっと笑みを零した瑞樹は、PCをそっと椅子の下へ置いて間宮を起こそうと肩に手を伸ばした時、さっきの藤崎が間宮の太もも辺りに寝そべっていた光景を思い出して、ピクっと伸ばした手を止めた。

 少し迷った様子の瑞樹だったが、伸ばしかけていた手を戻して、膝を折りチェアの横に座り、そのままそっと起こさないよう静かに間宮の太ももに寝そべってみた。


(うわ~!うわ~!これヤバいかも!)


 間宮の体温が伝わってくる。

 それだけで、瑞樹の胸は破裂してしまうそうな程、激しく脈打っていた。


 次はと、間宮に後頭部を見せるように寝そべっていた体制を、反対側に向けてみると、気持ち良さそうに眠っている間宮の顔があった。


 間宮の寝顔を見ていると、心が温かくなっていくのを感じる。


 ついさっきまで嫉妬心に支配されていたのが嘘の様に、穏やかな気持ちになり、瑞樹は遠慮がちにかけていた自分の体重を更に間宮に預けた。


 安心感が増して、体の力が抜けていく。


 自分のベッドで寝ている時より寝心地が良かったのか、次第に瞼が重くなる。

 ふわふわと柔らかい感覚が全身を包み、不意に誰かに頭を優しく撫でられている気がした。

 この優しい手があの人のものならと、そんな事を考えながら瑞樹は完全に意識を手放した。



 優しい月明かりが、眠っている2人を包み込み、虫達の鳴き声が周囲の音を遮ってくれる。

 今この瞬間だけは、余計なことを一切考える事なく、あの時感じたガラスの壁の存在すらも感じずに、本当の自分で間宮に寄り添えた気がした。



 そんな時間は長くは続かないと言わんばかりに、瑞樹のスマホが震えだし意識を無理矢理現実に引き戻され、瞼を開いて大きな瞳を泳がせる。いつの間にか眠ってしまっていたようで、思考が状況に追い付けないまま、寝そべっていた視線を上げてみると、そこには間宮の寝顔があった。


 「うわっ!え?あ、そうだ!私あのまま寝ちゃったんだ!」


(……じゃあ……あれは夢だったのか……)


 幸せな優しい夢から、現実に引き戻したスマホを恨めしそうにコツンと叩いてから耳に当てた。


「もしもし?」

「あ、やっとでた! 何してんの? もう志乃の順番が回ってくるよ?」

「え? あぁ、待っててくれたんだ。ごめんね、すぐ行くから」


 小声で話して電話を切った瑞樹は、そっと間宮から離れて立ち上がった。

 間宮はまだ気持ち良さそうに寝息を立てている。

 気付かれないで良かったと、安堵した瑞樹は中庭を離れた。




 瑞樹が中庭から施設内に戻り、更衣室の方へ駆けて行くのを寝息を立てながら、間宮は片目を開けて見送っていた。


 「寝たふりも楽じゃないな。」


 そう呟きながら、体を伸ばして深呼吸をする。


 無防備に自分の膝元で眠る瑞樹を見て、心拍数が急激に上がったのが分かった。

 正直、高校生の子供だと思っていた。

 妹に近い感覚だったかもしれない。

 だがあの寝顔を見てから、いや!浴衣姿を始めて見た時から、何だか変な気持ちだ……。


 あの瞬間から、1人の女性として見てしまっている。


 恐らく彼女は俺の事を、兄の様な感覚で慕ってくれているのだろう。


 そんな彼女に対して、妹ではなく女として見てしまっているなんて、彼女の信頼を裏切っている事になるんじゃないのか……と、間宮は罪悪感を抱いた。


(この合宿も明日で最後だ。東京へ戻ったら、ゼミの講師ではない俺は、もう彼女に会う事はない。それまでは、少し距離をおいた方がいい)


 最終日までの自分の行動を決めた間宮は、PCを拾い上げて自室へ戻って行った。




 ◇◆




 結局、最後に着替える事になった瑞樹は、スタッフに待たせてしまった事を謝り、加藤とコテージに向かった。

 コテージに入ると、他の同室メンバーが準備万端と言わんばかりに、食べ物と飲み物がテーブルに広げられており、全員がそのテーブルを囲んでいた。


「あ、帰ってきた! おっかえり! みっちゃん、カトちゃん!」


 元気な声で南が出迎えてきた。


「おう! 出迎えご苦労! わっはっは!」


 どこかの胡散臭い社長風に、出迎えに応える加藤の後から手を合わせた瑞樹が入ってきた。


「ただいま。遅くなってごめんね、南!」


 瑞樹も出迎えてくれた南に謝りながらリビングへ向かい、加藤が指定席に座ったのを確認して、瑞樹は立ったまま皆の顔を見渡し口を開いた。


「あの、改めてになるけど、浴衣本当にありがとう! 私は皆に何もしてあげられてないのに、ヘアメイクや撮影場所を確保して綺麗な写真を撮ってくれたり……私が心配かけてしまったせいで……ごめんなさい」


 瑞樹は加藤達に感謝の気持ちと、心配をかけてしまった事を謝罪して、深く頭を下げた。


「何言ってんの! みっちゃんに内緒で動いてたんだから、何も出来なくて当然じゃん!」

「ほんとそれ! 私達こそ、みっちゃんに嘘までついて、コソコソとごめんね!」

「ほんとだよね! あんな嘘臭い言い訳を信じて謝られた時は、思わず懺悔しそうになったもん!」


 瑞樹の心配をよそに、神山達が賑やかに笑い飛ばす。

 その笑顔が、瑞樹には本当に眩しく映った。


「それにさ! 受験一色だった生活で、こんなにワクワクする事が出来るなんて思ってなかったから、楽しかったよ! マジでさ!」

「だよね! 私たちがプロデュースしたみっちゃんの浴衣姿を、大公開した時のギャラリーの大歓声に鳥肌たったもん!」

「そうそう! それに間宮先生まで浴衣を引き当てたって聞いた時だって、ゾクゾクしたっていうか! あの倍率でピンポイントで当てちゃうんだから、神様グッジョブって感じだった!」


 溢れるような笑顔で笑う瑞樹以外のメンバーの顔は、大きな仕事をやり終えた後の様な、充実感に満ちた顔つきだった。


「そういう事なんだよ! 確かに始めは私が頼んでやってもらった事だったけど、皆本当に楽しんでたんだ! だからさ、申し訳ないって思う必要はどこにもないんだよ!」


 最後は加藤が笑顔でそう締めた。


「ありがとう! 本当にいい思い出になったよ! 私はずっとこの合宿で知り合った皆の事忘れないからね!」


 皆の気持ちに心が満たされた瑞樹は、もう一度頭を下げて皆に感謝した。


「さぁ! 合宿最後の夜だ! 今夜はガッツリ女子会やるからね!」


 加藤がそう音頭をとると、全員握り拳を天井に突き上げて応えた。


「でも飲み物はいいとして、女子会やるのにはお菓子の量が少し寂しいね」


 飲み物は自販機でどうにでもなるのだが、お菓子類は施設内にある簡易的な売店でしか手に入らず、大した物が用意出来なかった。


「あ、そうだ! それならいい物があるよ」


 瑞樹はテーブルの上が寂しいと嘆く神山達を見て、間宮に渡された物の事を思い出して、紙袋をテーブルに置いた。


「おぉ! 志乃が女神に見えてきたよ!」


 加藤が調子のいい事を言いながら、袋の中身を覗き込むとあの露店で売っていたメロンパンカステラが出てきた。


「あぁ! これか! ん? パンが8個も入ってるけど、志乃ってお金持ちなの?」


 加藤だけでなく、神山達も袋の中を覗き込みながら驚いた。


「え? なんで?」


 加藤達の反応が喜ぶというより、驚いているのがよく分からなくて、瑞樹はキョトンと首を傾げた。


「だってこのメロンパンって1つ600円もするんだよ? 私も美味しそうだったから佐竹に強請ったんだけど、メロンパンに600円は無理だって逃げられたもん!」

「1つ600円!? これってそんなにするパンなの!? じゃあ、この袋に入ってるだけで4800円!?」


 瑞樹は値段にビックリして、思わず合計金額を計算した。


「そうなるねってか、何で今その金額に驚いているの? みっちゃんが買ってきてくれたんでしょ?」


 今度は寺坂がキョトンと首を傾げた。


「あ、これは間宮先生からなんだ。今晩は遅くまで女子会だろうから、お腹が空いたら皆で食べなって買ってくれて」

「え!? これ全部間宮先生の差し入れって事!?」

「う、うん。これ以外にも、飲み歩きをドタキャンしてしまったからって、お詫びに他の講師達の分も買ってたんだけど……」

「あちゃ~! それってこのパンだけで1万円超えてるじゃん!」


 苦笑いを浮かべながら、手を額に当てて呆れ口調でそう言った。


「そう……だよね。何かまた気を遣わせちゃったな……」


 女子会の分は間宮の善意かもしれないが、ドタキャンの件の原因は自分にあると、申し訳なさそうに呟いた。


「まぁ、いいんじゃね? その件に関しては悪いのは私で志乃じゃないんだからさ!」

「え? 違うよ! 愛菜は私の為にした事なんだから、愛菜に心配かけた私が悪いんだって!」


 瑞樹と加藤が責任の押し問答を始めだしたところで、絶妙なタイミングで神山が手をパンッ!と叩いた。


「はいはい! 誰が悪いとかそんな事どうでもいいよ!」


 神山の一言で、瑞樹達の声が止まりリビングに沈黙が流れた。


「どうしても納得がいかないのならさ、明日間宮先生に皆で謝りに行こうよ!」

「いや! そんな事する必要ないよ! 私が悪いんだから私だけ謝りにいくべきでしょ!」


 慌てて神山の提案を否定した瑞樹の鼻先に、神山は人差し指を突き当てた。


「みっちゃんはどうして、そういつも自分を責めてばっかりなの? そんなんじゃ、カトちゃんじゃなくても心配になっちゃうよ?」

「……」


 神山の言葉が見事に刺さり、瑞樹は言葉を失った。


 そんな2人を黙って見ていた寺坂が、クスっと笑みを零しながら口を挟む。


「それにしてもいいよね! 大人の彼氏はこういう事をサラッと出来ちゃうんだもん! 高校生の彼氏とかだったら絶対に無理でしょ!」


 寺坂が羨ましそうにそう言うと、瑞樹の顔が真っ赤に茹で上がった。


「か、彼氏とかじゃないって!」


 必死に否定しようとしている瑞樹を見て、加藤もニヤリと笑みを浮かべた。


「鉄壁JKの志乃がオチるのも、時間の問題かねぇ!」


 加藤が寺坂の援護射撃を行うと、周りの空気が和らぎ笑い声がリビングに広がる。

 その笑い声を聞いて、瑞樹は我に返り周囲を見渡した。

 ムキになったばかりに、折角の最後の夜を険悪な空気にしてしまっていた事に気付き、瑞樹はふぅと息を吐いて気持ちを落ち着けた。


「人をロボットみたいに言わないでよ!」


 瑞樹が自虐的にそう言うと、更に空気が柔らかくなり皆の笑顔が戻った。



 皆が貴重な時間を割いてくれたんだ。

 それなのに、また自分の居場所を確保する為だけに、いい子を演じようとしていた事を自覚する。

 きっと加藤はそうしようとしている事に気付いて、あんな事を言いだして自分に忠告してくれたんだと、あの夜に見せた加藤の顔を思い出した。


(いい……のかな……)


 皆の気持ちは本当に嬉しいのだ。だけど、こんな助けて貰わないと前に進めない自分が、一緒に笑っていてもいいのかなと、瑞樹は皆の優しをを素直に受け入れる事に抵抗を感じだ。


(――ううん!それも明日からの、自分次第なんだ!だから皆の気持ちに応える為にも、本当の私で先生に気持ちを伝える事が出来るかどうかなんだと思う)


 頑張ろうと思えた。

 ライバルがいるからとか、そんな事は問題ではないと、自分は自分の為に戦うのだと。

 周りを頼るのは、負ける事ではないと教えてくれた加藤達の為にも、この気持ちを殺す事だけはしないと、改めて誓った瑞樹だった。



「うぉ! 何このメロンパン! 超美味いんですけど!」

「マジ!? どれどれ……うまっ! これヤバいやつじゃん!」

「私こんなに美味しいメロンパン食べたの、初めてかも!」


 瑞樹が目に前にいる頼もしい仲間達を見ていると、川上を皮切りに次々と間宮が差し入れたメロンパンに、絶賛の声が上がった。


「うん! そうでしょ! 私もお祭りで食べたけど、本当に美味しいよね!」


 美味しい物を皆で食べると、更に美味しさが増す。

 こんな当たり前に事すら、瑞樹は忘れてしまっていたのかもしれない。 

 これからも、皆とこうして笑い合っている自分でありたいと、平田と関わる前の自分を思い出しながら、瑞樹はとびきりいい笑顔で笑った。


 メロンパンの絶賛の声が合図になり、本格的に美人部屋の女子会が始まった。

 仲間達と色々な話をした。

 受験の事、行きたい大学の事、大学を卒業した後の目標や夢の話。

 家族や友人の事、そして恋の話……。

 取り留めなく話題が尽きない。

 本当に楽しい時間だった。

 こんなに楽しいと思える時間は、いつ以来だっただろう……。


 このまま時間が止まればいいのに。


 瑞樹は明日で終わる合宿を、心の底から寂しく感じた。


 でも、いつまでも立ち止まっていてはいられない。


 歩き出すんだ!


 歩いていれば、またこんな楽しい時間が訪れるはずだからと、まだ知らぬ未来に期待を膨らませる事が出来た、楽しい女子会になった。




 瑞樹達のコテージからは深夜まで灯りが漏れ続け、いつもは静かな高原の夜も、今夜だけは明け方までその静けさが戻る事はなかった。

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