第18話 お祭り!浴衣デート! act 4
見事ぬいぐるみをGETした2人は、お面が売っている露店で知ってるキャラクターの話で盛り上がったり、雰囲気を出そうと勢いで買ったお面を耳元にくるように、ずらして被って通りを歩いた。
かき氷を食べて頭が痛くなったり、りんご飴を食べて口の周りを真っ赤にしたり、持ち帰らない事を前提に、金魚すくい勝負で瑞樹が圧勝して間宮が本気で悔しがったりと、祭りを堪能した2人はベンチに並んで座って、色々な話題で盛り上がっている。
どこからどう見ても、2人は講師と生徒ではなく、恋人同士にしか見えない楽しい時間を過ごしていた。
そんな時、瑞樹がシューティングゲームでシュートする直前に、笑みを浮かべていたのは何故なのだと尋ねた。
「シュートする時?」
「うん! 笑ってたよね?」
間宮はしまったと言わんばかりに、顔を引きつらせた。
返答を渋ってみせても、瑞樹は興味津々に返答を待つことをやめない。
「べ、別にいいだろ……あ、ほら! あれだ! 久しぶりにバスケやったからじゃないか? 俺バスケ好きなんだよ」
「ホントにそれが理由?」
「本当だって!……ほ、ほら! 休憩おしまい! 今度はあそこ行ってみようぜ!」
間宮はベンチから立ち上がり、目的の屋台を指さして歩き出した。
「ちょ、ちょっと! 待ってよぉ!」
瑞樹は慌てて間宮の背中を追ってくる。
なんだか、そんな瑞樹が子犬みたいに見えた。
あの時、力の伝達が完璧で入るって確信したんだよな……。
その瞬間、あのぬいぐるみを渡した時の、瑞樹の喜ぶ顔が浮かんだ。
……何て恥ずかしくて言えるかっての。
間宮と瑞樹はその後も、気になる露店や屋台を巡り祭りを堪能した。
始めはどこかぎこちない2人だったが、祭り独特の陽気に当たられたのか、笑いが絶えない時間を過ごせている。
(こんなに笑ったのって、いつ以来だろう)
間宮はずっと時間に追われてばかりで、楽しむ事をいつの間にか忘れていた事に気付く。
仕事に打ち込み、頑張って生きてきた事が間違っているとは思っていない。社会人なのだから、大人なのだからと自分に言い聞かせていた。
(だけど、多分そうやって生きようとしたのは、あいつが俺の前からいなくなってから……)
東京で社会人として生活していると、いつの間にかそんな事も忘れてしまう。それは間宮だけではなくて、きっと大勢の人が同じ心境なのだろう。
大人になればなるほど、子供の頃は当たり前に存在していた気持ちを失っていく。
そんな気持ちを、この女の子が思い出させてくれた。
それだけで、憂鬱だったこの合宿に参加した意味があったと思える。
と、嬉しそうにぬいぐるみを抱いている瑞樹を見て、間宮はそう考えられずにはいられなかった。
「ん? なに?」
そんな事を考えていると、無意識に隣を歩く瑞樹を見つめていたのだと気付かされた間宮は、慌てて視線を逸らしてそっぽを向く。
「……いや、なんでもないよ」
◇◆
同祭り会場
間宮が瑞樹のピンチに駆けつけた事を確認した加藤と佐竹も、祭り見物に繰り出していた。
定番のたこ焼きで小腹を満たすと、珍しい露店を中心に巡り、この2人も祭りを満喫している。
「あん! もう! 佐竹ってば下手過ぎない!?」
「いや、あんなの入る奴なんていないって! 他の客達も失敗ばっかりだったじゃん!」
「あ~あ! あのひよこのぬいぐるみ欲しかったのになぁ!」
珍しい露店の中で一際沢山の客が足を止めていた露店の前で、加藤がガッカリだと溜息をついている。
それはその後間宮と瑞樹が訪れて、大騒ぎになったあのシューティングゲームを行っている露店だった。
偶然、加藤の目に止まった景品もあのひよこのぬいぐるみで、瑞樹が間宮に強請ったように、加藤も佐竹に強請って挑戦したのだが、結果は1500円つぎ込んで惨敗して肩を落としていた。
「だから、ごめんってば……」
佐竹が加藤の期待に応える事が出来ずに悔しい思いを滲ませていると、背中をパンッと叩かれた。
「ほら! また猫背になってるよ! 落ち込み過ぎだから!」
佐竹の背中を叩いた加藤は「冗談だって!」とケラケラと笑う。
いつも明るく、周りを楽しませる加藤の姿が、佐竹には眩しく映った。
通常のゼミでもいつも中心的な存在で、その時から加藤を狙っている男が多い事は知っていた。
確かに瑞樹に惹かれてはいたが、それは憧れに近いもので、その程度の気持ちでは彼女に近づく事すら出来ないと、この合宿に来て思い知らされた。
そんな時、いつも瑞樹の事を相談していた加藤の存在を意識するようになった。
いい加減な奴だと佐竹は自覚してはいる。
祭りの誘いを断られた後、中庭に来て情けなく落ち込む佐竹の頭を「しょうがないなあ」と、微笑んで優しく撫でてくれた加藤の事をあれからずっと考えるようになった。
「もう1回だけ挑戦してくる!」
「え? いや、もういいってば!」
加藤が止めるのを聞かずに、佐竹はまた挑戦者の列へ駆けて行った。
◇◆
「ふぅ! これで一通り周ったよな!」
「うん! もうお腹いっぱいで帯が苦しいよ」
露店巡りを終えた間宮と瑞樹は、本通りを少し外れた会場よりすこし高台にあるベンチで休んでいた。
「太ったら、先生のせいだからね!」
「あはは! 大丈夫だろ! でも、もしそうなったら責任とるって!」
「せ、せきっ!?」
また心にもない事をサラッと言われた瑞樹は、顔を真っ赤に染めて顔を引きつかせる。
本人は無自覚で言っている事を理解しているから、瑞樹はどう反応すればいいのか分からないのだ。
そんな事をブツブツと呟きながら、手に持っていた缶コーヒーで喉を潤す。
賑やかな祭りの音が遠目に聞こえ、代わりに夏の虫の鳴き声が聞こえた。
ついさっきまで、見物客や露店や屋台から客を呼び込む声ばかり聞いていた為、虫の鳴き声が新鮮に感じる。
「どうだ? 少しは息抜きになったか?」
「え? あ、あぁ! うん! 凄く楽しかったよ」
「そっか!」
間宮はホッとした様子で、柔らかい笑顔を向けてくる。
それから2人は何も話す事なく、暫く夜風にあたる。
真夏だというのに、この辺りは適度な気温で風が凄く気持ちいい。
東京で浴衣を着ると、見た目と反して実際は汗ばんでしまう程暑いのだが、ここだと浴衣が丁度よく感じる。
目を閉じて夜風を楽しんでいると、間宮の腕時計のアラームがピピっと鳴り、時間を確認する。
「集合時間まで、あと30分くらいだな。もう少ししたら駐車場へ向かおうか」
「えっ!? もうそんな時間!?」
瑞樹の表情が、一気に曇り始める。
間宮と過ごした時間は、本当に楽しかったのだ。
男と2人っきりで、こんなに楽しいと思えたのは初めてかもしれないと思う。
楽しい時間はすぐに過ぎるとよく言うが、こんなにも時間が経つのが早く感じた事はない。
そしてこの時間が終わると告げられた時の寂しさは、今まで生きてきた中で一番寂しかった。
嫌でも、これでハッキリと気付いてしまった。
(――もう離れるのが、辛くて仕方がないくらいに、私は間宮先生の事を好きなんだ)
だが、同時にまだ間宮に肝心な事を話せていない現状に、瑞樹は大きく肩を落とす。
こんな気持ちに気が付いてしまったら、嫌われるのが怖くて正体を明かす事に躊躇してしまっているのだ。
自分の気持ちに気付く前に、本当の事を打ち明けなかった事を、心の底から後悔した。
「そろそろ、戻ろうか」
そんな後悔の懺悔をしていると更に時間が経ったのか、いつの間にかベンチから立ち上がった間宮が、瑞樹に手を差し伸べる。
「う、うん……そうだね」
間宮の手を取り、ベンチから立ち上がった瑞樹の顔からは悲壮感が漂っている。
「あのさ、今日は色々と振り回してしまってごめんな」
「え?」
そんな瑞樹の様子を察してか、間宮が突然謝ってきた。
謝る理由が分からなくて、瑞樹が理由を尋ねた。
「いや、履き慣れない下駄であちこち連れまして疲れただろ? それにこんなおっさん相手じゃ、気を使ってばかりだったんじゃないかなって思ってさ」
――――ウザイっての!おっさん!
間宮の言葉で、あの時の最低な台詞が脳裏に過り、胸を締め付けられる気持ちになった。
「そ、そんな事ない! 謝ったりしないでよ! 私……私、凄く楽しかったよ! それより私の方こそごめんね。こんな子供と一緒にいて恥ずかしかったでしょ?」
「あほか! 一緒にいて恥ずかしいって思う相手だったら、こんなに祭りを堪能出来るわけないだろ!」
きっかけは加藤に頼まれたからだったが、そんなの事はすぐに忘れて、時間を忘れるくらい単純に楽しかったと、間宮に言われた瑞樹は本当に嬉しくて苦しかった。
人を好きになる事ってこんなに幸せで、こんなにも辛い事だったんだ。
こんなに辛くて寂しい思いをするのなら、誰も好きになんてならなければ楽だったのに……。
でも、もう戻れない。
戻る事を全身が強く拒否しているのが分かる。
それなら、自分の気持ちを前進させる為にも、やっぱり本当の事を話そう。
どういう結果になるか分からないけど、話さないと一生後悔する気がするから……。
もう絶対に迷わない!
打ち明ける事を、私の本心が求めている事だから。
「間宮先生!」
「ん? どうした?」
瑞樹は駐車場へ向かおうとする間宮を呼び止めて、目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
「あのね! 実は……」
気持ちを落ち着けて、瞼を開き強い決意に満ちた目で間宮を見つめ、あの駐輪所での出来事を話そうとした時、夜空がパッと明るくなり地響きに似た爆音が響き渡った。
2人は驚いた顔で空を見上げると、夜空に大輪の花が咲き乱れていた。
「はは! そっか! 確か花火が上がるって言ってたっけ!」
「え? あ、うん」
勇気を出して隠していた事を告白しようとした瞬間、打ち上げ花火が盛大に夜空を焦がし始めた。
突然の花火を複雑な表情で眺める瑞樹の頭には、2通りの考えが巡る。
本当の事を話すのはまだこのタイミングではないと、神様が教えてくれたのかもしれないという事。
もう1つは、自分の天性的な間の悪さが出てしまっただけかという事。
どちらにせよ、明日で合宿が終わってしまう為、この告白を邪魔されたのは瑞樹にとって大誤算だった事は間違いなかった。
「どうした? 花火見ないのか?」
「え? う、ううん! 見てるよ……綺麗だね…ホントに……」
瑞樹はこんなに複雑な気持ちで花火を見たのは初めてだと、心の中で溜息をついていた。
◇◆
花火が打ち上がり始めた同時刻。
加藤と佐竹も見やすい場所を探して辿り着いた場所に、神山達や南達のグループで回っていたメンバーも、同じ場所で打ち上げ花火を楽しんでいた。
「ん? おっ! カトちゃんも来たんだね」
「皆! よっす! 考える事は同じだったね」
神山達と合流して一緒に花火を楽しむ事になり、加藤は佐竹の元を離れて神山達の元へ駆けていく。
その背中を見て佐竹は溜息をついていると、神山と2人で祭りを楽しんでいた工藤が入れ替わりで現れた。
「よう! 加藤さんとの祭りはどうだったよ? 何か収獲あったのか?」
「ん~、あったような……なかったような? 工藤はどうだったんだ?」
「俺か? 俺は勿論……フラれたよ……」
「え? マジで!? 工藤ってモテるのにな」
実際、話しかけてきた工藤は、お世辞抜きで見た目も良く、今時のイケメンといった感じで、ゼミでもいつも誰かが寄ってきているモテ男で通っている男だった。
「ん~、ダイレクトにアタック仕掛けたわけじゃなくて、合宿が終わったら、今度2人で遊びに行こうって誘ったんだけど……」
「駄目だったのか?」
「あぁ、今は受験の事で精一杯だから、そんな事は考えられないってさ」
確かに3年の佐竹達は受験生だ。
その為にこの合宿に参加しているのだから、正論といえば正論だろう。
だけど、佐竹の中に疑問が残った。
神山とは今でもゼミのコマがよく被る事があり、佐竹が話せる事が出来る数少ない女友達なのだが、よく恋愛がしたいと口にしていた事を思い出して、佐竹は意識の中で首を傾げた。
「……まぁ、確かに間違ってはいないんだし、そういう理由なら仕方ないんじゃない?」
「んだよ! お前はフラれたわけじゃないからって、余裕なコメントよこしやがって!」
今のままでは、無理だとハッキリ言われたのだから、佐竹も似たような立場なのは自覚していたが、この場で話す事ではないと苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「……まぁ、頑張るよ」
神山達と楽しそうにお喋りしながら、夜空を焦がす花火を見上げている加藤の横顔を見ながら、佐竹は自分に言い聞かすように呟いた。
10分程で花火が終わり、見物していた人達が移動を始めた時、加藤に向かって挙手する男がいた。
「なぁ! 加藤! 瑞樹さんってどうしたんだ? まさか本当に1人で回ってるのか!? 何なら俺が今から迎えに行ってくるけど!」
そう言いだしたのは、祭りの始めに瑞樹と2人で回ろうと抜け駆けしようとした男子だった。
「はぁ!? 単にアンタが志乃にお近づきになりたいだけでしょ!」
加藤はジト目でその男子にそう言い捨てると、うっ!と図星を突かれて苦笑いを浮かべた。
「御心配なく! 志乃には頼りになるナイトが付いてるからね!」
「え!? お、おい! 誰だよ! そのナイトって! 羨まし過ぎんぞ!」
「誰でもいいでしょ! 少なくともアンタには関係ないって!」
加藤は本気で羨ましがっている男子に、そう言って切り捨てた。
ガックリと項垂れる男子を横目に、加藤はそろそろ集合場所へ戻ろうと言って、皆を引っ張るように歩き出した。
(――上手くいってるよね? 志乃!)
加藤は親友の嬉しそうな顔を想像しながら、鼻歌交じりで駐車場を目指した。
◇◆
「いたっ!」
そろそろ移動しようとした時、瑞樹の顔が痛みで歪んだ。
「どうした?」
「足の指が……」
瑞樹が下駄を履いている足を少し前に出すと、鼻緒がかかっている指の皮が剥けて出血していた。
「血が出てるな」
間宮は症状を見て、応急処置が出来そうな物がないか探しだす。
「あ、ちょっと待ってて」
そう言って瑞樹は鞄から絆創膏を取りだした。
スタッフが慣れない下駄だからと、気を利かして鞄に入れてくれていた物だ。
ベンチに座り直した瑞樹は、絆創膏を台紙から剥がして怪我をしている箇所へ貼ろうとしたのだが、足が余り上げられない上に、帯が邪魔して屈むのに苦戦を強いられている。
「貸して」
苦労している瑞樹を見兼ねて、間宮は絆創膏を受け取りそっと瑞樹の足の裏を包み込むように握った。
「あうっ!」
恥ずかしさから、妙な声を上げた瑞樹は顔が真っ赤になっている。
そんな瑞樹を気にする素振りも見せずに、間宮はしっかり傷口を完全に覆うように絆創膏を張り付けた。
「よし! これで少しは歩けるか? 俺が連れ回したせいだよな……ごめんな」
心配そうに巻いた絆創膏に視線を落としながら、間宮は責任を感じて謝った。
「だから、私も楽しかったんだから謝らないでって言ったじゃん!」
そう言って問題ない事を見せる為に、ベンチから元気に立ち上がってみせた。
「……そうだったな。んじゃ行くか!」
安心した顔を見せた間宮も立ち上がり、エスコートするように道を開けた。
(あ、これってイケるかも!)
瑞樹は何か思いついたのか、少し口角を上げた。
「あ、あのね……ちょっと歩き辛いから……その、ね……手を繋いでくれない?」
瑞樹本人はもっとスマートに誘うつもりだったのだが、そこは耐性が低い瑞樹らしく、顔を赤くしながら挙動不審気味に間宮に手を差し出した。
「気が回らなくて、悪い!」
間宮は申し訳なさそうに、差し出された手をそっと握った。
さっきまでは間宮との露店巡りが楽しくて、あまり気にならなかったのだが、こうして改めて間宮と手を繋ぐと、照れ臭さが嬉しい気持ちを上回ってしまう。
自分から言い出しておいて、この繋がりをどう生かせばいいのか分からない。
何も行動を起こせないまま、間宮に引かれて本通りまで戻ってきた。
斜め前を歩く間宮のを横顔を見上げてみると、いつもと変わらない様子で歩いている。
そう、分かってる。間宮は年上で色々な事を経験してきた大人なんだと。
女の子と手を繋ぐ位で、いちいち動揺するような人じゃないんだと。
(……でも、少しくらい変わってくれないと、自信なくなっちゃうよ)
「ごめん! ちょっと待っててくれ!」
結局花火が終わってからは、秘密にしていた事を間宮に話せる機会がなく、瑞樹は手を引かれてトボトボと歩いていると、突然繋いでいた手を離されて、間宮が露店に姿を消した。
ポツンと残された瑞樹は、そのままポカンとした顔で立ち尽くしていると、ホクホク顔の間宮が戻ってきた。
「どうしたの?」
「ん? これ買ってたんだ!」
そう言った間宮は、瑞樹に紙袋を見せた。
袋の中を覗くと、中にはメロンパンカステラが大量に入っていた。
瑞樹は目を大きく見開いて、得意気な顔をしている間宮を見上げた。
「もしかして、これ全部食べるの!?」
「はは! そんなわけないじゃん! はい! これは瑞樹の分な!」
ニカっと白い歯を見せて、間宮は2つある紙袋を1つ瑞樹に手渡した。
「え? 私の分なの? でも、こんなに食べれないよ!」
「分かってるって! それは瑞樹を含めた同室メンバーにだよ」
あ、そういう事かと納得した瑞樹は返そうとしていた袋を、手元に戻した。
「どうせ最後の夜だからって、遅くまで女子会するんだろ? 腹が減ったら皆で食べな」
相変わらず、優しさの塊のような笑顔を向けてくる。
そんな笑顔を見れるのも明日で最後だと思うと、急に寂しさが込み上げてくる。
「うん! 皆喜ぶよ、ありがとう」
礼を言った瑞樹は、もう1つの紙袋を見た。
「あ、これ? 飲み会をドタキャンしちゃったからな! だからお詫びを兼ねたお土産だよ」
講師達は飲み歩きしてたはずだから、甘くてつまみにならないメロンパンは食べてないだろうからと話す。
「ふふ! そっか! そうだね」
瑞樹は誰にでも優しさを振りまく間宮に、優しい笑顔で微笑んだ。
再び手を繋いで歩き出した。
寄り道して時間が押してきてはいたが、瑞樹の足の状態を考えて慎重な足取りで瑞樹の手を引いた。
もうすぐ駐車場が見えてくる所まで、戻ってきた時不意に瑞樹が口を開いた。
「ねぇ、先生」
「ん? なんだ?」
「前に聞かれた合宿の感想なんだけどさ……」
◇◆
駐車場では間宮達以外の参加者は既に全員戻ってきていて、順にバスに乗り込み始めていた。
列の最後尾に並んで、順番待ちをしている浴衣組の加藤と神山は、心配そうに祭り会場の方を見ていた。
「志乃遅いなぁ……」
「そうだね、2人共時間にはキッチリしてる方なのに……何かあったのかな」
神山が何となく言った言葉に、加藤が過剰に反応する。
「ちょっと! 縁起でもない事言わないでよ!」
加藤は必死な表情で、神山にそう訴える。
「ご、ごめん! 間宮先生が付いてるんだから、心配ないよねって……あっ! 来たんじゃない!?」
祭り会場からこちらに向かってくる人影を見つけた神山は、加藤の肩をポンと叩き、人影を指さした。
加藤も神山が指さす方を見ると、瑞樹が少し足を庇うような動きで、間宮はそんな瑞樹をカバーするように手を繋いでこちらに歩いてくるのが見えた。
「志乃!!」
大きく手を振りながら、瑞樹達を出迎える。
「愛菜! 遅くなってごめんね!」
息を切らして、何とか定刻時間に間に合わせた2人はそのまま最後尾に並んだ。
そんな2人に、バスの乗り込み待ちをしている生徒や、講師達から声が上がった。
「おぉ! なになに! お揃いでお面なんて被っちゃって!」
「しかも仲良く手を繋いでとか!」
「うんうん! どっからどう見てもカップルじゃん!」
「ほんとそれ! お似合いだって!」
勝手に盛り上がる周囲に、瑞樹は慌てて繋いでいた間宮の手を離して、状況の説明をする。
「ちょ、ちょっと! 違うから! 足の指を怪我して支えてもらってただけだから!」
顔を真っ赤にして否定する瑞樹を見て、間宮はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
必死に否定していると、いつのまにか順番が回ってきた最後の浴衣組が、一斉にバスに乗り込んだ。
行きとは違い間宮の隣に瑞樹が座り、間宮達の前の席に加藤と神山が座る事になった。
「あれ? 志乃が持ってるぬいぐるみって」
「え? あぁ、これ?」
加藤は瑞樹が大切そうに膝の上で抱きしめているぬいぐるみに気付き、動きを止めた。
「あっ! やっぱりあの露店の景品じゃん!」
加藤が佐竹に強請って、GETしようとした特大のひよこのぬいぐるみが、瑞樹の手にある事に驚いた。
「えぇ!? マジであのゲームクリアしたの!? いくらかかった!?」
「え? あ、いや……その」
返答に困りながら隣に座っている間宮を横目で見ると、クリアした本人は窓の外を無言で眺めていた。
間宮の反応を見た瑞樹は、どうやら知られたくないのだなと理解は出来たが、どうやって誤魔化そうか考えていると、周りの席に座っている生徒達も周知している景品だったようで、驚きの声がバス中に響き渡った。
加藤だけではなく、ぬいぐるみをGETした詳細を他の生徒達にも求められだし益々瑞樹が困っていると、バスの後方の席から「ワンコインだ!」と声が聞こえてきた。
盛り上がっている生徒達が、後ろを振り向くと得意気な顔をした奥寺がいた。
「ワンコイン? ワンコインって500円って事ですか!?」
生徒の1人がそう喰いつくと、奥寺は益々得意気に「そうだ! ワンプレイで取ったんだぞ!」
「誰が取ったんです!?」
「勿論、間宮先生だ!」
奥寺に隠そうとしていた事を大声でバラされた間宮は、ガックリとバスの窓にゴンッ!と頭をぶつけた。
そんな間宮が可笑しくて、瑞樹は思わず吹き出してしまう。
「ええ!? そのぬいぐるみ、間宮先生が一発でGETしたの!?」
「マジで!? 僕あれに2000円突っ込んで惨敗したんだけど!」
あの露店の景品を狙った生徒達も多く、惨敗の山を築いただけで終わっていた為、どうやって取ったのか興味深々のようだった。
「い、いや、たまたま適当に投げたら、入っただけの偶然ですよ」
「あれが偶然ですって!? そんなわけないでしょ! 適当ってのも嘘ですね!」
苦笑いしてどうにか誤魔化そうとしたのだが、興奮している奥寺が捲し立てた。
「え!? 奥寺先生は見てたんですか!?」
「おぅ! バッチリ見てたぞ!」
そこからはクリアした本人を置き去りにして、奥寺があの露店を湧かせた間宮の武勇伝を、生徒達に話して聞かせた。
「そんなに凄かったんですか? 奥寺先生!」
加藤が興味津々で奥寺の話に喰いついた。
「あぁ! 凄かったぞ! 投げるラインから更に後ろへ下がって、打ちにくいからって浴衣を脱いで上半身裸になってさ! これがまた格好いい体で、見物してた女性達から黄色い声が飛び交ってたよ!」
「えぇ!? 間宮先生裸になったんですか!? マジで!?」
加藤が驚いて目を見開いている。
「マジだ! しかもそこからが、また凄かったんだ!」
奥寺は周りの反応に気をよくしたのか、益々興奮してまるで自分事のように語り始めた。
「間宮先生が構えた瞬間、あんなに騒がしい本通りなのに、見ていた連中が全員黙って見守り出してさ! シーンと静かになったんだよ! あの時は鳥肌たったなぁ!」
もう奥寺劇場は止まりそうにない。
「その静寂の中で間宮先生がシュートを打ったんだけど、そのボールがゴールのリングに全く擦りもしないで、ゴールのネットだけを揺らす音がしたんだよ! シュートが決まった瞬間、間宮先生が拳を突き上げて雄叫びを上げた時は、何だか目頭が熱くなって泣きそうになった! それくらいあの時の間宮先生は格好良かったんだ!」
奥寺の熱の籠った話を聞いていた瑞樹も、あの時の間宮を思い出して頬を赤らめる。
「嘘でしょ!? あの間宮先生が雄叫びとか……」
「嘘じゃないって! それから大勢いた見物客から大歓声と拍手が起こってさ! もう俺は感動したよ!」
奥寺劇場が終わると、間宮への絶賛の声が飛び交った。
「やべえ! 俺も超見たかったわ!」
「俺も! 普段の先生からは想像も出来ないもんな!」
「そんな間宮先生見ちゃったら、絶対好きになっちゃうね!」
「今でも結構好きなくせに!」
「こら! 優子! それは言わないでよ!」
驚きと笑い声が収まらない中、当人である間宮は寝たふりをして無言を貫いた。
でも、隣に座っている瑞樹は気付いている。
間宮の頬が赤く染まっている事を。
(先生照れてるのかな? ふふふ! なんだか可愛いな)
そんな間宮を見つめながら、微笑んだ。
(先生、今日はありがとう。お祭りデートの事、私絶対に忘れないからね!)
瑞樹はひよこのぬいぐるみを、ギュッと抱きしめて心の中で呟いた。
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