第17話 お祭り!浴衣デート! act 3    

 私達は並んで祭りの本通りに戻り、お目当ての露店に向かう。



 本通りは、相変わらず大勢の人で賑わっている。


 最初にこの通りを歩いた時は、すれ違った人達の楽しそうな笑顔が辛かった。


 世界で自分だけが取り残されたような気分になって、不安だったんだ。


 すごく……すごく寂しかった。


 ――でも。


 今は先生といる。


 隣で一緒に歩いている。


 私と同じ目線で、同じものを見て、感じた事を共有してくれている。


 ただそれだけの事なのに、さっきまでの不安や寂しさが全部消えて、楽しさと充実感、それに安心感が体中を支配している。


 ここに1人でいる時は、周囲から見られるのが嫌だった。

 顔を見られるのが嫌で、無意識に俯いて歩いていた。


 でも、今は皆に見てもらいたい。

 私は今、こんなに楽しいのだと知ってもらいたい。

 勝手な事言っているのは、重々承知している。

 でも、そう思ってしまっているのだから、仕方がないじゃない。



「あっ! 先生! ここです!」


 ここに来てすぐに見つけた、メロンパンカステラが売っている露店に到着した私は、間宮の袖をキュッと引き、反対の手で露店を指さした。


「おぉ! いい匂いだな! これは期待大だろう!」


 間宮は子供のように、目をキラキラさせて、早速列に並び始める。

 ホントに好きなんだなと、普段からは考えられない彼の姿に、何故だか凄く心が躍った。


 少し並んでいると、順番が回ってきた間宮は、1個だけ注文していた。


「あれ? 1つだけでいいの?」


 大好物のメロンパン系の食べ物だ。


 だから間宮の事だから、紙袋一杯に詰め込む程買い漁ると思っていたから、意外そうに尋ねてみた。


「あぁ! 他にも色々食べ歩きたいから、ペース配分考えないとな!」


 得意気な笑みを浮かべて、注文した品物を受け取ると、早速パンと取り出した間宮は、半分にちぎり私に手渡してきた。


「え? 私の分? い、いいよ! 全部先生が食べなよ」


 私は両手を小さく左右に振って、差し出されたパンを遠慮した。

 興味がなかったわけじゃないんだけど、さっきのたこ焼きも御馳走になっているのに、これ以上甘えるのは違うと思ったからだ。


「何言ってんの! 祭りの屋台や露店の食べ物は、シェアして沢山の種類を食べ歩くのが醍醐味じゃん!」


 祭りの醍醐味を語った間宮は、「ほらっ」ともう一度ちぎったパンを差し出してきた。


「あ、ありがと。それじゃ、いただきます」


 観念して私がパンを受け取ると、間宮は満足げに笑みを零していた。


 2人でせ~のとタイミングを合わせて、同時にパンを一口食べる。


 そして、また同時にお互い目を見開いた顔を見合わせた。


「美味い!!」

「美味しい!」

「ビスケット生地がサクサクで、中のパンがカステラ生地だから、凄くしっとりしてるね!」

「うん! しかもこのカステラ生地って粗目まで入ってる! いい仕事してるじゃん!」


 私が目を輝かせながらパンの感想を述べると、間宮も負けじと分析しながら、ご満悦な顔でパンをあっという間に平らげてしまった。


「さてと! 今度は瑞樹さ……いや、瑞樹が行きたい所に行こうか!」


 瑞樹さんから『さん』が消えた。


 ただそれだけの事だ。


 なのにそれが私にとって、少しだけ距離が縮まったような気がして、何だかくすぐったい気持ちだった。


「うん! 私、金魚すくいしたいんだ!」

「すくうのはいいけど、どうやって持ち帰るんだ?」

「あ、そっか! 家に帰るわけじゃなかったんだよね」


 合宿での息抜きイベントだというのを、楽しくてすっかり忘れてしまっていた事に気が付いて、私が思わず吹き出すと間宮もつられて笑い出した。


 金魚すくいの露店の前でクスクスと笑い合っていると、少し先の露店から歓声が上がり、何だか人だかりが出来ていた。


「なに? あれ」


 私はそう言って、賑やかな露店を指さす。


「おっ! 何か盛り上がってるみたいだな! 行ってみるか!」

「うん!」


 2人は興味津々で露店に向かってみると、そこはバスケットボールのシューティングゲームの露店のようだった。

 客達が真剣な表情で、リングを狙ってシュートを放つ度に、あぁと溜息交じりの声が上がっている。


 参加者が真剣になっている理由が、景品の棚を見て分かった。


 景品が本当に豪華だったのだ。


 景品が並んでいる棚を順に見渡していくとある景品に私の目は釘付けになり、思わず「きゃー! めっちゃ可愛い!」と騒ぎ出してしまっていた。


 私の目を釘付けにさせた景品、それは大きなひよこのぬいぐるみだった。


 いくつになっても、女の子はこの手のぬいぐるみには目が無いのか、仕方がない事なのだ。そう!これは仕方がない事なんだ!

 だからあのぬいぐるみを間宮先生におねだりするのも、仕方がない事なんだ! うん!  


 そうと決まれば善は急げと、私は軽く咳払いをした後、他のお客達が頑張っている姿を眺めていた間宮の浴衣の袖をキュッと握り〝クイ、クイ〟と引っ張った。


「あの、ぬいぐるみ欲しいなぁ」


 袖を引っ張る私に気付いて顔をこっちに向けた間宮に、私はどこかの漫画で読んだ事があった、所謂おねだりする女の子をいうものを全面に押し出してみた。


 少し目を潤ませて、上目使いでそうお願いする。

 といっても、元々の身長差で嫌でも上目使いになってしまうんだけど、これは天然ものではなくて、計算ものの上目使いなのだ。


「いや、でもさ! 大抵あの手のゲームはボールよりリングの方が小さくしていてだな……」


 先生はこのゲームの仕組みを話し出して、どうやらおねだりを回避するつもりだと気付いた私は、間宮が話してきた内容をわざと大きな声で復唱すると、露店の店主が怪訝な顔つきで出てきた。計算通りである――。


「兄ちゃん! 兄ちゃん! 人聞き悪い事言ってんなよ! ほら、ちゃんとリングにボールが通るだろう!?」


 この手のゲームは、実際のボールよりリングが小さくて、入らないようにしているんだと話していた先生に、露店のおじさんが実際にボールをリングに通して見せてくれた。


 (おのれ!余計な事しやがって……!)とか思ってるんだろうなぁ。


 恨めしそうにドヤ顔の店主を他所に、私は挑戦している客達を見てみると、どうやらどこも同じ様で、彼女や女友達にせがまれてムキになってプレイしている男の人が多く目についた。


 それだけ女性ウケする景品を用意している、この露店の店主の作戦勝ちという事なのだろう。


「それにさ……」


 まだ抵抗しようとする間宮に「それにさ」と呟き、私はとっておきの武器を使う事にした。


「確か先生が男子達を煽って、待ち伏せされた事のお詫びってまだ何もしてもらってないよね?」


 私がそう言うと、間宮はグッと二の句が継げないと、慌てた顔を見せて溜息をついた後に、仕方がないという素振りをしながら、口を開く。


「……分かったよ。そこのひよこのぬいぐるみでいいんだな」


 間宮は後頭部をガシガシと掻いて、溜息交じりに私のおねだりを了承してくれた。


「ホント!? GETするまで頑張ってね! 先生!」

「え? それって破産するまで続けろって事か!?」

「まぁ、最悪そういう事になるのかな? そうならない為にも頑張ってくれたまえ! 間宮君!」

「……オマエな」


 引きつった顔を見せた間宮は、その後には何も言わずに挑戦者の列に並び始めるのだった。


 

 ◇◆



 さてと!待っている間に、このゲームのルールをチェックしてみるか。


 なになに?500円で3投挑戦出来るんだな。


 景品はA~Eランクにランク分けされていて、事前に狙う景品のランクを申請する。

 シュートを打つ距離は同じだけど、ランクに応じてフープの大きさが伸縮するのか。

 俺が狙うのは特大のひよこのぬいぐるみだから、最高難易度のAランクになるんだな……なるほど。


 問題は投げるボールがバスケットボールじゃなくて、ドッジボール用だって事だな。


 ボールが軽いから風の影響を受けるだろう。

 幸い今日はそんなに風吹いてないのが救いだけど……。

 あとは天井がないから、高さへの制限がないのがポイントだな。


「うっし! んじゃ、やってみますか!」


 前の挑戦者が、失敗したのを確認した俺は店主に500円を支払い、ボールを3球受け取った。


「頑張って! 先生!」


 瑞樹は少し離れた場所ではしゃいでいて、早速周りの男達の視線を集めていた。

 まったく、ちょっと離れただけでこれか……どんだけモテるんだよあの子は……。

 まぁ、あの浴衣姿じゃ無理もないか……。


 ――何せ、俺も完全に意識をごっそりもっていたかれたんだからな……。


 瑞樹の周囲に気を配りながら、俺はラインの手前に立ってボールを構えた。

 俺はすぐにボールを手放して一球目を放つと、ギャラリーから声が漏れる。

 片手でボールを握り、棒立ちのまま1球目を躊躇なく投げたからだろう。

 どうみても適当に投げたようにしか見えないはずだ。

 続けて2球目も少し腕の角度を変えただけで、1球目と同様にボールを投げた。

 勿論2球ともフープに当たりはしたが、弾かれて失敗した。


「ふ~ん。 なるほどな」


 俺が3球目を手に持つと、黙ってみていた店主が口を挟んできた。


「兄ちゃん! そんな投げ方で入る程、ウチのゲームは甘くないぞ!」

「分かってるよ! 問題ないって!」


 店主にそう発破をかけられたけど、フープから視線を切って店主を横目に見ながら、そう言って挑発的な笑みを向けた。


 ムッとした顔つきになった店主に、苦笑いを浮かべながら、俺は丁度いいと一つだけ確認したい事があったから、残り一球になったドッジボールの玉をドリブルをするように、リズムよくボールを突きながら店主に話しかけた。


「なぁ! このラインから前で打つのはNGだけど、ここから後ろへ下がるのはOKだよな?」

「後ろだぁ!? それは別に構わねぇけど、わざわざ更に難しくしてどうすんだよ!」


 俺達のやり取りを見ていた、周りのギャラリーも店主に同意見だと分かる話声が聞こえてきたと思うと、そのギャラリーの中にいた瑞樹は、うんうんと頷いていた。。


「そうとも限らないって! んじゃ、下がらせてもらうからよ!」


 店主に移動すると告げて、プロ野球選手のピッチャーがマウンドを慣らす際、自分の投げる最適な歩幅を図る為に、自分の靴を数えながら距離を測る方法と同じことをしながら、後方へ下がっていく。


 1.2.3.4.5.6


「この辺りかな」


 6歩分下がり、6歩目の足をそのまま固定して振り返った。


 フープまでかなり距離がひらいたが、構わずシュートモーションに入る。


「え? あんなとこから打つのか!? 無理過ぎんだろ」

「これ外したら、超かっこ悪いよな!」

「ほんとそれ! 分かってんのか? あいつ」


 周りから馬鹿にするような、笑い声が聞こえてきた。


 (なんなのよ!黙って見てろ!先生が何の考えもなく、あんな事するわけないんだから!)


 シュートの構えをしていても、瑞樹の身の安全が最優先としていた俺は、構えた状態から一瞬だけフープから視線を外すと、野次を飛ばしている客達を不機嫌MAX顔で睨みつけていた。

 まぁ、普通に考えれば馬鹿にしたくなるもの理解出来る。

 恐らく真っ当に挑戦して、かなりの金を吸われてしまった憂さ晴らしも兼ねているんだと思う。

 元々、そんな野次を気にする性格じゃなかったんだけど、その野次に怒っている態度をとっている瑞樹を見て、何だかくすぐったい感じがした。


 改めてフープの視線を戻して、体の各部を目に見えない程度に力を伝達させていると、あちこちに違和感があった。

 勿論、これはただの遊びなんだから、そこまで神経質になる事じゃないのは分かっていたんだけど、違和感の正体がすぐに分かってしまった俺は、構えたボールを足元に置いた。

 

「おいおい! どうした兄ちゃん! やっぱり元の位置から挑戦するのか?」


 ほら見た事か!

 店主の顔がそう言っているように見える。


「まぁ、慌てなさんなって!」


 俺は店主にニヤリと笑みを返して、どうしようか躊躇いはあったんだけど、意を決して浴衣の左右の襟元を両手で掴んで、一気に広げた。

 もうここまでやったら後には引けない。

 俺はそのまま帯から上の浴衣を脱いでやった。


 周囲からどよめきが起こり、店主に至ってはあんぐりと口を開けて固まっていた。


 まぁ、そうなるよな。


 俺は苦笑いを浮かべながら、完全に脱いだ浴衣がずり落ちないように、帯をギュッと締め直すと、女性客から声が上がるのを聞いて、俺は通報されないかと内心ヒヤヒヤものだったが、声を上げている客達の様子を見ると、どうやら悲鳴ではないようでホッと安堵した。


「ま、ま、間宮先生!?」


 色んな声が混ざり合っている中で、驚いている瑞樹の声を耳にした方に振り向く。

 そこには顔を真っ赤にしながら、両手で顔を隠している瑞樹の姿があった。

 だが、俺は見逃さない。

 瑞樹が顔を隠している指の間に隙間を作り、俺をガン見している事を。


 男の裸に価値なんてないと思っている俺だったが、流石にこの状況で上半身の裸を晒すのは、正直言って恥ずかしい。

 恥ずかしいだけで済めばいいけど、セクハラだと訴えられる可能性だったある。

 幸い、今のところ、その心配はなさそうだったが、さっさと済ませてここから立ち去らないとマズいのは当然の事だ。


 準備を終えた俺は、足元に置いてあったボールを手に取り、改めて構えようとすると、フリーズしていた店主の怒号が飛んできた。


「お、おい! 兄ちゃん! 何こんなとこで脱いでんだよ!」

「ごめんな! 浴衣だと袖とかが邪魔で打ち辛いんだよ! だから1球だけだから見苦しいかもだけど、勘弁してよ」

 

 俺は店主に平謝りしながら、浴衣を着直す事なく、今度は履いていた下駄も脱ぎ捨てて、裸足でその場に立った。


「……はぁ、しょうがねえ兄ちゃんだな! 1球だけだぞ! 通報でもされたら商売あがったりなんだからよ!」

「悪いね! ありがと!」


 1球だけ許可してくれた店主に礼を言って、俺は再びシュートモーションに入った。


 浴衣を脱いだ理由。それは浴衣自体が以外と重かった事と、腕周りの生地が邪魔だったからだ。

 遊びなのは分かっているけど、どんな勝負事にも真剣に挑むのが俺のスタイルなのだ。


 ――まぁ、単純に負けず嫌いなだけなんだけど。


 3球目にして、ようやくバスケットらしい構えをとり「ふっ!」と短く息を吐き集中力を高めてフープを睨んだ。


 その瞬間から、店主や俺の挑戦を見ていた多くのギャラリーから声が消えて、祭りの大通りに不似合いな静寂が生まれた。


 膝をしっかり曲げて溜めを作り、一気に地面を蹴る。

 その力を真っ直ぐに足から腰へ、腰から上半身へ、そして腕からボールへ綺麗に伝える為に、柔らかな動きで体を下から上へ伸ばしていく。


 その一連の動作がイメージ通りの形で流れて、ボールが指から離れる直前に、俺は口元の口角を上げた。


 下から丁寧に運んできた力を、綺麗にボールへ伝える。

 そしてインパクトの瞬間、ビッ!と心地の良い音が静まり返った周囲に響く。

 ボールが綺麗に指にかかり、指からボールから離れる直前に手首のスナップを効かせてボールに回転を与えた音が聞こえたのだ。


 放たれたボールは綺麗な逆回転のスピンがかかり、綺麗な放物線を描いて飛んでいき、ギャラリー達は、固唾を呑んでボールの行方を目で追っている。

 皆の視線を一斉に浴びたボールは、吸い込まれるようにゴールへ向かい、フープに全く擦れる事なく、静寂の中シュパッっとゴールのネットを通過する音が聞こえ、その後テンテンとボールが地面に落ちる音がした。


 ネットを揺らす音を聞いた直後、俺は考える間もなく右の拳を天高く突き上げていて、自分でも信じられない行動をとっていた。


「ッッッシャアアアァァァ!!!!!!!」


 大きな雄たけびが本通りに響く。


 その大きな雄たけびと同時に、いつの間にか更に増えていた見物客達から大歓声と大きな拍手が沸き起こった。


 ――驚いた。

 シュートが決まったからではなく、年甲斐もなく大声で叫んでいた事に。


 こんな事で年甲斐もなく、大声を出したのなんていつ以来だろう。

 いい大人がする事ではないのは、理解していても止められなかった。

 それは多分、ゲームを成功させたからだけではなく、瑞樹の期待に応える事が出来たからだ。


 何だか、自分でした事に吹き出しそうになる。

 だが、こんな今の自分が嫌いではないと感じた。


 最前列にいたギャラリーにハイタッチを求められて、それに応じる俺を眺めながら、店主が諦めの溜息をついた。


「負けたよ兄ちゃん! 一番いい景品なんて、取られないように難易度を上げて客寄せに使うだけだってのに、あんな距離から入れられちゃ文句も言えねえよ!」


 そう言った店主は、参ったと降参のポーズをとった。


「あはは! まぐれだよ! ま・ぐ・れ!」

「謙遜するな! それで? Aランクの景品だけど、どれが欲しいんだ?」


 店主はスッキリした顔つきで景品を尋ねると、俺は迷う事なくお目当ての景品を指さした。


「そのでかいぬいぐるみを、頂いていくわ!」

「これだな? ほらよ!」


 店主が棚からぬいぐるみを降ろすと、こっちに投げ渡して話を続ける。


「もう来るなよ! これ以上持っていかれたら、店が潰れちまうからな!」

「分かってる! 荒らすつもりなんてないよ。ありがとな! おっちゃん!」


 苦笑いを浮かべた店主がそう言い捨てると、ぬいぐるみを受け取った俺はニカっと笑って店主に手を振った。


 ぬいぐるみを受け取った後、ギャラリーの中から瑞樹を探そうと見渡すと、最前列の端でこちらを見ていた。


「ほら! ご注文のぬいぐるみだ! これであの件はチャラだからな!」


 これだけの見物客がいる中で、すぐに見つけられてしまう瑞樹の存在感に苦笑いを浮かべて、手に持っていたぬいぐるみを優しくポンッと投げ渡した。


 ゆっくりと飛んでくるぬいぐるみを、瑞樹は口元に当てていた手を解いて慌ててキャッチした。


 柔らかい抱き心地に楽しむように、瑞樹はぬいぐるみに顔をグリグリと埋めていて、顔が見えなかったけど、喜んでくれているのは分かった。


「ありがとう! ず~っと大切にするからね!」


 一通りぬいぐるみの柔らかさを楽しんだ後、瑞樹は埋めていた顔を上げて、本当に嬉しそうな顔を見せてくれた。


「さっ! 次は俺の番だからな! いこうぜ!」


 未だに歓声が鳴りやまない中、間何事もなかったかのように、瑞樹の手を引いて歩き出した。


「う、うん!」


 瑞樹の手を引いてこの場を立ち去ろうとしていた俺達に、見物客達から色々な声が聞こえてくる。


「よかったな! 彼女さん!」

「彼氏、超カッコいいじゃん! 羨ましいぞ!」

「えぇ!? あの子があいつの彼女なの!? そりゃ頑張れるわ!」

「俺もあんなデタラメに可愛い彼女が欲しい!」

「いや、それ関係なくね?」


 お互い浴衣姿で、手を繋いでいるのを見られている為、やはり恋人と思われているようだった。

 恥ずかしい気持ちはあるが、瑞樹とそういう関係に見られるのは、正直嫌ではない自分がいる。


 手を引かれて後ろからカランコロンと下駄の音が聞こえる後方にチラっと視線を向けると、ぬいぐるみをギュッと抱きしめて顔を赤らめている瑞樹が嬉しそうに微笑んでいた。


 恥ずかしい思いをした価値は十分にあったな。

 俺は只々、満足感を感じながら、細くて小さな手を引いて、次の露店に向かうのであった。

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