第16話 お祭り!浴衣デート! act 2   

 露店での騒動を、少し離れた場所で見守っていた少女の姿があった。


 その赤い浴衣に身を包んだ少女は、スマホを取り出して電話をかけている。




『もしもし! 隊長! 作戦はうまくいった?』


「うん! ミッションコンプリート! 浴衣カップル出来上がりって感じ! まぁ、予想外のトラブルはあったのは焦ったけど……」


『トラブル? 何があったの?』


「う~ん……一言で言うと、私の親友が綺麗過ぎて秒で雑魚が声かけたみたいなんだけど、拒否されて逆切れしたんだよ」


『えぇ!? みっちゃん大丈夫だったの!?』

「私も超焦ったけど大丈夫! 危ないところで私が送り込んだナイト間宮が颯爽と現れたからね!」


『作戦バッチリじゃん!』


「だね! しっかし! さっきの間宮先生格好良かったなぁ! いつもの先生からじゃ想像出来ない感じで、遠巻きで見てたから何て言ってたのかは聞こえなかったんだけど、私までドキドキしちゃったよ」


『えぇ!? あの間宮先生が!? それは見たかったなぁ!』


「へへ! いいもの見ちゃったよ! それより今日はごめんね。朝から色々と力を貸してもらったうえに、お祭りまで一緒に回れなくなってしまって」


 少女は申し訳ない気持ちが大きくなり、電話口から聞こえる声が段々弱くなったいく。


『あはは! 気にしないでよ! 何でも奢ってくれて案外快適だしね!』


「……そっか! でも食べ過ぎて太っても、責任はもてないからね!」


『ふふ! りょ~かい! それじゃ、また後でね!』


 そう話して、少女は電話を切った。




 電話を切った少女の側にいた少年が、不満そうに声をかける。


「なぁ! これは瑞樹さんと間宮先生を、浴衣デートをさせる為だけのデートだったのか? 加藤」


 そう、ここまでのシナリオは全て、瑞樹に自分の本心を気付かせる為の状況と時間を用意する事を目的に、加藤達が仕組んだものだった。


 突然の現地解散も瑞樹の性格なら、絶対に1人で回ると言い出すと計算しての事だ。

 瑞樹と別れるタイミングと間宮が合流するタイミングを合わせたのも加藤の仕業で、間宮に瑞樹を強く意識させようと、自腹を切ってまで瑞樹に浴衣を着せたのも加藤の企みだった。


「ん? そうだよ? な~にぃ? 愛する瑞樹さんを他の男に持っていかれるのは、やっぱり面白くない?」


 加藤はニシシと悪戯っぽく笑い、佐竹の腕を肘で突く。


「ち、違くて! 加藤が僕を祭りに誘ったのは、その……あれなのかなって思って……」

「なに? なに? もしかして私からこのお祭りで、告白されるかもとか期待してたの?」

「ち、ちがっ! そ、そんな事……」


 アタフタして、顔を真っ赤にした佐竹は否定したが、それが嘘なのは誰の目にも明らかだった。


 加藤は、溜息をついて「あのねぇ」と話し出した。


「私はそんなに安い女じゃないからね!」


 そう言い放ち、加藤は人差し指を佐竹の胸に押し当てて、不服そうな顔を向けて話を続ける。


「私を振り向かせたかったら、男としてもっと頑張りなさい! 今の頼りないアンタに全く魅力なんて感じないよ!」


 佐竹の目を真剣な眼差しで見つめながら、加藤がそう自分の気持ちを告げると、胸に押し当てられた指だけではなく、加藤の手ごと握りしめた佐竹は力強く加藤の瞳を見返す。


「分かった! 頑張って加藤を振り向かせる男になるよ! だからこれからの僕を見てて!」


 いつも頼りなく、オドオドしていた佐竹の目が、いつになく真剣で真っ直ぐに加藤の目を見て、堂々とそう宣言する。


 そんな佐竹の目と宣言に、加藤の心臓が飛び跳ねる程ドキドキした。


「そ! まぁ頑張りたまえ! でも私ってば結構モテるみたいだから、モタモタしてると他にいっちゃうかもよ?」


 真剣な佐竹の言葉に照れた加藤は、誤魔化す為にそう言ってみた。


「加藤がモテる事は前から知ってる。今朝も食堂で他の男達に囲まれてるのを見てイライラしてたからな! だからそんなに待たせるつもりはないよ!」


 珍しく男らしい宣言に、加藤は頬を赤らめて俯いた。


「さ、さて! 作戦もうまくいったし、これ以上覗き見するのは野暮ってもんだし、私達もお祭りに参加しますか! まずはお腹が空いたから何か食べようよ!」

「そうだな! さっきからたこ焼きの匂いだけだったから、たこ焼きから行くか!」

「お! いいっすね! ゴチになります! 佐竹さん!」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべた加藤は、流れる様におねだりを始めた。


「はぁ!? 何で俺が加藤の分まで、買わないといけないんですか?」

「え~!? 落としたい女の子に、たこ焼き奢る甲斐性もないの?」


 痛い所を突かれて二の句が継げない様子の佐竹は、「はぁ」と溜息をついて後頭部をガシガシと掻いた。


「分かったよ! たこ焼きだけとは言わずに、今日は僕が全部奢ってあげるよ!」

「マジすか! すっご~い! 佐竹さん! 惚れちゃいそう!」


 現金な女だなとまた溜息をついた佐竹だったが、嬉しそうにはしゃいでいる加藤を見ていると、佐竹も何だか嬉しい気持ちになった。


「じゃ! 早くいこ! 佐竹!」


 加藤は無邪気な笑顔を向けて、佐竹の手を引いた。


 そんな加藤にドキッとしたが、冷静を装って加藤の引っ張られるまま、賑やから人の流れの中に消えて行った。




 ◇◆




「ごめんね、おまたせ」

「どうした? 顔が真っ赤だぞ?」


 駆けつけた瑞樹の顔を覗き込んだ間宮は、帯にさしていた団扇を取り出して、パタパタと瑞樹の顔を扇いだ。


「あ、赤くなんてなってないもん!」


 ――そう必死に否定していると、瑞樹は自分の異変に気が付いた。

 膝がガクガクと、立っていられない位に震えだした。

 体も小刻みに震えだして、目頭が熱くなるのを感じる。


「ごねんね……少しだけ待ってて……」


 間宮にそう言って背を向けた瑞樹は、鞄からハンカチを取り出して、それを目元に当てて動かなくなった。


 ナンパを威嚇してからずっと気を張っていたが、間宮が介入して体の力が抜けて安心出来たからなのか、あの時の怖さが急に込み上げてくる。

 瑞樹はこれまでも、ずっと男達に嫌われるように立ち振る舞う度に、後から怖さが体を支配して1人で泣いてきたのだ。


 だから、こんな事はいつもの事で慣れてはいた。


 ただ、この後の事態は全く経験がなく、予想だにしなかった事が起こる。




 ――ふわりと温かい何かに、優しく包み込まれる感覚を覚える。


 この感覚は、さっきのたこ焼きの露店で感じたものと似ているが、温もりがある分、今の方が鮮明に包み込まれる感覚をハッキリと感じた。

 次第にずっと耳に聞こえていた大勢の見物客達の声が聞こえなくなり、代わりに自分の心臓の音が大きく聞こえてくる。


 目を閉じていた瑞樹は、ハンカチを目元から離してそっと目を開けた。


 目を開けた視界には、見覚えのある浴衣の生地と、男性と思われる胸元が見えた。


 この状況をみれば、すぐに自分がどういう状態になっているのか分かる。


 自分は今、間宮に抱きしめられている。


 それを自覚した瞬間、驚いて間宮の抱擁を解こうと力を入れようとした時、頭の上の方から優しい声が降ってきた。


「怖い思いさせてしまったな、遅くなってごめん。もう大丈夫だから……大丈夫だからな」


 優しい声はそう言って、優しく頭を撫でてきた。


 その言葉と頭を撫でられる感覚が伝わると、腕にいれていた力と、強張った体の力が抜け落ちて、少しずつ流していたはずの涙腺が決壊を起こして一気に溢れ始めた。

 殺していた声もコントロール不能になり、気が付けば間宮の腕の中で大声で泣いていた。


 間宮は何も言わずに、ただ優しく頭を撫で続けている。


 大声で泣いている瑞樹に気が付いた通行人の視線が、抱きしめている間宮に集まっていたのだが、本人はそんな事一切気にする事なく瑞樹にだけ聞こえる声で「大丈夫だから」と呟いた。


 暫く流し続けた涙が涸れて、瑞樹の鳴き声が止んだ。

 瑞樹がゆっくりと、間宮の腕の中から離れていく。


「ご、ごめんなさい……私……」


 俯きながら掠れた声で話す瑞樹は、思い切り泣いたおかげか、体の震えが止まったようだった。


「何を謝ってるんだ?」


 間宮は安堵した様子で、優しく微笑んでいる。


「だって、こんな人混みの中で大声で泣いたりして、恥ずかしかったでしょ!?」


 瑞樹は顔を真っ赤にして、申し訳なさそうにそう言うと、間宮はキョトンとした顔で周りを見渡して、瑞樹の言っている事にようやく気が付いた。


「あぁ! ははっ! 全然気にもならなかったな」


 そう平然と笑い飛ばした間宮は、再び瑞樹に視線を戻して話を続ける。


「そんな事より腹減らないか? さっき買ったたこ焼きと焼きそば、どっかで座って食べよう!」


 手に持っていたビニール袋を瑞樹の目の前に持ち出して、ニカっとまるで少年のような笑顔で瑞樹を誘う。


「え? う、うん」


 瑞樹は間宮のあっけらかんとした態度に驚いていたが、そんな笑顔の間宮につられて頷いた。


「んじゃ、いこ!」


 瑞樹の手を引き空いているベンチに移動して、早速ビニール袋の中身を取り出して、瑞樹の前に差し出した。


「え? 私こんなに食べれないよ?」

「ははっ! 分かってるよ! 食べれるだけ先にどうぞ」

「だ、だよね。あっ! 先生が先に食べてくれない? 私猫舌で熱いの苦手なんだ」

「そう? 出来上がってから結構経ってるから、もう大丈夫だと思うけどなぁ……まぁいっか! んじゃ、お先に!」


 間宮はそう言うと、瑞樹が手に持っていたたこ焼きの船から、1つ爪楊枝で抜き取って勢いよく口に放り込んだ。


「ほらっ! やっぱりもう熱くな……」


 ――――


「!! アッツ!! まだ中がトロトロで超アッチィ!!」


 完全に油断していた間宮は、碌にたこ焼きを冷まさず一気に口に頬張り、カリカリの表面を突き破って出てきたたこ焼きの中身が口に広がった途端、飛び跳ねだした。

 跳ねながら悶えて「ハフハフ」と口の中の熱を逃がしながら、涙目になって何とかたこ焼きを飲み込んだ。


「はぁ、はぁ……口の中が大火事だった……」


 さっきの露店での間宮と今の間宮が、同一人物だとは思えない程のギャップに、瑞樹は笑いを堪える間もなく吹き出した。


「ぷっ! あはははは!! せ、せんせ! 何やってんのよ! 調子に乗って一気に食べるからじゃん! ククク……あははは! お、お腹が……痛い!」

「笑い過ぎじゃね?」


 間宮は恥ずかしさと、情けなさでムスッとした顔で拗ねるようにそう呟く。


「だって、先生のせいじゃん! んふふふふ!」


 お腹を左手で押さえながら、笑い過ぎて溢れてくる涙を右手の人差し指で拭い、楽しそうに笑う瑞樹を見て、間宮はクスリと笑みを零した。


「ほらっ! 笑ってないで食べなって!」

「あ、うん! いただきます!」


 瑞樹はたこ焼きに息を吹きかけて、十分に冷ましてから口へ運んだ。


「うん! 美味しいね!」

「大将の魂が籠ってるから、美味いよな!」

「んふふふ! ホントだね」


 2人でたこ焼きと焼きそばを平らげると、瑞樹は率先してゴミを纏めていると、お腹が満たされた事で落ち着いたのか、瑞樹は肝心な事を間宮に聞くのを思い出した。


「あぁ! そうだ! 先生に聞きたい事があったのを忘れてた!」


 急に瑞樹がそう叫びだして、間宮の体が少し跳ねた。


「ビ、ビックリしたぁ! 突然なんだよ!」

「なんだよじゃないよ! 何であの場面で先生が現れたの!? 遅くなってごめんって言ってたから、偶然じゃないんだよね!?」

「あ、あぁ! その事か……」

「そう! なんで? ねぇ、なんで?」


 瑞樹が真剣に、グイグイと間宮に詰め寄った。


「そうだな、話しておいた方がいいよな。実はさ……」


 間宮は観念して、事の顛末を瑞樹に話し始めた。




 話はマイクロバスが走り出して間もなく、隣に座っていた加藤が話しかけた場面まで遡る。




 ◇◆




 加藤がこれから話す事を、なるべく小声で答えて欲しいと言われた間宮は、首を傾げながらも了承した。


「実はお祭り見物が始まって暫くしたら、志乃が1人になってしまう事になっているんです」


「どうしてですか?」


 加藤が真剣な顔つきで話し出した内容は、間宮にとって不可解な事だった。


「志乃以外の私を含めた同室メンバー全員が、誘われた男子達と一緒に祭りを回る事になっているからです」

「え? どういう事ですか? 皆さんと一緒に祭り見物するんじゃなかったんですか?」


 間宮は加藤にそう言うと、後方の席に座って楽しそうに談笑している瑞樹をチラっと目をやった。


「その事は、勿論瑞樹さん本人は知ってるんですよね?」

「いえ、志乃は全く知らされていません。私達と祭り見物すると思っています」


 苦笑いを浮かべながら加藤がそう話すと、間宮の顔つきが変わった。


「何故そんな事をするんですか!? 瑞樹さんがその事を知ったらショックを受けますよ! まるで虐めてるみたいじゃないですか!」


 間宮は小声で話す事を忘れて、声の音量を上げて加藤を問い詰めだした。


「し~!! 先生声が大きいですよ! 小声でって頼んだじゃないですか」


 慌てて人差し指を口元の当てて、瑞樹の方を振り返えると、瑞樹はこちらに気が付いていない様子で安堵しながら、間宮にそう警告した。


「それは誤解です。志乃は私の大切な親友なんですから!」

「誤解? 今の話のどこに誤解があるんですか!?」


 間宮は再び声の音量を絞って、加藤に詰め寄った。


 誤解だと言われても、全く納得が出来ない間宮は加藤に説明を求める。


「男子とお祭りに行く為に、志乃を1人にするんじゃなくて、志乃を1人にする為に皆、志乃から離れるんです! 私が皆にそうして貰えるように頼んだんです」


 加藤はそう話して、間宮に詰め寄り返した。


「……益々分からなくなっただけなんですが」

「そうですよね……詳しい詳細は私からは話せないのですが、今の志乃は気が滅入ってしまう程、悩んでいる事があるんです」

「それなら、余計に加藤さん達が力になってあげるべきでしょ?」

「それが出来ないから、先生に頼んでるんです! あの子は自分がそんな時でも、私達に気を使ってしまう子だから……」

「瑞樹さんが……でも、それを僕がどうこう出来るとは思えないんですが」


 加藤は一度瑞樹の方を見なおしてから、真っ直ぐに間宮を見つめながらこう言い切る。


「そんな事は絶対にありません! だってその断片を先生はすでに目撃しているはずですから!」

「え? どういう事ですか?」

「昨日の自主学時間に、志乃は先生の所へ行きませんでしたか?」


 加藤の言葉を聞いた間宮はハッとして、加藤に身を寄せた。


「はい! 確かに僕の所へ来て、途中から様子がおかしくなってしまったんです! 原因が全然分からなかったのですが、加藤さんは何か知っているんですね!?」


 間宮の喰いつきように、加藤は少し驚いた顔をしたのと同時に、口角だけは上向いた。


「はい、でも私から言える事はここまです。」


 加藤は続けて、自分は瑞樹が抱えている問題の答えを、自分の本音で選択して貰いたいから、その本心に気付かせる為の時間と状況を用意したいのだと話す。


「だから、こうして先生にお願いしているんです」




 そう言われても、依然として理由が理解出来ない間宮だったが、自分がその場にいる事で瑞樹の何かがいい方向に向かうのであれば協力すると、不安気な表情を見せている加藤を見て決めた。


「分かりました。他の先生方にお断りする時間を頂ければ、瑞樹さんと一緒にいる事を約束します」

「ホントですか!? ありがとうございます! こんな訳が分からない頼み事をきいてくれて!」


 間宮の返答に、不安気な顔をしていた加藤の顔が、パッ!と明るくなり笑みが零れたが、間宮は苦笑いを浮かべて呟く。


「本当に意味が分からないんですけどね……」




 ◇◆




「……という事があったんだよ」


 瑞樹の元へ駆けつけた経緯を、間宮は話し終えた。


「そっか、愛菜がそんな事を……どおりで……おかしいと思った」


 そう話す瑞樹の姿は、まるで苦しみから解放されたように安堵した表情を見せて、静かに一滴の涙が頬を伝って落ちた。


「加藤さんは瑞樹さんの事を親友だって言ってたけど、合宿前から知り合いだったのか?」


 抱きしめた時の涙と違い、露店の灯りに反射したその涙は、とても美しく心を締め付けられるもので、思わず見とれてしまっていた間宮は、無理矢理に意識を戻して、自分の気持ちを誤魔化す様に話しかけた。


「ううん、ここで知り合ったんだよ。それで親友とかやっぱりおかしいかな」


 瑞樹はここにいない加藤を思い浮かべているのか、表情が凄く柔らかいものに変わっていた。


「いや、いいんじゃないの? 親友ってどれだけお互いの本音を話し合えたが大事なんだし、どれだけ時間を積み重ねても、分かり合えない奴らだっているんだしな」

「……うん、そうだよね……ありがとう」

「いい友達が出来て良かったじゃん!」

「お節介が過ぎるのが玉に瑕なんだけど、そんなところも含めて、愛菜は大切な親友なの」


 そう話す瑞樹は、とても幸せそうな表情を見せていた。


 間宮はそんな瑞樹に微笑んでいると、瑞樹は目を大きく開いてまだ聞きたい事があると話し出した。


「そういえば、飲み歩きを断るのって大変だったんじゃない?」


 瑞樹がそう思えるのは根拠があった。

 それは今朝の藤崎の行動だった。

 あの時の藤崎を見る限り、誰がどう見ても間宮に気がある事は火を見るより明らかだったからだ。


 間宮は指で頬を掻きながら、遠い目をして一言呟く。


「……大変だった……本当に」




 ◇◆




 バスを降りて解散になった後、講師達が祭りに繰り出そうとした時に間宮が切り出した。




「誘って下さった皆さんには、本当に申し訳ないのですが、所用が出来て飲み歩きに参加出来なくなりました」

「え~!? 間宮先生飲み歩き楽しみにしてたじゃないですか!」


 突然の間宮の言葉に、奥寺が目を見開きながら訴えかける。


「それはそうなんですが……すみません」


 間宮は後頭部をガシガシと掻きながら、申し訳ないと頭を下げた。


 この展開に一番ショックを受けてたのは、言わずと知れた藤崎だった。


「え!? 所用って……折角、浴衣を引き当てて間宮先生と……」


 しょんぼりする藤崎を見て良心が痛んだが、ここは曖昧な事を言うとさらに迷惑をかけてしまうと、バッサリと飲み歩きの件は切ってしまう事にした。


「本当にすみません! あまり時間がないので行きますね! ごめんなさい!」


 そう一方的に告げて、瑞樹の元へ向かおうとしたのだが、突然左手が引っ張られた。

 引っ張られる方を見ると、藤崎が手を握っていてそのまま間宮を引き寄せるように力を込めて、距離を詰めて訴えかけてくる。


「どうしてもと言うのなら仕方がありません。その代わりこの埋め合わせをして頂けませんか?」


 拗ねたような顔つきで間宮を見上げながら、藤崎は条件を提案してきた。


「埋め合わせですか? 何をすればいいですか?」


 間宮は少し不安気に提案内容を確認すると、藤崎は人差し指を立てて条件を告げる。


「この合宿が終わったら、近いうちに食事に付き合ってもらえませんか? これが私からの条件です!」

「食事ですか……えっと、分かりました! 僕でよければお付き合いします」


 OKの返事が返ってきて、藤崎の顔が明るくなる。


「本当ですか!? 嘘じゃないですよね!? 言っておきますけど、今度はドタキャンなんて絶対に許しませんからね!」

「ははは……分かっていますよ。約束します」


 藤崎の強い押しにタジタジになりながらも、藤崎の条件を快諾した間宮の左手がようやく解放された。


「それでは失礼します! 本当にすみませんでした。僕の分まで楽しんで来て下さい!」


 改めて、講師達に頭を下げた間宮は瑞樹の元へ駆け出した。




 ◇◆




「……てことがあって、何とか抜け出してきたんだ」


 瑞樹の元へ向かうまでの経緯を話し終えた間宮は、施設に戻った後の事を考えると、溜息が漏れた。


「そうだったんだ、無理させちゃったね……ごめんなさい」


 瑞樹は本当に申し訳なさそうに、間宮に頭を下げた。


「ばっか! 誰が悪いってわけじゃないんだから、謝るなっての!」


 そう言った間宮はベンチから立ち上がり、体を伸ばしながら話題を変えた。


「さてと! そろそろ祭り見物に繰り出そうぜ! 言っとくが楽しみにしてた飲み歩きを諦めて来たんだから、俺が満足するまで付き合ってもらうから覚悟しとけよ!」


 悪戯っぽく笑みを浮かべた間宮は、瑞樹に人差し指を向けてそう宣言した。


 間宮の宣言を聞いた瑞樹は「望むとこだよ!」と満面の笑みを返した。



「あ、そうそう! さっき露店でメロンパンカステラってのがあったよ!」

「なに!? マジか!? それを先に言えって! 直ぐにその露店に行くぞ!」


 間宮は流行る気持ちを抑えながら、ベンチに座っている瑞樹に手を差し伸べた。


 差し伸べられた間宮の手を、瑞樹は顔を赤く染めながらギュッと握って立ち上がる。


「うん! 案内するね!」


 2人は逸れるからと手を繋いだまま、見物客が行き交う中に消えて行った。


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