第14話 夏の夜に舞い降りた浴衣の天使  

 今加藤の目の前にいる瑞樹は、今まで見た事がない瑞樹だった。


 これから苦手な人前に出るというのに、オドオドした様子が全くない。


 それどころか、ステージと化した歓声に包まれたあの場所から、目を逸らす事なく真っ直ぐに見つめている。


 今の瑞樹は女の顔をしている。


 これから、凄い事がきっと起こる。


 そう直感した加藤の胸が躍りだした。


「志乃!」

「うん?」

「これから着る志乃の浴衣は、私達がお金を出し合って用意したものなんだ」

「え!?」

「少しでも志乃に元気になって貰いたくて、私が皆に頼んで今朝手配してたんだ」


 瑞樹は今朝から様子がおかしかった加藤達の行動に、ようやく理解が追い付いた。


「……そっか、だから今朝皆いなかったんだね」


 瑞樹は心が熱くなるのを感じた。


 それはサプライズだけが原因ではなくて、自身の昔の話を聞いた加藤が距離を置くどころか、更に近くにいてくれるようになった事がなにより嬉しかったのだ。

 加藤は浴衣だけではなく、更衣室に同室のメンバーをヘアメイク担当として待機してもらっていると話す。


「時間があまりないけど、それでもバッチリ決めるからって張り切ってたよ」


 そんな加藤達の嬉しいサプライズに、いつしかデレデレしていた間宮にムカついていた事を忘れて、瑞樹は心から皆に感謝した。


「……ありがとう愛菜! 皆にもお礼言わないとね!」

「そうだね! それじゃ、私の番だから行ってくるね!」


 加藤はニカっと笑みを見せて、意気揚々と更衣室へ向かった。

 瑞樹は加藤にいってらっしゃいと手を振っていると、また大きな歓声が上がった。

 加藤の前に先陣を切った、神山がギャラリーの前に姿を見せたのだ。


「うわぁ! 神山さん超可愛い! あんな短い時間しかなかったのに、髪型もいい感じだし! すご~い!!」


 想像以上に可愛く変身した神山に、瑞樹は慌ててスマホのカメラを起動させて構える。


「神山さ~ん! こっち向いて!」


 神山は大勢のギャラリーに囲まれていたのが、瑞樹が呼ぶ声を聞き逃す事なく、人だかりからヒョコっと抜け出して小さいピースサインと可愛い笑顔を、瑞樹のスマホに向けて応えた。


 (ドキドキした)


 緊張も勿論あるのだが、それと同じ位この空気を楽しめている自分がいる事に気付く。

 神山の笑顔を見て、楽しむ事の素晴らしさを教えられた気がした。

 そんな神山が見事に期待以上の結果を出した。

 流石は美人部屋のメンバーといったところだろうか。


 キラキラと輝いている神山を、嬉しそうに眺めている瑞樹に、スタッフから声がかかる。


「それでは瑞樹さん着替えに入って下さい。これで最後ですよね?」

「あ、はい! 宜しくお願いします」


 加藤が浴衣姿で登場する所を見れないのが心残りではあるのだが、皆が撮った画像を楽しみにする事にして、瑞樹は指示に従って更衣室へ入った。


「やっほ! みっちゃん!」

「南ちゃん! てっちゃん! 2人が愛菜が言ってたスタイリストさんだったんだ!」


 瑞樹が部屋へ入ると、着付けをしてくれるスタッフ2名と、同室のメンバーである南 佳代子と寺川 來未が道具を抱えていた。


「そ! まぁ、髪型とメイクは私達に任せてよ! もうみっちゃんの髪型のイメージは完璧に出来上がってるからね!」


 南が自信満々でそう瑞樹に告げると、スタッフの準備が整った。


「では、浴衣の着付けを始めるので、服を脱いでもらえますか?」


 準備を終えたスタッフは、早速瑞樹に指示を出し始めた。

 確かにこの部屋には女性だけだったが、自分だけ服を脱ぐのはかなり抵抗があった。

 だが準備しているスタッフ達も、これが済んだら次の仕事が待っていると思うと、恥ずかしがっている場合じゃないと、思い切って服を脱いで下着姿をさらけ出した。


「おぉ! やっぱりスタイル抜群じゃん! ね! てっちゃん!」


「うんうん! 透き通るような肌ってこういうのなんだね! しかもなにそのくびれまくったウエスト! 私のお肉貰ってよ!」


 下着姿になった瑞樹に、南と寺坂から思わずため息が漏れた。

 2人の反応に、スタッフも手を止めて瑞樹を眺める。


「ほんとね! モデルみたいな体だし、それに本当に綺麗な肌してるわねぇ」


 気付けばスタッフと南達4人は、瑞樹の下着姿の鑑賞会を始めてしまっていた。


「あ、あの! 恥ずかしいので早く着せてもらえませんか? それと南ちゃんとてっちゃんも変な事言わないでよ!」


 瑞樹に急かされて、着付けの作業に取り掛かったスタッフだったが、南達は瑞樹に反論を始めた。


「えぇ!? 恥ずかしがる事じゃないじゃん! 逆に自慢するとこだって! まぁ、みっちゃんらしいとは思うけどね!」


 やれやれといったリアクションをとりながら、南がそう言うと他の3人も恥ずかしがる瑞樹に、笑いながら作業にとりかかった。

 手慣れた手際で浴衣の着付けを行い、その作業を邪魔する事なくヘアメイクと軽い化粧を僅か15分程で終わらせた。


 完成した浴衣姿の瑞樹に、絶賛の声が飛ぶ。


「おぉ! これは想像以上にヤバい! 絶対騒ぎになるレベルだ!」

「それな! チートがかり過ぎでしょ! もう反則だって!」


 南と寺坂がそう絶賛すると、スタッフからも溜息が漏れた。


「ほんとね! これは一緒に歩く男性は、ボディーガードが大変でしょうねぇ」


 瑞樹は顔を赤く染めて、全然そんな事はないと否定したのだが、南達に「はいはい」とあっさりと流されてしまった。


「まっ! ここを出て皆の前に出たら、どれだけ神がかってるか嫌でも分かると思うよ」


 寺坂が道具を片付けながら、ニヤニヤと笑みを浮かべてそう言う。


「えっと、着付けありがとうございました。南ちゃんとてっちゃんもありがと! ヘアメイクもそうだけど、この浴衣って皆でお金出し合って用意してくれたんだってね!」

「どういたしまして~ん! 超早朝にカトちゃんに叩き起こされた時は、何事かとビックリしたけどね」

「そうそう! 詳しい理由は言えないけど、志乃が超ピンチで少しでも元気になって欲しいから、お願いだから協力してって頭下げるんだもん!」


 あんな必死な加藤を見せられたら、理由なんて聞く必要がなかったと南と寺坂は笑っていた。


 (……愛菜)


 瑞樹は親友申請をされた時の事を思い出して、加藤の顔を思い浮かべて親友の名を心で呟いた。


 加藤の事を思い浮かべていると、不意に寺坂に「言い忘れてた」と声をかけられた。

 寺坂はこの浴衣をプレゼントするのに、1つ条件があると言い出して、着付けした後にそれを言うかと、少し戸惑いながら寺坂の条件に耳を傾ける。


「条件はその浴衣姿を皆に披露する事ね! せっかく凄く綺麗なんだもん! 見せないなんて勿体ないよね!」


 今度は南が条件内容を、人差し指を立てて瑞樹に話した。


「うん、皆が用意してくれた浴衣だもんね……でも、本当に変じゃない?」


 瑞樹は着ている浴衣を見える範囲を見渡しながら、不安気に南と寺坂に確認すると、2人はサムズアップしてこう言い切る。


「超完璧な浴衣美人だって!」


 綺麗にハモったのがツボにはいった瑞樹は、可笑しくて吹き出すと2人も釣られて笑い合った。


 瑞樹はそろそろ行くねと告げて、履いていたサンダルから下駄に履き替えると、2人も加藤達と合流して待ってるからと急いで部屋から飛び出していった。


 瑞樹はドアの前で振り返り、後片付けをしているスタッフにありがとうございましたと告げると、着替える時も手伝うからねと言ってくれた。


 スタッフにいってきますと告げて、ドアを開けて更衣室を後にした。


 部屋を出た瑞樹はすぐに皆が待つ会場へ向かわずに、少しでも緊張を解そうと深呼吸をする。


 (大丈夫……浴衣姿を見せるだけ……怖くない…怖くない)


 瑞樹は目を閉じて、そうお呪いのように呟きながら楽しそうに笑う神山の姿を思い出していると、向かいのドアが閉まる音がした。

 閉じていた目を開いてドアが閉まる音がした場所に目をやると、そこには浴衣に着替えた間宮が立っていた。


「……間宮先生」

「……」


 声をかけたはずなのに、目を大きく見開いてこちらを向いたまま何も返答しない間宮に首を傾げる。


「先生?」


 もう一度呼びかけると、間宮は我に返ったようにビクッと肩を跳ねさせた。


「え? あ、えっと……瑞樹さんですか?」


 珍しくアタフタと慌てた間宮は、当たり前の事を確認してきた。


「え? そうですよ? 何言ってるんですか? 先生」


 瑞樹は不思議そうな表情を浮かべてそう答えると、間宮は人差し指で頬を掻きながら、照れ臭そうに呟いた。


「あ、その……凄く綺麗になってて、一瞬誰だか解らなかったんですよ」


 (き、きれ……!?)


 突然の間宮からの言葉に激しく動揺しそうになった瑞樹だったが、ここは何とか耐える事が出来た。


「あ、ありがとうございます。でも、その言い方だと普段は綺麗じゃないって事ですか?」


 なるべく冷静を保ちながら、揶揄うように間宮にそう返すと、今度は耐えられそうにない言葉が飛んできた。


「え? いや! そうじゃなくて、その……普段も綺麗だと思っていましたが、今の瑞樹さんは……大人っぽくて照れました」


 瑞樹の体内に流れる血液が、明らかに物凄い勢いで流れているのを感じた瞬間、顔がボンッと爆発する勢いで真っ赤に染まった。


「そ、そうですか……喜んでくれたみたいで良かった……です」


 少しの間お互い何も話す事がなかったが、気持ちを落ち着けるように深呼吸した間宮は体を通路の出口に向ける。


「それじゃ、男の浴衣姿なんて誰も待っていませんから、僕は先に行きますね。瑞樹さんが大トリを務めて下さい」


 軽く手を上げて立ち去ろうとした間宮だったが、浴衣の袖を引っ張られて振り向いてみると、不安気な表情の瑞樹が間宮の袖を親指と人差し指でチョコッと摘まんでいた。


「ちょ、ちょっと……待って下さい」

「どうしたんですか?」

「あ、あの、一緒に出て行ってもらえませんか? その……1人だと恥ずかしくて……」


 そう言った瞬間、瑞樹はハッとして慌てて摘まんでいた袖を離した。


 待機室でショックを受けて逃げ出してから、気まずい気持ちを抱いていたのだが、それよりも今の不安が上回ってしまい思わず一番頼ってはいけない人に頼ってしまった瑞樹は、パタパタと両手を交差させながら間宮と距離をとった。


「ご、ごめんなさい……私」


 (なにやってるんだろ……。いくら不安だったからといって、よりによって間宮先生に何してるのよ)


 フルフルと肩を震わせて、俯いた瑞樹の耳に「いいですよ」と柔らかい優しい声が届いた。


「え?」


 瑞樹は俯いた顔を上げると、いつものホッと安心できる柔らかい間宮の笑顔が出迎えてくれていた。


「僕でよかったら、お付き合いしますよ? 瑞樹さん」

「……ホ、ホントですか?」


 まだ自分はどうすればいいのか、答えは出ていない。

 でもこの人の優しさに、甘えてはいけない事は分かっている。

 ……分かっているのに……だ。


「あ、ありがとうございます……宜しくお願いします」


 瑞樹は再び空けた間宮との距離を詰めて、隣に立って間宮を見上げた。


「それじゃ、いきましょうか」


 隣で見上げた間宮の顔は、本当に優しくて自然と涙が込み上げてきそうになる。


「はい」


 込み上げる涙を堪えて、間宮と並んで通路を歩き出した。


 ホッとした気持ちと、酷い罪悪感が入り交じり胸の奥が酷く痛む。


 弱い、本当に弱いと思う。


 こんな自分が大嫌いだと心の中で毒づいていると、間宮が思わぬ提案を言い出した。


「そうだ! 折角こんな格好で並んで登場するのですから、何かテーマに沿った登場をしてみませんか?」

「……テーマですか?」


 沈み込んでいた意識を、無理矢理に引き上げた意識を間宮に向けた。


「そうですねぇ……やっぱり2人共こんな格好なので、浴衣デートとかどうですか?」

「で、デート……ですか!?」


 間宮の唐突な提案に、完全に意識を現実に引き戻された瑞樹の顔が、面白いように真っ赤に染まっていき、足元がふらつきそうになった。


「そうです! 瑞樹さんは浴衣デートしている時のイメージってありますか?」


 間宮に自分をデート相手と仮定して、どんな風に歩きたいかと聞かれた瑞樹は、頭の中で間宮と祭りを楽しんでいる想像と巡らせてみた。

 様々な想像が頭の中を駆け巡らせていると、いつの間には出口付近まで来てしまっていた。

 だが、逆に残りの距離を考えると、大抵の行動を正す時間がないと考えた瑞樹は、ここは思い切って少し大胆な行動をしてみようと決めた。


「私が浴衣デートをした場合、どうやって歩きたいかですよね?」

「えぇ、イメージ出来ましたか?」

「はい!」


 沢山の人達が待つ広場に出る直前、瑞樹は意を決して間宮との微妙な距離を一気に詰めて、間宮の左腕が瑞樹の右腕に重なるまで近づいて、チョコっと間宮の浴衣の袖を摘まんだ状態で、広場に出て行った。



 この日一番の歓声が2人を出迎える。



 瑞樹の浴衣は淡いピンクのストライプ地に白い花びらと、葉の部分が黒く染められた大柄な椿柄で、瑞樹の華やかな外見をより一層引き立てる物だった。

 その浴衣に合わせた髪型は南と寺坂の渾身の作で、ダブル三つ編みねじりをハーフアップに纏めて、いつもと違う少し大人びた瑞樹がそこにいた。


 まさに、浴衣姿の絶世の美少女降臨と言わんばかりの盛り上がりを見せる。



 そんな瑞樹だったが、ファッションショー会場と化した広場の大歓声が怖くなったのか、袖を摘まんでいた指に力が入り咄嗟に間宮の後ろへ身を隠そうとした。


 だが間宮の左手が、瑞樹に右肩にそっと触れて後ろへ回り込めなくしてしまった。

 焦る瑞樹と同じ高さまで目線を膝を曲げて下げた間宮は、瑞樹の強張る瞳を優しく見つめて、瑞樹にしか聞こえない程度の小声で呟きかける。


「祭りの屋台でメロンパン売ってないかな? 何か無性に食べたくなったんだよな。でも、メロンクリームとかホイップ入りとかじゃないやつな! あれは俺的には邪道だから」


 皆が見ている前で自分だけにしか分からないように、間宮先生から間宮良介に変わった事に驚いて、強張っていた体の力がスッと抜けていく。

 そしてジワジワと小声で話しかけてきた内容が、まさかのメロンパンの話題だったのが可笑しくなってきた。


 ん……ふふふふ……。


 間宮の後方に逃げ込もうとしていた事を止めて、慌てて手を口元に当てて笑ってしまう事を我慢しようとしたが、「あははは!」抵抗空しく周りの視線を集めてしまっている状況下で、お腹を抱えてしまう程大笑いしてしまった。


 間宮は曲げていた膝を立たせて、涙が出てきそうな程大笑いしてる瑞樹を見下ろしながら、優しく微笑んだ。


「な、何でここでメロンパンなんて食べたくなるかなぁ!」


 間宮を見上げてそう返す瑞樹の表情が、この場の人間が一度も見た事がないパッと咲いた華の様な笑顔で、この後打ちあがる花火に負けない大輪の花がギャラリーの目に飛び込んできた。


「いまだ!!」


 間宮と瑞樹の真正面を抑えていた加藤は、構えていたスマホのカメラのシャッターを合図と同時に切る。


 撮り終えた画像を先に終えていた加藤や神山、ヘアメイクを担当した南に寺坂、この特等席をひたすら頑張って確保していた田村、後藤、川上、俗に言われていた美人部屋の面々がチェックした。


 加藤や神山も綺麗に撮れていたのだが、やはりひと際目を引いたのは瑞樹の画像だった。


 その画像には、本当に楽しそうにキラキラと眩しい笑顔の瑞樹と、それを優しく包み込む様な柔らかい笑顔を向ける間宮が綺麗に撮れていた。




 夏の夜に舞い降りた浴衣の天使。


 そう形容する加藤の言葉が、決して大袈裟に感じない程、美しい笑顔の天使が加藤のスマホ画面いっぱいに舞い降りた瞬間だった。



 あとがき


 連続投稿はここまでになります。

 非常事態宣言が延長されて、ますますご苦労されるかと思いますが、

 STAY HOME期間を少しでも楽しめるように、今後も頑張りますので宜しくお願いします。

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