第13話 サプライズ!   

 瑞樹達が食堂へ到着すると、夏祭り当日だけあって昨日よりも生徒達が盛り上がりを見せていた。


 いや、昨日と違い盛り上がっているのは、生徒達だけではない。


 奥寺達、男性講師達が食堂の入口を気にしながら、講師同士で何やら盛り上がっている。


 そんな講師達を横目で見ながら受け取り口に瑞樹達が並んでいると、入り口付近が更に騒がしくなった。

 原因は食堂に現れた藤崎に、男性講師達が一斉に駆け寄った為だった。


 一瞬で男性講師達に取り囲まれた藤崎は、逃げ腰で何事かと目を丸くしている。


「藤崎先生! 今晩の夏祭りは僕達に付き合ってもらえますよね!?」

「もう締めの花火が良く見えるポイントは、下調べ済みなんですよ!」


 講師達のマシンガンのような攻撃にタジタジになっていた藤崎だったが、後から食堂に入って来た間宮の姿を視界に捉えると、コホンと咳払いをしてスイッチをONにして、男性講師達に人差し指を立てて見せた。


「先生方! 何をしにここへ来られたんですか? 生徒達の受験勉強の為に我々はいるのですよ!?」


 藤崎がそう話し出すと、突撃部隊の勢いが弱まっていく。


「お祭りは頑張っている3年生達へのご褒美であって、私達は保護者代わりの立場なのに、そんな私達が浮かれてどうするんですか!」


 男性講師陣がその演説めいた台詞に、完全に意気消沈してしまったのを確認した藤崎は、食堂入口付近にいる間宮にドヤ顔で視線を送る。


 藤崎と目が合った間宮は苦笑いを浮かべながら、拍手を送って近づいてきた。


「さすが藤崎先生! 素晴らしいお言葉ですね」


 間宮の称賛の声と拍手に、周りにいた生徒達も「おぉ!」と湧いた。


「このゼミで講師をしている者として、当然の事を言ったまでですよ!」


 生徒達の反応で更に気をよくした藤崎は、得意気にそう言い切ったのだが……。


「僕は夏祭りでビール片手に、出店を回るのが大好きなんですよ」


 間宮の一言に、「えっ!?」と声を漏らして固まってしまう藤崎を横目に、消沈していた講師達が息を吹き返す。


「で、ですよね! 間宮先生なら解って頂けると思ってましたよ! 良かったら一緒に食べ歩きしませんか?」

「いいですね! 久しぶりに羽伸ばしちゃいますか!」


 一気に今夜の祭りの事で、間宮を含む男性講師達が盛り上がっていると、その熱に引き寄せられたのか、藤崎以外の女性講師達が輪の中に交じってきた。


「皆さんで食べ歩きされるんですか? 私達もご一緒させて下さいよ!」

「おぉ! それは嬉しいですねぇ! 是非ご一緒しましょうよ!」


 奥寺達のテンションが更に上がっていく。


「あ、あの……やっぱり……わ、私も……」


 完全に取り残されてしまった藤崎は、顔の筋肉を強張らせながら掠れそうな声でボソボソと呟く。

 間宮に優良講師ぶりをアピールした後で、見回りという名目で間宮を祭りに誘う計画が完全に裏目に出てしまった。


「藤崎先生……失敗しちゃいましたね。まぁドンマイですよ!」


 今度は藤崎が意気消沈しているところに、加藤がニヤニヤと笑みを浮かべながら心の籠っていない慰めの言葉をかける。


「んぐっ!? な、何の事かしら? で、でもそうね! 講師達も最終日に向けて、英気を養うもの大切な事かもしれないわね!」


 焦りながらも気丈な振る舞いを見せた藤崎は、慌てて間宮達の輪に加わろうと駆けて行った。


「ふっ! 悪いね藤崎先生! どうやら運命の女神様は、私達に微笑んでくれているようですね!」


 駆けていく藤崎の背中を見送った加藤は、悪そうな笑みを浮かべている。


「あはは! カトちゃん何だか楽しそうだね」


 神山は悪だくみしている加藤の笑みを見て、苦笑いしながら素直な感想を述べた。


「それは誉め言葉として、受け取っておこうか」


 ニヤリと神山を見て、加藤はドヤ顔を決める。



 そんな2人を見ていた同室メンバーから、意味ありげに笑い合っていたのだが、その中で瑞樹だけが「??」だらけだった。


「ねぇ、何がそんなに面白いの? 私だけ全くついていけないんだけど」


 不安気に加藤達に訴えかけるが、加藤は瑞樹の肩をポンポンと叩き「志乃は気にしなくていいの!」とニヤリと笑みを浮かべる。

 これ以上追及しても野暮なのかもと諦めた瑞樹だったが、内心納得がいっていなく明らかに不満顔全開で朝食を食べ始めた。



 そんな時、各テーブルで盛り上がりを見せていた食堂に、スタッフが現れて連絡事項を全員に伝え始めた。



「夏祭りに参加する3年生に連絡がありますので、聞いてください!」


 スタッフの声掛けに、食堂にいる全員が会話を中断してスタッフに視線を向けた。


「社長の計らいで、この施設にある浴衣をレンタル出来る事になりました。ただし、男女各10着までなのでそれ以上希望された場合は抽選になります!」


 全員にそう告げたスタッフは、着付けはスタッフが手伝うと述べてから、集計をとるからと希望者を募った。


「浴衣あるんだって! 持ってこれば良かったって思ってたんだよね!」

「夏祭りって感じでいいよね! よし! 私申し込むよ!」



「浴衣かぁ! いいんじゃね?」

「だよな! 雰囲気出ていい感じじゃん!」




 天谷のサプライズを聞いて盛り上がった生徒達は、次々と申し込みを始めて、あっという間に予想を大幅に上回る競争率になった。


「へぇ、浴衣だって! でもこれって凄いクジ運がないと当たりそうにないね」


 一瞬で出来た行列を眺めながら溜息交じりに瑞樹がそう告げると、加藤達はお互いの顔を見合わせてにニヤニヤと笑みを浮かべ合っていた。

 そんな皆の様子に、また1人取り残された瑞樹は面白くないと訴える目線を加藤達に送った。


「お、おぉ! 浴衣ね! いいじゃん! いいじゃん! 皆で申し込みに行こうよ!」


 加藤が瑞樹の様子に気が付き、慌てて浴衣の話題を口にした。


「流石にこの倍率は、当たる気がしないけどね」

「でも受験前の運試しだと思って、申し込んでみようよ!」

「え~!? じゃあ、ハズレたら縁起悪いじゃん!」


 加藤達の妙なテンションに引っ張られるように、瑞樹も申し込みにスタッフの元に向かったが、どことなく腑に落ちないと言いたげな表情を見せていた。


「浴衣ですか! いいですねぇ! 間宮先生、僕達も申し込みましょう!」

「いや、僕までクジを引くと更に確率下がっちゃいますから、皆さんで行ってきて下さい」

「何言ってるんですか! それがワクワクして楽しいんでしょ!」


 男性講師達に引っ張られて、間宮も申し込む事になった。


 やはり申し込み人数が遥かにオーバーしてしまったようで、かなりの倍率での抽選になった。


 男性のクジ紐を垂らした段ボールと、女性のクジ紐を垂らした段ボールを食堂の後方に準備したスタッフは、紐先が赤くなっている紐が当選だと説明してそのまま司会役に回る。


「それでは皆さん! クジ紐を手に持ちましたか?」

「はい! 準備完了です!」


 加藤が張り切って返事をすると「こっちもOKです!」と佐竹が手を上げて合図を送った。


「では! 一斉に引いて下さい!」


 スタッフの号令と共に、男女合わせて86人が一斉に手に持ったクジ紐を引き抜くと、抽選メンバーから様々な声が上がった。


「えっ!? カトちゃん当たってるじゃん!!」

「嘘!?」


 加藤は目を瞑ってクジを引き抜いていて、抽選結果を見ていない状況で一緒に引いた同室メンバーから、抽選結果を告げられた。


 手に持っていたクジ紐を見ると、紐クジの先は確かに赤い色が付いていた。


「きゃー! 当たったー!!」


 加藤はピョンピョンと跳ねて、全身を使って嬉しさを爆発させていると、同室の神山も喜びの舞に加わる。


「カトちゃん! 私も当たっちゃったよ!!」

「マジで!? 同室で2人も当たるなんて、持ち過ぎじゃない!?」


 加藤と神山は抱き合いながら、他のメンバーの結果を伺った。


「全然ダメだった……」

「私も~」


 何も色が付いていない、クジ紐を見せながら悔しがるメンバーに交じって、瑞樹も苦笑いを浮かべながら同じハズレ紐を加藤に見せて「私もハズレちゃった」と頬をポリポリと掻いていた。


 抽選に当たった20人に温かい拍手が起こる中、自分事のように当選者達に拍手を送る瑞樹の姿を見た加藤が、意味深な言葉を投げかける。


「志乃ー! これで私も浴衣着てお祭りに行けるよ!」

「うん! おめでとう! 愛菜達の浴衣姿楽しみだよ!」


 ……ん?私……『も?』


 瑞樹は加藤の言葉に引っかかりを感じたが、きっと興奮して言い間違えたのだろうと、深く考える事はしなかった。


 すると、今度は男性陣の集まりから歓声があがる。


 こちらも様々な声が上がる中、やたらと冷静な口調でクジの結果を呟く男が1人いた。


「あ、当たってますね」


 当たりクジをぼんやりと眺めながら、結果を口にしていたのは間宮だった。


「いやいや! この倍率を引き当てたんですから、もっと喜びましょうよ!」


 隣で間宮の当たりクジを羨ましそうに眺めていた奥寺が、思わず激しく突っ込んだ。


「いや、僕は何となく引いただけなので……」


 頬をポリポリと掻いて苦笑いを浮かべる間宮は、奥寺に当たりクジを譲ろうとしたのだが、こういうのは当てて着るのが良いのだと拒否された為、仕方なく自分で着る事にした。


 そんな間宮達を見ていた佐竹は、こっそりクジの結果を加藤のスマホに送った。

 スマホの通知に気付き佐竹からのメッセージを見て、加藤はニヤリと勝ち誇るようにスマホの画面を神山に見せた。


「うっそ! マジですか!?」

「もうね! 運命の女神様が味方してくれてるとしか思えんでしょ!」


 まるで出来過ぎたドラマを見ているようだと、はしゃぐ加藤と神山を寂しそうに眺める瑞樹は小さく溜息をついた。


 7日目の全講義が終了したと同時に、各会議室にスタッフが訪れて手持ちのタブレットで生徒達にアンケート表の配信を始めた。


「今配信したアンケート表に、最終日に各科目で受講したい講師の氏名を書き込んで、その表をまたこちらに送り返して下さい」


 アンケートの事をすっかり忘れていた瑞樹と加藤は、顔を見合わせた。


「そっか! 最終日はアンケート制だったね」

「うん! これまで色んな事があったから、すっかり忘れてたよ」


 配信された表を眺めながら瑞樹達が話し合っていると、データを送り終えたスタッフは説明を続ける。


「希望された講師の講義を受けてもらいますので、しっかりと考えて書き込むように!」


 スタッフがこのアンケート制は、決して遊びではないと生徒達に釘を刺して、書き込みを終えた順から解散するように指示した。


 加藤は考え込む素振りを見せずに、すぐに投票を終えてタブレットを閉じたのだが、瑞樹は慎重に考え込んだ後、緊張した表情で投票を終えた。


 (そういえば、最終日用の合宿を題材に書き直していた物語って、どうなったんだろ……)


 瑞樹は、間宮がいる待機室を飛び出した事を思い出して、真剣に書いていた物語がどうなったのかを気にしながら、会議室を後にした。




 ◇◆




 今晩は夏祭りという事で、3年生は夕食を軽めに済ませて各自準備に取り掛かる。


「志乃! 私達これから浴衣の着付けをしてもらいに行くんだけど、一緒についてきてくれない?」

「いいけど、どうして?」


 支度の為にコテージに向かおうとしていた瑞樹に、加藤がそう声をかけてきた。

 瑞樹はキョトンとした様子で、理由を尋ねると加藤は若干引きつった表情になった。


「え? え~と……志乃に最初に見てもらいたいから……とか?」

「何で疑問形なのよ……まぁいいけど」


 流石の鈍い瑞樹でも、加藤の言動に違和感を感じたのか、少し怪訝な顔つきで承諾した。

 着付けの受付場所に当選した加藤と神山、そして付き添いの瑞樹が到着すると、もうすでにかなりの当選者が順番待ちで並んでいた。


「うわっ! もうこんなに並んでたんだ! 皆気合い入ってるなぁ!」


 当選者は勿論、瑞樹のように付き添いでこの場にいる生徒達も、本当に楽しそうに笑っている。

 ここへは確かに受験勉強の為に参加しているのだが、こうして息抜きを用意して思い出を作らせようとする天谷の方針に、瑞樹は好感を抱いた。

 間宮の件で色々とあった合宿だったが、周りのテンションに当てられた瑞樹は、今は余計な事を考えずに楽しもうと決めた。


 最後尾に並んだ瑞樹は、祭りで何を食べようか等の話で盛り上がっていると、着付け要員が増員されたおかげで、流れが良くなりあまり待たずに加藤達の順番が回ってきた。


「それじゃ、カトちゃん! 瑞樹さん! お先です!」

「うむ! 行ってまいれ! 神ちゃん!」


 神山に加藤は威勢よく敬礼して、送り出そうとすると瑞樹が首を傾げた。


「ん? 神山さんの言い方だと、まるで私まで浴衣着れるみたいじゃん」


 何気に言った瑞樹の言葉に加藤と神山の肩がギクッと跳ねて、2人は顔を見合わせてお互いに頷き合った。


「ん~! もうバラしてもいいかな! そうだよ! 志乃も浴衣を着て祭りに行くんだよ?」

「へ? え? え? 何で? 私はクジ引きハズレたんだよ!?」


 瑞樹が加藤の言葉にそう反応したのと同時に、周囲からおぉ!と歓声があがった。

 何事かと歓声が上がっている方を見ると、人だかりが出来ている場所の通路から、着付けを終えた女子達が登場していた。

 その様子はさながら浴衣コレクションのファッションショーの様な熱気に包まれていた。


「おぉ! 何か凄い事になってるじゃん!」


 神山が盛り上がっている人だかりを眺めながら、興奮気味に目を輝かせている。


「よぅし! 私達美女3人組でトリを飾ってやろうじゃないの!」


 加藤が掌に握り拳を当てて、得意気な笑みを浮かべて神山と瑞樹を見た。


「了解! それじゃ、神山かみやま 結衣ゆい!先陣切ってくるであります!」


「おう! 行ってこい! 切り込み隊長神ちゃん!」


 加藤に激を飛ばされた神山も、不敵な笑みを浮かべながら着付けを行っている会議室へ向かって行った。

 その間も、ファッションショーは益々盛り上がりを見せて、男子達は大きな歓声を上げながら、浴衣姿の女子をスマホで写真や動画を撮っていた。


「ちょ、ちょっと! なにあれ! あんな見世物みたいな事やるの!? 私は絶対に嫌だからね!」


 夢中で撮影している男子達を見て、青ざめた顔で瑞樹は加藤に抗議した。


「ま、まぁまぁ! ほら! 志乃を誘って玉砕した男子達もいるんだよ? 折角頑張って誘ったのに、バッサリと拒否されて可哀そうじゃん!」


 確かに片っ端から祭りの誘いを断った男子達の姿もあり、慰めてあげろと言う加藤の考えも理解出来ないわけではない。


「でもね!」

「それに水着姿を晒せってわけじゃなくて、露出なんて殆どない浴衣姿なんだからね!」


 それでも浴衣を着る事を拒否しようとした瑞樹に、加藤は瑞樹の言葉を遮って、大袈裟に考える事はないと促した。

 加藤の弾丸のような説得に言葉を詰まらせていると、ファッションショー会場から、一際大きな歓声があがった。


 誰が出てきたのかと様子を伺うと、そこには藤崎が立っていた。


 藤崎は紺色を基調とした、落ち着いた大人な浴衣姿で登場した。

 髪型は髪を1つに纏めあげて、その髪を左肩前方に垂らすスタイルで、色っぽさを感じさせる出で立ちだった。


 当然、男子達は大盛り上がりだったのは、言うまでもなかった。


 そこへ浴衣に着替える為に、この場に現れた間宮に藤崎が近づいていく。

 2人は何やら楽しそうに会話をしているようだったが、ここからでは何を話しているのか聞き取れない。

 ただ、話している間宮の顔の筋肉が緩んでいるように見えて、瑞樹の中にある何かにひびが入った音がした。


 (なにデレデレしてんのよ!あいつ!)


「……愛菜、理由はよく分からないけど、ハズレた私も浴衣を着れるんだよね?」


 さっきまで嫌がっていた瑞樹の変貌ぶりに少し驚いた加藤だったが、両腕を組んで嬉しそうに大きく頷き、女の顔をしている親友に無言のエールを送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る