第5話 気持ちの変化
合宿2日目 朝
生徒達が眠い目を擦りながら、朝食を摂る為に食堂へ集まってくる。
「おはよ~」
「おはよ~眠いねぇ」
「合宿で皆集まってる夜に、ソシャゲは罠だよな!」
「ほんとそれな! 燃えちゃってあんま寝てねえもん!」
眠い、眠いと連呼しながらも、生徒達は今日も元気だった。
「お! 今朝は早く起きれたから、まだ食堂空いてるね! 席選び放題じゃん!」
加藤は更に元気いっぱいだった。
「ホント加藤さんって元気だよねぇ」
「まぁね! 元気だけが取り柄なもので!」
同室のメンバーの笑い声が響く。
だが、1人だけ周りのテンションに浮いている者がいた。
「それに引き換え、瑞樹さんは元気ないね?」
神山が心配そうに見つめて、そう話しかけた。
「え? そう? 元気だよ? 朝はいつもこんな感じなんだ」
「ホントに? 昨日なんかあった? 親に電話するって言ってたけど、帰ってくるの凄く遅かったから、皆心配してたんだよ?」
「ううん! 何もないよ。心配かけてごめんね」
加藤も心配そうに声をかけてきたが、瑞樹は気丈に振舞った。
本当はトイレで1人泣き明かしていた。
それは瑞樹自身の心の中で、ある変化が起きたからだ。
昨日の間宮の表情を見て、気付いてしまった為、間宮に対して後悔が以前より大きくなってしまっている。
でも、今の自分には泣く事しか出来なくて、それがもどかしくて辛さしかなかった。
何とか無理矢理ではあるが、気持ちの整理をつけられた時は、もう日にちが変わってしまっていた。
「あ! 間宮先生! おはようございます! よかったらここ空いてますよ!」
生徒が間宮を席に誘う声が聞こえた。
瑞樹は力のない目で間宮の姿を追う。
「おはようございます。今朝は1人で食べたいので、すみません……」
間宮は生徒達の誘いを断って、一番奥にある2名用の丸いテーブルに着いた。
そんな間宮の様子に、加藤は両腕を組んで首を傾げた。
「ねぇ、間宮先生も今朝は元気なくない?」
「言われてみれば、そうかもね」
「だよね! 間宮スマイルも見せてくれないしさ!」
「何それ? 誰がつけた名称?」
「ん? 勿論! 私だけど?」
間宮の様子の変化を気にしながらも、加藤は周りの笑いを誘う。
だが、神山達の笑い声が弾ける中、瑞樹だけはジッと奥の席に1人でいる間宮の姿を横目で見つめていた。
(やっぱり昨日の事で元気がないんだろうな……)
瑞樹はぼんやりとそんな事を考えていると、加藤がドキッとする事を言い出した。
「ねぇ! 志乃は何か知ってるんじゃないの?」
「え? 私? 私が何でそんな事知ってるのよ」
「だって、志乃も私達と別れてから元気ないみたいだし、もしかして間宮先生と何かあったのかなって思ってさ」
加藤はニヤリと笑みを浮かべて、突然そんな事を聞いてきた。
「え? ちょ、何よそれ!」
「え~!? 瑞樹さん! それ本当!?」
「もう神山さんまで! そんなわけないじゃん! それに私は元気だってば!」
焦る瑞樹を見て、加藤達の笑い声が瑞樹達のテーブルを包み込んだ。
――すると、入口付近がまた騒めきだす。
「え? あれって……藤崎先生じゃない?」
「うそ! 昨日と全然違うじゃん」
周りが騒めいたのは、食堂に現れた藤崎が原因だった。
藤崎は軽くパーマをかけたふわりとした綺麗な茶色の髪だったのだが、その髪を目立たないように一つに纏めて、派手目なメイクもナチュラルメイクに変更していた。
コンタクトも眼鏡に変えて、更に服装はブランド物の目を引く服装から、デニムのパンツにポロシャツといった出で立ちで現れたからだった。
藤崎が朝食を乗せたトレイを持って移動していると、奥のテーブルから奥寺が声をかける。
「藤崎先生! ここ空いているのでどうぞ!」
奥寺のテーブルは他の講師も数名座っていたのだが、藤崎は歩みを止めずに顔だけ奥寺に向けて軽く会釈した後、そのまま違う方向へ歩いて行ってしまった。
「おはようございます。間宮先生」
「……おはようございます」
藤崎は真っ直ぐに迷う事なく間宮が座っているテーブルに向かい、少し声色を落とした声で間宮に声をかけた。
藤崎が突然目の前に現れて間宮は少し驚いた顔を見せたが、挨拶を交わしてすぐに読んでいた経済新聞に視線を落とした。
「あの……」
何か言いたそうな藤崎を察したのか、間宮は正面の席の手を添えて、「どうぞ」と席を勧めた。
「……ありがとうございます。失礼します」
藤崎は一瞬だけ安堵した顔を見せたが、すぐに神妙な面持ちで席に着いた。
「え? なになに!? 間宮先生と藤崎先生っていい感じになっちゃってんの!?」
間宮と同席した藤崎を見て、加藤が興味津々といった感じで2人をガン見している。
(違う……藤崎先生は……多分)
瑞樹は藤崎の行動の真意に気付き、2人を見守るように見つめる。
向かい合った2人の間に、暫く何とも言えない無言の時間が流れる。
だが、藤崎が珈琲を喉を潤す為に一口飲んでから、新聞に視線を落としたままの間宮に、意を決して話しかけた。
「……あの、間宮先生」
「はい」
「昨晩は、本当にすみませんでした」
藤崎は席を立ち、深く頭を下げた。
「全て間宮先生が言ってくれた事が正しいのに、自分の事ばかり考えていた事を指摘されて、酔っていたとはいえ逆上してあんな酷い事を……恥ずかしいです」
頭を下げたまま謝罪した藤崎は、次の間宮の反応が怖くて顔を上げる事が出来ない。
また少し無言の時間が流れた後、下げている頭の上から新聞を折り畳む音が聞こえた。
「藤崎先生、頭を上げて下さい。生徒達が見ています」
間宮にそう指摘されて、藤崎はまたとんでもないミスを犯した事に気付く。
こんなに生徒達が大勢いる食堂でこんな事をしても、間宮を只の晒し物にしただけだ。
そんな事ですら指摘されるまで気が付かない自分に、激しい苛立ちを覚えながら「すみません」と掠れる声で謝り、顔を上げて再び席に着いた。
すると、間宮は珈琲が入った自分の紙コップと藤崎の紙コップを手に取って、席を立った。
「珈琲冷めてしまったので、淹れ直してきますね」
間宮はそう言って、珈琲メーカーが置いてある方へ向かう。
自分が淹れてくると言おうとした藤崎だったが、もう何が正しい行動なのか判断できなくなり、体が固まり動けなかった。
昨日間宮が立ち去った後、あのデッキチェアに座り込み缶ビールを数本空にした。
飲み終えてから、デッキチェアに仰向けに寝そべって綺麗な星空をぼんやりと眺めていると、さっきまでの苛立ちが後悔する気持ちに変化していった。
間宮が何を言いたかったのか、本人がいなくなってから、間宮は他人の為に本当の行動がとれる人間なんだと気付いたからだ。
その行動が相手を怒らせてしまう事であっても、例え嫌われたとしても、その人の為に本当の優しさを与えてくれる人なんだと知った時、胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚えて、酔っていたはずなのに深夜遅くまで寝付けなかった。
(伝えたい事が沢山あったのに、在り来たりな平謝りしか出来なかった自分が情けない)
「お待たせしました」
席について自分の足元が見える程俯いて、自分への苛立ちを握りしめていた両手にぶつけていると、頭の上からそう声をかけられた。
藤崎は慌てて声がする方を見上げると、柔らかい笑顔で湯気が立つ紙コップを差し出している間宮がいた。
「あ、ありがとうございます」
藤崎は両手で差し出された紙コップを受け取ろうとした時、間宮の手にそっと触れた。
心臓が飛び出しそうな衝撃が、全身に駆け巡る。
まさかこの年で男の手に触れただけで、こんなにドキドキする事になるなんて夢にも思わなかったと、意識の中で苦笑いを浮かべる
(……何なの……本当に何なの……よ)
藤崎は動揺を悟られまいと、懸命に冷静を装いカップを受け取り、一口珈琲を飲んだ。
その一口の珈琲の温もりが、強張った藤崎の心をほぐしてくれた気がした。
(……美味しい)
ただのインスタント珈琲なのに、どうしてこんなに美味しいと感じるのだろう。
そういえば、珈琲好きな大学の教授が言ってた事を思い出す。
珈琲を美味しく飲む為には、上等な豆も大事だがそれと同じくらいに誰と飲むのかが大切なんだと、得意気に話すあの時の教授の顔が、鮮明に蘇ってきた。
(私にとって、その相手は……)
「僕の方こそ、昨晩はすみませんでした」
藤崎は紙コップから立つ湯気をぼんやりと眺めて昔の事を思い出していると、突然間宮の口から謝罪の言葉が聞こえた。
「え?」
「僕もあれから考えたんです。藤崎先生に言った事は間違っているとは思いませんが、もっと違う言い方があったはずなんです」
間宮の顔つきが、少しだけ険しいものになった。
「もっと言葉を選んでいれば、藤崎先生をあんなに怒らせる事もなかったと思うんです……本当にすみませんでした」
「い、いえ! そんな! 悪いのは私なんですから、間宮先生が謝らないで下さい」
「いえ! 貴方が言った通りこんな年齢なのだから、もっと冷静に伝えるべきだったと反省しています」
「私の方こそ失礼な事ばかり言ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
テーブルを挟んでお互いに頭を下げて謝罪した後、顔を上げると2人の目の中にお互いの顔が見えた。
お互いがお互いの顔を見た時、何だか可笑しくなり2人で吹き出して笑い合う。
藤崎の中にあった靄が一気に晴れていく。
霧が晴れた先に、新しい目標が見えた気がした。
そして決めた。間宮に認めて貰える講師になる事を。
そして、その先に同じ職場で働ける未来を求めている事を、藤崎はこの瞬間に自覚したのだ。
「あの! 今後も色々と相談に乗って貰えないでしょうか?」
「えぇ、勿論です。僕で良ければいくらでも相談に乗りますよ」
間宮も藤崎も、この食堂に入ってきた頃とは別人のように、笑顔を絶やす事なく中断していた食事を再開すると、頬杖をついて2人を見ていた瑞樹も、自然と嬉しそうに微笑んでいた。
2人をずっと見ていた瑞樹は、反対側から視線を感じて振り返ると、加藤がこちらをニヤニヤと見ていた。
「な、なによ」
「やっぱり志乃と間宮先生って何かあったでしょ! 間宮スマイルが復活した途端に、志乃スマイルも復活したもん!」
「だ、だから何もないってば! それに志乃スマイルとか恥ずかしいからやめてよね!」
今日初めて、同室メンバー全員の笑い声が響き渡った。
その日の講義は相変わらず大好評のstory magicで盛り上がる一方で、藤崎はまるで人が変わったように熱のこもった講義を展開していた。
昨日までの内容だけ優等生の講義ではなく、1人1人に意識を向けて全員で講義に取り組む流れを作り出し、受講した生徒達からの評判も上々だった。
2日目の講義が終わった直後、瑞樹は会議室を飛び出して、事前に調べていた藤崎が講義を行っている会議室前に向かった。
会議室前に到着すると、丁度扉が開き藤崎が会議室から出てきた。
「藤崎先生!」
「ん? えっと、あなたは?」
「瑞樹 志乃って言います。英語は間宮先生のCクラスを受講しています」
「え? 間宮先生のクラスの子が、私に何か用?」
「はい、どうしてもお聞きしたい事がありまして」
藤崎は瑞樹の真剣な表情を察して、中庭で話そうと瑞樹を誘った。
ガラス製のドアを開けて、2人は昨日間宮と口論になったデッキチェアが設置されている所で足を止めた。
夕日が美しい時間。
赤く染まった2人に、心地の良い風が吹き抜けていく。
美しい夕日が芝生も真っ赤に染め上げて、幻想的な風景を作り出していた。
そんな幻想的な場所にいる2人は、対照的な表情をしていた。
藤崎は色々な事が吹っ切れて、晴れ晴れとした表情を見せる。
瑞樹は藤崎と対照的に、思いつめた表情で夕日を眩しそうに眺めていた。
藤崎はデッキチェアに腰を落として、足を組み目を閉じていた。
時折吹き抜ける風が、藤崎の前髪をゆらゆらと揺らす。
「気持ちいいわね。こんないい環境で受験勉強に打ち込めるなんて、親御さんに感謝しないとね」
「はい。両親にはいつも感謝しています」
瑞樹は藤崎の隣に立ち、真っ赤に染まった夕日に目を細めた。
「それで? 聞きたい事ってなに?」
「はい。その前に藤崎先生に謝らなといけない事があります」
瑞樹は夕日を背に浴びて、申し訳なさそうな表情を藤崎に向けた。
「謝る事って?」
瑞樹は昨日の夜、間宮と口論になった場に居合わせてしまった事を告白した。
「え? あの時、あなたもあの場にいたの? てっきり私達しかいないと思ってたわ」
藤崎は案の定、あの場に第三者がいた事を知ると、バツが悪そうに人差し指で頬を掻いて苦笑いした。
「藤崎先生が間宮先生に声をかけられた時、咄嗟に物陰に隠れてしまったんです」
「なるほどね! で、私達が言い争いを始めたから、出るに出れなかった……と」
「……はい。盗み聞きなんてするつもりはなかったんですが……」
嘘をついた。
本当は建物を伝っていけば、あの場から離脱する事は出来た。
でも、出来なかった。
2人から目が離せなかった。
「別に隠すつもりなんてなかったから、謝る事ないよ……でも」
「はい?」
「何故あの時、瑞樹さんがあの場にいたのかは興味あるかな?」
「え!? あ、いや! その……たまたま……そう! たまたま散歩してて通りかかっただけなんです!」
「ふ~ん……まぁ、そういう事にしておくよ」
藤崎は、疑い眼でジトっと瑞樹を見ていたが、直ぐに悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「じゃあ聞きたい事って、昨日の件って事でいいのかな?」
「いえ! 少し違います。全然関係ない事はないんですが、聞きたかったのは今朝の事です」
瑞樹は本題に入ると、藤崎の正面にあった丸い小さな椅子に腰を下ろした。
「今朝の事? 間宮先生に頭を下げた事かな?」
瑞樹に今朝の騒動の事を話題に出された時、やはり生徒達の前でやるべきではなかったと、藤崎は溜息をついて改めて本当に馬鹿な事をしたと痛感した。
「はい! あの…どうやって謝ったんですか?」
「……はい?」
「えと……そうじゃなくて、あの……変な事言ってますよね。自分でも分かってるんですけど……」
「うん、一度落ち着いてゆっくり順を追って話してくれるかな?」
「は、はい!」
瑞樹はゆっくりと経緯を話し出した。
自分も間宮に謝らないといけない事がある事。
実は間宮とは合宿が初対面ではない事。
以前に物凄く自分勝手な言動をとり、間宮を怒らせてしまった事。
その時の相手が自分なんだと、まだ間宮は気が付いていない事などを藤崎に簡潔に話した。
「へぇ! 間宮先生とは合宿が初見じゃなかったんだ! それも最寄り駅が同じだったけど、怒らせた日から見かけても避けていたのに、ここに来たら講師として目の前に現れたと……」
「……そうです」
「あはは! まるで映画やドラマみたいな展開だね! 運命とか信じてなかったけど、これはちょっと信じちゃうかも!」
余りにも出来過ぎた話に、藤崎は2人の奇妙な繋がりに思わず吹き出した。
「揶揄わないで下さい。そんな良いものじゃないですから……」
藤崎は、ようやく瑞樹が聞きたい事の真意を理解して、納得したと頷いた。
「今朝私が謝ったのは、昨日間宮先生が私に言ってくれた、言葉の意味に気が付く事が出来たからだよ」
「どういう事ですか?」
藤崎は、間宮があの場から立ち去った後に、あれは怒ったのではなく叱ってくれたのだと、気が付いたからだと瑞樹に説明した。
「怒ったのではなく、叱られた?」
「そう! あの後、1人で考えて気が付いたの。すぐに気が付けばよかったんだけど、私も酔ってて冷静じゃなかったからね」
「それで、素直に謝れたんですね」
「まぁね。でも、あの謝罪はごめんなさいが半分で、もう半分は感謝の気持ちを込めてたんだよ」
「感謝ですか?」
「うん! 叱られて、目を背けていた事に向き合おうって思えたから」
「……藤崎先生が羨ましいです」
瑞樹は藤崎の力強い言葉を聞いて、自分の素直な気持ちを伝えた。
「羨ましい? どうして?」
「だって、怒らせたんじゃなくて叱ってくれたって事は、間宮先生に嫌われたって事ではないんですよね?」
「ん~! どうなんだろね。そうだといいなとは思うけれど」
瑞樹はここまで話したのだからと、間宮に対して合宿が始まるまでの気持ちと、始まってからの気持ちが変わってしまった事を話す事にした。
「実は昔に色々あって、男の人を必要以上に避けてたんです。それこそ目的を遂げる為なら、どんな酷い事でも平気な顔して言ったりしてました」
「……」
瑞樹の微かに震える声で察したのか、藤崎は何も言わずにまっすぐ瑞樹の目を見て聞いている。
「だから初めて間宮先生と会った時も、いつものように徹底的に酷い事を言いました」
「ごめん。話の腰を折るようだけど、その時間宮先生は貴方に何かしようとしたの?」
「……私の落とし物を届けてくれただけ……です」
「……それって」
藤崎は額に手を当てて、何か言いたそうな素振りを見せたが、言葉を飲み込んだ。
「……本当に最低ですよね。間宮先生に謝りたいのはこの事なんです」
「……そう。でも、あの時の女子高生が貴方だと言う事は、まだ気づかれてないのよね?」
「……はい。だから早く正体を知らせて、謝るべきなのは分かっているんですが……」
「分かっているけど……なに?」
藤崎は瑞樹がその先に何を言おうとしているのか察してはいたのだが、敢えてその先の言葉を催促する。
「そ、その……できれば……き、嫌われたくないって……思ってしまって」
「ほほう! これまで男を近づけさせなかった、鋼鉄の女がついに落ちたって事だね?」
「落ちたって……べ、別に好きとかそんなんじゃなくて、ただ嫌われるのは嫌だなってだけで……」
瑞樹はこれ以上藤崎に揶揄われないように、一番悩んでいた事を一気に話す。
「と、とにかく私が悩んでいるのは、このまま嫌われない為に正体を隠し続けるか、嫌われるだろうけど正体を明かして、誠心誠意謝罪するかって事なんです!」
瑞樹の顔が真っ赤になっているのは、夕日せいだけではない。
目には羞恥から涙が浮かび上がり、唇が小刻みに震えている。
藤崎は少し揶揄い過ぎたかなと、苦笑いを浮かべた。
「なるほどね。確かにこのまま黙っていればバレないかもだし、嫌われる事もないかもね……。でも、瑞樹さんはホントにそれでいいの?」
「……」
「隠し通せば嫌われないけど、ずっと後ろめたい気持ちは残るんだよ?」
藤崎は少し厳しい顔で、瑞樹の良心の呵責に訴えかけてくる。
「それに、間宮先生と今後関わる事になった時に後悔しない? そうなってしまった後じゃ、今とは比べられない位に謝れなくなっているわよ」
「……」
藤崎の言う事は、どうしようもなく正論で、瑞樹は言葉を一言も発する事が出来なかった。
「それにね、瑞樹さんの話におかしなところがあったよ」
「……え?」
「合宿で再会するまで、何も思わなかったって言ってたけど、気にしてなかったのならどうして逃げ回ってたの? 間宮先生に酷い事言った時から気にしてたし、後悔もしてたんじゃないの?」
図星をさされた。
ずっと後悔していた事だった。
でも、今更後悔しても手遅れなんだと諦めようともしていた。
だからここで会えたのは驚いたし、逃げたいとも思った。
けれど、心のどこかで嬉しかったのかもしれない。
「藤崎先生」
「うん?」
「今すぐとはいけないかもしれませんが、少なくともこの合宿中にどうするか、必ず答えを出します」
「そっか! まぁ、けしかけといて言うのも何だけど、受験勉強に支障をきたさない程度にね!」
「はい! 藤崎先生にお話を聞いて貰えて良かったです! 本当にありがとうざいました!」
瑞樹は晴れやかな表情で、藤崎に会釈して礼を述べた。
その後、少し談笑していると、藤崎のスマホが設定していた時間を知らせるアラームが鳴りだした。
「おっと! それじゃ、私今日の自主学待機当番だから、そろそろ行くね」
「お忙しいのに、すみませんでした。失礼します」
「いいよ! 頑張ってね!」
瑞樹はまるで憑き物が取れたかのように、足取りも軽やかに施設内に入って行った。
その姿を目で追った藤崎は「頑張ってね……か」と誰にも聞き取れない小さな声で呟いた。
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