【完結】『29』～結び～

第4話 教える側と教わる側

　１８時　生徒達や講師達が、食堂で夕食を摂っている。

　この日は当然の様に、間宮の講義の噂で持ち切りだった。

「ね！　ね！　聞いた！？　間宮先生の講義の噂！」

「聞いた！　聞いた！　story　magicの事でしょ！？」

「なんでも、先生が作った参加型の物語を聞いただけで、テストがスラスラと解けるようになったんだと！」

「マジか！　そんなオイシイ講義なんて聞いた事ないって！」

「一回の講義で、Bクラスのレベルまで引き上げたらしいよ！」

「ええ！？　じゃあ、もう私達と同じレベルって事！？」

「村田先生の講義なんて、一方的に投げるばかりで手応えなんてなかったんだけど……」

「三島さんはAクラスだったんだよね？　どうだったの？」

「う～ん……いい講義だったと思うよ。要点をしっかり纏めてくれているから、理解しやすかったしね。……でも」

「でも？」

「内容は良かったんだけど、あの先生ってどこか違う場所を見てる感じがしたかな？　だからってわけじゃないけど、最後のアンケートには間宮先生のstory　magicを受講したいって書くつもりなんだ」

「だよね！」

「すごいね！　もうstory　magic一色って感じじゃん！」

　加藤の部屋のメンバーが食堂に着いてから、ずっとあちこちのテーブルから間宮の名前と、story　magicの単語が乱れ飛んでいた。

「そう！　それ！　加藤さんと瑞樹さんは受講したんでしょ！？　どうだったの！？」

　同室の神山達が、興味津々という感じで鼻息荒く聞いてきた。

「もうね！　すっごかったよ！！　私達は間宮先生の物語に入り込んでただけなのに、テストが簡単に解けちゃうんだもん！　ねぇ！　志乃！」

　話を振られた瑞樹は、あの講義の事を思い出しながら、自分が感じた感想を述べる。

「うん。あの要所、要所を英語にして質問を投げかけられる時、別に英語で答えろとは言われていないのに、英語で答えたくなってたよね。実際、皆英語で答えてたわけだから、そこがあの講義の肝だと思うよ」

「そうだね！　でも、受講中はそんな事を考える気が起きなかったんだよね！　それ位、先生の作った物語が面白かったんだよ！」

　瑞樹と加藤は、story　magicの率直な感想を神山達に話して聞かせた。

「おぉ！　まさにstory　magicじゃん！」

「ほんと、それな！」

　周りの生徒達と同じ話題で盛り上がっていると、食堂に噂の的になっている間宮が現れて、入り口付近に陣取っていた生徒達が騒ぎ出した。

「間宮先生！　今度こそ一緒に食べて下さい！　story　magicの話が聞きたいんです！」

「えぇ、それじゃお邪魔します。それでその、story　magicってなんですか？」

　誘われた席に座りながら、間宮が首を傾げた。

「あはは！　先生の講義の事ですよ！　誰が言い出したのか知らないんですけど、先生の講義ってstory　magicって名前が付いているんですよ！」

「へぇ、そうなんですか。また大袈裟な名前が付いちゃいましたね」

　間宮は苦笑いを浮かべて、頬をポリポリと掻いた。

「そんな謙遜しなくてもいいじゃないですか！　もうその話題で持ち切りなんですから！」

　同席した女子達から、早速story　magicについて次々と質問が飛んでくる。

　間宮はなるべく丁寧に質問に答えていると、周りの生徒達が間宮の元に集まりだして、収拾がつかなくなり間宮は食事を摂る事が出来ずに、運んできた食事がどんどん冷めていく。

「そんなに質問攻めにしたら、間宮先生が全然食べれないだろ！」

　取り囲まれていた後方から、男子の声が聞こえてきた。

　間宮の周りに集まった生徒達が声がする方へ振り向くと、そこには佐竹が立っていた。

　佐竹にそう言われた生徒達はようやく、間宮を困らせていた事に気が付き、平謝りしながら間宮の元から散っていく。

　ホッと安堵した間宮の正面に、既に食事を終えた佐竹が席に着いた。

「大変でしたね、間宮先生」

「ありがとうございます、佐竹君。正直助かりました」

　間宮と佐竹は顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。

「何か佐竹が間宮先生と仲良くなってるんだけど」

「ふふ！　ホントだね」

　目を輝かせて間宮と話し込んでいる佐竹の姿が、瑞樹には少し羨ましく映った。

　本当に不思議な人だと、瑞樹は周りに気付かれない程度に、佐竹を一緒にいる間宮を眺めながら、しみじみとそう感想を意識の中で呟く。

　色んな人を引き付ける何かを間宮は持っていて、色々な人を引き込み何らかの影響を及ぼす。

　それは瑞樹も決して例外ではなかった。

　――でなければ、男嫌いの瑞樹がこうも興味を持つはずがないのだ。

　夕食の後は基本的に自由時間となっている。

　だが自主的に勉強がしたい生徒達の為に、大きい部類に入る会議室を一室だけ22時まで解放される事になっている。

　その会議室の通路を挟んだ向かい側に個室が何室かあり、その部屋には各学科の担当講師が当番制で待機する事になっていて、会議室の使用時間と同じく、22時まで生徒達の質問に応じるという流れなっていた為、当番に当たっている講師達は、夕食を早めに済ませてバタバタと準備に取り掛かっていた。

　初日の英語担当の当番は村田になっていた為、間宮はこれで初日の仕事を終えた。

　間宮は食堂を出て自室へ戻り、シャワーを浴びて部屋着に用意したＴシャツと短パンに着替えた。

　濡れた髪をタオルで拭き取りながら、自販機コーナーに足を運び大好きな缶ビールを購入していると、間宮の元に数学担当の奥寺と古典担当の藤井がやってきた。

「あ！　間宮先生！　藤崎先生を見かけませんでしたか？」

「藤崎先生ですか？　いえ、講義が終わってから見かけてません。何かあったんですか？」

「いや、講義の待機中に今晩一緒に飲まないかと誘っていたんですが、どこにもいなくて探してるんですよ」

「なるほど。では見かけたら探していた事を伝えておきます」

　奥寺達はよろしくとだけ言い残して、藤崎の探索を再開した。

　（……藤崎先生……逃げたな）

　奥寺が駆けていく背中を眺めながらそんな事を考えていると、全面ガラス張りになっている壁が視界に入った。

　壁の向こう側は中庭が広がっており、しっかりと手入れされている綺麗な芝生の所々にランタンが設置されている。

　そのランタンの優しい灯りが芝生を照らして、少し幻想的な景色に間宮の興味を引引き、部屋呑みをするつもりだったのだが、こんなにいい場所があるのだからと、中庭でのんびりと呑む事にした。

　中庭に出ると、ガラス張りの壁に沿うように、何脚かのデッキチェアが設置されていて、間宮はおあつらえ向きだと、チェアにリラックスした姿勢で体を預けて、よく冷えた缶ビールをゴクゴクと喉に流し込んだ。

「プハッ！　美味い！！　これは中々贅沢なロケーションで飲めたな！」

　合宿で講師をしろと言われた時は色々と悩まされたが、こんなご褒美があるのなら悪くないなと、1人ほくそ笑みながら再び缶に口を付ける。

　さすが避暑地で有名な伊豆高原である。

　7月下旬だというのに、蒸すような暑さは感じられない。

　地元なら間違いなくエアコンを全開にしている時期のはずなのに、ここではエアコンなど全く必要性を感じない。

　爽やかな涼しい風が間宮の体を吹き抜けて、風呂上りの火照った体を優しく冷ましてくれる。

　施設内の物音が完全に遮られて、耳に入ってこない。

　聞こえてくるのは虫の鳴き声と、時折吹き抜ける風で草木が揺れる音だけだ。

　この静かな時間が、疲れた間宮の体を癒してくれる。

　今日は朝早くに出発して、到着してからすぐに打ち合わせ、午後から慣れない講義で喋りっぱなしで、止めに講義の後は若い高校生達のお相手をして……。

　こんな疲れた状態でこのロケーションだ。

　眠るなと言う方が無理がある。

　抵抗する間もなく、間宮は眠りに落ちた。

　◇◆

　午後21時前、自主学をしていた生徒達が一斉に部屋へ戻り始める。

　その中には瑞樹達もいて、ワイワイと相変わらず賑やかに移動していた。

　会議施設から宿泊施設まで戻ってきた時、瑞樹は何かを思い出したように立ち止まる。

「どうしたの？」

「うん……現地に着いたら親に電話するって約束だったのに、すっかり忘れてた」

「それは心配してるんじゃない？」

「だよね……ごめん！　親に電話してから戻るから、先に行っててくれない？」

「ＯＫ！　じゃ、部屋で待ってるね」

「うん！」

　加藤達と離れて辺りを見渡してみたのだが、この通路はまだ人が多く落ち着いて電話出来そうになかった。

　暫く人の流れに乗って通路を進むと、ガラス張りの壁の先にある中庭が目に入った。

　壁の辺りを見渡してみると、すぐそこから外に出られそうだと、ガラス製の少し重いドアを開けて、瑞樹は中庭に出た。

　涼しい風がとても心地よく、瑞樹の体を吹き抜けていく。

　瑞樹は爽やかな空気を、大きく吸い込んでゆっくりと吐き出した。

「とっても気持ちがいい」

　瑞樹は幸せそうに、笑顔で呟きながら、手に持っていたスマホを立ち上げて、母親の番号をタップして耳に当てる。

「もしもしお母さん。寝てた？　到着してからすぐにバタバタしてて、連絡遅くなってごめんね」

「……うん。うん。大丈夫だよ。今自主学を終わらせて、部屋に戻るところなんだ」

「うん！　うん！　そうだね。それじゃ、また明日電話するね。うん！　おやすみなさい」

　母親との電話を切って中庭を見渡すと、建物に沿って庭が続いているようだった為、瑞樹は建物の中に戻らずにこのまま散歩する事にした。

　爽やかな風が吹き抜ける中、ランタンの優しい灯りに照らされたフカフカの芝生を散歩する。

　そのコントラストが、瑞樹を幻想的に映し出している。

　暫く芝生の感触を楽しみながら歩いていると、デッキチェアが置かれているのが見えた。

　このロケーションでデッキチェアなんてあったら、試すなと言う方が無理だろうと、瑞樹はわくわくした気持ちでデッキチェアに近づくと、誰かがチェアに寝そべっているのが見えた。

　先客がいるのでは仕方がないと、デッキチェアの方をチラっと横目で見ながら横切ろうとした時、突然立ち止まって大きく目を見開いた先には、気持ち良さそうに寝息を立てている間宮がいた。

　（え？　間宮先生……だよね。ね、寝てるの？）

　瑞樹は自然と寝ている間宮に引き寄せられるように、おずおずと近寄った。

　ランタンの灯りに照らされた間宮の姿に、何故か色気を感じてジッと見つめていた瑞樹だったが、このままだと風邪を引くかもしれないから、起こした方がいいのかと迷っていると、瑞樹のスマホが震えだした。

　一旦間宮から意識を外して届いたメッセージを確認すると、メッセージの送り主は加藤からで、佐竹が瑞樹を探している事を知らせる内容だった。

　（はぁ……またか……）

　思わずため息が漏れる。

　そういえば、自主学をしていない女子達が、間宮の事を探していた事を思い出した。

　瑞樹は隣で眠っている間宮の顔を見て、「2人でかくれんぼしてるみたいだね」と微笑みながら呟いた。

　涼しくて優しい風が、間宮から瑞樹に向かって吹き抜けていく。

　微かに間宮からシャンプーの香りが届く。

「部屋着に着替えているし、お風呂上りだったのかな？　ラフな格好すると雰囲気変わるね。初めて会った時もスーツだったし、今日だってワイシャツにネクタイだったもんね」

　瑞樹は眠っている間宮に、小声で話しかけた。

　まだ髪も濡れているようで、しっかり乾かさないで外に出ていく所は、大人なのに子供っぽいなとクスッと笑った。

　デッキチェアの傍にあるテーブルの上に、飲みかけの缶ビールが置いてあるのが目に付いた。

　（お酒飲んでたのか……。）

　瑞樹は物珍しそうに、ジッと缶ビールを見つめる。

　勿論、缶ビールが珍しいわけではない。

　ただ、間宮の飲みかけだから、興味を引かれたのだ。

「お、お酒って美味しいのかな。飲んだ事ないけど……ひ、一口くらいなら……いいよね」

　誰に言うわけでもなく、自分自身に言い訳をしながら缶ビールを手に取った。

　恐る恐る口に運ぼうとすると、缶を持つ手が震えていた。

　その震えが初めて酒を飲むからなのか、それとも間宮と間接キスをする事からくるものなのか、今の瑞樹には分からなかった。

　口元まで運んだ缶に思い切って口を付けて、コクリと一口飲んでみた。

「ケホ！　ケホッ！　何これ！？　苦っ！」

　飲んだ途端、たまらず声を出してしまい、傍で眠っている間宮から小さな声が漏れるのが聞こえた。

　間宮が目を覚ましてしまう。

　瑞樹は咄嗟にビールをテーブルに戻して、すぐに建物の物陰に隠れた。

「あれ？　眠ってしまってたか……」

　上半身を起こして、腕を頭の上で組みグッと体を伸ばしてから、飲みかけだった缶ビールをグイっと飲み干した。

　物陰から隠れていた瑞樹は、間宮の口元から目が離せなくなっていた。

　分かっていた事なのに、缶に口を当てた間宮の口元を見ていると、間接キスをコソコソと隠れてした事への罪悪感が、瑞樹の思考を奪っていく。

　◇◆

　コンコン！コンコン！後ろからノックをしているような音がする。

　振り返ると、缶ビールを2本持った藤崎が立っていた。

　目が合うと、藤崎はガラスで出来たドアを開けてこちらに向かってくる。

「こんばんわ。間宮先生」

「藤崎先生。こんばんわ」

　挨拶を交わすと、藤崎は間宮の側にあったベンチに腰を下ろして、持っていた缶ビールを間宮に差し出した。

「少し付き合ってもらえませんか？　間宮先生」

　そう話す藤崎の頬が少し赤くなっていた。

　どうやら既に飲んでいるようだった。

「ありがとうございます。それじゃ遠慮なく頂きますね」

　間宮は差し出されたビールを受け取り、藤崎の缶と突き合わせてビールを喉に流し込んだ。

　2人に見つからない様に物陰に隠れていた瑞樹は、隙をみて離れようと思えば離れる事は出来たが、どうしてもあの2人から目が離せないでいた。

「そういえば、奥寺先生達が藤崎先生を探していましたよ？」

「え？　あ、あぁ……そうですか。多分大丈夫ですよ」

　藤崎が苦笑いを浮かべていると、「2人から逃げましたね」と間宮は悪戯っぽく笑ってそう話した。

「違いますよ！　飲みには誘われましたけど、断ったのにしつこかったんですよ」

「はは！　モテる人は色々と大変なんですね」

「何を言ってるんですか！？　私なんて間宮先生の足元にも及びませんよ！」

「え？　僕がですか？」

　間宮は首を傾げて、心当たりがない事を藤崎に話す。

「今日の講義が終わった後は、間宮先生の噂で持ち切りだったじゃないですか！」

「あぁ、あれは物珍しかったんでしょう」

「そんな事ありませんよ。あの講義は私もモニターしていましたけど、これは負けたって思いました」

　藤崎はベンチから立ち上がり、間宮の言葉を否定した。

「……負けた？」

　負けたと告げる藤崎は、まだ通常講義が6日間残っているが、どんなに頑張っても今の自分では生徒達から票が取れるとは思えないと、すでに酔っている藤崎は自虐的にそう間宮に話した。

　藤崎の話を聞いた間宮は缶ビールをテーブルに置いて、少し寂しそうな表情を浮かべて口を開いた。

「講義前にも藤崎先生は講師同士の勝負に拘っていたみたいですが、この合宿は生徒達の為にあるんです。それを忘れてしまったらこの合宿の意味がなくなると思いませんか？」

　その言葉とその目が、藤崎の神経を逆なでた。

「うるさい！　そんな綺麗事言ってる場合じゃないでしょ！　私もアンタも生活がかかっているのよ！？」

　突然人が変わったように、藤崎は間宮に噛みつき始めた。

「正規の講師になって、生計を立てようとして何が悪いのよ！　大体、アンタみたいにいい年してフリーター講師なんてやってる奴に、私の何が分かるのよ！　知った風な事言わないで！」

　怒鳴りつけて呼吸が乱れている藤崎を見て、間宮は何も言わずに黙ってこの場から立ち去ろうとする。

「ちょっと！　待ちなさいよ！」

　出口に向かって歩き出した間宮に、藤崎は叫びながら追いかけようと足を一歩前に出した。

「……だまれ」

「え？」

　足を止めた藤崎に背中を向けたまま、間宮は続けて口を開く。

「正規だのバイトだのって生徒に何の関係があるんだ？　生徒達は目指している大学に合格する為に、高い金を払ってここにいるんだぞ？」

「そ、そんな事分かってるわよ！　でも、こっちだって慈善事業をやっているわけじゃない！　見返りを求めて当然じゃない！」

「全然分かってねえよ。俺達講師は生徒達に対して最大限の努力をして最高の自信を掴んでもらう為に、この場にいるんじゃねえのか？」

「だからって！」

「それを自分の正規雇用の為に、ガキ達の票が欲しくてご機嫌取りばかりに必死になって、あいつらの中身を理解しようとしたのかよ！」

「そ、それは！」

「アンタはあいつらを安定した生活を送る為の、駒くらいにしか見てねえんだろ！」

「……」

「お前は勘違いしてるんだ。正規雇用の為に取り繕うんじゃなくて、ガキ共の目標に向かって一緒に努力した先に、アンタの望む未来があるんだよ！」

　間宮の怒りが一気に爆発した。

　それは今までの間宮からは、想像もつかない程の感情表現だった。

　藤崎は間宮の言葉を否定しようとしたのだが、最後は何も言えずにただ俯く事しか出来なかった。

　感情を全て吐き出した間宮は、気持ちを落ち着かせる様にふぅと息を吐き、俯いて動かなくなった藤崎に振り向く。

「ビール御馳走様でした。おやすみなさい」

　何も言わない藤崎に、間宮はいつもの笑顔で施設の中へ姿を消した。

　呆然と藤崎はただそこに、立ち尽くす事しか出来なかった。

　だが、呆然としていたのは藤崎だけではない。

　結局最後まで物陰に隠れていた瑞樹も同じだった。

　藤崎からはあの時の間宮の表情は伺えなかったが、隠れていた瑞樹からは横顔が見えていた。

　怖い顔をしていた……あの時と同じ顔だったと、駐輪所で怒鳴った間宮の顔を思い出す。

　瑞樹の瞳から無意識に涙が零れ落ちる。

　その涙は間宮が怖かったからではない。

　あの間宮を見て、間宮と出会ったあの駐輪場にいた自分の気持ちと、今の自分の気持ちが変わってしまった事に気付かされたからだ。

　鳴き声が漏れそうになるのを必死で堪えて、この場から立ち去ってトイレに逃げ込んだ。

　人の心を傷つける怖さを思い知らされた。

　今まで考えないように生きてきたのに……と、瑞樹は口に手を当て、声を殺して暫く泣き続けた。