第3話 story magic

 部屋へ戻った間宮は、講義の準備を整えてロビーを横切り、宿泊施設から反対側の棟にある会議施設へ向かう。


 移動中にゼミから配布されたタブレットを立ち上げて、今日の講義を行うスケジュールを確認する。


 (……いきなり3年生か)


 間宮はタブレットに向かって小さく息を吐く。


 会議施設の棟に入った辺りから、急に物音がしなくなった。


 空気がピンと張り詰めている。


 ここから先は遊びではないと、空間が訴えかけている様に感じる。


 施設内のマップを確認しながら、自分が講義を行う会議室へ向かう途中、気持ちを引き締めるように、上体を逸らして肩回りの硬さをほぐす。


 各会議室が密集している通路に入って、すぐ左手に多目的ルームがある。


 ここは今回講師達の待機又は休憩スペースとして使用する事になっている。


 何故待機する必要があるのか。


 それは今回の合宿に参加した各学年、各クラスの人数ではここの施設にある会議施設の部屋数では一斉に講義を行う事が出来ない為、空きが出来る講師が必ず存在するからだ。


 だが、あくまでそれは表向きで、本当の理由は他にある。


 それは他の講義を観察する為に、用意された部屋だという事だ。


 観察というと聞こえが悪いのだが、要するにフリーの講師はここで自身のタブレットから、各会議室の後方に設置されたカメラを通して様子を見る事が出来るようになっている。


 このシステムを使う事によって、他の講師がどのような講義を展開しているかが容易に掴める為、参考になった講義方法をいち早く取り入れる事が出来て、自身の講義レベルを引き上げる為のライブ中継だという。


 提案したのはゼミの社長であり、この合宿の責任者でもある天谷だった。


 待機室を目線だけで確認して素通りしようとした間宮に、待機室から出てきた女性が声をかけてくる。


「間宮先生、お疲れ様です」


 待機室のドアに凭れかかりながら、声をかけてきたのは同じ英語担当の藤崎だった。


「藤崎先生、お疲れ様です。1限は待機なんですか?」

「そうなんですよ。なのでじっくりと先生の講義を勉強させて頂きますね」


 話した内容とは裏腹に、藤崎の目が鋭くなった。


「ははっ僕の講義が、藤崎先生の参考になるような事があればいいのですけれど」


「そんな謙遜しなくてもいいじゃないですか。間宮先生は天谷社長の推薦だと伺っていますよ」

「……そんな大袈裟な事ではないんですけどね」


 頬をポリポリと掻いて困った表情をする間宮に、藤崎は手を差し出して握手を求めてきた。


「お互い良い勝負をしましょう!」

「……勝負……ですか」

「なにか?」

「いえ……何でもありません」


 間宮は言葉を濁して、藤崎と握手を交わして会議室へ向かった。


 ◇◆


 間宮が担当するCクラスの会議室では講義が始まる15分前に、殆どの生徒達が特に席の指定がなかった為、各々好きな席に着いて講義の準備を進めていた。


 瑞樹達も中央の席に加藤と並んで座り、準備に取り掛かっている。


「う~ん! 今年も始まるなって感じだ!」

「あ、そっか! 愛菜って去年も参加してたんだっけ」

「そそ! 私って頭悪いからさ」

「そんな事ないと思うよ。ただ愛菜は自分の勉強法を見つけてないだけ」

「え~!? そうかなぁ」

「うん! だから、この合宿でそれを探そうよ! 私も手伝うし!」

「マジで!? ありがとう~!」


 準備を終えて、この合宿での目標を2人で立てていると、ホワイトボードやプロジェクターのスクリーンが設置してある、教壇に使われる側のドアが開かれて間宮が現れた。


 間宮の姿を見た生徒達は、ざわざわとしていた空気を消して姿勢を正す。


「えっと、改めて皆さんお疲れ様です。Cクラス担当の間宮です。宜しくお願いします」


 間宮は出入口付近に設置している教壇の代用として用意されていた机に、タブレットとノートPCを置いて、生徒達を全体的に眺めてから挨拶をした。


「宜しくお願いします!」


 生徒達も元気な声で、間宮と挨拶を交わした。


 ゼミから手渡れたタブレットは、会議室にあるプロジェクターとBluetoothで繋がれていて、立ち上げると正面のスクリーンに間宮のタブレットの画面が映し出されるのと同時に、照明が自動的にスクリーンが見やすくなる程度に落とされた。


 それに合わせて生徒達は、自分のタブレットに視線を落とす。


 だが間宮はすぐさま壁に設置されている照明のスイッチを押して、元の照明の明るさに戻した。


 また明るくなった室内に、生徒達は困惑した表情で再び間宮に視線を集める。


「講義を始める前に出席をとらせて頂いてよろしいですか? 学校ではないので出席をとる必要はありませんが、今日から8日間共に頑張っていく仲間の顔と名前が一致しないようでは困りますので、講義の時間を5分ほど僕に頂けないでしょうか?」


 貴重な講義の時間を、出席確認に使う必要などどこにもない。


 だが生徒達は始めは困惑の色を隠せなかったが、にっこりと微笑む間宮の顔を見せられて反対する者は1人も現れなかった。


 反対意見が出ない事を肯定と受け止めた間宮は、早速タブレットをタップして3年生のCクラスを受講する生徒の名簿を開いた。


「それでは順に名前を読み上げますので、座ったままで結構ですから返事だけお願いします」



有本ありもと 一志かずし君」


「はい!」


「加藤 愛菜さん」


「は、はい!」


 ……


 ゼミの講義で出席をとるなど考えた事がなかった瑞樹は、他の生徒達同様に困惑していた。


 だが間宮が順に名前を読み上げだした時、瑞樹は何か思い立つ事があったのか、グッと表情を引き締める。


(……これを利用すれば)


 瑞樹はロビーで決心した事を、この場で行動に移そうと考えたのだ。


 自分の名前が呼ばれた時、立ち上がって返事をすれば、間宮の視線を集める事が出来るはず。

 そうすれば、嫌でもあの時に高校生が自分であると、気付かせる事が出来ると考えたのだ。

 それに、この場なら正体がバレても、手を上がるどころか、怒鳴る付ける事も出来ないはずだという打算も兼ねての、考えだった。

 



松本まつもと 弥生やよいさん」


「はい」


 五十音順で呼ばれている為、次が自分の番だと、瑞樹の顔が緊張で強張る。


「瑞樹 志乃さん」


「……はい」


 自分の名前が間宮の口から発せられた時、瑞樹は席を立ちあがり神妙な面持ちで返事をした。


 座ったままで返事をする流れを、瑞樹がぶった切ると、講義室にいる生徒達の視線が瑞樹に集中する。


「はい。わざわざ立ってしっかりと顔を見せてくれてありがとうございます。おかげでしっかりと瑞樹さんの顔と名前を覚える事が出来ました」


 突然立ち上がった瑞樹に、間宮も少し驚いた顔を見せたが、すぐに柔らかい笑顔に戻して礼を述べた。


「それでは次、水野みずの 亜由美あゆみさん」

「はい! は~い! 私が水野ですよ! 先生! 私もしっかり覚えてくれましたか?」


 瑞樹の次に呼ばれた水野は、瑞樹に続けと言わんばかりに勢いよく立ち上がり、両手を振り回しながら間宮に返事をした。


 水野の行動に笑いが起きて、瑞樹の行動がまるでなかったかのようにかき消されてしまった。


「はは! 分かりました。しっかり覚えましたよ、水野さん」


 間宮も笑顔で水野にそう答えて、出席確認を続ける。




 (……あれ?……なんで?)




「志乃?」


 瑞樹は困惑して立ち尽くしていると、隣に座っている加藤が服の裾を軽く引っ張り目線で座ったらと訴えかける。


 我に返った瑞樹は顔を赤くして、黙って席に座って俯く事しか出来ない。


 何故あれだけハッキリ顔を見せたのに、何も反応がなかったのか、瑞樹は意識の中で首を傾げた。

 もしかして、気付かないフリをしたのかと勘繰ったのだが、それにしては全くわざとらしさが見えなかった瑞樹は、なんなんだと頭を抱えて項垂れた。

 今、教壇になっている間宮という講師が、あの時の男で間違いはない。

 ずっと後悔してきた瑞樹が、見間違える事など考えられなかった。

 だが、あの時会った間宮と、今の間宮に違和感を感じた瑞樹は、ジッと凝視して記憶を呼び起こすと、違和感の正体が、眼鏡だと気付いた。

 駐輪所と駅のホームで見た時は、確か眼鏡をかけていなかった事を思い出したが、だからと言って、その時はコンタクトをしていた可能性が高い為、それが原因で自分に気付かなかったとは考えにくいと結論付けた。


(……じゃあ、何故?)


 瑞樹の眉間の皺が深くなる。

 その様子に気付いた隣に座っている加藤の視線に気付いた瑞樹は、慌てて巡らせていた思考を打ち切り、何でもなかったように教壇に立つ間宮に意識を向けて、考えていた事を一旦打ち切る事にした瑞樹は、呆気にとらてる事になる。

 いや、瑞樹だけでなく、この講義に参加している生徒全員が同じようになる。



 出席をとり終えた間宮は満足そうに笑みを浮かべて、脇に置いてある机がある場所から、中央へ移動して受講者達に語りだした。


「えっと、ここに集まっている皆さんはCクラスという事で、英語が得意ではない方々です」


 間宮がそう話すと、ほぼ全員の生徒達が苦虫を噛んだような表情になる。


「これは僕の持論なのですが、英語を苦手に感じているのは、大抵ここでハマるってポイントがあるんです」


 間宮はプリントアウトした書類に視線を落として、英語に対する持論の説明を始めだした。


「ポイントは大きく分けて3つあります。ゼミで事前に受けて貰ったクラス分けのテストのデータを見させて頂きました。その結果、やはり例に漏れずこの3つのポイントでハマっている方が殆どでしたね」


 苦手な英語のテスト結果の分析を始めると、生徒達の目線がどんどん下に下がっていく。


「その結果を踏まえて、僕から言える事はひとつだけです」


 そこで言葉を切り、ホワイトボードをコンコンとドアをノックするように叩き、下を向いている生徒達の視線を再び上げさせて、自分に注目させるように誘導した。


 生徒達の不安な顔を眺めて、間宮が柔らかく微笑んでこう告げる。


「安心してください。この合宿が終わる頃には、必ず苦手意識は改善されていますよ」

「本当ですか!?」


 生徒の1人が立ち上がり、身を乗り出すように喰いついてくる。


「本当です。このポイントを崩すのは、そう難しい事ではありません。それに夏休みを潰して、この合宿に参加している皆さんが、やる気がないわけありませんよね?」


「はい!!」


 身を乗り出している生徒だけではなく、この講義を受講している殆どの生徒達が大きな声でそう返事をした。


 会議室の空気が上場の仕上がりを見せたところで、間宮が自身のタブレットに視線を落として、これからの講義の流れを話し出す。


「それではこれより講義を始めます。本日予定されている範囲はタブレットにインストールされているテキストの№3、№5、№8の単元を進めていきますので、今から各自その範囲に目を通して下さい」


 間宮は生徒達にそう指示を出して、自身の席に戻りタブレットとは別に持ち込んだ私物のノートPCに何やら打ち込み始めた。


「はい! 15分経ちましたね!」


 生徒達は間宮の合図でタブレットから目を離して、教壇にいる間宮に視線を移した。


「それではタブレットは落として、仕舞ってくれて結構です」

「え? 落とすんですか?」


 生徒達はお互いに目を合わせている。


「はい。タブレットはもう終盤まで必要ありませんので」


 生徒達は困惑しながらも、間宮の指示に従いタブレットを仕舞った。


「それではこれから物語を聴いてもらいます」


 間宮はそう話して、タブレットではなく自身のノートPCをプロジェクターに繋ぎ、スクリーンにPCの画面を映し出す。


 映し出されたのは、小説などを書くときに事前に書き留めておくプロットのようなものだった。


 そのプロットには日本語の下に英語に英訳された文章が書き込まれていた。


「ちょっとしたお話なのですが、ポイント、ポイントであなたならどうするかという感じで質問しますので、皆さんの考えを聞かせて下さい」


 説明を終えると、間宮は基本日本語ベースで要所、要所で英語を織り交ぜた、オリジナルの物語を語り始めた。

 最初のうちは何が始まったのか理解出来ない生徒達の小声で話す声が、聞こえていた。

 だが、物語が始まって5分程した頃から間宮の話す声しか聞こえなくなっていく。


 その後は、間宮の声以外で聞こえてくるのは、間宮がランダムで指名した生徒の質問に答える声だけになった。


 生徒達はいつの間にか間宮が話す物語の内容を真剣に考え、質問に対していい方向へ進みように答えて、完結させる事に夢中になっていた。



 この講義方を見て、一番呆気にとられていたのは生徒達ではなく、別室で講義をモニターしていた藤崎だった。


「なによこれ! これが英語の講義ですって!? こんな事をやって結果がついてくるわけないじゃない! 何を考えているの、あの人は……」


 藤崎が呆れた声でそう呟くと、同じ講義をモニターしていた英語のBクラスを担当する事になっている村田も同意する。


「まったくですね。正規社員になる事を諦めてふざけているとしか思えませんね。それとも生徒の人気取りをして、アンケートの票集めかもしれませんよ」


 村田は、間宮の講義を鼻で笑い、馬鹿にした口調で罵った。


 だが、藤崎の考えは村田とは少し違った。


 確かにふざけているように見える。


 でも、合宿が中盤に差し掛かっていて、私達の講義に敗北を感じたのなら理解出来ないわけではない。

 だが、この講義は初日でしかも英語の講義を展開するのは初めての一限目なのに、そんな事をするのは不自然だ。


 それにこの男は天谷の推薦で参加している講師だ。


 そんな人間が、そんな事をするなんて考えにくい。


 だとすれば、この講義法は間宮にとっていつもの事で、その講義法が認められたから、わざわざこの合宿に参加させたって事なのかと、藤崎は間宮の警戒心を更に深めた。


 それから間宮の物語は1時間程で、ハッピーエンドで幕を閉じた。


 生徒達は講義だという事をすっかり忘れて、拍手が起こり円満に幕を閉じた物語の余韻に浸っている。


 どこからどうみても、受験対策の講義を行っているようには見えない。

 生徒達の意識を自分に向けさせる為に、間宮は両手をパンッ!と叩く。


「はい! 聞き入ってくれたのは嬉しいのですが、今は講義中ですよ?」


 それを聞いた生徒達はハッと我に返る。


「それでは僕の講義もあと30分程になったので、最後に小テストを行いたいと思います」


 テストという単語を聞いた生徒達は、目を見開いて驚く。


「え!? 何も教えてもらってないのに、いきなりテストですか?」

「ん? 物語を話したじゃないですか」


 生徒の質問に、何を言っているんだと言わんばかりに、間宮は苦笑いを浮かべる。


「いや、だって……それは初めての講義だから、英語を使ってコミュニケーションをとる為じゃなかったんですか?」

「いえいえ! 受験生の皆さんに、そんな時間の余裕があるんですか? これが僕の講義ですよ」


 生徒達から驚きの声が上がるのは、至極当然の事だった。




「このテストは、最初に話したハマるポイントを盛り込んだ内容になっています」


 間宮は小テストの説明をしながら、タブレットを立ち上げて生徒達に小テストの問題を送る準備に取り掛かる。


「この講義でテストとか無理過ぎじゃない? 間宮先生ってホントに大丈夫なのかな」


 加藤が机に突っ伏して、恨めしそうに瑞樹に訴えかける。


「……そうだね。何がしたいんだろう、あの先生」


 2人の頭の中も??だらけになっていた。


 間宮はそんな周りの反応など全く気にする素振りを見せることなく、淡々と全員のタブレットに問題の送信を終えた。


「小テストの問題と回答欄のデータを皆さんのタブレットに送信しましたので、テストの準備をして下さい」


 タブレットの操作を終えた間宮は、生徒達に準備をするように促すと、生徒達は納得できない事が容易に伺える顔で、言われた通り仕舞っていたタブレットを立ち上げて、テストの準備を終えた。


「それでは、今からテストを始めます。そうですね、テスト時間は20分とします」


 テスト時間を告げて、全員が準備を終えたのを確認出来たところで、間宮はテストを生徒達に始めさせると、テスト開始直後はタブレットのペンを走らせる音がポツポツと聞こえていただけだったのだが、30秒程経過した辺りから異変が起こり始める。


「え?」

「うそ! なんで?」

「この単元って、苦手だったはずなのに」

「解ける! 解けるって!」


 テスト中だというのに、生徒達から思わず声が漏れ始めたのだ。


 テストを開始させてから、自分の席に戻り再びPCのキーボードを叩いていた間宮からクスッと笑みが零れる。


「うっそ! 何で!?」

「これってさっきの物語のせいなの?」


 それは同じテストを受けている瑞樹や加藤も同様で、周りの生徒達と同じように驚きと動揺を隠す事が出来ずに、口々に声が漏れてしまっていた。



 その異変をモニターしていた藤崎達が目を見開く。


「な、なに!? どうしたってのよ!」


 生徒達の反応に困惑した藤崎は、慌てて手持ちのタブレットの画面を切り替える。

 講師専用のタブレットからは、生徒達の解答欄を自由に観覧出来るようになっている。

 その解答を見た藤崎と村田は愕然とした。


「な!? 解けてるじゃない! な、何でよ! あんな講義とすら言えない馬鹿な事をしていただけなのに! 本当にCクラスの生徒なの!?」


 生徒達の解答を見た藤崎は、思わず席から立ち上がった。


「こんなのアリか!? 何故あの講義でCクラスの連中がこうも解ける!? 問題を見る限り決して簡単な問題じゃないぞ!」


 村田も解答を観覧して、頭を抱えて項垂れた。



 パンッ!パンッ!パンッ!



 生徒達のざわめきがどんどん大きくなってきたところで、間宮は手を大きく叩く。


「今はテスト中ですよ! テスト中は私語厳禁なんて、小学生でも知っているはずですが?」


 テスト中の生徒達にそう注意すると、一斉に「すみません!」と謝る言葉が綺麗にハモって聞こえた間宮は思わず吹き出しそうになった。

 それからは静かにテストは進行して、予告していた時間になったところでそこまで!とテストを終了させた。


 テストを終えた生徒達の目が輝いている。


 どうやら手応え十分のようだ。


 生徒達が担当講師である間宮のタブレットに、解答データを送信しようと再びタブレットに手を伸ばす。


「解答データを、僕に送る必要はありませんよ!」

「え? どうしてですか?」


 生徒達が周りと目を合わせながら、首を傾げる。


「皆さんの顔を見ていれば、容易に結果が分かるからです。なので、このテストの採点は不要とします」


 生徒達に微笑みながら、間宮はそう言い切った。


 そんな間宮を見て、生徒達も嬉しそうな顔を向けた。


「では、本日の講義を終わります」


 間宮がそう講義を締めようとすると、誰が打ち合わせたわけではないのに、全員が席から立ち上がり教壇にいる間宮に向かってお辞儀をした。


「ありがとうございました!!」


 大きな声が会議室中に響く。


 生徒達の行動に一瞬目を見開いた間宮だったが、「お疲れ様でした」とだけ告げて、会議室から静かに退室した。


 間宮が退室した後のCクラスの会議室は、まるで受験に受かったような雰囲気で、皆大はしゃぎで賑やかだったのに対して、講師達の待機室は静まり返っていた。


 訳が分からない講義をしていた間宮を、馬鹿にしていた講師達から言葉が発せられない。


 皆、信じられないといった様子で、立ち尽くしているだけだった。


 各自モニターしていたタブレットを落として、予定されている会議室へ無言で移動を始める。


 待機室のドアを開けると、そこには初回の講義を終えた講師達がいた。


 勿論、その中にはあの奇天烈な講義を展開した間宮の姿もある。


 藤崎達は講義を終えた講師達に「お疲れ様です」とだけ声をかけて、各自の会議室へ散っていく。


 藤崎達も負けるわけにはいかないと、気合を入れ直して講義に臨んだのだが、あの講義のインパクトが絶大で、結果も見事に満点だった間宮の講義と比べてしまうと、どうしても見劣りする内容になってしまった。


 間宮は休憩を挟んで次は1年生のCクラスを担当したのだが、3年生の時と同様の講義を行い、絶大な結果を残して初日の全講義を終えた。




 17時に全講義を終えた生徒達が、宿泊施設に戻っていく。


 その生徒達の顔を見渡せば、誰が間宮の講義を受講したのか一目で分かる程、生徒達の顔が自信に満ち溢れていた。


 間宮の特殊な講義法の噂は、凄い勢いで受講者や講師、スタッフに至るまで広がっていく。


 そして、誰が言い出したのはか不明だが、間宮の独特な講義法にこんな名前が付いた。




『story magic』と。

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