そこは颯馬の住む家の周辺だ。


「おい。これは非常に不味いんじゃないのか?」


「ええ……」


 二人は息を呑んだ。




     ×     ×     ×




「な、何なの?」


 希は、後ろを振り返ったまま腰が抜け、地面に尻もちをつく。


「ギャァアアアアアアアア‼」


 目の前には見た事もない大きな黒い化け物が現れた。大きな口を開け、威圧感が凄すぎる。


「あれは悪魔だよ」


 と、白い猫が隣に座っていた。


「あ、悪魔……?」


 希の震えた両腕を握力の低下した左右の手で交差して握る。目は挙動不審で、絶望寸前まで来ている。


「この世の理に存在する魔物。まぁ、他には魔女とかもいるけどね」


「ま、魔女……」


 希の頭は、何一つも理解できない。突然言われても、処理能力まで低下した頭をスッキリさせるには、一度、冷静にさせる必要がある。


「さて、要はこの危険な状況をどうするかが問題だね」


「で、できるの……?」


 希は、猫に訊く。


「できるよ。君が僕と契約を結べばの話だけどね……」


「契約?」


 呼吸がうまくできず、心臓の巡りが悪くなっていく。


「そうさ。契約さえすれば、君は助かる。何もせずに死なずに済むのさ」


「ほ……本当なの?」


「うん」


 猫は自信満々に返事をした。


「さあ、どうする? するか。しないか。生きるか。死ぬか。選択肢は二つに一つだよ」


 猫は、希に選択を迫る。


 もう、すぐそこには化け物が希に襲い掛かろうとしている。時間が無い。死ぬ。でも、死ぬのは嫌だ。死にたくない。死にたくない。


「その必要はないよ!」


「え?」


 どこからか聞こえてくる誰かの声。今の話を誰かに聞かれていたのか。いや、周りには誰もいなかったはず。


 希の心拍数が徐々に上がっていく。胸を押さえて、必死に下げようとしても無意識にそうなってしまう。


水月すいげつ‼」


 ザクッ‼


 と、叫び声と共に化け物(悪魔)の体が縦に真っ二つに斬られ、姿を消した。斬られた間から一人の少女が、希の目の前に現れた。


 身長は希より少し高いくらいのロングヘアの少女。頭の方には髪を少し留め、水色、白、青の三色が混ざった透き通った服装。右手には槍のよう長いもの。まさか、この少女がさっきの化け物を倒したんのと、震えながら言葉を口に出せない希は、ゆっくりと呼吸を戻し、落ち着きを自分で制御し始める。


「ふぅ……。案外、手ごたえのない奴だったね」


 少女は、槍をくるくると回し、地面に立てる。


「あ、あなたは……?」


 恐る恐る質問をする。


「私? 私は通りすがりの魔法少女さ」


「魔法少女?」


「そう。魔法少女」


 魔法少女と名乗る少女は、ちらっと猫の方を見る。


(こいつが元凶の……)


 少女は、猫を見て、相棒が言っていた事を思い出す。


「ねぇ、その猫、私に渡してくれない?」


 少女は、手を差し伸べる。


「なんで……?」


「殺すからよ」


「こ、殺す……?」


 少女は、希にそう言った。


 猫を抱え込み、震えた手で少女に渡すそぶりを見せずにギュッと握る。


「もう一度言うよ。渡してくれない?」


 少女は希に今度は強めに言う。


 だが、希は渡そうとしない。ただ、少女の方をジッと見る。


「そう。渡す気が無いのね……」


 少女は槍を希に構え、殺す覚悟で睨みつける。


「じゃあ、死んでくれる?」


 少女は希に向かって槍を振り放った。


 希はギュッと目を瞑り、死がよぎる。


(誰か……助けて‼)


「そこまでだ!」


 二人の間に、誰かが横入りしてきた。


 少女の攻撃を黒い刀で受け止め、軽々と捌ききる。少女は、後ろに跳び、介入してきた人物と一定の距離を保つ。


「誰⁉」


 少女は、自分の邪魔をしてきた人物に敵意を向ける。


「————ったく。来てみれば、面倒な事になってるじゃねぇーか。クロ。そっちの方は大丈夫か? 訊いているのか?」


 その人物は少女の事を無視したまま、遠くにいる誰かに話しかけている。


『あ、ああ……。大丈夫だ……』


「なんかおかしいぞ。何かあったのか?」


『颯馬。落ち着いてよく聞け。お前の妹が抱えているその猫は、普通の猫じゃない』


「何⁉」


『そこの魔法少女が狙う理由はなんとなく分かっている。その猫はお前の妹を魔法少女にしようとしている』


「どういうことだ?」


『話は後だ。まずは目の前の敵を撃て』


「ちっ……」


 颯馬は舌打ちをして、少女の方を見た。


 妹の希は、目の前に現れたのが、自分の兄だと気づいていないらしい。


 颯馬は、髪の色を黒から茶髪に変え、服装も見慣れない黒い着物だ。


「誰?」


 希は助けてくれた颯馬に訊ねる。


「ただの通りすがりだ」


 颯馬は、そう言い残して少女にやいばを向けた。


「へー、私以外にも魔法が使える奴がいたんだ。どこの誰だか知らないけど……邪魔をするなら容赦しないよ」


 少女も颯馬に向かって攻撃を仕掛けてくる。

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