Ⅷ
「いいの? これ以上、厄介ごとが広がると、あんたにとっても不利なんじゃない」
「いいや、確かに不利ではあるが、お前にとっては好都合なんだろ?」
「まーね。一人や二人、増えたくらいで私が倒すのは変わりない。それは悪魔や魔女、相手が魔法少女だって変わりない」
「いい回答だ。俺の目的のためにもしっかりと働いてもらわないとな……」
「分かってるって。私に勝てるのは、私だけ。……なんてね」
建物の屋上から誰かが希の様子を窺っていた。
「そんなに叫ぶことはないだろ? お化けでも出たわけあるまいし……」
白い猫は、驚いて今にも腰を抜かしそうな希に言った。
「い、いや……。だって、ね、猫が……喋る……う、嘘よ……」
話を聞いてすらいない。
「いや、この世にしゃべる猫が一匹や二匹いたって、おかしくないよ。世界は謎で出来ているんだからね」
猫は希の言葉にそう言い返した。
「だって……私、そんな生き物見た事ないもん……」
そう言い残して、青になっていた信号機がパカパカと点滅し、赤になりかけようとしている。希は、いきなりその場から逃げるように走りだした。
夢だ。これは夢だと、自分に言い聞かせ、現実逃避する。
だが、希の背後から大きな圧が圧し掛かってきた。
「え⁉」
呼吸が苦しくなり、足が震えて前へ進まない。
「ど、どうして……」
後ろをゆっくりと振り返る。
そこには見た事のない化け物が今にも希を襲い掛かろうとしていた。
× × ×
「カズ」
「なんだ?」
緊張が走る颯馬は、和正を見ず、ただ一点だけを睨みつける。
「後ろに乗れ……」
「出たと言うのか?」
「ああ、タイミングが悪い事にな……」
「颯馬!」
空からクロエが舞い降りてくる。濡れた羽は、雨のせいで重みを増し、和正の肩に雨宿りすると、羽をバタバタさせ、乾かす。
「なーんで、下校時間まで出るか? せめて、明日まで休ませてくれ!」
雨の中叫ぶが、雨の音でかき消される。
二人乗りの全力漕ぎは、足に負担をかける。だが、今、自転車を捨てて移動すれば、すぐに着くが、とんぼ返りをするのが面倒だ。
「颯馬」
「なんだ⁉」
「俺が運転を変わってやろう」
「何っ⁉」
颯馬は、そのまま和正の話を聞く。
「お前は先に行け。俺はスナイパーだ。後から追いついて、遠くから援護しよう」
「分かった! クロ、お前はカズと一緒にいてくれ‼」
「ま、この場合、仕方がないな……」
クロエは、大人しく颯馬の指示に従い、和正の肩で大人しくする。
自転車を止め、合羽を和正に渡し、荷物をかごの中に置いておく。そして、魔力を開放し、制服から黒い着物へと衣装をチェンジする。腰には黒い刀を差す。
「ちゃんと、俺の魔力を辿って来いよ」
「大丈夫だ。ちゃんと、ナビが付いているからな」
「誰がナビだ。誰が……」
クロエは、和正の頭を濡れた羽でペチペチと叩く。
「頼むぞ‼」
颯馬は、他人の家の屋根に飛び移り、そのまま魔力のある方へと進み始めた。
「さて、俺達も行こうとしよう。案内頼むぞ」
「はぁ……。あいつ、大丈夫と思う?」
「さぁ、それはどうだろうか。君が付いていないと、彼は無茶をするからね」
颯馬の性格をある程度理解している和正は、傘を閉じ、雨の中を自転車で突き抜ける。
ライフルケースは濡れるが、中の方に雨は入ってこないため、心配はない。
「どうやら、方向は彼の家の方らしい。まさかとは思うが……万が一の事は起こらないのか?」
「私にも分からない。最悪のケースにだけはならないとは限らないと思うわ」
「一つ疑問に思うんだが、訊いてもいいかね?」
「何?」
「なぜ、颯馬には魔法使いとしての魔力があるのに、彼女の方はなぜ、選ばなかった?」
「……」
クロエは黙ったまま、何も言わない。
「あいつの妹は、それ以上の危険だと思っているんだな」
「……」
「何も言わないならそれでもいい」
「ごめんなさい……」
「だが、それなりの対策は打ってあるのだろう。君が何も理由なしに彼女を野放しにしないはずだ」
「ええ、希には、魔法少女に目覚めさせないように何十にも封印をほどこしているから大丈夫。ただ一点を覗いては……ね」
「一点?」
「奴さえ、現れなければの話よ」
「奴?」
「そんな事よりあの建物の屋上がいいわね」
「あ、ああ……」
クロエは話を打ち切り、和正に指示を仰ぐ。
素直にその指示に従い、和正は颯馬の姿が見えなくなった方角を追いながら、その建物の前へと自転車を止める。十階建てのどこにでもあるマンションの屋上を見上げ、和正はその周りに障害物になりそうな場所を探す。
「行こう」
マンションの中に入り、エレベーターに乗って屋上を目指す。エレベーター内で、ライフルケースから愛用のライフルを取り出し、スコープを装着する。
エレベーターは、屋上の手前の十階で止まり、近くの非常階段から屋上へと上がる。
「ちっ……。鍵がしてあるな」
和正はドアノブを回し、扉に鍵がかかっていることを確かめる。
「任せて」
クロエは、羽をドアノブに添え、そっと話す。
「開いたわよ」
「ありがとう」
和正は扉を開け、フェンス越しから外の景色を眺める。
「うむ。いい狙撃ポイントだな。ここだったら住宅街の死角以外は狙撃できるな」
和正はふっ、と笑う。
「それにしてもここは……」
和正は何かに気づく。
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