一歩前へ進んでいくたびに、巨大な魔力は肌で敏感に感じるほどになっている。


 久々に感じた魔力は、早く対処しないと、街にどんな被害を及ぼすのか、計り知れない。


「クロ。今回の敵はどれくらいやばいんだ?」


 颯馬は、目的地に向かう間、クロエに話しかける。


「ま、普通だな。この魔力だったらお前でも倒せない相手ではないが……問題はもう一つの方だな」


「やっぱりそうか……。さすが、元三羽烏の一羽とは思えないほどの鋭い意見だな。まだ、現役の方でやれたんじゃないのか?」


「馬鹿言え、今の私ではこの状態でいるのがやっとだ。もう、昔ほどのキレは残っていないよ」


 クロエは、そう答えた。


(それにしてもクロエが感じたもう一つの魔力は、俺も気になるな……。まさか、ね……)


 颯馬は、西の方向に見える小さな影を捉えた。


 魔法使いの間では、悪魔、もしくは魔女と呼ばれており、その出現場所、時間は、未だに解明されていない。


 今回の敵は、悪魔の方であり、普通の魔法使いでも倒せるくらいの敵である。


「どうやらお出ましのようだな……」


 颯馬は、そのまま悪魔に近づいていく。


「待て! 颯馬‼」


 クロエは、急に叫び出し、攻撃を仕掛けようとする颯馬を呼び止める。


「え⁉ なんでだ⁉」


 颯馬は足を止め、後ろを振り返る。


「見ろ……様子がおかしい……」


「あ?」


 目の前にいる悪魔の方を見る。


 確かに伝わってくる魔力は、変わりない。どこもおかしい所はないのだ。


 だが、クロエはそれでも颯馬の動きを止めたのだ。あそこに行けば、何かが起きているのだと言っている。


「ちっ……。颯馬、魔力を消せ‼ 私達も隠れるぞ!」


「え、あ、ちょっと⁉」


 颯馬は、クロエに襟を引っぱられたまま、建物の陰に引きずり込まれていく。


「なんでだ⁉ なんで、隠れなきゃ……」


「いいからじっとしてろ……」


 クロエに緊張が走る。


 悪魔のいる方向にもう一つの魔力が、さっきよりも大きくなっているのだ。


「一体、どうしたんだ? 顔色がおかしいぞ?」


 そんな様子を見ながら颯馬は、心配そうにクロエを見る。


「颯馬、ここで戦うのは堪えてくれ……。あれはやばい……」


「はぁ? 何が?」


「言っているだろ? アレは本当にやばい。もう一つの魔力を感じ取ってみろ……」


「もう一つの魔力って……!」


 颯馬もようやく、クロエが言ったことに気がつく。


「気づいただろ? アレはお前が手を出してもいい相手ではない。どんな奴なのか得体の知れない奴だ」


 クロエは颯馬に忠告する。


「しかし、悪魔の方はどうするつもりなんだよ。このままにしておくと、街が崩れるぞ!」


 颯馬は、クロエに言い返す。


 だが、クロエは何かいい案がないか、頭をフル回転させながら思いつく考えを片っ端から正解へと組み替えていく。


 それでも自分の考えがことごとく、はじき返されては、新しい考えが思いつくが、どうやってこの状況をうまくやりのけるかが分からない。


「おい、どうするんだよ⁉ 早くしねぇ―と……」


「分かっている……。だが……」


 クロエはまだ、動こうとしない。


「あーもう、待てねぇ! さっさと倒してくればいい話だろ⁉」


 颯馬は、再び走り出した。


「ちょっ、馬鹿っ!」


 クロエが止めようとした時だった。




 ドンッ! ピッカッ! バンッ!




 激しい音が響き渡り、一瞬、目を瞑った間に何が起こったのかも分からず、再び目を開いた時には、目の前には大きな悪魔は姿を消していた。


「…………‼」


 颯馬は、何も言えず、ただそこにある現実を受け止めきれず、息を呑む。


 崩れかけていたはずの建物すら元通りになっていた。


「どうなってやがる……」


 受け止められない現実。たった一撃で仕留めた悪魔の力。倒した人物は、一体、どんな魔力の持ち主なのだろうか。謎が深まる一方である。


(今のは……いや、そんなはずはない……。この街に他にもいるとでも言うの?)


 クロエは、今の一瞬の衝撃を見逃さずに一部始終見ていた。


 悪魔に一撃を与える魔法を放った小さな黒影。


 何か細長い棒を持っており、そこから放った魔法は、一撃にして悪魔を仕留めるほどの実力者。今の颯馬では、相手になるのか見ただけで分かる。


「颯馬、帰るぞ。後の事は、放課後にでも調べればいいだろう」


 西の方を見続ける颯馬は、クロエの方を振り向きもしなかった。




「…………」


 颯馬が睨みつける西の方では、悪魔を倒した人物が、颯馬の魔力に気づいたまま、無言でいた。


「どうしたんだ?」


「いや、なんでもない……」


 その黒い影は、再び姿を消した。




     ×     ×     ×




 放課後————


 朝から晴れていたはずの空は、いつの間にか、黒色の多くの雲に覆われていた。


 雲の間から降ってくる冷たく、生暖かい雨は汗と一緒に紛れていく。


「さて、今日の議題は、朝の出来事について話してもらいましょうか?」


 と、おっとりとした性格をした少女が、手を合わせて言った。


 黒髪に赤毛の腰の位置まで伸びた髪。そして、出る所は出ると、高校二年生にしては、美貌のスタイル。


「議題ってなんだ? 俺はちっともわかんねぇ……」


 とある部屋の椅子に座っている颯馬は、欠伸をしながら眠そうにしていた。


「あら? 今朝の出来事は、誰のおかげで出来たんでしょうね?」


 少女は、颯馬に笑みを見せながら嫌味ったらしく言ってくる。


「さぁーな。結局は、無駄だったけどな……」


「それもそうだろう。なにせ、手柄はどこかの誰かに奪われたらしい」


 部屋の片隅で、愛用のライフルの手入れをしている少年が言った。


 左目周辺の皮膚は、怪我を負った跡が残っており、クールで冷静な印象を放つような少年だ。


 そもそも、高校生がライフルを持っているだけで銃刀法違反に属するのだが、彼は肩身放さずにいつも、持ち歩いている。

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