第5話 魔女の葬式

 掲げられた黒い額縁には笑顔の母が収まっていた。

 どうして母の写真があそこに飾ってあるのか、隣に立っている母に尋ねたら「しいっ」と口に人差し指を立てて顔を近づけてきたので、子どもながらにこれには何か深い理由があるのだと察して、追及するのをやめた記憶がある。

 遺言、なんていうとなんとも大げさで、要するに写真嫌いだった彼女が母に代役を頼んだというのがそれの真相らしい。似ているから、なんて理由で別人の写真を用意するという行動を見るに、母の非常識は彼女から受け継いだものらしい。

 僕は彼女のことをよく知らない。白髪の人なんて彼女しかいなかったから、親戚の集まりではとても目立っていたという印象くらいしかない。母とは会えば何かしら話をしていたような気がするけれど、彼女と一対一で会話をした覚えは、僕にはない。

 不思議なほど和やかな雰囲気だった。誰一人泣いたりせず、大人たちは口々に良かったとか大往生だとか言って笑い合っていた。そのせいで、当時の僕はそれがいったい何の集まりなのか認識できていなかった。たぶん祭りか何かだと勘違いしていた。あんなににぎやかで、和やかななのは初めてで、そして、あれきりだった。

  僕の一族は短命だ。いわゆるお年寄りだとか老人だとか云われる年まではまず生きられない。そんな家系にあって、母の大叔母にあたる彼女は百まで生きたので、だから魔女と呼ばれた。

 彼女は若いころから百まで生きると宣言していたらしい。そして実際百まで生きた。

 死ぬことは悲しかったり怖かったりするものなのだと漠然と思っていた。けれど、あれが祭りなんかではなかったと気づいたとき、あんな風な、彼女のような死もあるのだと、僕はちょっと感動した。生きている数だけ死があるのだから、それらがすべて悲劇であるというのは、たしかにおかしなことだと妙に納得した。

 湿っぽさなんて皆無の、そうだ、あれは、魔女の葬式だった。

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