第3話 マキさん

 マキさんのお嬢さん、と受付の看護師に呼ばれたことを報告すると、案の定母は吹き出した。

「自慢の娘だね」

「うれしくないよ」

「そう? わたしはまんざらでもないけど」

「ああそう」

 母はまだくすくすと笑い続ける。

「これでいい?」

 頼まれていたものをカバンから取り出すと、あらかわいい、と母はそれを抱きしめた。

「病室に黒猫ってさ」

「いいじゃない、本物を持ち込んだなら問題だろうけど」

 母のベッド脇の棚の上には、先週から樹木の鉢植えが置かれている。やけに光沢のある濃い緑の葉をつけたそれはもちろん母から頼まれて持ち込んだもので、そしてその日の帰り際の注文が、黒猫のぬいぐるみだった。

「非常識な子供だって思われてるんじゃない」

「いつもお見舞いに来られて優しいお子さんですねって褒められてるわよ」

「ああそう」

 母はぬいぐるみを見つめながら、まあ色はなんでも良かったんだけどと呟いた。

「あのさ」

「なに?」

「僕って母さんに似てる?」

 母は少し考えるように斜め上あたりを見つめてからそうね、と云った。

「マキさんに似て娘さんも美人さんですね、とよく云われるわね」

「ああそう」

 喜んでいいのにと母は笑った。

 コーヒー買ってくると椅子から腰を上げる。冷たいのにしてという母の言葉を背中で受け取り病室を出た。

 廊下の突き当りの自販機でアイスコーヒーのボタンを押す。

 僕とナノさんがもう少し早く出会っていれば、僕はナノさんに『マキちゃん』を会わせることができたのかもしれないと、どうしようもないことを思った。

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