美穂のお父さん
いつもはきっちりとしたスーツ姿の美穂のお父さんは今日はシャツにカーディガンという格好。真っ暗な中をひとりで帰るのは危ないと言われてクルマで家まで送ってもらうことになった私は大きなクルマのどこに座れば良いのか迷っていた。気がついたお父さんに後部座席のドアを開けてもらっていた。
シートベルトを確認してから、激しい雨の中を静かに進んでいく。最初の信号で止まるBGMで流れていたクラシックの音量を下げてからゆっくり話し始めた。
「美穂にピアノを教えてくれてありがとう」
「いえ、私なんか、いえいえ」
怒られることはあっても褒められるとは思っていなかった私は逆に背筋が伸びる。
「美穂には楽しい思い出が出来たと思うんだ」
そうなのか。美穂は私の演奏を聞いてピアノの先生になってくれと言ってきた同級生。同じお嬢様学校と言っても私は親が教育熱心の中流家庭で美穂の家庭は大きな庭付きの家に住む本物だった。いくらでも良い先生は付けれたはずだった。
今日もピアノを教える予定だったのだけど突然の高熱を出してしまったため中止となったのだ。
美穂はそういうことが多かった。体は弱いし勉強の要領も悪い。意地悪な女の子に言い負かされている場面なんて何回も見てきた。
おっとりな美穂には会社を大きくしたお父さんの期待に答えることなんて無理そうだ。
「美穂には良い思いをたくさんして欲しいんだ」
呟くように漏らしてきた。どういうことだろう。大人の対応をしっているはずの人から漏れ出した少しずるく聞こえる言葉。
「本当は女の子だから、あんまり色々背をわせるのは酷なんだろうけどね」
全部は語らなかった、だけど私は意味が分からない程には子供でもなかった。母と父が私を私立の中高一貫校に入れるために毎日働いてくれている理由は美穂のお父さんと変わらない。
金額と規模の大小はあっても親の気持ちとしては変わらないのだ。
高等部に進学したらピアノは辞めさせられて別のコトをやるという決定は美穂のお父さんの勝手な判断だと不満に思っていた私は子供すぎたのだ。
背中を包み込んでいる革シートが妙に心地悪く感じる。15歳の私にはまだ合わない。
「ごめんね、急に変な話をして」
「いえ、大丈夫です」
ダッシュボードから出された高級そうな金色の箱に入ったクッキーを進められる。甘さがほとんどないクッキー。これも私の口にはまだまだ大人すぎるのだった。
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