社員の小見山さん
今日もあまり売れていない乾物を補充していく。店内には閉店が近いことを知らせる音楽が流れている。
「あの、お嬢さん」
「ひゃいっ」
恥ずかしい、突然話しかけられて変な声が出てしまった。
「あのね、これが欲しいんだけど」
ご老人のスマホの画面には干しイカのパッケージ。取り扱いがある事は知っている、場所も分かる。
「あの……それは」
自分でも嫌になるコミュニケーション力の低さ。手を変な形に動かして伝えようとする。
「申し訳ございません、お客様! 何かございましたか?」
男性とは思えない高い声。店長が横から割り込んできて一四二センチしかない私は押しのけられる。
私だって場所くらい知ってるんだけど……。
店長は私のことを信頼していない。愛想も無くてミスばかりのフリーターを信用しろっていうほうがおかしいけど。
段ボールをまとめてゴミ捨て場に運ぶ。
店を閉めた後は客が店内に残っていないのか確認して最後のミーティングが開かれる。
参加しても気まずいから参加していない。店長に何も言われないから私は閉店作業を進めて時間を潰すことにしている。
生ごみは重くてきついけどゴミ捨て場まではあと少し。湿った日の当たらない地下にあるゴミ箱の蓋を押し上げる。袋が破けないようにしっかりと全体で支えて中に落とす。困ったのが戻ってこない蓋。私の身長では押し上げた蓋には手が届かない。踵を浮かして背伸びして手を伸ばす。
あと少し……。
「えいっ」
背後からにゅっと伸びてくる腕に驚く。振り向いて見上げると社員の小見山さんだった。
「あ、ありがとうございます」
「ううん、佐藤さん同い年だったよね。敬語っておかしくない?」
まあ、そうだけど。私は高卒フリーターで小見山さんは大卒の正社員。あまり馴れ馴れしくするとまた店長に嫌な顔をされるかもしれない。ごちゃごちゃ考えているとニコリと微笑んでから戻っていってしまう。
小見山さんは、先月から配属されてきた社員。
店長などの社員と一緒で本社から来ている。数年間は現場で経験を積んで店長か本社で働くらしい。私みたいなフリーターとは違って明るくて仕事も最初から出来て店長にも気に入られている。それに美人。
大きなため息をぐっと飲み込んでポケットからスマホを取り出す。もう時間を周っていた。早くタイムカードを切って帰ろう。
カバンを手に持ってするりと帰宅しようとする。
「佐藤さん、今帰り?」
また小見山さんだ。パートのおばちゃんと楽しくやっていたことをさっき確認したはずなのに。
「うん……」
うん、それしか言うことがない。
「じゃあ一緒に帰ろうか」
嫌だな、でも断るのも悪いしな。一六〇センチはありそうなスラっとした小見山さんの横を歩くと私の小ささが強調されてしまう。
「あのさ、佐藤さんってごはんまだでしょ?」
「うん、家に帰ってから食べようかなって」
「じゃあさ、食べて帰らない?」
外食は高いからあまりしたくない。断る理由を考える。
「大丈夫、大丈夫、私が奢るから」
……ならいいか。
「私の家、ここから近いから着替えてきてもイイ?」
交差点で待っててと言い残して消えていく。
・ ・ ・
「私はハンバーグステーキにするけど、何する?」
ファミレスのメニューをぐるりと眺める。
「じゃあ、オムライス」
「結構かわいいもの選ぶね」
小見山さんは働いている時とは雰囲気がだいぶ違っていた。派手な色のパーカーにバサリと広がった髪の毛。足元には真っ白な厚底のスニーカーが輝いてる。
「そんなにジロジロ見てどうしたの?」
私の視線がバレていた。
「雰囲気ちがうなって思って」
私の発言は笑いを生じさせたみたい。
「アハハ、そりゃそうだよ。佐藤さんみたいに根暗な態度じゃ皆に嫌われちゃうじゃん」
こんなに真っ直ぐ悪口を言われるなんて初めてだ。
「やっぱり、そう思われてるんだ」
まあねとバッサリ返される。普通なら嫌いになるところだけど私は変な安心感を感じる。
働いていると裏で何を考えているのか分からない大人が多いことが嫌いだった。小見山さんからはそれが感じられない。
「そもそも何で根暗なの?」
「なんでだろ、高校で友達がいなかったから、背が低いのがコンプレックスだったから。私の背が低いのって両親があんまり家にいなくて栄養が足りなかったからかもだけど……」
しまった家庭の話なんてしても相手は困るだけだ。
「ふーん」
テキトーに呟くと私の耳元まで端正な顔が近づく。
「まあ、私としては小さい佐藤さんが可愛いと思うからご両親には感謝だけどね」
普通ならとんでもない不謹慎な発言だけど私としてはあまりにも欲求に素直な発言でときめいてしまった。現実との折り合いを付けて皆に気に入られている小見山さんの裏の顔を知ってゾクゾクする。
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