災い転じてなんとやら

 トイレに追いやられたタバコの消臭剤を指でいじくる。

「お前も行き場を無くしたのか……」

 台詞のようなつぶやきに自分で笑う。ついさっき、タバコを吸いに喫煙室に行ったら閉鎖されていた。張り紙を見る、どうやらこの会社は完全禁煙になったみたいだ。

 

 徹夜してる私にそんな仕打ちをするなんてひどい会社だまったく。

 パーカーのポケットに突っ込んでいた手を怒りに任せて握ってみる。しょうがないので一番近くの灰皿を置いてくれている酒屋までボロボロになったスニーカーの踵を踏み潰しながら向かう。風が吹くたびにコートを取りに戻るコトをめんどくさいとぶった切った自分の考えを恨む。

 

 とっくにシャッターの降ろされた酒屋にたどり着くと、かじかんだ手のために財布代わりのポケットから小銭を取り出して缶コーヒーを買う。

 夜の路地には自販機に吐き出す音でさえ響く。取り出そうと屈むと自販機の横から影が出てくる。驚いたのは私だけじゃなくて影も同じだった。

 影の正体は自販機に背中をつけるようにしゃがんでいた女の子。深夜という時間帯とスーツスタイルに手に持ったタバコを見る限り小さいけど大人なのだろう。胸元の社員証から同じ会社の社員ということがわかった。

 

「……おつかれっす」

 とりあえず挨拶しよう。

「…………」

 無視かよ、私もタバコに火を付ける。嫌なやつであることは間違いない。でも私にはそんなことはどうでも良い。

 

 問題はこの女の子が私のタイプだと言うことだ。

 スーツを着ているということは営業とかなんだろう。ちっさい体のくせにタバコを吸っていて愛想もない。私と一緒でこの酒屋の前にタバコを吸いに来てサボってるというギャップも好み。

 タバコの味とかコーヒーの苦さは頭に入ってこない。それよりどうやって声をかけるか、それがイチバン重要だ。

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