文芸部にギャル

 部活をしていてひとつだけ嫌なカギの受け取り。職員室にそろりと入って顧問の座っている机の横に体を縮めて立つ。早く職員室を出たいのに呼び止められてしまった。

「そういえば、新しく入った町田さんはどう?」

 あぁ…あのギャル。返答に困ってしまう。

「本読んでますけど、毎日…淡々と」

 まさか私が毎日からかわれているとも言えず無難な返しをする。ウソは言っていない。

「意外ね、私の現代文の授業は大抵寝てるんだけどな」

 不真面目な生徒、でも想像通りではある。

 

 カギをポケットにしまって部室に向かう。苦労して取ってきたカギを差し込む。私がドアノブに手を付ける前に内側から開けられる。

「どう、驚いたでしょ!」

 例のギャルが飛び出してくる。化粧品の香りがはっきり分かるくらいに顔が近い。アホ面を引っ提げてこのギャルが文芸部に来たのは先月のこと。

 

 休眠状態だった文芸部を私が立て直してからは部員は私だけだった。

 私は落ち着いて本を読める環境ならば他の部員なんて要らないから気にもしていなかったのだけどこいつは顧問が連れてきた。最初は先生が手に負えなくて無理やり文芸部に入れたのだと思ったけど違った。どうやらいきなり入部届を書いてきたらしい。

 初めてあった時は驚いた。理由は文芸部には不似合いギャルだったからだ。髪色は抜いたのか入れたのか明るくなっていて喋り方にも知性がない。ムカつくのは国語の成績以外は私より上だと言うこと。

「なんで私がカギ取って来たのに先に部室に入ってるのよ」

 有名な推理小説で出てきたセリフを使うのはちょっと気分が良い。

「なんでって、私いつもベランダから入ってるし」

 ベランダは生徒は立ち入り禁止のはずなんだけど…。

 胸ポケットに入っている生徒証に記述してあったはずだ。生徒証を常に持ち歩いてることをバカにされるから絶対に教えてあげないけど。

 

「ふーん、そうなんだ」

 無視してブレザーの内ポケットに入れておいた文庫本を取り出す。パイプ椅子に腰を降ろして自慢の栞を抜いて途中から読み始める、そして直ぐに中断する。

「ねえ、本読まないの?」

 私はこれでも文芸部部長なのだ。ネイルの目立つ指でスマホを弄っているだけなのは無視できない。

「読んでるよ、ホラ」

 向けられた派手なケースに包まれたスマホの画面には文字が並んでいる。聞いたことがある、電子書籍というやつだ。前に何度か試そうと思ったことがあるけど、操作が分からなくて断念したのだった。

「便利だよ、使ったら?」

 お母さんとの連絡でしか使わないだいぶ電池の持たなくなった私のスマホでも使えるのだろうか。

「本は紙がイチバンだから」

 あと何年この言い訳は使えるのだろう。

 

 あとがきを読み終わってしまった。閉じて机に置く。

 私の大好きな作者の作品だけあって面白かった。中に挟まっていた新刊情報の広告を見ているとため息が出てくる。実は新刊は先日出ている。欲しいのだが私の懐事情は常に寒い。当然好きな作者の作品は直ぐにでも読みたいけど古本屋に並ぶのを待つしかない。

 

「じゃじゃん、買ったんだ」

 ギャルはいつの間にか私の前にパイプ椅子を持ってきていてこちらを覗き込んでいた。手には新刊が握られている。

「この作者、ありさちゃん好きでしょ」

 ありさって呼ぶなって言ってるはずなんだけど。私のイメージから乖離した可愛らしい名前は気に入っていない。

 このギャルはわざわざメジャーじゃないのに買ってきて自慢してるのか。一瞬だけ読ませて貰いたいという気持ちが湧き出るが私の読書で鍛えた理性で我慢する。

「貸してあげようか?」

 流石にイラっとする。

「結構! 電子書籍使ってるのにわざわざ書店で買ってまで自慢したかったの?」

 隣に置いてあったカバンを掴んで立ち上がる。

 

 ・ ・ ・

 

 今日の部活はおしまい。強引だけど部長の私が終わりだと言ったら終わりなのだ。部室を出るときにカギを返していないことに気が付いたけど気にしない。

 学校から駅までの階段を一段飛ばしで降りる。カルシウム不足の骨が悲鳴を上げているけど無視。さっさと帰りたいのに信号に引っ掛かってしまう。

 

 あいつ、なんで本が好きでもないはずなのに文芸部に入ったんだろう…。

 ギャルの癖に入ってからはコーヒーを飲みながら本を無理して読んでいる。何か文芸部に魅力でもあるのだろうか。現代文の授業は寝ているって言ってたし貯蔵の文庫も読んでいない。部費を横領するとか、いや部費は常にゼロで部員も私しか居ない。

 考えても何も思いつかない。

 

「おーい、待って待って」

 後ろから私のイライラの原因が追いかけてくる。私より息が上がっていない。運動も私より得意なのか。

「ナニよ……」

 えへへと笑ってから本を差し出す。

「これ、読んだから貸してあげる。電子書籍だと貸せないと思ってさ」

 戸惑っている私の手に無理やりねじ込まれた。私はこのギャルが何を考えているのかますま分からなくなってしまった。

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