観葉植物の向こうで
路地の奥にある喫茶店。老夫婦が営んでいるカフェで学生は飲み物が割安で飲める穴場なのだ。
私の前を歩くコノミがふり返る。
「キミちゃんは席に座っていて良いよ。何飲むの? いつものかな?」
本当は席まで注文を取りに来てくれるのだが腰の悪い店主の負担を考えていつも片方が注文しに行くことにしている。
少し考えていつもと同じモノを頼む。私はよく使っていた角のテーブル席に座る。ここは大きな観葉植物で視線が遮られて居心地のよい席なのだ。
店内は中学生の時に来ていた時と変わっていない。暖かい印象の木のテーブルに暖色の間接照明。唯一変わっていたのは私達の着ている制服だけだった。
「おまたせ」
コノミはいつもは使わないトレーを使っている。
私の前に置かれたグラスにはオレンジジュースが注がれているがコノミの前にはカップにブレンドコーヒーが注がれている。火傷を気にかけてトレーを貰ったのだろう。
変わっていたのは制服だけではなかった。
「いつからコーヒーなんて飲むようになったの?」
先を越されたが冷静を装うことは忘れない。
「あれ、知らなかった? 高校に入学した後から少しづつ飲むようになったんだよ」
コノミは中学のときも私より大人の雰囲気を持ってはいたけど高校に進学してからは更に垢抜けた。
「ふーん…。委員会も順調そうだよね」
同じ委員会の上級生と楽しそうに話しているコノミの姿を見てから得体の知れない焦燥感が私の中に渦巻いていた。
「高校の委員会ってやることも多くて大変だけど、楽しいよ。キミちゃんも誘ったのにこないんだから」
確かに誘われたけどコノミと委員会なんてしたら私とコノミの秘密の関係が周りにバレてしまう。
「私はイイよ、めんどくさいし」
コノミと一緒に委員会活動をする姿を想像してしまったのは心に留めておく。
お喋りはコノミのペースで進んでいく。頭に入ってこないのはコノミの話す内容が私とコノミとの間の話じゃなくてコノミと知らない誰かとの話だからだ。
気がつくとコノミのお喋りは止まっていた。
「キミちゃん、もしかして嫉妬してるの?」
ドキリとする。自分の気持ちは嫉妬心だっただと自覚する。
顔から火が出るというのは今のような状態を表すのだろう。氷が溶けて薄まったオレンジジュースを勢いよく飲む。
「そ、そうかも……コノミが他の人と楽しそうだったから」
コノミは黙って私の肩に手を乗せる。
「えっ……」
細くて長いコノミの指が私の唇を余計なおしゃべりをしないように塞ぐ。
そのまま長い髪が机に垂れるくらい前かがみになったコノミに唇を塞がれ。
初めてのキス。
「高校生になってからって言ってたでしょ」
確かに言ったが今するとは思っていなかった。観葉植物を挟んでいるだけで個室でもないのに。
「嫌だった?」
口を魚のようにパクパクさせている私に問いかけてくる。
「嫌じゃない、むしろ良かった」
初キスの味はコーヒーだった。苦いというより少し酸っぱくて香ばしい。
「これはキミちゃんとしか出来ないことだから」
私からするつもりだった初キスは奪われてしまった。だけどコノミの気持ちは私が占領しているんだと思えて嬉しくてたまらないのだった。
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