かたおもい

 放課後を知らせるチャイムが鳴ってからどれくらい時間が経っただろう。スマホを確認するとまだ数分が経過していない。

 

「じゃあ、用事あるから」

 高くも低くもないカーストの女子グループから抜けて屋上を目指す。この高校は珍しく屋上が一部解放されている。無駄に良い生地の制服と一緒で私立の学校は無駄なことにお金を使っているのだ。

 

 階段を上り続けると汗が出てくる。もうすぐ夏なのだ。屋上に出るとすぐに屋根のついているベンチに向かう。今日もあの子は私より先に来ている。

 

「早いね、私もだいぶ早く教室を出たんだけど」

 小さな体躯だけど同級生で選択授業の美術が一緒の女の子。滑り止めで進学した私立の高校で見つけた女の子。最初は何も喋らなかったけど絵の上手さに私が驚いて話すようになったのだ。

 

「授業終わってすぐに来ただけだけど…」

 つまり、私と違って友達に話したりなどしないで屋上に来ているということ。夏は暑くて冬は寒い屋上は整った設備に反比例して人は居ない。この子は毎日屋上で絵を描いている。

 

「何を描いてるの?」

 何度目かも忘れるくらい繰り返した質問。

 

「ここから見える風景を描いてるだけだけど」

 もう何回も見たベンチから見える風景を描いている。太ももに立てかけられた無地のノートには細かいところまで描き込まれた街の風景が広がっている。

 以前に毎日同じ風景を描いているのかと質問したことを思い出す。帰ってきた返答は絵が描くのが好きなだけで何を描くのかはあんまり気にしていないというもの。

 

「あ、そうだ思い出した。今日はプレゼントあったんだ」

 カバンから駅前の文房具店の包み紙を取り出す。

 

「え、ありがと」

 びっくりしたような表情のあの子だがお礼を言って受け取ってくれる。いつも使っている妙にとんがった細いシャーペンに変わってグリップのついたシャーペンをプレゼントする。

 

「シャーペン……」

 呟いてから再び続きを描き始める。しばらく横顔を眺めて、満足してとなりでスマホを弄り始める。

 

 

 ・ ・ ・

 

 シャーペンを走らす音が聞こえなくなる。

 今日の絵は描き終わったのだろうか。絵の完成度は私が見ても良く分からない。写真のように正確に描かれているだけしかわからない。本人は毎日出来に差があるようだけど。

 

「あ、ちょっと私のあげたシャーペン使ってないじゃん!」

 そちらのほうが気になる。

「あ、うん…やっぱりグリップがあると落ち着かないしブレる」

 そうなのか、痛そうだと思っていたけどグリップが無いのはメリットがあるのか。ひとつ勉強になる。

 

「また指の皮が剥けて血が出そうになってるじゃん!」

 細い指は痛そうに皮が剥けて赤くなっている。急いでカバンから絆創膏を取り出して巻いて上げる。

 

「別に良いのに、ほっといても治るから。でも毎日こんなに遅くまで付き合ってくれるの不思議だよ」

 周りを確認すると白かった光も夕日に変わってオレンジに辺りを染めている。ここまでして私の気持ちに気が付かないなんて本当に絵に関すること以外は興味のないようだ。

 

 今日のプレゼント作戦も失敗に終わってしまった。次の計画を練らないといけない。

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