雨の日

 珍しく早く起きてしまった。

 いつもならまだ朝食代わりのゼリーを歩きながら吸っているところだろう。

 

 昨日は飛ばしすぎて疲れて逆に早く寝てしまった。暇を持て余しているけど、教室で執筆活動をするのは見られたら恥ずかしくて死んでしまう。

 

 ブックカバーに包まれた本を取り出す。ミーハーだと思われたくないが有名な賞を受賞した人気の小説。プロの書く文章に没頭する。

 

 興奮して口で呼吸していた。見られて居ないか周りを確認する。気が付くと朝の話し声が周りから聞こえてきている。

 こっそりと周りを見ると朝からうるさいリア充グループが目に入る。ごちゃごちゃと混ざった話し声が周りに飛び回っている。

 

 朝から元気だな。

 

 心の中で毒づくのはあまりに惨めだからだいぶ前に辞めたのだ。肘をついて黒板に書かれた文字を追っていると中心の話し声の中からひとつの足音が向かってくる。足音は私の後ろで止まる。

 

「ねえ、昨日なんで雨の中走ってたの?」

 ハキハキと話しかけられる。クラスメイトに話しかけられるなんて入学式の後以来かもしれない。

 

「え、いや……えっと」

 恥ずかしい。クラスメイトになんで緊張してるんだろう。

 

「隣の校舎との間の渡り道を走ってたでしょう」

 あ、それか。

 

 あの時は文芸部の部室に早く行きたくて外を走って抜けたのだ。屋根のある渡り廊下は少し遠いのだ。思っていたより雨が強くてひとしきり濡れてしまったけど濡れることより頭に浮かんでいたアイデアが消えてしまうことのほうが嫌だった。まさか見られているなんて。

 

「うん…部室に近くてね、それで」

 まずい、ちょっと気持ち悪いやつみたいに思われたかも。話しかけてきたリア充は私と並んだら私より低い背をしているだろう。それに着ている制服は同じはずなのにどこかキラキラして見えるのは何でなんだろう。

 

「そうなんだ、部活が好きなんだね」

 それだけ言うと中心に戻っていく。

 

 どうしても気になって聞き耳を立ててしまう。

「どうしたの急に?」

「ちょっと気になったことあってね、聞いただけ」

「あんた、そういう不思議ちゃんなとこあるよね」

 そしてまたごちゃごちゃと混ざった話が再開される。

 

 

 ・ ・ ・

 

 毎日、あのクラスメイトに話しかけられるようになった。私とリア充、並ぶと差が浮き出るような気がして嫌だけど邪険にすることも出来ない。

 

 最初はひとこと、ふたことでしか話さなかったが最初の日からひと月経過した当たりで教室から部室までの僅かな数分を共有するまでに発展した。今日なんて昼食を食べていたら私の雑な髪の毛をひとつに結ばれた。こっちのほうが綺麗だと言ってくれたけど首元が露出して恥ずかしい。

 

「いつも一緒にいる人は良いの?」

「うん、みっちゃんはいつも一緒だから」

 どうして私と一緒にいてくれるんだろう。

 

「そうなんだ」

 ちょっとそっ気のない返事をしてしまったかもしれない。

 

「あ、そうだ」

 ピンク色のカバンから何かを取り出そうとしている。

 笑顔を顔いっぱいに浮かべて私に本を差し出す。外はあの日みたいにポツポツと雨が降っているのにこの子の周りだけ明るく見える。

 

「いつも本読んでるし、私の好きな本読んで欲しいなと思って」

 意外と本とか読むのか。これは貸してくれるという意味なのだろうか。ゆっくり頷いて受け取る。

 パラパラと捲ってみると恋愛小説だった。それも女の子同士で恋愛する禁断っぽいやつ。

 

 意外とアグレッシブな小説読むんだな。

「うん、ありがと。ちょっと読んでみるね」

「あ、しまった。教室にスマホ忘れた」

 淡い色のセーターのポケットを叩いてアピールしてくる。低い背を揺らして急いでスマホを取りに向かってしまう。

 

 下駄箱はすぐそこだ。別に待っていてと言われていたわけでも無いけど帰るのは悪いだろうか。

 廊下の壁に背をつける。向かいの窓から分厚い黒い雲を眺める。

 

 どうせ、雨も降ってるし。傘を一緒に入って隣の校舎まで行けばいいか。ひとつに結ばれた髪の毛を撫でてみる。

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