正体不明のこの気持ち
眩しい程の照明に照らされたステージの上には明るいピンクのロングヘアでぱっちり二重の女の子が満面の笑みで楽しそうにダンスをしている。観客は皆一様に視線をステージの上の美少女に向けている。私もその中の一人。いくつもの音符が弾けてゲージに溜まっていく。
換気の悪い店内。
それも当たり前でここは元々は倉庫だった建物を買い取って建て替えられたゲームセンター。最新のゲームはほとんど入っておらずソフトウェアの更新で対応が可能なビデオゲームとモーターの駆動音がうるさいクレーンゲーム、そして極めつけはカーテンがひび割れて黄ばんでいるプリクラしか設置されていない。
当然、広い駐車場と店内はほとんどお客さんはいない。お客さんどころか店員らしき人も私がここに通い始めてからほとんど見ていない。どうやって利益を出しているのか見当もつかない。
薄暗い店内に似合わないピンクとイエローを基調とした筐体。
子供向けに設計されているため、制服が体に馴染んできた高校生の私はいつも無理な姿勢を強要される。画面にはさっきまでダンスをして観客を楽しませていた美少女が手を振っている。私が選んだ完璧なコーディネートはやはり良い。
画面が切り替わる時に一瞬暗くなった画面に自分の容姿が映る。
中学の時から伸ばしっぱなしの良く言うと黒髪のストレートヘア、まだ覚えていない化粧のせいなのか地味という評価を自分で下さないといけないのが悲しくなる。
後ろで待っている彩香はじっとりとした目でこちらを見ている。私を憐れんでいる目をしている。
「あんたね、そんな子供向けのゲームに必死になって……」
彩香の目線は筐体の横の注意書きに移動している。大きなポップ体で”良い子のゲームの遊び方”というタイトルを眺めている。
「アイパラは良く出来たゲームなんだから、高校生がやっても良いんだって。恥ずかしくて人目のつかないここでしか出来ないから新弾を追加してくれるまで待ってたんだし」
大手のゲームセンターなどでは数週間前には追加されている新弾のイベントだが、私は今日が初参戦、積まれた百円硬貨は気が付くとなくなっていた。
「まあ、良いけど……あんた、このままだとカレシも出来ないで制服を脱ぐことになるよ」
非常に痛いところを突かれる。
こいつだってカレシは作っていないはずなのに、私とカーストだって変わらないはずなのに何だか違うのだ。同じ芋でも彩香は泥などついていなくて木箱に梱包されていそうなのだった。
・ ・ ・
同じクラスで隣の席だった彩香。
人に自分から話しかけられない性格の私は挨拶程度しか交わさない関係だったけど、放課後に学校近くの書店であった時に関係は変わった。
私が楽しみにしていたアイパラの特典カードが付いた子供向け雑誌を彩香が先に買おうとしていたのだ。田舎の小さな書店。そんなに多くの数を入荷していないことは知っていた。案の定、平積みされたスペースには雑誌は残っていなかった。ゲット出来なかったという悲しさよりアイパラ仲間が出来るのでは、という期待で声を掛けていた。
「……あのぉ、アイパラ好きなんですか?……」
非常に気持ちの悪い声かけだったと思う。社交的と言える彩香でも私が同じ高校の制服を着ていなかったら逃げていたと思う。
数秒の沈黙の後。
「……いや、妹がこの雑誌いつも買っててね。今日は代わりにね」
終わった。気持ち悪い声かけをしてしまっただけに留まらず、恥ずかしい趣味まで知られてしまった。
しかし、その事件があったおかげでゼロだった友達がひとり増えたのだった。
・ ・ ・
ゲームセンターの長い駐車場を歩いて抜ける。
外は同じ薄暗さでも綺麗な夕日色に染まっていた。彩香の横を並んで歩いているのだが、わざと半歩遅らせて少し後ろを歩く。
バレないように彩香の全身を確かめる。彩香は派手という訳では無いけど細かい所が私と違って垢抜けているのだ。実際にクラスメイトとも上手にコミュニケーションが行えていて頻繁に頼まれごとをしている。
何が私と違うのだろうか。
私より少しだけ短いスカート丈、私は膝よりちょっと下で彩香は膝より少し上。制服は学校指定のモノを着ているのに何故か彩香はスタイルが良く見えるのだ。それは私より頭ひとつ分高い身長が演出しているのだろうか、考えれば考えるほど気になってしまう。
でも、一番気になるのは私の胸の中にある正体不明で体感したことの無い気持ち……。
彩香が急に立ち止まってこちらに振り向く。肩までのショートヘアが遠心力で膨らむ、ふわっとしたトリートメントの匂いが香る。
「ねえ、ちょっと寄り道しようよ」
夕日に背を向けて逆光になっているはずなのに彩香の白い歯は輝いている。
「いいけど、あんまり高いお店とかはダメだからね」
普通ならばゲームで浪費している私に文句のひとつでも言ってくるはずだけど彩香はそこには口を出してこない。
結局、近くのコンビニのイートインで簡単な飲み物を飲むことになった。
私は背伸びをしていると思われないように平然とした顔でコーヒーを飲む。いつもはミルクと砂糖を入れてクリーム色になったコーヒーを飲むのだが彩香の前では大人ぶることが常だ。彩香はマンゴースムージーという南国感が抜群の飲み物を買っていた。
「そういえば、今度の連休に新しく出来たアウトレットに行く約束忘れてないよね?」
大丈夫だしっかりとお金も予定も確保している。
「うん、あんまり興味ないけどね」
人混みもキラキラとしたお店もあまり好きではない。
「そんなつまんなそうな顔してまったく、めちゃもてコーデ選んであげるから」
これまでの私だったら貴重な休日なのでテキトーな理由を付けて回避していたはずなのに何故だろう。めんどくさいポイントは何個も出せるのに行かないという選択肢を選ぶことは出来ないのだ。
「じゃあ、これのんで」
じゃあ、の意味は分からないけど差し出されたオレンジ色のスムージーを飲む。マンゴーはフルーツの王様とは良く言ったもので甘さが全身に広がる錯覚をする。
「あっまい」
自分のコーヒーを飲む。今度は逆に苦さが襲ってくる。しかし体の中心を支配する甘さは何回コーヒーを含んでも抜けてはくれなかったのだ。
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