姉妹
お姉ちゃんのカレシ……正確には結婚相手が家に来た。
拓馬さんは銀行で働いている好青年だとお父さんとお母さんは言っている。
おっとりとしていて鈍感なお姉ちゃんがそんな素敵な人を捕まえてくるなんて両親は思っていなかっただろう。こんな時代に自然な出会いで二十代で結婚できるなんて喜ばしいことなのだろう、みんな嬉しそうに祝福している。
だけど不機嫌な私がここにひとり。
・ ・ ・
”私のお姉ちゃんが大好きです”
小学生の時に書いた作文のタイトル。小学生の時の私は今と違ってお姉ちゃんが大好きだという思いを隠していなかった。
鉛筆を忘れた私に貸してくれる時の優しい顔、決して私のことを否定しないお姉ちゃん。お姉ちゃんと中が良くて慕う私の姿は周りからも微笑ましいと思われていただろう。
だけど、中学に上がった時に私は自分の気持ちを深く考える機会が訪れた。部活の練習が終わって片付けをしている時に友人に話しかけられた。
「昨日、誰と帰ってたの? 部活の先輩じゃないみたいだったけど」
素直に答えた。お姉ちゃんの好きなところを交えながらお姉ちゃんであると。すると友人は「恋人みたいだね」と言った。
恋人。
不思議と家に帰ってもその言葉は私の頭の中をぐるぐると周っていて離れない。今までは姉妹という疑う必要もない関係だった。それはどんな二人組を表す表現よりも強力なものだと思っていた私は他の可能性なんて考えなかった。
まだ小学生の時の記憶が半分ほど残っていた当時の私でもお姉ちゃんと恋人という関係なのは違和感しかないことは分かっていた。
はっきりとしてしまったのは最後にお姉ちゃんとお風呂に入った時。
胸が水面を揺らすんじゃないかと思うくらい動く心臓。内側から熱いと感じるこの気持ちは姉妹愛などという微笑ましいものでは片づけられなかった。
その後は時間が解決してくれると思って知らないふりをした。ちょっとおかしいだけ、傷が治るようにこの気持ちも治るだろう。
・ ・ ・
拓馬さんはお父さんとお酒を飲んでいる。漏れてくる声を聞くと楽しそうだ。
「久しぶりに一緒にお風呂入ろうか」
昔と変わらない優しい笑顔のお姉ちゃん。黙ってこくりと頷く。
給湯器が壊れて設備が変わってもサイズは変わらない湯船のサイズ。お姉ちゃんはきつそうに湯船に入ってくる。こぼれるお湯を私は眺める。
いま、私の気持ちを話したらどうなるんだろう……。
何度も思って飲み込んだことが再び胸に浮かぶ。お姉ちゃんは肩まで湯に浸かると息を吐き出す。
「拓馬さんのこと気に入らない?」
私が不機嫌なことをお姉ちゃんだけは感じていたのだ。
「そうじゃないよ、お姉ちゃんは結婚できないと思ってたから読みが外れたと思ってただけ」
拓馬さんは文句のつけようが無い。問題は私の胸の中にある。
「うふふ、拓馬さんはねえ……」
お姉ちゃんから出てくる拓馬さんの話はほとんど頭には入ってこない。代わりに入ってくるのは楽しそうに拓馬さんの話をするお姉ちゃんだった。
明確に目から涙が続けて落ちる。
「どうしたの! お腹でも痛いの?」
昔と変わらない。お姉ちゃんは私が泣くとどこかが痛いのかと聞いてくる。お姉ちゃんの中では私は変わらず妹なのだ。
「ちがうの、最近ね失恋しちゃって」
半分嘘で半分本当だった。
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