卓球台を挟んで

 ドリンクバーの機械の唸る音、防音の扉から漏れ出したくぐもった歌声。どれも私を楽しませることは無く手に持ったメロンソーダをごくりと飲む。ドリンクコーナーの横に設けられた休憩スペースで休む。


 スマホの画面を確認すると部屋を飛び出してきてから数分が経過していた。


 そろそろ戻らないと行けないかな。でも楽しくないし嫌だな。高校までずっと続けていた卓球は大学に入学するタイミングで辞めてしまった。大学からはテキトーなサークルに誘われて入っている。


 今日はサークルの飲み会の後にカラオケに来た。やっぱり帰れば良かったと後悔する。


「舞ちゃん!どうしたのこんなところで?」

 お酒で酔っぱらっているのか私のことを名前で呼んでくる柔らかい声。


「宮川さん……名前で呼ばないで欲しいのだけど」

 共通点があるからか距離が近い。


「あれ……もう部長って呼んでくれないの?さみしいー」

 部長と呼ぶのは卓球部時代に宮川さんが部長を務めていたからだ。私は卓球部のただの部員で宮川さんは部長だった。宮川さんを部長と呼んでいたのはもう二年以上前の話。今いるサークルに誘ってきたのもこの人。


「部長っていつの話をしてるのよ……」

 私がカラオケルームに戻らないことを見て、何か思いついたようだ。


「あ、そうだ~あそこ行こうよ!」

 無理やり連れていかれる。カラオケをメインにこの店では色んな設備が整っている。そのひとつに卓球台があった。

 数年ぶりにラケットを握る。安物のラケットだが懐かしい。当時の記憶が蘇ってくる。


「じゃあ、私からで良い?私が勝ったら名前で呼んで貰うからね私のことを」

 急に勝負する流れとなる。


「ちょっと、なんで急に勝負することになっているのよ……」

 こんな動きにくい格好で卓球だなんて。


「ふーん、負けるの嫌なのかな?」

 分かりやすい挑発。しかし、ピキリと響くものがある。私は部長でも無かったし副部長でも無かった、しかし卓球の腕は誰よりもあった自信がある。宮川さんにも負けるはずがない。


「いいわよ。かかってきなさい」

 上着を脱いで後ろの休憩用の椅子に掛ける。


 得点が重ねられていく。それと同時に体の動かし方を思い出していく。ラケットにボールが当たる音、振動、汗が流れ落ちる不快感。

 なんだこのラケットとラバー。全然跳ねないし粘らない。だけどそれは宮川さんも同じだった。


 急に最後の試合を思い出す。

 私の最後の試合は納得のいかない結果に終わった。あの試合に勝てば次の大会に進むことが出来た。トーナメントは残酷だ、粘った挙句負けた。もしあの試合に勝っていたら大学でも卓球を続けていたかもしれない。


「ラストだから」

 くそ、私より下手だったはずの宮川さんに負けそうになっている。そりゃもちろん練習していないのだから下手にになっているのは分かるけど負けたくない。


 ラケットが空振り負けが確定する。

 卓球台の横に座り込む。


 負けてしまった。


 汗がぽたぽたと落ちてくる。ポケットからハンカチを取り出して汗を拭う。


 肩で息をしているとうなじに冷たい感触をぶつかる。

「ひゃっ……」


 ドリンクコーナーから取ってきたのか、プラスチックのコップには半透明のスポーツドリンクが入れられていた。渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干す。


「私ね、実はちょっと練習してたんだ普段からね」

 そういうことだったのか。


「また負けちゃったよ……」

 最後の試合を思い出す。


「あの時、舞ちゃん頑張ってたわね」

 何で知っているのだろう。不思議そうに下から宮川さんの顔を見る。


「あれ、もしかして覚えてない。私、舞ちゃんの最後の試合が終わった後にスポーツドリンク持って行ってあげていたんだけど」

 全く覚えていなかった。あの時は負けたという事実を受け止めきれず放心していたのだ。


「ごめん、宮川さんだとは覚えていなくて」

 素直に謝罪しておく。


「あー、ちゃんと私が勝ったんだから名前で呼んでよ。彩って」

 そうだ宮川さんの名前は彩だった。


「彩……これからもたまに卓球しましょうね」

 ラケット新しく作るか。そう思う。

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