第38話 聖女の力
頬を流れる嫌な汗を拭う。そして隣の相棒に問う。
「白旗、上げようか? アレはファンタジー世界のデタラメ女だ。聖女様とか生暖かい人間じゃねぇよ。降参してブロジヴァイネを差し出せば命だけは助けて貰えそうだしさ」
その問いの返答はノータイムで示される。
大きく、ゆっくりとした速さで首を左右に振る。地面に転がっている槍を拾い上げ、右手で器用に回転させる。そして穂先をルナリスへ向ける。
「へへ……そうだよな? 第一ラウンド取った所で負けましたはねぇよな?」
収めた剣を右手が握る。漆黒の剣身が再び鞘から姿を現す。
「聖女の魂を全て砕く。それで俺の……俺達二人と一本の勝利だ!」
事前に決めていたハンドサインで指示を出し、ソロモンとヴィクトルが走り出す。左右に分かれて二方向からの攻撃。魔装弓を戻し柄を両手で握る。
ルナリスは右の眉を少し上げた。炎の壁が自身を中心に円の形で現れる。高温が巻き込まれたソロモンとヴィクトルに襲いかかる。
肌を焼く熱さに思わず叫び足を止めてしまうソロモンに対して、不死の相棒は立ち止まること無く突撃。ソロモンに意識が向いていて隙があったルナリスの脇腹に槍を突き刺した。
「グッ……貴様……」
更に深く、両足に力を込めて槍を押し込む。流れる血が銀色の槍を汚していく。ヴィクトルに手加減は微塵も無い。
「こ……の……吹き飛べッ!!」
左手が急速に空気を圧縮し、強力な圧力を放出。至近距離のヴィクトルを弾き飛ばす。槍を手放さなかったので、腹部に食い込んだ槍が引き抜かれて更に血が噴き出した。
炎の壁が消える。ソロモンが深手を負ったルナリスに近づきブロジヴァイネを振り下ろす。不自然な程斬った感覚が伝わってこない。
「これで二つ目か」
ルナリスが消え、二十メートルほど離れたところに無傷の姿で現れる。
特に酷い火傷は無さそうだし、まだ行けるな。――しっかし気味が悪ぃな、マジで。
ルナリスは何事も無かったかのように平然と立っていた。
「油断した。だがもうしない」
唸るような声を出し、左手を掲げる。
「今度は何をする気だ……」
瞬く間に黒雲が青空を覆う。ゴロゴロと落雷の前兆の音が真上から聞こえてくる。
「天候を操っているのか……」
「自然の力には、如何なる人間も無力」
「同感だな。――使わせるかよ!」
再び接近を試みる。その直後、雷がソロモンの正面に落ちた。光と轟音が本能的に体を停止させる。
次の一発はヴィクトルに直撃。本来電気の類いは効かないが、雷クラスになると桁違いの電圧である。その威力は鎧と本体を一部破損させ行動不能にしてしまう程だ。
――あんなの直撃したら一発だぞ。
直上、空を覆う黒雲が唸っているように聞こえる。落雷の前兆だ。
「クソッ! ……当たれぇぇぇぇ!!」
お手玉のように剣を右手から左手へ。空いた右手で異世界式ハンドガンを素早く抜き、ルナリスへ向けて必死に引き金を引く。魔装ライフルよりも小型の金属針弾が、空気の破裂に似た音と共に発射される。全てルナリスの上半身に命中。
「よし当たった!」
痛みで歪んだルナリスの元へ、弾切れの異世界式ハンドガンを戻し剣を両手で握りながら走る。背後に落ちた雷に心臓が止まりそうになりながら地面を蹴る。
正面から近づく。と見せかけてフェイント。これが吉と出た。
サイドステップの直後、ルナリスの左手から空気の塊が発射されたがこれを回避。そのままの勢いで、側面からルナリスを斬る。
身を斬られた激痛で悲鳴を上げて倒れる彼女に追い討ちは掛けなかった。
地面に伏した彼女は透明になるようにして消えた。そして離れた場所に音も無く現れる。
不気味だ。痛みで悲鳴を上げているのに、平然と立っているなんて。
――手が、震え始めてきた。その震えがブロジヴァイネに伝わっていく。
ルナリスは白旗を揚げるつもりは無い。膝を折って左手を地面に付けた。
「今度は地面か?」
直感的に一瞬地面に視線を落としてから今居る場所から動く。その直後、岩の柱が地面から突き出てきた。
「うわっ!? こんな技が!?」
次々と岩の柱が突き出てくる。ソロモンは、急カーブや直角への進路変更を組み合わせてランダムに動き、直撃を受けずにいる。
岩塊が消えない。このままだと逃げ場が無くなるな……。
荒れた呼吸で頭を回転させる。岩の柱で視界が遮られ始めているが、ルナリスの位置はまだ見失っていない。
逃げ回っていてもダメか。
一度立ち止まり、大きく息を吸ってから震える手の中の剣を握り直す。
再び地面を蹴る。今度は逃げる為では無く攻める為に。
岩の柱の間をすり抜けてルナリスの元へと走る。その先は片膝をついている彼女の真後ろ。
不意に、全身に響く衝撃と共に弾き飛ばされた。目の前に現れた岩の壁に激突したのだ。
防具を通して伝わる鈍い痛みを堪えながら体を起こした。ソロモンの双眸がルナリスを映す。――背筋が凍った。
岩の壁が消えている。ルナリスは不敵に笑っていた。左手の掌をソロモンへ向けている。
慌てて立ち上がった時には遅かった。バスケットボールよりも一回り大きい岩塊が、虚空から現れ砲弾のように発射される。それを躱しきれずに左腕に直撃した。
足を止めてしまった事が凶とでる。一瞬、岩の柱の中で進路に迷い、意識が完全にルナリスから離れてしまった。
野球ボール程の大きさの岩塊が自動小銃のように連射される。本能的に頭部を守る体勢をとる。
「グッ……クソッ……しまった……」
腕に、腹に、足に、岩塊の連射を受け続ける。防具越しに衝撃が命中した場所から響いてくる。
急に連射が止まった。今度は真下から突き出た岩の柱に打ち上げられる。五、六メートルの高さから地面に叩きつけられ、衝撃で呼吸が止まりそうになる。全身から自由が一時的に奪われ動かなくなった。
「おいおいマジかよ……」
仰向けの体、僅かにぼやけた視界に大きい岩塊が映る。消えかけた黒雲の隙間から見える青空を遮る大きさだ。
「たまったもんじゃねぇぞ」
本能と気力で強引に体を起こす。だが間に合わない。落下が始まった。物理の法則に逆らわず地面へ向かう岩塊は、真っ直ぐにソロモンの元へ。
――心臓が止まるかと思った。
岩塊が目の前で音も無く消えた。視界を遮っていた岩の柱も全て消えた。
「助かった……。でも何が起きた?」
ルナリスに槍が突き刺さっていた。背中から貫かれた槍の先が僅かに見えている。
崩れ落ちる彼女の背後、十メートル程の距離にヴィクトルが立っていた。
「投擲か。いつの間に出来るようになったんだヴィクトル」
安堵感から思わず笑いが溢れる。
剣を杖代わりにして立ち上がる。呼吸を整えて落ち着こうと意識する。
よし、もう一度!
ルナリスへと駆け出す。真っ直ぐではなく回り込むように近づく。左手を向けられても落ち着いて方向を変える。
再びルナリスを斬った。先程と同じだ。
「ナイスだヴィクトル」
ソロモンの元へ戻った相棒に声を掛ける。相棒は親指を立てた後、その場に残された槍を拾い上げる。
「どうやら聖女の能力は本人にダメージを与えると止まるらしいな。もしかするとそこに勝機があるかもしれない」
痛みはまだ引いていないが、戦う力は十分に残っている。
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