第37話 少年と聖女

 先制攻撃はルナリス。左手を高く掲げた直後その周りに氷塊が現れる。


「ガードだヴィクトル」

 指示を受け、素早く盾を構えて防御態勢を取る。ソロモンはその背後へ。


 掲げた左手を振り下ろした直後に、空中に浮いた氷塊はソロモン達へと襲いかかる。時間差で飛来する氷塊からの衝撃に踏ん張るヴィクトル。


「直撃コースから外れているのがあるな……」

 ヴィクトルの陰に隠れていたソロモンはその場を離れて後退。――それは反射神経と直感の合わせ技だった。

 離れた直後、直角に近い角度で軌道を変えた氷塊がいくつかヴィクトルの真後ろに着弾した。


 成る程、サイコキネシスみたいなものか。おっと! 危ねぇ!


 更にヴィクトルの背後へ氷塊が飛ぶ。斜めに曲線を描く物、急に真下へ落ちる物、水平方向に曲がる物、多方向からの遠距離攻撃。


「氷の塊は堅ぇから直撃すると洒落にならねぇんだよ!」

 直撃コースを避けようとしつつ剣による防御を試みる。剣の側面で受けた衝撃が両手に伝わる。頭のすぐ横を掠めて肝を冷やす。


 恐らくは魔法と聖女能力の合わせ技、何とか防げているのは全ての氷塊に適用できる訳ではないからか。初っ端からやってくれるぜ。


 遠距離攻撃に体してソロモンは距離を取ってしまった。ルナリスは氷塊を生み出しては撃ち出すを続けて、一方的に攻め続けている。ソロモンを集中狙いしている為、魔装弓での反撃の隙が無い。


 何とかこの弾幕みたいな氷塊を掻い潜って近づかないとダメか……。


 早々に劣勢のソロモン。しかしここでヴィクトルが動く。

 ターゲットから外れていたらしい相棒は防御態勢を解いて突撃をかける。

 しかし、槍のリーチに入る少し手前でヴィクトルは動きを止めた。立ち止まったわけでは無く、膝をついて動けなくなったようだ。


 攻撃が止んだ、今だ!


 ソロモンが駆け出す。ヴィクトルを迂回するように反時計回りの動きで接近する。それを横目で捉えたルナリスは飛び跳ねるように後退。回避とも取れる行動で距離を離す。


「大丈夫か?」

 相棒は立ち上がり槍を軽く揺らして返事をした。


「ダメージを受けた訳じゃなさそうだな。一時的なものか。今のは予備動作が無かったな」

 睨み合い。互いに様子を窺い合う。


「気味が悪いな、貴様の手下は」

「そうかい? そんなことは無いと思うよ」

 隣で頷く相棒に気を悪くしたのか、ルナリスは顔を引きつらせる。


 さて、どう攻めようか? 離れれば氷塊の雨、近づけば行動不能技。


 ソロモンは剣を収めて魔装弓に持ち替え、それを起動させる。腰の矢筒から矢を取り出し、光の弦に番える。


「遠距離攻撃には遠距離攻撃で対抗だ」

 番えた矢の先がルナリスに向く。向けられた方はただこちらを見つめている。弦を引く手に力が入る。


 ルナリス向かって左方向へ歩き出した。ゆっくりと、横目でこちらを見ながら余裕を見せて歩く。矢の先がそれを追いかけるように動く。

 何か狙っているのか……。


 意識を集中させ射るタイミングを計る。指に張り付いたように、矢は番えられたまま動かない。 

 いきなり、ヴィクトルが槍を手放しソロモンの肩を掴んで強引に引き寄せた。不意の出来事に張り付いた指が離れ、光の弦が明後日の方向に矢を飛ばす。


「どうしたヴィクトル!?」

 ヴィクトルはソロモンの前へ。盾の裏に装備された魔装ライフルの銃口を向ける。

 ――誰も居ない筈の場所へ向けて、誰も居ない筈の場所へ引き金を引く。


 針状の金属弾が等間隔で次々と発射される。その金属弾は六メートル程の場所の空中に浮かんでいた。


 瞬きの瞬間その理由を知る。何も無い空間にルナリス、金属弾に被弾して口から血の塊を吐き出していた。喉元に一発突き刺さり胸元に三発、太股に二発受けて片膝立ち。戦装束を血で汚している。


「バカな!? なんでこんな所に!?」

 振り返れば、矢で狙っていた方向にいた筈のルナリスは消えていた。


「瞬間移動……。いやヴィクトルが反応して迎撃したって事は……幻術の類いか!」

 ヴィクトルは一度頷いてから親指を立てる。


 藻掻くように地面に倒れ込むルナリス。ソロモンは安堵よりも焦る。


「決着はついた! シナノガワさん、彼女の治療を!」

「分かったわ!」

 駆け出そうとするシナノガワ。しかしそれをエフアドが強引に止めた。


「必要無い! ソロモンさん、勝負はここからだ! まだ決着がついていない!!」

 エフアドが叫ぶ。その声にギャラリーがざわつき始める。


 何かに気付いたヴィクトルがソロモンの腕を引っ張る。視線が自分に向いた所で指を指す。その方向にソロモンの視線が誘導された。


「な……何だと!? どういうことだ!?」

 その先に居たのはルナリス。無傷で、戦装束の血の汚れも無い。堂々と立っている。


「さっき倒れていたところには誰も居ない……。幻だったということか!?」

「違う! ブリンガランの聖女が持つ特性なんだ!」

「どういうことですかエフアドさん!!」


 事情を知っているらしいエフアドに問う。解答を遮ったのはルナリス。


「その男は詳しそうだな。私は決して一人で戦っている訳では無い、ということだ。おい説明してやれ」


 一人じゃない……だと。


「他の誰かから殺されるときに限り、継承されてきた他の聖女の魂を身代わりとして自らの死を回避する。その場合身代わりになった魂は消滅し、その魂が持っていた力は使えなくなる。ソロモンさん、これが聖女の全てを相手にするということなんだ」

「今までの聖女の人数分殺さなきゃダメって話か!?」

「そうだ。この戦いは私達の決戦。魂が尽きぬ限り戦い続ける定め」


 おいおいおい冗談だろ冗談じゃねぇぞそんな殺し合いをやるつもりなんてないんだよこっちはよぉ。


 両手が、いや全身が震え出す。今まで一体何人の聖女が生まれたのか? その聖女達はどんな力を持っていたのか? 


 たった一人、たかが一人分の魂を砕いただけ。だからまだ戦い続ける。彼女はそう言っているのだ。

 天命はまだ続いている。

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