第36話 聖女の全て

「これはどういうことだ?」

 八台の馬車が近づいてきたと思ったら、それは全て旅客用で中からゾロゾロと人が降りてくる。


「武装しているわけじゃないみたいだから、俺と戦う為に来たって事はないだろうが……」

 身なりや性別は様々だが、共通しているのは武器を持っていないのとどこか緩んだ雰囲気だ、ということだ。


「シナノガワさんよ、あの人達は何だ?」

「あ~多分見物で来た人達だと思う。さっきそんな話が……」

「全員帰らせろよ。周囲に迷惑を掛けないようにって配慮したんだぞ」


 見世物じゃねーぞ!


「それについてはすまないと思っている」

「見世物じゃねーぞ、今すぐ帰らせろよ」

 前に出てきたブリンガランの聖女ルナリス。彼女は以前出会った時とは装いが全然違っている。


 ルナリスと以前出会った時、彼女は動き易いブラウンの旅装束姿だった。シンプルなアクセサリーをいくつか身に付けていて、どこにでも居そうな旅人といった印象だ。しかし今回の彼女はそれとは正反対と言ってもいい。


 蒼いロングヘアーに合わせているのか、ブラウスとロングスカートは濃紺。黒の編み上げブーツに黒いソックス。紫色のイヤリング。頭には力の神ブリンガランの紋章を意匠に取り入れた白銀のティアラ。左手にだけ黒い手袋。右手には杖、右手首に宝石らしきものが規則的に並んだ金色の腕輪。首にも大きめの宝石らしきものが付いたチョーカーがあり、更に膨らんだ胸元にペンダントが輝いている。


 格式高いダンスパーティに出席しても違和感が無いどころが、紳士達の視線を独り占めするだろう。どう見ても戦装束には見えない。完全に場違い、来るところを間違えている様にしか見えない格好である。


「私も邪魔になると強く言ったのだが、彼等は聞かないのだ」

 その彼等は熱気に包まれていた。


「天命の人と戦うって話じゃ見逃せないぜ」

「聖女殺しの天命ってあの少年の事なの?」

「ルナリス様美しすぎ!」


 勝手に騒ぎ出す連中に不快感を込めた睨みをぶつけるが、彼等に効果は無い。


「良く見れば追加の馬車が二台近づいてきているし、アホかコイツ等。巻き込まれても知らねーぞ。で? アンタのその格好は何だ?」

「これはブリンガランの聖女が決戦に臨む為の衣装だ。何も問題は無い」

「本気で言っているのか?」

「本気だ」


 マジかよ。防具の一つも身に付けてねぇぞ。着ている服が何かファンタジーな力で鎧以上の防御力を持っているっていうなら別だが。


 ヴィクトルはどう考えているか不明。置物状態で、仮面の内側から戦装束と言い張るルナリスを凝視している。

 そんな中呑気に聞こえる声がソロモンに掛けられた。


「ややっ!? キミはソロモンさんじゃないですか~」

 振り向けばそこには以前出会った商人のエフアドがいた。


「エフアドさんも見物に来たんですか?」

「そうなんだよね~。ランガートルを討伐した人って聞いたからさ~。……あれ? もしかして聖女ルナリスの相手ってキミ?」


「実はそうなんだ。この剣の縁でさ」

「へ~そうなんだ~」

 エフアドはソロモンの左腰に視線を移した。


「まさかとは思ったがソロモン卿の剣がそうだったか」

「マクセルさんも来てたんですか」


 先日カボチャの種を賭けて戦った男だ。


「偶々町に来ていてな。聖女ルナリスが聖女殺しと戦うという話を聞いてきたんだが。すまない、私が余計なことを言ったからこうなったかもしれない」

「どういうことです?」

「聖女ルナリスが黒い剣を探しているという話を以前耳にしていたんだ。ソロモン卿と手合わせした時、それらしい剣を使ってたようだからその話を本人にしてしまった」

「あ~はいはいそういうことね」


 すぐに合点がいった。


「別にマクセルさんが悪いとかそういう事じゃないよ。神様のお導き的なヤツだからさ、しょーがないよ。気にしないで」

「ありがとう。卿の勝利を願っているよ」

ほっとしたようなマクセル。


 でも巻き込まれても知らんよ俺は。


「北方大陸から来たと聞いたが知り合いが居たのか? まあいい。彼等に危害が及ばないようにするから、何の憂いも無く戦える」

 まるで心を読まれたかのようなタイミングだ。


「それは本当か?」

 彼女は杖の側面に右手で触れると小さな針状の物体が現れた。どうやら小さな窪みになっている部分にはめ込まれていたようだ。それを親指と人差し指で摘まみ自らの唇に触れさせると、ダーツを投げるように真下へと放つ。その着地点を中心とした半径が三百メートルくらいの光の円が現れた。


「これは……結界か……?」

「そうだ。元は相手を逃がさない為の力だったんだが、自分以外の人間を守る力と融合していてな。一度発動すると時間が経つまで任意に解除が出来ないが、私が死んでも維持し続ける。この中なら彼等は大丈夫だ」


 複数持つ力の一つか。便利な力だな。少なくともこの世界の魔装工学から外れているのは間違いないなさそうだ。


「其方こそそんな貧弱な装備で大丈夫なのか?」

 ソロモンは軽鎧とフルグリーブに籠手、剣とナイフに魔装弓、兵士か護衛業者に見えるスタンダードな装備。ヴィクトルは買ったばかりのピカピカな槍と鎧、裏に射撃武器が付いている大型の盾を装備。出かける時は必ずこの格好。何時でも戦える準備はできている。


「使い慣れてるから問題無し、だ」

 ソロモンもハッキリと言い放つ。


「よし、始めよう。私達が待ち続けた決着を」

 ルナリスは後ろへ小さく跳ねた後、見上げなければ見えない程の高い跳躍で更に距離を取った。スカートが捲れ上がらないように両手――右手は人差し指と中指――で摘まんで静かに着地。見物人から歓声が上がる。


「ソロモン! ルールはただ一つ、どちらかの命が尽きるまで戦い続けることだ!」

「死ぬまでやるつもりはねーよ! そういうのはもう間に合ってる! 殺し合いを望んだ訳じゃない。そのつもりでこの場に立ってはいない!」


 語気を強める。殺しがしたいと思ってここにいる訳ではない。


「お前が最後の一人なんだ! お前を倒せば力の神ブリンガランと人の神ソルガディアスの天命に決着がつく! だから全力で戦わないと意味が無い!」


 ――本気か。


 両手を強く握る。強い緊張感が全身を駆け巡る。ハルドフィン邸で戦った事が遊びにしか思えなくなる。

 ソロモンは大きく深呼吸、心を落ち着かせつつ心の中で整理をつける。


「やると言った以上やっぱ無しとは言えない。――わかった覚悟を決める、全力で戦ってやる! やるぞヴィクトル、気合い入れろよ!」


 決意を固めたソロモンの横には不死身の相棒ヴィクトル。槍を掲げてから構えて返答とする。一人じゃない、全幅の信頼を置く存在がいつだって傍らに立っている。


「気を付けてね~今の彼女は聖女の全てだからさ~」

「どういうことです?」

「ブリンガランの聖女はもう彼女だけなんだ。当然女の子じゃないと聖女の力は発現しない。確率的な偏りで男の子ばかり生まれていたところに、一時期流行した病で何人も亡くなっちゃったらしくてさ」

「それで彼女が最後の一人だっていうのか」


「そうだよ。これは大事なことだからよく聞いて。聖女の力は女の子に発現する。その力は人によって異なっている。病気や天寿を全うして無くなった聖女は、その魂と力が別の聖女に移って継承される。これを何世代も重ねると、例えば祖母と母親の魂と力を持つ聖女や、叔母や姉、妹の魂と力を持った聖女になる。誰に継承されるかはランダムらしいけど、遠い血縁者でも継承される。だから最後の聖女は今まで継承されてきた全ての魂と力をその身に宿す」


 その言葉の意味をすぐに察した。だから全身に悪寒が走る。


「ルナリスは全ての聖女の力を使える……成る程確かに聖女の全てだ……」

「実際には聖女の力同士が融合したり、力同士の相性の悪さが原因で変質したりと正確にはそのまま継承されたとは言えないかもしれないがな。しかし私が最後の聖女で全てを継承したのは事実」


 捕捉が入ったがそれは絶望の足音が近づく言葉。


「ソルガディアスの剣は五本。その持ち主達と戦いその全てに勝利した時、二人の神の天命は終わる。戦った聖女達は勝利してきた。ソルガディアスの剣は完全に破壊しその数は四本」

「つまり五本勝負で四連勝中、完全勝利まであと一人って事か」

「そうだ」


 ルナリスは一度言葉を切って天を仰ぎ両手を広げた。

「生み出された剣は天命を廻る。そうソルガディアスの子孫達は表現した。確かに、ソルガディアスの剣は全て不可思議な道筋を辿って私達の前に現れた」


 瞳を閉じて、それはまるで演劇の一幕のように、

「権力者の手を渡り歩いた後、滅んだ王国の王子がその手に握った剣。戦乱の世で幾度となく戦場で相まみえた敵国の騎士団長が振るっていた剣。偶然出会った夜盗が知らずに振り回していた剣は、深く愛した者を斬り刻み命を奪い去った。大人しかった人間の前にある日突然空から降ってきて、狂戦士か殺戮者に変えてしまった剣もあった」


 誰もが、魅了されたようにルナリスの言葉を聞いている。それはソロモンも同じ。


「私の前に現れた最後の一本もそうだ。ブリンガランの聖女が最後の一人になったこの時代に現れた。持ち主がソルガディアスの子孫ではない誰かなのも今までと同じ。あと一回で決着というこの時に現れたのはまさに神の導き」


「おあつらえ向きの舞台の大一番で相まみえる。それが吸血剣ブロジヴァイネが天命を廻って辿った先にあるものか」


 鞘から剣を抜いた。闇が結晶化した、或いは全ての光を拒絶しているかのような漆黒の剣が姿を現す。ギャラリーの熱が上昇した。


 生き物の血を啜り鋭くなるという剣。根元から折れても知らぬ間に復元されていた剣。


 ま、この世界に来た経緯からして神様に巻き込まれている。今更だよな。


 たった一つ声を掛ける。


「付き合うぜブロジヴァイネ。勝つぞ」

 ルナリスを視界に入れたままギャラリーから離れていく。ヴィクトルはそれに追従。十分な距離を取ったところで、誰かが合図したわけではないが戦いが始まった。

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