第39話 死闘
再び聖女の力がソロモンを襲う。今度は地震だ。激しい横揺れがソロモンの体勢を崩して両腕を地面に付けさせる。ヴィクトルは槍を地面に突き刺し、それにしがみつくようにして耐えている。
「動けねぇ……。震度六……いや七クラスの地震かも……」
三半規管が揺らされ感覚が狂い始める。耐えながらも何とかルナリスから目を離さないように意識を保つ。その目は確実に彼女を捉えていた。
大災害クラスの超局地的大地震の中を、真っ直ぐに駆けてソロモンへと近づいてくる。
あの杖、仕込み杖だ!
ルナリスの左手は、右手の杖に隠されていた剣を引き抜いた。銀色で形状はレイピアに近い細身。
本人は当然地震の影響を受けないってか。相手の動きを止めてから接近戦ってとこか。
ルナリスは瞬く間に距離を詰めてソロモンの眼前に迫る。
真上から振り下ろされる刃。ブロジヴァイネで受け止める。全体重を乗せた刃を腕力と気力で押し返す。地震はいつの間にか止まり、ソロモンは再び立ち上がる。
狂気が張り付いたかのような形相のルナリスと鍔迫り合いに移行。ルナリスも意地があるのか、両足で踏ん張り拮抗状態を保つ。
ソロモンは右足を軸にして体を反時計回りに回転させ、同時に手首を捻りつつ腕を胴体へ引く。力点をずらし腹の部分で受けているルナリスの刃を滑らせる。拮抗状態が崩れた直後、右足を大きく引いてブロジヴァイネを振り切る。
武器も鎧も斬り刻む漆黒の刃が、ルナリスの剣を切断し彼女の胴体も斬る。
「はぁ……はぁ……また一つ……」
眼前で消えるルナリス。荒れた呼吸を整えながら次のルナリスを探す。
――ソロモンの頬を細い指の握り拳が強打した。
脳が震えるほどの衝撃でソロモンは吹き飛ばされる。地面に俯せの体勢になり、意識が強引に奪い取られそうになる。
一瞬で距離を詰める程の速度で走るルナリスの姿を、殴り飛ばされる直前で見た。
身体能力の強化……か。シンプルだが確かに強力な能力だ。
沼に引きずり込まれるように離れていく意識にしがみついて、何とか思考力を維持する。そんなソロモンの腹部を蹴り飛ばし、数回転して仰向けになったソロモンの腹部をブーツで踏みつける。肺の中の酸素が強制的に排出された。右手からブロジヴァイネが離れていく。
「ハハハハハハハ!!!!! やっと届いた!! アハハハハハハ!!!!!」
狂ったように何度もソロモンを踏みつける。その度に痛みと息苦しさが体と精神を握りつぶすような感覚に襲われる。
ヴィクトルが止める為に槍を投擲した。しかしそれは細指の左手で掴まれ、僅か数十センチ程の距離で穂先が止まった。
掴んだ槍を器用に半回転させて掴み直しその穂先をソロモンへ向ける。
焦点が合わなくなり始めた瞳が、狂気の色が濃い瞳と互いを映し合う。
「これで……終わり。やっと……終わり」
白い歯が見える僅かに開いた口元から流れ出る声を、ソロモンは聞いた。
――結局、一番厄介なのは単純な力だったということか。
駆け出すヴィクトル。魔装ライフルは弾切れの為、ダガーを抜いて接近戦でソロモンの救援に向かう。しかしルナリスが槍を振り下ろす方が早い。
ガギンッ! と金属がぶつかり合う高音が鳴った。その直後にソロモンから呻き声が漏れる。
「ああん!? 何だ? 死なないのか?」
槍は上半身を守る軽鎧に阻まれソロモンの肉体には届かなかった。が、衝撃が肋骨と心臓まで届く。
「防具……身に付けてて良かったよ……」
「そうか? じゃあ首だ。首だァ!!」
首元へ真っ直ぐ振り下ろされる槍。それは金属音が響いて滑った。
「防具は……大事……」
ソロモンが無理に笑う。咄嗟に首を庇った左腕には金属製の籠手が有り、急所への一撃を防いだ。但し滑った穂先が左肩に突き刺さった。
焼けるような熱を持った激痛が刺さった箇所から染み出す。幸か不幸か、この激痛が失いかけていた意識を繋ぎ止めた。
「行けッ! ヴィクトル!」
ほんの僅かな時間でも、稼いで粘れば相棒はやってくる。今の最大速度でルナリスへと向かっていく。
ルナリスは鼻を鳴らして突き出されたダガーを躱そうとする。しかし体勢を崩しかけた彼女は、一瞬だけ回避も迎撃も出来なくなった。
左足のアキレス腱と太股の境目付近を、ソロモンの右手がガッチリと掴んでいる。
咄嗟にルナリスはダガーの刃を左腕の側面で防御。刃先が数センチ刺さる。
「貴様等……」
ルナリスの右ストレートがヴィクトルの顔面を強打し、仮面を吹き飛ばす。二歩後退したヴィクトルに再び右ストレートを打ち込み、更に後退させる。間髪入れずに今度はソロモンの腹と右腕を踏みつける。
右手が離れたところで、ヴィクトルへ蹴り技を叩き込み仰向けに転倒させる。その間にソロモンは上半身を起こしながら槍を引き抜く。傷口から体温に近い血液が流れ出ていく。
「今度こそ……私の勝ちだ」
ソロモンを足蹴にし、左腕に刺さったダガーを引き抜いて逆手に持ち替えながら馬乗りになる。血走った目と視線が交差する。
――負けてたまるか! 死んでたまるか!
奪われたダガーが振り下ろされるよりも早く、痛む両腕がルナリスの肩を掴む。両腕と両手に力を込めて思いっきり引き寄せる。同時に腹筋にも力を込めて上体を起こす。
頭突きだ。額がルナリスの鼻っ柱に激突。予想外だったのか、ルナリスは一瞬思考が停止し、ダガーの切っ先の向かう先がソロモンから離れた。
互いの荒い息遣いが届く距離。マウントを取られていても抵抗を止めないソロモン。
「このッ!! ああぁぁぁぁぁッ!!!」
ソロモンの横っ面を左の拳が叩く。続けて右手のダガーを振り上げる。その手首を、ヴィクトルが背後から金属製グローブで包まれた右手で掴む。
表情の無い髑髏の顔が見下ろす。左手の大盾を振り子のように大きく振って、側面をルナリスの側頭部へ衝突させる。更に真上へ大盾を持ち上げて、頭部へと振り下ろす。どちらも直撃だ。
ルナリスが消えた。魂を一つ砕いた証だ。
差し出されるヴィクトルの手を取って、ソロモンが立ち上がる。両足に力が入りきらないのか、真っ直ぐ立てずふらつく。左肩から流れ出る血が腕を伝って手首まで届く。意識もイマイチハッキリとしないが、思考力はまだ残っている。
「負傷しちまった。ヴィクトルは……相変わらずか」
ヴィクトルに損傷は無い。近くに落ちていた槍とダガーを拾い上げ、少し離れたところにあったブロジヴァイネも拾う。
差し出された剣を受け取ったソロモンはその手を下げる。
「聖女は未だ健在、か」
怪我一つ無い姿でルナリスは立っていた。
「これだけは使わないように、と思っていたけれど。貴方達に勝つ為にはそんなことを言ってられないようね……」
狂気が消えた代わりに、冷たい光が宿ったかのような目でソロモンとヴィクトルを見る。
「最後の一人……全てを賭けなければ勝てない。そういう相手が導かれたという事なのね」
見物人の声など戦っている三人には届かない。その姿を映すこともない。双方は目の前の敵に全神経を集中している。
膨らんだ胸元に下がるペンダントが妖しく光る。彼女の輪郭がブレたように見えたと思えば、その隣にもう一人のルナリスが現れた。
顔や体格は勿論のこと服装も全く同じ。双子と言ったら誰もが納得するだろう。
「幻覚の類いか。ヴィクトル、俺には二人見えているがどっちが本物だ?」
ソロモンが問う。ヴィクトルはすぐには回答しなかったが、ソロモンの顔を見た五秒後に回答を出した。
首を横に振り、左手の指を二本立てる。その意味を最初は分からなかった。ただ、霞始めた思考がその意味を理解するのに時間は掛からなかった。
「まさか……幻覚じゃない。『分身』か?」
今度は首を縦に振った。
「一目で見抜くか」
「そう、私達は幻なんかじゃない」
「どちらも本物」
「偽物などではなく」
「かつての聖女に与えられ、継承されてきた力の中でも異質」
「禁忌とさえ言われた力」
「全て持ってきた」
「最後の一人に勝つ為に私は使う」
淡々と声を出す二人の聖女ルナリス。鉄の味がするソロモンの口から渇いた笑いが漏れた。
「ここに来て……二対二かよ……。二対一でやっと戦えているんだぞ……。未知の能力を使う人間二人を相手にするのかよ……」
たとえ能力を完全に把握していなくても、プレイヤーとの戦いはいつも二体一と頭数で勝っていた。能力に関する事前情報もあった。
――今回は完全に未知の能力を複数持つ人間、二人を相手にしなければならなくなった。
「奥の手ってヤツ……?」
目の前に立つのは女の姿をした絶望。そんな認識がソロモンの心に注がれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます