第24話 魔物駆除 請け負います

 ソロモンはヴィクトルと共にハルドフィン家の大農園を訪れていた。案内役はベルティーナを迎えに来た一行のリーダーだ。大型貨物用馬車の御者席に三人並んで座っている。


 目的は大農園の見学と魔物の動向の調査である。世話になっている事もあって魔物の駆除を請け負った。


 現在農園の外周の外、一メートルちょっとの石垣に沿って馬車を走らせている。


「主に果物を栽培していると聞きましたが凄いですね。ちょっとした森みたいだ」

 今居る所は正確には果樹園。青々と葉を茂らせた樹木が規則的に並んでいる。今年の実りはまだ遠いからなのか、地味で寂しく見える。


「果物は魅力的だよな~。スイーツは最高の贅沢だよ」

 葡萄に桃に梨。まぁ全部無理なんだけどな。樹木だから領地まで輸送が出来ないし、苗で持ち帰っても収穫まで年単位だし。そもそも栽培の難易度が高いし。


「ハルドフィン家の果物は評判で、収穫の時期になると注文が殺到するんです。保存の利く缶詰めは遠方から買い付けに来られる方もいらっしゃいますよ」

「へぇ、そんなにかぁ。お土産に買って帰りたいな。缶詰めなら一つくらい残ってないかな?」

「在庫まではちょっと分からないですね。ただ時期的に、一般の市場に出回っている分は売り切れていると思いますよ」


 リーダーの回答にソロモンは肩を落とした。


 一部の果物は栽培量が少ない。ハルドフィン家の桃がそれに該当する。美味しいが栽培に手間が掛かる事もあって、贅沢品の地位を確立している。


 実際に栽培に当たるのは領民なので、なるべく手間が掛からない物を選びたい。というのがソロモンの方針だ。


「ま、無いならしょうがない。――おっと、目撃情報があった魔物はあれか?」

 ソロモン達の進行方向右手側、百メートル弱の距離に魔物の影。


「ん~、今まで駆除してきた魔物の中では一番魔物らしいかな」

 魔物と言っても姿形は様々。今までソロモンが戦ってきたのは、どれも元の世界の動物園やテレビ番組のアニマル特集でで見たことのある、動物に似通った魔物だ。しかし今回は違う。


 細長い四本足、楕円形に近い赤茶色の胴体、足よりもやや太いが細長いといってもいい二本の腕。腕の先端には二本のフック状の爪。顔は縦に長い菱形に近い形状で、眼球は緑の一つ目。


 ソロモンが居た元の世界では見ない形状の生物。蜘蛛に見えなくもないが、足の長さだけで二メートルを超えている。


「『ゲブスト』という魔物でして、時々出るんですよ」

「二年に一度くらいの頻度で大規模な駆除を行っていると聞きましたけど、根絶やしにした訳ではないということですね?」

「そうです。流石に森林の奥地までは行けませんから、そこで繁殖するんですよ。森林そのものを焼き払うというのは、生態系と環境のバランスを崩すリスクがあって出来ないですし」


「魔物は生き物だからしょうがないよな。俺の領地でも対策を考えないといかん」

 ソロモンは御者席から飛び降りる。ヴィクトルもその後に続く。


「ざっと十五匹か。それじゃ鍛錬も兼ねて……やりますか」

「気を付けて下さいソロモン卿。ゲブストは鋭い爪を持ちますが、最も恐ろしいのは口から吐き出す毒液です。命に関わるほど強力ではありませんが、皮膚がただれ吐き気や頭痛を引き起こします。動きはそこまで速くなく甲殻も比較的脆い方ですから、側面か背後に回り込むようにして立ち回れば単独でも狩れると思います」


「了解。へへっ、やっとファンタジー的な魔物が相手か。ヴィクトル、別れて戦うぞ。効率重視で行く。石垣に近いヤツから駆除していこう。お前は毒液効かねぇから、槍で突いてたらなんとかなるだろ」


 ヴィクトルは右手に持った槍を顔の横まで上げて、軽く数回振った。


「やるぜぇ。ロールプレイングゲームや、モンスターを相手にするアクションのゲームのキャラクターは――こんな気分で戦っていたのかもなぁ!!」


 ソロモンは強く地面を蹴る。いつもは比較的冷静に魔物と戦うが、今日は妙にテンションが高い。やる気は七割増しだ。


 ヴィクトルはいつも通りの無言で後に続く。ソロモンの動きを見てターゲットが被らないように、かつ果樹園の石垣に近い魔物へ。


 ソロモンは一番近い魔物へ駆けながら剣を抜く。黒髪を揺らして不敵に笑い、躊躇いなく斬りつける。アドバイス通りに側面に回り込んで足を一本切断し、体勢を崩して胴体が下がってきたところへ剣を突き刺す。


 吸血剣ブロジヴァイネの必殺パターンの一つ。相手を失血死に追い込むと同時に、自らの切れ味を増す恐るべき力。


 ――その力は僅か数十秒で魔物の命を喰ってしまう。


「まず一匹。次だ!」

 生き血を啜る漆黒の剣で一匹、また一匹と魔物から命を奪っていく。


「思ったより動きが遅い。楽勝だな」

 正面を避け、迎撃のつもりか振り回す細長い腕を切り落とし、足を切断して転倒させ、胴体に剣を突き刺す。

 一切の攻撃を受けず、反撃の隙を与えず、容赦せず。ソロモンは完全にこの魔物を攻略していた。


 一方ヴィクトルは、リーチの長い槍で正面から頭部を狙っていた。最大の脅威である毒液が効かず、全身をほぼ隙間無く覆う防具一式で、打撃や斬撃にも強いからこそ正面から攻撃できる。回り込むように立ち回るよりも、真正面から弱点である頭部を狙う攻めの方がいいというのがヴィクトルの判断だ。


 実際この戦い方は有効で、ソロモンよりは遅いが一匹づつ確実に仕留めている。

 四十分で駆逐完了。被害無し。


「温いな。こんな魔物ばかりなら楽勝だぜ。ま、実際の所は本当に危険なヤツを重点的に駆除しているからだろうけどさ」

 周囲に動く魔物が居ないことを確認して剣を収める。ヴィクトルも当然無事だ。


「片付きましたよ。次行きましょう」

「流石で御座いますね。ではもう一ヶ所、宜しくお願い致します」


 魔物の死骸は種類と状況によるが、今回は放置する。馬車は果樹園から離れ別の農園へと移動。


 実はそんなに離れている訳ではない。農業に適した広大な土地に集中して農地を作ったからだ。移動時間が短くなる分、魔物への対応も早い。


 十分程馬車を走らせれば隣の農園の柵が見えてきた。


「ここでは何を作っているんです?」

「豆と芋ですね。食用で栽培しています」

「確か品種はエンドウマメとナガイモだったな」


 ナガイモは帝国では流通していなかった筈だ。ナガイモも自分の領地で栽培する候補だったが不採用。

 不採用の理由は、ジャガイモが大量に流通している中で、どうせ芋でしょ? と目新しさに欠けると思ったから。自分達で食べる分には良い。しかし売って金に換えるのだから、反応が鈍くて見向きもされないのは良くない。


 その点カボチャは最高だな。北方大陸じゃ何処も栽培してないから目新しさも十分。見た目も他の野菜とは似てないから、きっと興味を持ってくれる筈だ。シェイラさんは基本的に売れそうな物は何でも買い付ける方針だから、彼女に話せば買い手に困ることは無さそうだ。


 ――あ~早く栽培して食いてぇなぁ、カボチャ。


「ソロモン卿。農園の責任者から話を聞いた所、『ランガートル』らしき魔物が目撃されたらしいです」

 興奮というよりは焦っている様子のリーダー。


「何それ? 強いの?」

「この辺りでは最も危険な魔物です。ゲブストの比じゃありません!」


 不必要な戦いは出来るだけ避ける。戦うとなれば事前に出来る限り準備をして、冷静に考え慎重に作戦を立ててから行動に移す。無茶はしても最初から無謀な戦いはしない。浅慮からは十分に離れた頭でこの世界を生きてきたし、それが異世界サバイバルゲームを勝ち抜いてきた大きな理由であった。


 それは今までの魔物に大した被害を受けること無く狩ってきたからか。それとも非生物の相棒が側に居るからか。あるいは強力な生物殺しの剣を持っているからなのか。


 ――ソロモンは取り憑かれかけていた。それは、自分自身が気付いていない長所、或いは強さを奪っていくような見えない何か。今までの自分らしくない考えが、心と精神にゆっくりと染みこんで同化するような……。

 

「ソイツも俺が始末してやるよ。何処で見たんだ? 案内してくれよ。ヴィクトルも居るんだ、余裕だぜ」

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