第25話 追いかける者

 ソロモンの発言に、その場に居た全員が黙り込む。僅かな風の音が聞こえる沈黙の後に口を開いたのはリーダーだった。


「お言葉ですがソロモン卿、流石にそれは無茶なのではないかと」

「どんな魔物でも弱点はある。そこをこの剣で狙えば倒せるさ」

 魔物は生き物。単純にブロジヴァイネを突き刺すだけで狩れるんだ。楽勝だろうよ。


「ランガートルには弱点が無いんですよ」

「弱点が無い? そんな訳あるかよ。頭とか心臓とかさ。生き物という点では俺達と同じだ、そうだろ?」


 リーダーは一呼吸おいてから説明を始める。

「言い方が悪かったようです。確かに頭部と心臓部は急所でランガートルにも有ります。しかしその急所を狙えるのか? と言えば答えは不可能です。故に――」


 一度、呼吸を整える為の間を置いて、

「弱点が無い。討伐記録は只一度だけ。遠い昔、ブリンガランの聖女の一人がその命を絶つことが出来たといいます」

 ソロモンは腕を組んで話に耳を傾けていた。


「つまりその聖女だけが勝てたと? そんな魔物今までどうしていたんだよ?」

「ランガートルは巨大な体で進行方向にある物を踏み潰し、破壊しながら進んでいくのです。討伐が不可能なので、進行方向を変える事で街や農園を守っていました。古い記録ではダルヘル王国の首都を壊滅させた、と。王城が城壁毎崩されて半壊したとも」

「暴れ回ったりはしないのか? 討伐しなくてもなんとかなるとは考えにくいんだけど」


 言葉で説明されても実感が湧かない。この世界の常識や世界観に馴染んできているとはいっても、イメージが中々固まらない。彼等との認識のズレは大きい。


「元々人間に対しても他の魔物に対しても害意が有る魔物ではないんですよ。ランガートルはただただ移動するだけ。その進行方向に何かがあっても進み続ける。何も無ければ通り過ぎるのを待てばいい。少なくともこちらから手を出そうとしなければ、自ら攻撃を仕掛けてくることはないのです。余程しつこく攻め立てなければ反撃もありません」


 彼等が経験から導き出した答え。討伐することが必ずしも正解とは限らない。


「まぁそんなに頻繁に来る訳ではないんですけどね。前回来たのは十年前程前ですし。今回もまだそれらしき魔物を見たという話が出たという段階です」


 ソロモンは不服そうに腕を組んで話に耳を傾けている。


 ――見てみてぇな。その魔物。


 やはり、取り憑かれている。


 ある種の防衛本能が理性と思考と噛み合っていた筈だった。けれど今、この瞬間は完全に外れてしまっている。

 身を守る為の危機感が、今この瞬間消え去った。


「よし、ちょっと見に行ってくる。どうせ誰かが確認しに行かなきゃならないんだろ?」

「それはそうですが……」

 リーダーは反論しようとしたようだが、結局折れたような形でソロモンに同意した。


 馬車を走らせて目撃情報があった場所まで移動する。農園から離れたところにある丘陵地帯の先まで、二頭引きの馬車は軽快に進んでいく。乗っているのはリーダーとソロモン、ヴィクトルの三人だ。


 リーダーは地図と方位磁針に意識を集中させている。農園との位置関係に神経を尖らせているようだ。

 起伏こそ大きいが馬車が動き回れないほどではない。雑草が絨毯のように茂る丘陵地帯、背が高い植物は無く見通しは良い。


 暖かい風が吹き抜けている。その中に魔物の姿は無い。リーダーは一旦馬車を停めて、再び地図とにらめっこを始めた。


「なんだあれは?」

 最初に気が付いたのはソロモンだった。丘陵地帯の更に向こう、地図では樹海と記されている方向。


「見てくれあそこ! 木が薙ぎ倒されているぞ!」

 ソロモンが指差す方向にリーダーとヴィクトルが注目する。立ち並ぶ木々の列に空白があった。


 近づいて調べてみると、そこだけではなかった。樹海の奥へと向かって一直線、整備されていない雑な道のように開けていた。


「なんだこれ。まるで力任せに木をへし折ったみたいだぞ」

「倒れた木が押し潰されていますし、下草も平べったい物で押し潰されたようになっています。決定的なのは彼が見つけたこの足跡ですね」


 ヴィクトルが槍の先を地面に向けて示す。そこには角が丸い四角に五本の突起がついた形状の痕跡。大きさは成人男性の五人分以上。


「間違いありません。これはランガートルの足跡です。この樹海を突っ切って移動していたんです」

「巨大な魔物とは聞いたが、まさか樹海に道を作るようなヤツだとは思わなかった。想像していたよりもデカいらしいな」


 チェーンソーでも時間が掛かりそうな太さの木だぞ? こんなことが出来る生き物なんて俺の世界には居ない。古代の恐竜だってこんなことは出来ないだろうよ。


 ――流石はファンタジーな世界といったところか。


「この方向なら我々の生活圏から外れています。問題は無さそうですね」

 リーダーは安堵した表情に変わった。


「でも途中で方向を変えられたら不味いだろ? ちょっと見に行ってくるよ」

「どうしてもと言うなら止めませんが……」

 リーダーは制止するのを諦めたようだ。


「気を付けて下さいソロモン卿。この先は人が踏み入れない領域、ランガートル以外の魔物だって生息しています」

「分かってる分かってる。来た道を戻れば迷子にはならん。地図も方位磁針も持っているしな。二時間で戻ってくるよ。行くぞヴィクトル」

「ランガートルの移動速度は非常に遅いので、逃げ切るのは難しくありません。危険と判断すればすぐに逃げて下さい」

「おう、分かった」


 不死の相棒を連れてソロモンは樹海の奥へと足を踏み入れる。躊躇は無い。心には好奇心と冒険心が取り憑いていた。


 ランガートルが通った道を進んでいく。途中で方向を変えた形跡が無く一本道だ。


「何か不思議というか違和感があるな。小さな虫はいくらでも見かけるけど、他の生き物が見当たらない。魔物どころが鳥の一匹だって見かけない。何より静かすぎる」


 以前にも似たようなことがあった。自分の領地に大量に魔物が現れたのに、いきなり消えてしまった話。一人目のプレイヤー、ビーストトランスのミサチと戦った時の事だ。


 ――あの時も妙に静かすぎた。同じような気がする。


 根っこが地面から顔を出すほど強い力で押し倒された痕跡の横を、二人はジグザグに、だけど真っ直ぐに進んでいく。横に倒された木は難を逃れた木にのしかかり、前に倒された木は幹の真ん中から踏み潰され真っ二つ。明らかに普通の痕跡では無い。

 三十分ほど歩いた。木々の切れ目というか岩場に出る。フルグリーブの足の裏から、土とは違う堅い感触が伝わってくる。


 目の前の巨岩に背中を預けて地図を開いた。今居る場所は樹海の先の岩場。右手側に険しい山岳地帯、左手側には樹海。ここは滅多のことでは人間が踏み入れない大自然の領域。


「足跡とか残ってないか?」

 視線を岩の地面に向けて歩く。所々に小さな雑草が仲間に取り残されたように生えていた。日当たり良好だからか苔の類いは見当たらない。


「分かんねぇな。ヴィクトルの方はどうだ? ……どうしたヴィクトル?」

 相棒は巨岩の一部分を凝視していた。灰色の一枚岩、岩場にあっても違和感が無い。ここにあっても不思議ではなく、ソロモンがたいして気にしなかったのに相棒は足跡探しを放棄している。


「何かあったのか……あ? これは……まさか宝石か!?」

 ヴィクトルの視線の先にあった物は、巨岩の端の方に半分埋まった深緑の球体。日の光を浴びて控えめに光る。大きさはソロモンの体の半分と少し、とんでもない大きさの物だ。持ち帰って売れば、領地開拓に注ぎ込んでもお釣りが来る値段が付けられるだろう。


 ――但し、それが本物の宝石ならば、だが。


 深緑の球体が、僅かに左右に動く。触れようとしたソロモンの手が一瞬止まる。その直後、巨岩が浮かび上がった。


 本能的に後退する二人。突然のことにソロモンは言葉を失ってその様子を見ている。


 正確には浮かび上がったというより持ち上がったと言うべきだろう。四本の太い柱が持ち上げたのだ。

 その柱が四本の『足』だと気が付くのに時間が掛かった。その事に気が付いた瞬間、ソロモンは全てを理解した。勿論ヴィクトルもだ。


 ――これは岩ではなく魔物。巨大な生物なのだ、と。宝石だと思った球体は『眼球』。口を開けて固まっている、ちっぽけなソロモンとヴィクトルを見下ろしていた。

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