第23話 面倒な客人だ

 次の日、ソロモンはハルドフィン邸の庭先で飛び跳ねていた。


「カボチャ! カボチャ! これだけあれば来年の秋頃は食べ放題だぞぉ」

「そんなに好きなのか? 美味しいから私も好物だが」

 約束取りにカボチャの種を運んできたマクセルは、歓喜のソロモンを不思議そうに見ている。実はベルティーナに会いに来る口実も兼ねて自ら運んできたことを、ソロモンは全く気付いていない。


 種は小さめの革袋に詰め込まれている。中身と日付が書かれているので管理はしやすいだろう。一袋当たりの量は少なめだが袋の数自体が非常に多く、運びやすさを重視している。全て植えれば、ソロモンが毎日三十個食べ続けても一年間は貯蔵庫が空になることはない程の実りが待っている事だろう。


「処理はしているから来年蒔いても芽は出るが、今から帰っても種蒔きは間に合うと思うのだが?」

「俺の領地は未開拓で、この間やっと手を付けたばかりなんだ。水源の確保から躓きかけたような所だから、今年から農業は無理だよ。そもそも領民が居ないし」


 マクセルはポカンと口を開けて、

「失礼だがソロモン卿はどういう経緯で領主に? もしや一世代目の領主?」

「一応引き継ぎだけど、代々の領主が領地をほったらかしてたんだ。領民自体元から居なかったらしい。まぁ色々事情があったと聞いた」


 マクセルは少し考えてから、そちらも色々あるのだなとだけ言って深く突っ込むことはなかった。


「そうだこれも渡さねば。カボチャの栽培方法が描かれている本だが、一般には出回っていない。実際に栽培を続けてきた当家のノウハウが詰め込まれている」

「えっ、いいの? 喉から手が出るほど欲しいけど貰っても?」

「構わん。何世代にも渡って当家の懐と胃袋を支えてきた自慢のカボチャだぞ? 下手な栽培をされて全滅でもされたら胸糞が悪い」


 やだーこの兄さんめっちゃ良い奴。好感度高いわ~。


「有り難く頂戴します」

 マクセルは誇らしい顔で腕を組み、新しいオモチャを貰った子供のようなソロモンを見ていた。


 その日のお昼前。昼食にはまだ早い時間に、とんでもないことを言い出す客人がハルドフィン邸にやってきた。曰く、

「ソロモン卿とやらに勝てば、ベルティーナ嬢と結婚を前提としたお付き合いをさせてもらえる」


 その場に居た全員が言葉を失った。特に、結婚をする気が無いお嬢様と名指しされたソロモンは、最初全く意味が分からなかった。

 そのような話をした覚えは無いとカーノルドは主張している。他の関係者も同じだ。


「どうやらソロモン卿とマクセル殿が勝負をした話が、おかしな方向に膨れ上がったようだな」

「迷惑千万だ。ベルティーナさんは特に迷惑だろう」

 更に困った事にこの来客はそこらの一般人などではなく、相応の歴史を持つ南西大陸の名家の跡取り息子で、お見合い申し込み済み。下手な対応は後々面倒な事になりかねない相手だという。


 カーノルドとミレイユ夫人が応対している。ベルティーナは同席しているが、ソロモンとマクセルは席を外して別室で紅茶に口を付けていた。ヴィクトルもソロモンの横の席でオブジェクト化している。


「コルストン家か。あの家、私のワイザル家よりも数段格上だよ」

「そうなのか? こっちの大陸の事情には疎くてさ。結構大きい相手かい?」

「歴史の長い一族さ。七代前のダルヘル王家に嫁いだ娘が居たとも聞く。今は内政官をしている者が何人かいるな。内一人は大臣職だ」


 一族ぐるみで内政干渉をやってそうで怖いなぁ。


「プライド高そう。さっきも嫁に貰ってやるみたいなことを言ってたし」

 ――正直俺が苦手なタイプだ。


「ここだけの話だが私はあの一族は好かない。当家と遺恨があった訳ではないが、何かと国政に関わっている事を口に出す嫌な連中だ」

「うわぁ本当に面倒臭そう」

「私も少なからずそう思うことはある。卿は北方大陸だから関わらなくて済むだろうが、こちらは違う」


 俺は現在進行形で巻き込まれ掛かっている訳だが。


「相手をしてやったらどうだ? 私に勝ったソロモン卿なら余裕で勝てる相手だよ。長男のヘイザーが来ているが、彼は勉学は兎も角武芸はからっきしだ。コルストン家は昔から内政官としては有能かもしれないが、騎士団長には不向きな一族とよく言われている」

「騎士団長ねぇ。ダルヘルには騎士様がいらっしゃるので?」

「気にするところはそこか? フェデスツァート帝国には騎士団は無いのか?」

「無いよ。治安維持や国防は軍隊の仕事。将軍は居ても騎士団長は居ない」


 国が違えば文化も違う。そもそも兵隊と騎士というのは、役割が被る部分があるのにどういう経緯で分かれたんだろう? 兵隊が居る国と騎士がいる国が出来た差は何だったのだろうな。帝国のお隣の聖エストール王国は軍隊も騎士団もあるという。


 ――この世界の国の歴史、勉強してみても面白いかもな。


「騎士が珍しいか? まぁ騎士かブリンガランの聖女様でもなければ、卿に勝てる者はそうそう居ないだろう」

「白状するけど腕前で勝ったとは限らないぞ。この剣が普通じゃないだけさ」

 軽く二回、腰の剣を叩く。


「私も気になっていた。腕利きの鍛冶職人に見せたが、どんなに鋭利な刃物でもあの様な切断面にはならないという。物体の形状的に有り得ないらしいぞ」

「物理的に有り得ない事を起こす。正に魔剣だな」


 使っているから分かる。絶対に相手をしたくない。


「何処からそのような剣を手に入れたんだ?」

「流しの行商人から買った。銀貨五十枚でね。騙されたと思って買ったらマジでヤバい剣だったという話よ」


 マクセルはまたぽかんと口を開けて、

「金貨の間違いではないのか?」

「間違いじゃないんだなぁこれが」

 事実しか言っていない。時に不思議なことは起こるものだ。


 ドアをノックする音で二人の雑談は中断した。


「お呼びか、こりぁ一勝負しないといけないかな」

「私は卿を応援しているぞ」

「ありがとよ。それじゃ行くか」


 結論から言うと超身分が高い家の長男、ヘイザー・コルストンとタイマン勝負をすることになった。結婚を前提としてお付き合いの下りは有耶無耶にしたらしいが、ソロモンが負けたら面倒なので勝ってくれとカーノルドは言う。


「ベルティーナさんが一番の被害者だよなぁ。取り敢えずまぁ勝ってくるから安心してくださいな」

「ごめんなさいソロモン様」

「謝んなくていいよ。その必要は無し」


 ――腸が煮えくりかえっていた。


 文化の違いだから、そういう慣習だから、そう理由を付けて納得することは出来る。けれど女の子の人生を左右する大事を、彼女以外の誰かが全て決めようとしている様な気がして納得が出来ない。彼女の人生の選択は彼女自身がするべきだし、その決定権は彼女自身が行使するべきだ。


「更に気にくわねぇのは俺に何の利得も無いって事だ」


 マクセルの時はいい。カボチャの種という戦利品が提示された上で戦って勝ち、それを受け取ったからな。

 今回は何も無い。マクセルの時と同様に賭けを持ち掛けても、相手は応じるどころが怒りだし、謂われの無い罵倒を浴びせてきたし。


 ま、コルストン家が作っているのは麦とタバコ。麦は何の珍しさも無くここで手に入れようとする必要は皆無だし、タバコは俺が毛嫌いしている。お金くらいだな。金貨の一枚くらい賭けられねぇのかこの名門さんはよ。


 世話になっているハルドフィン家の皆さんに、少しでも恩返しをせねば。これが無ければ完全に無視していた。


「貴様、身の程を弁えろ! 我が一族に舐めた口を利くな!」

 ――この一言がソロモンの逆鱗に触れた。


 ソロモンはヘイザーと正対しブロジヴァイネに手を掛ける。


「何処の馬の骨とも知らんガキが首を突っ込みおって」

「無意味に巻き込んだのはそっちだろ? 他人に迷惑掛けることしかしないオッサンは、黙って部屋に引き籠もって麦でも囓ってろよ」

 言い合う相手はコルストン家の現当主。息子も態度がデカくて嫌なヤツで、この親にしてこの子ありといった印象だ。しかし当主に真っ向から対峙するソロモンに、息子のヘイザーは腰が引け始めていた。


「ソロモン卿は相当頭に来ているようだな」

「真面目で誠実なのよ、あの子はね」

 カーノルドとミレイユ夫人は涼しい顔をしているが、マーケスの顔は青ざめており、ベルティーナは不安で泣きそうな顔を無理して隠している。


「そんな顔をしないでくれ。ソロモン卿が負けることは万に一つも無いさ。ヘイザーを見てみな、手が震えて剣先が揺れている。それに対してソロモン卿は全く臆することがなく堂々としているじゃないか」


 マクセルが励ますが、ベルティーナの表情は明るくならない。


 ヘイザーの得物はレイピア、細身の両刃剣で斬撃よりも刺突を得意とする武器だ。マクセルが言う様に、握った右手が小刻みに震えている。更に顔が引きつり汗をダラダラと額や頬から垂れ流していた。


 ソロモンが剣を抜き剣先を向ければ、ヘイザーは二歩後退。完全に腰が引けていた。


 審判役は昨日に引き続きハルドフィン家の執事。遠くまで届きそうな声で開始の号令を出す。


 ソロモンの戦い方はマクセルの時とは正反対だ。号令が終わった直後から腕を自然と下げ、剣先を地面に向けて歩く。ゆっくりと距離を詰める。

 レイピアの細い切っ先がソロモンに向けられるが、全く怯む事無く近づいていく。


「ひいぃぃぃぃぃ!!! た、助けて!!!」

 漆黒の剣の攻撃範囲から二、三歩程の距離で剣を振り下ろす。それだけでヘイザーは尻餅をついて情けない叫び声を撒き散らし始める。完全に恐怖に支配されて戦意を喪失している彼の鼻先に剣を突き付ける。


 地面に横たわるレイピアを左足のかかとで踏みつけ、無言で見下ろして更に恐怖を煽る。

 決着までは一分と掛からなかった。


「そこまで! 勝者ソロモン卿!」

 敗者に掛ける言葉は無い。ソロモンは黙って剣を収めて踵を返す。その顔には勝利の喜びは無く、怒りの残滓が消えかけているくらい。


 カーノルドは勝ち誇った顔で、

「勝負は付いたようですな。本日はお引き取り願えますかな? コルストン殿」


 誰が見ても納得せずに不満そうな顔で鼻を鳴らし、

「行くぞ愚息。いつまで座り込んでいるんだこのグズが!」

 彼等は負け惜しみの一つも言わずにハルドフィン邸を後にした。


「無駄。ただただ無駄な勝負だった」

 正直な感想が口から溢れる。殺し合いでなければ、勝負事はどちらかが一方的よりも実力が伯仲している時の方が面白い。この勝負には達成感も無ければ勝利の高揚感も無い。得るものは何一つ無かった。


 マクセルとカーノルドからの賞賛の声には生返事だ。


「また同じような事がありますかね?」

 ソロモンが問う。怒りの残滓は消えたが、代わりに何も無くなった顔でカーノルドを見る。


「なんとも言えぬ。申し訳無いなソロモン卿」

「いや、お世話になっているのでこんなことで良ければご協力させて頂きます」


 自分に出来ることならば、彼等の為に何かをするのは嫌ではない。

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