第11話 船上で情報収集
ソロモンは双眼鏡を覗いていた。魔物を警戒している訳ではない。遠くの山に開けた場所があってそこを見ている。
「あれが鉱山か。他にも何ヶ所かそれらしい場所が見えるな。この山脈が鉱物資源の宝庫って話は本当らしい」
「ホルソンの経済の柱なんですよ。フェデスツァート帝国にも輸出しているようです」
リーダーが説明をしてくれている。意外とと言うと失礼だが彼は博識だ。
「金、銀、鉄に銅。その他の金属類がいくらかと宝石も出るようですね。ごく希に魔石が出ることもあるそうです」
魔石か。宝石と同じように装飾品に使われる物だったな。
魔石は魔力の結晶、つまり固体の状態で安定している魔力の事である。小さくても膨大な魔力量だが、安定し過ぎて放出や別のエネルギーへの変化を殆どしない性質がある。どうしてこのような物が出来るのか分からないので人の手で作り出せず、自然界で採れる量も極僅か。その為魔装具には使えないが、平民では手が出せない額にアクセサリーの値段を吊り上げる事には使えるという代物だ。
魔力のバッテリーである人工魔石は、それ自体が一種の魔装具で実は全くの別物である。
鉱山は山越えルートから外れた所にあるので実際に見学は出来なかったが、途中に立ち寄った宿である程度の話は聞けた。
馬や牛を動力源として滑車とロープで外に運び出している。加工場はここには無く、山脈の外に工業都市があってそこに運んでいるようだ。輸出用は基本的に鉱石のまま荷台に積んで運んでいる。
見知った事を纏めて手帳に書き込んでいく。
「何か書き物ですか?」
「うん? ああベルティーナさんか。まぁね。領地経営に役立つ事がないかと思ったんだよ。経験が無い素人だし自力で勉強していかないとどうにもならないからね」
同行した理由の一つがコレだ。機会を無駄には出来ない。
手帳にはこの旅で学んだ事が書き込まれている。役に立つかは分からないが、それでもペンを走らせてきた。
助けてくれる人は居るけども、何から何まで頼り過ぎは良くないからな。
「ソロモン様はとても勤勉ですね。私、尊敬します」
「そう? ありがとう」
褒められた。俺は新米領主として当然のことをしているだけなんだけども。――ちょっと嬉しいなぁ。
一行はホルソン山脈を無事に越えて更に南下。丘陵地帯にて六回の魔物遭遇戦を勝ち抜き港湾都市ヌーハンスに到着した。
「ここから船に乗ればゴールって訳だよね?」
「ええそうです。ベルティーナお嬢様の故郷、南西大陸のダルヘル王国ですよ。サンフォーンという港町まで船で行ったら、そこからお屋敷まで一時間くらいですね」
「やっとここまで来たか」
振り返ってみればあっという間だった気がする。
懐には手帳。まだまだ白紙のページは多いが一枚一枚びっしりと書き込まれている。
色々と話を聞けたな。さて、この先が今回の旅の真の目的だ。南西大陸に居る可能性が高い『治癒能力』らしき力を持つプレイヤーを探す。治癒魔法が無いこの世界なら絶対に噂が広がっている。南西大陸まで辿り着ければすぐに見つかるだろう。
二度目の船旅が始まった。独特な潮の香りが混じる風を甲板の上で受ける。ソロモンとヴィクトルは船首の向こうを眺めていた。
行ったことの無い未知の場所、期待と好奇心が背中を押す。
味方から遠く遠く離れた場所、恐怖と警戒心が背中を掴む。
異世界サバイバルゲームが開始されてから約十ヶ月――。ソロモンが二人撃破したので残りのプレイヤーは最大で七人。
「ここから先はアウェー戦だぜヴィクトル。気を引き締めていこうぜ」
ヴィクトルは右手を挙げて敬礼のポーズ。彼に限れば心配は無用だろう。
船はやや向かい風の中を進んでいく。余程の悪天候で無ければ二日間の航海だ。
食事時は船内のレストランが大賑わい。四ヶ所有るがどこも大盛況だ。景気良く酒瓶を開ける一団も見受けられる。
食事を済ませた後の自由時間。ヴィクトルと二人でのんびりしていると、偶々隣のテーブルに座った一行の一人から声を掛けられた。褐色肌の男性だ。これはチャンスと話を合わせていく。
「ホッホー。ソロモンさんはフェデスツァート帝国から旅をしてきたのですかー」
割と陽気で人が良さそうなこの男性の名はエフアド。気持ち良く葡萄酒を流し込んでいるようで、顔が若干赤い。
「ええ。預かっていたお嬢さんの帰郷に同行するついでに、見聞を広めようかと思いまして」
「北方大陸からご苦労な事ですねー。あ、間違ってたらご免なさい。もしやハルドフィン家の御令嬢様一行だったりします?」
――確かにベルティーナさんの家名はハルドフィンだったハズだが。
「実はそうなんですよね。もしかして割と有名……ですかね?」
エフアドは白い歯を見せて笑った。
「ハルドフィン家は南西大陸と南東大陸の名家ですからねー。御令嬢がフェデスツァート帝国で長期休暇という話が広がっていましたよー。何でも古いお城にご滞在だとか」
「古城に居たのは事実ですね」
その城の城主は俺です……とは言わないでおこう。
「ホッホー、もしや帝国では名のある方の城だったのでは?」
「いや~城だからといってもそうとは限らないですよ」
ステルダムでは俺の名前が割と広がっているらしい。別に名を売りたいわけでは無いんだけどね。
「それよりもですよ。気になったのはハルドフィン家が南西大陸と南東大陸の名家って話ですよ。同行しているお嬢さんから以前に南東大陸の名家って話を聞いたんです。生家が南西大陸のダルヘルにあるっていうんで、今向かっているところなんですが……」
縁談話の相談を受けた時の話だ。彼女は南東大陸の名家で序列が高いと聞いた。
エフアドは眉毛を上げてソロモンの様子を窺うようにグラスへ口を付けた。
「ホッホー。で、あれば同行者はベルティーナ嬢なんですねー。噂通りでしたねー」
彼はちょっと嬉しそうに話す。
本当に有名人らしいな。名家と言われるだけはある。
「何を生業にしているんですかね? その手の話を聞いたら大地主だと言ってたけど、具体的に何をしているかは本人も分かっていなかったんですよ」
詮索するようで気が引けることこの上ないが、大地主なら参考にさせてほしい。
「ダルヘルだとミレイユ夫人が牛耳っているしねー。ベルティーナ嬢は学業で長らく家を離れていたみたいだから、良く知らないのかもねー」
新しい葡萄酒の栓を開けようとしながら話を続ける。
「ダルヘルのハルドフィン家は大農園をいくつも持っているし、家畜だって数え切れないくらい居るらしい。集合住宅やお店を貸し出して、毎月凄い額のお金を貰っているって有名でねー」
「そりゃ凄い。確かに大地主だな」
ソロモンはオレンジジュースの瓶を開けて自分のグラスに注いだ。
「ハルドフィン家はねー元を辿ると南東大陸のアーシェルダン連合の盟主の家系なんだよねー」
「アーシェルダン連合?」
「そうかー北方大陸の出身者なら知らないかー」
エフアドは次の一杯を注ぎながら解説を続ける。
ソロモンは手帳を取り出して内容を記録する姿勢を見せた。
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