第10話 猿魔物

 ホルソン山脈の魔物達、その中で要注意なのは二種類。灰色の体毛と鋭い爪を持つ大型の熊魔物と、小型だが身軽ですばしっこい猿魔物だ。


 熊魔物は標高が低めの原生林周辺に出没する、単体の強さが頭一つ抜けている純粋に強い魔物。猿魔物は生息域が広く集団で行動し、攻撃性が高く悪い足場でも動き回る厄介な魔物。


 猿魔物集団にソロモン達は目を付けられたらしい。縦横無尽に駆け回り確実に距離を詰めてくる。


「運が悪いな。奴等に狙われるとは」

「被害報告がぶっちぎりの連中だろ? 確か盗賊被害よりも多いっていう」


 警戒色を強める護衛陣の判断は速い。


「この山道じゃ振り切れないですし、戦った方がいいんじゃないかと」

「そうだな。馬車を止めて排除しよう。数が多いから気を付けようぜ!」


 反対意見は無し。魔力式通信機で後方の馬車に指示を飛ばし、なるべく広い場所で馬車を止める。


 ニホンザルと同じかちょい大きめか。当てられるかな。

 ソロモンが乗る先頭の馬車が完全に停止した直後に、光の弦に矢を番えて狙う。


 先制攻撃は近い相手に命中。続けて二射目を射る。これも命中。ソロモンが魔装弓で攻撃を仕掛けている間に、他の護衛役も馬車を飛び降りて陣形を組む。


「小賢しいエテ公共だ。ヴィクトル、正面に回り込んだ三匹を片付けろ! 弾数が限られてるがライフルを使ってもいい。運が悪いのはエテ公共の方だって教えてやれ!」


 ヴィクトルは右手の槍を振って了解の合図を送り馬車の正面へ駆け出した。三匹の猿魔物がキーキーと甲高い声を出して威嚇してくるが、ヴィクトルは全く動じる素振りを見せない。ゆっくりと槍を構えて様子を窺う。


 猿魔物達は集団戦を得意としているのだろう。三匹同時に飛びかかってくるが、その内の二匹は左右に分かれて三方向からの同時攻撃。息はピッタリだ。


 対するヴィクトルは、正面から来た相手がジャンプして回避行動が取れなくなったタイミングに合わせて、槍を腹部に突き刺した。確かな手応えの後、槍を手放し流れるような動作で腰からダガーを抜く。


 ヘルムと黒い仮面の頭部に飛びかかって爪を突き立てる相手の首を、何の躊躇いも無くダガーで切り裂き命を奪う。左手の盾にしがみついた相手は、壁のような山肌に盾で押しつけて動きを封じた後に首を斬る。どちらも即死だ。


 真上から飛びかかってきた四匹目は、落下時の勢いをそのまま利用してダガーで串刺し。普通の人間ならどれか一匹は死角を突けるだろうが、ヴィクトルに対しては殆ど無意味。爪を立てられようが噛み付かれようが、怯むこと無くただただ戦闘行動をするだけだ。


 ソロモンは魔装弓から剣に切り替えて近接攻撃で迎撃を図る。魔物の血を大量に飲み込んだ漆黒の刃は、一振りで致命傷を与え温かい血液を命ごと吸い取っていく。


「おっと二対一か」

 二匹の猿魔物が甲高い声を上げながらソロモンに迫る。距離を詰めつつ二方向から狙う位置取りへ。ゴリラ魔物をヴィクトルと二人で仕留めた時と逆の状況だ。


 味方の救援を望むのは悪手……だな。


 ヴィクトルは別の五匹編成相手に立ち回りこちらの状況に気が付いていない。リーダーを中心とした護衛陣は馬車に張り付いて応戦しており動けない。ソロモンが馬車から離れてしまったため味方と分断されてしまった形だ。


 マズったな。このエテ公共、思ったよりも集団戦が上手い。頭数が減ってきてるのに撤退しないのか。


 嫌な汗が額から流れ落ちる。剣を握る手に自然と力が入っていく。


 どうする……二匹同時は……。各個撃破をかけるか。迷ったら、攻める!!


 片方に向かって踏み出す。目標の対応は距離を下がって距離を取る、だ。一見すると逃げたようにも思える動きだが――。


「……後ろかッ!!」

 ソロモンは急停止から反転。もう一匹の方は背後から襲うべく駆け出していた。


 野球をやっていると正面から飛んでくる物体の軌道が感覚で解る。その感覚はまだ消えて無くなったわけではない。


 サイドステップ、デッドボールを咄嗟に躱す動きに似た回避行動。同時に剣を水平にして飛びかかってきた敵に合わせる。


 吸血剣ブロジヴァイネ、生き物の血を啜る漆黒の魔剣は猿魔物の胴体をまるで紙を切るように真っ二つにしてしまった。不自然な程に斬った感覚が伝わってこない。斬られた方は狂った断末魔を撒き散らした末に絶命した。


「人間相手に使うもんじゃねぇな……」

 光を拒絶するかのような刃に刃毀れは無い。当然傷も付いていない。皮も骨も内臓も綺麗に切断していた。


 その後も何匹か斬り殺す。左右に移動しながら足を止めずに剣を振る。今日のブロジヴァイネは機嫌が良いのか、恐ろしい程簡単に魔物から命を奪っていく。最終的には猿魔物集団の八割近くを戦闘不能にしたところで決着した。幸運にも命を落とさないで済んだ猿魔物達は、蜘蛛の子を散らすように敗走していった。


 人間側に死者は出なかった。しかし負傷者が出た。重傷とまではいかなくても、暫く戦闘行為を控えた方がいいというレベルの負傷だ。


「取り敢えず何とかなったよ。安心してくれ」

 ベルティーナとメイド達は安堵の表情を見せた。


「皆さんご無事ですか?」

「怪我人が出たけど大丈夫さ」


 馬と馬車に被害は出なかった事を確認し再出発。

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