第12話 ハルドフィン家

「世界にはさ、九体の神様の逸話に関わりの深い場所っていうのが有るんだ。南東大陸には魔の神スランドゥーラが生まれた地といわれる場所があってねー」


 魔の神スランドゥーラか。異世界サバイバルゲームの主催者の一体であり、俺の左手の甲に付いている紋章の神だ。


「スランドゥーラはこの世界が創られた後に神様になった、『人界神』だったよね。もの凄く強くて知性もある魔物で、影の神ガルガヴァルが神の座に就けたっていう」


 俺が読んだ本だとその姿は、ドラゴンだったとも巨大な獅子だったともいわれているのだとか。


「ガルガヴァルはスランドゥーラにある物を守ってほしいと頼んだ。その代わりに神にする、とね。スランドゥーラはそれを了承し守護者となった。それから長い時が経ったある日、人間達はそのある物を巡って戦争を始めたのさ。今から三百年くらい前の事だ」


 エフアドの語り口が変わった。聞く者を引き寄せるような不思議な雰囲気に、ソロモンとヴィクトルは引き込まれていく。


「アーシェルダンというのは当時実在した南東大陸の国の名でね。打ち負かした国を併合して大きくなっていったんだ。まあ最終的には滅んでしまったんだけどね。正確に言うと自ら国を解体したらしいんだけども」


 ――大昔の国か。


「戦争は南西大陸と中央大陸の国も参戦したんだが、彼等にとっては不本意な形で終戦した。その後南東大陸に残った国々は自分達の結束を高める為に、アーシェルダン連合と名乗った。その当時に盟主の地位に就いた人間の名がハルドフィンだったのよ。子孫はその名を家名にしたのさ」


「それじゃあハルドフィン家は元王族?」

「いや違う。何処かの国に属する人間じゃない。中立の立場で纏め役をしてたんだよ。時代が変わるとアーシェルダン連合はその存在の意味を変えてきた。そして現代に残っている。その変化の流れの中で、ハルドフィン家は盟主としての役割を終えて、歴史の表舞台から去った。でもね――」


 グラスを傾ける。ソロモンとヴィクトルは完全に引き込まれていた。


「とても、優秀な人が居たんだなぁ。セレスティーヌっていう女性当主でさ。南東大陸で事業を始めて大儲けし、それをドンドン運用してまた儲ける。気が付けば、莫大な利益と財産を持っていてまた新たな事業を始めだす。まるで後発の同業者達を置いていくかのようにね。天才だよ、でなきゃ未来が見える力を持ってるとしか思えない。誰もがそう言った。彼女の子も孫も曾孫も、彼女ほどではないが皆優秀だったという。現在のハルドフィン家は南西大陸と中央大陸に進出していてね。ベルティーナ嬢は南西大陸に進出した一家の御令嬢だよ」


 話を聞くと想像以上に凄い一族だったんだな……。何というかスケールが違う。格が上ってことがやっと理解できた。求婚者が殺到するのも分かる。


「ハルドフィン家が超凄いってことは分かりました。で、今の話で気になる事が……」

「戦争の理由になったある物の事だね?」


 エフアドは待ってましたと言わんばかりの顔だ。


「それは『ガルガヴァルの柱』という物でね。その柱を破壊するとこの世界が崩壊するっていわれている。ガルガヴァルはこの世界を設計した神だからねぇ。そういう大事な物を守る守護者が欲しくて、スランドゥーラに話を持ち掛けたのさ」


 ソロモンは息を呑んで続きを待つ。


「これが一般に広がっている伝説……国が戦争をする程の物じゃないだろ? 考古学者や物好きな探検家が興味本位で探すだけさ。でもね、ある古文書が彼等の認識を一変させたんだ。――その古文書にはね、ガルガヴァルの柱は世界を望んだ形に作り直す装置だって書かれていたんだよ」


「世界を作り直す……? そんな物が実在しているっていうんですか?」

「有るかもしれないし無いかもしれない。古文書っていうのが、人の神ソルガディアスの日記らしくて信憑性は高いんだよね」


 ――人の神ソルガディアス。二体居る人界神のもう一体。


 ソルガディアスは大昔に実在した人間。強力な力を持って生まれた為に、ガルガヴァルが神の座に就けた。その際に寿命という人間の命の時間から解放され、数千年の時を生きることになったという。


「ソルガディアスはこの世界を永遠に旅する神様……。その旅の記録が日記や石碑という形で現存している事がある。その中にね、記述があったんだよ。それで各国が血眼になって探し始めたんだ」

「……まぁ仲の悪い国もあるだろうし、飢饉や天災のようにどんな名君でもどうしようもない事は起こりうるからなぁ」


 困った時の神頼み。どの世界にもあるもんだね。


「結局見つからなかったそうだ。可能性がある場所は『スランドゥーラの寝所』しか無いんだが、そこに調査に向かった人は殆ど帰ってこなかった。帰ってきた人は強力な攻撃魔法を使う『人間』に襲われたって言ったそうだ。どの国の人間も無差別に襲われたんだって。もしかするとスランドゥーラかその手下だったかもね。だから有るのか無いのかは今もわからない。戦争が続けば国も国民も疲弊するから限界がきてしまって終戦したってわけさ」


「守護者の逆鱗にでも触れちゃったのかな? 寝所っていうくらいだし」

「かもしれないねぇ」


 エフアドはつまみのチーズに手を伸ばした。


「面白い話だな。探しに行こうとは思わないが」

「それが良いよ。冒険者気取りの知人もそこで行方不明になった。きっとやられたんだろうさ」


 特に悲しむような素振りはなくチーズを口に放り込む。


「あ、そうだ。話は変わるんですけど、南西大陸にどんな病気も怪我も治す特別な力を使う人が居るって聞いたんですけど。知っていますか?」

「知ってる知ってる。『シナノガワ』っていう名前の若い女医さんだろ? 魔物に食いちぎられた腕も、不治の病も一瞬で治しちゃうっていう」


 シナノガワ……。そんな名前の川が日本にあったな。やはりプレイヤーか。

 

「会ってみたいなぁと思うんだけど、何処に行けば会えますかね?」

「聖アドレット教会に住んでいると聞いたな。会ったことが無いからどんな人物かは知らないが、誰でも治療してくれるみたいだよ」


「その教会へはどう行けば?」

「ダルヘルの南部にドルエルンっていう町があってね。そこに教会があるよ。港に着いたらそこから南へ進めばいいよ」


「ドルエルンですね? ありがとうございます」


 三人目が見つかったぜ。

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