第26話 魔の領主

 荒れた天候は少しずつ治まっていき、夕方には分厚い雲が消えていた。城に戻ろうかとも考えたが、日が短いし冷え込むのは間違いない。よって大事を取ってもう一日滞在することにした。


 温かい食事を平らげ体力を十分に蓄える。左腕の調子は良いしゆっくり休んだのでもう大丈夫だ。


 次の日城から迎えが来た。手紙は出していなかったが様子を見にエウリーズが馬車を走らせてきたのだ。


「ソロモンちゃ~ん、勝った~?」

 開口一番、いつもの調子。妙な安心感が広がっていく。


「勝ちましたよ。エウリーズさんの魔装具とそれを使ったヴィクトルのお陰でね」

「そうなの~やったじゃない~」


 ピースサインのヴィクトルにエウリーズは満足そうに笑う。


「さてと、体の調子も良いし帰りますかね」

「後で武勇伝、聞かせてねぇ」


 治療費を支払って病院を出る。エウリーズが乗ってきた馬車に乗り込み帰路へつく。その途中に今回の戦いの話をする。移動中は基本的に暇なので丁度良い暇潰しになった。


「今回の相手は大地の勇者を名乗っていたのよね?」

「そうですね。地の神バイラックの紋章が有りました」

「それじゃあソロモンちゃんのは魔の神スランドゥーラの紋章で領主だから……」


 エウリーズは口元に手を当てて考える素振りを見せた後、

「『魔の領主』かしらねぇ」

「魔の領主……ですか? うーん、まぁ何というかしっくりこないですけど……」


 ソロモンは黒髪を掻いた。怪しい感じがして何となくイメージに合わない気がした。


「ああ、領主と言えば昨日エルドルト行政官が領地経営の件で来てたわよぉ」

「やっべ、約束してたのに忘れてた」

「昨日は城に泊まって貰ったわ。まだ滞在しているから戻ったら対応してねぇ」

「すいませんありがとうございます」


 エルドルト行政官にアスレイド王国側の領地内調査をお願いしていた。最終的な報告を受ける為に会う約束をしていが、それをすっぽかす形になった。相手は国のお偉いさんでわざわざ来てもらったのに失礼極まりない。


 なので城に到着して真っ先に謝罪に向かった。何度も頭を下げるソロモンに、エルドルトは怒る様子を見せずに、

「ご多忙の身なのでしょう? 構いませんよ」


 大人の対応。益々申し訳なくなってしまう。


 改めて報告を受ける。領地内の致命的な問題が解決するのかがこの最終報告にかかっている。


「結論から言いますと領地内に水源は見つかりませんでした。平地なので河川はなく湖も無い。地質調査の結果、地下水がかなり深いところにあるらしく通常の井戸よりももっと深く掘らないとならないようです。また地中に固い岩盤と思われる層が確認された為、作業の難航が予想されます」


「人や家畜が生活するの不可欠な水が、継続的に手に入るのかが問題だったんだが参ったな。これじゃあ生活に困るぜ」


 水魔法が有るが魔力を液体を動かす力に変えるというものなので、水自体を生み出す訳ではない。空気中の水分を氷に変えて撃ち出す攻撃魔法を見たことがある。これを利用できないかと考えたが、魔力で温度を変える熱魔法と水魔法と風魔法の複合技で、結構高度な技術らしい。


 つまり水の確保という点では実用的では無い。


「この城から水を引いてくる事は難しそうですか?」

「山からの湧き水を使っているんだけど量が足りないんだ。ここでの生活には困らないが領地まで引くとなると……な。山の形状のせいなのか、気候のせいなのか川が無いみたいなんだよね。山に穴を空ければ吹き出してくる可能性はあるだろうけど、山自体は俺の所有物じゃ無いから大規模工事をやっていいものかと」


 黒髪を掻くソロモン。テーブルの上で手を組み耳を傾けるエルドルト。


「地図を確認したら領地外から水を引けそうなんだ。ただ他の地域の水源とシェアしないといけなくなる。これは揉め事の種になりそうなんだよな~。水不足になった時が本当に怖い」

「確かに、水不足での争いは過去何度もありました。別に我が王国だけの話ではありませんが」


 深刻な問題という認識はお互いにある。領地経営の土台の話なのだ。


「俺の故郷じゃ『ダム』って言う巨大な人工の囲いというか穴に、膨大な量の雨水を溜め込むんだけどね。それを建設するのは……」


 一度言葉を切って考えを再度纏めてから、

「資金的にも技術的にも時間的にも無理だ。そもそもダムは山とか河川の地形を生かして作るのが基本だから、俺の領地だと造れる場所が無い」


「この城がある山では造れないのですか? そのダムというものは」

「秋に入る前に一通り見て回ったんだけど、形状的に無理っぽいんだよな。ここは山脈だからもっと離れたところには適した場所も川もあるかもしれないけども」

「領地の外だと簡単に手が出せませんね。それに遠すぎると工事や維持が大変でしょうし。河川自体が無いのが本当に痛いですね」


 自分が持っている知識とエルドルトの調査結果を合わせて考察する。


「こうなったら平地に大穴を掘って貯水池を造るしかないか。水質管理や送水は水魔法の魔装具でなんとかなる。雨水と冬に降った雪を掻き集めれば、ある程度の人数の一年分は確保できるだろう。貯水池の拡張工事を段階的に行って、貯水量に合わせて領民の数を増やしていくようにすれば、水問題は概ね解決するんじゃないかな」


「ふむ……正直私にはその案以外に、良案が思いつきません。流石にここまで水資源に乏しいとは思っていなかったので」


 エルドルトも色々と考えていたようだが、最終的な判断は領主のソロモンに委ねるようだ。


「じゃあ決まりだな。俺の案でいこう。本格的な工事は冬を越して春になってからでいいですよね? この寒さの中で重労働は気が引けるので」

「確かにこれから更に冷えてきますからね。町から離れていますし、今すぐやらなければ大勢の人間が困るわけでもありませんし。構いませんよ」


「よし。雪解け水の利用は工事が終わってからになるから……。次は領民を何処から連れてくるかと基幹産業をどうするかだな。まぁ早くても二年と半年はかかりそうだし、これは後回しにしても大丈夫だろう」


 工事で一年、貯水で一年、住居の確保と人の移住等で半年の計算である。


 もっと簡単に水が大量に手に入ればな。来年にも農業や畜産に手を付けられたかもしれないが。いや、よそう。


 領地経営の計画の大枠が決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る