終章

 夕食と入浴を済ませたソロモンは城主室でお金の勘定をしている。硬貨と硬貨券を分けてメモを取りながら整理し、専用のコインケースに硬貨を並べて入れていく。


「いやァ至福の時ですねェ」


 声の主へソロモンは素早く銃口を向けた。相手は黄色いマントを纏った男だ。


「待って下さいよォ。私はサポーターですよォ」

「それならいいや」


 銃口を降ろしたのを見て、悪魔は大げさに息を吐いた。


「見てましたよォ。大地の勇者の討伐、これで二人目ですよねェ。それに知識と技術の提供でお金もガッポリ。知ってますよォ、『知識チート』ってヤツですよねェ」


 執務机に置かれたコインケースに、悪魔はおどけながら近づいてきた。


「自己紹介がまだでしたねェ。私は『ハーゲンティ』っていいます。この金貨見せていただいても良いですかねェ?」

「持って帰らなきゃ別にいいよ」


 椅子に座り直して背もたれに背中を預けた。ハーゲンティは目を輝かせて金貨を手に取った。


「ヴィクトルの強化に来たんでしょ? 今回の内容は?」


 ヴィクトルは自分の机からソロモンとハーゲンティの元へ近づいて来る。


「まあまあそう焦らずに。今回はもしかすると、厳密には強化には当たらないかもですがねェ」


 ハーゲンティは指を一回鳴らした。その直後にヴィクトルの体を黒い霧が包む。強化される時の見慣れた光景だ。


「私ねェ、金が大好きなんですよ。延べ棒とか純金の金貨とかに目が無いんですよォ」


 手に持った金貨を灯りにかざしたり、裏面を眺めたりしている。まるで新しいオモチャを貰った子供か、伝説の宝を見つけたトレジャーハンターのようだ。


 ソロモンはそんなハーゲンティの言動を気にする様子はない。気になっているのは他の部分だ。


「強化にならないかもってどういうことだよ」


 金属音が一つ鳴った。音の出所を探れば足下に転がってきたヘルムだ。


「ヴィクトル用のヘルムだ……。今度はグリーブ……」


 鎧に籠手と、黒い霧の中から次々と弾き出されたかのように出てくる。


「今回はですねェ、一言で言うと『大型化』なんですよォ。体のサイズが大きくなるんですよォ。バエルは『ハイスケルトン』って言ってましたねェ」


 魅了されているのか、金貨から目を離さずに説明するハーゲンティ。


「まぁ別に腕力が上がるわけでもない、動きが速くなるわけでもない。頑丈さもそのままです。むしろ鎧のサイズが合わなくなって、買い直さなきゃならないですねェ」


 言い終わった直後に黒い霧が晴れていく。その中に居たのは直立不動の白骨死体。

ゲーム開始前に出会った時と同じく何も身に付けていないヴィクトルだった。


 部分的にではなく全体的に大きくなったので体のバランスは良い。身長は伸びソロモンよりも頭一つ分高くなった。大体二回りサイズアップした感じだ。


「まぁ……変な感じにはなってないし、これはこれで良いか」

「そう言って頂けると助かりますねェ。正直怒られるんじゃないかって思ってたんでねェ」


 ハーゲンティはそっと金貨を元の場所に戻した。


「そろそろ帰らないとですねェ。ソロモンさん、知識チートと領地経営を頑張って下さいよォ。金貨を一杯集めて下さい、他国の金貨とかもねェ。金は良い物ですよォ」


 最後まで一本調子だったハーゲンティは、今までの悪魔と同様に音も無く消えた。


 ソロモンはハーゲンティーが触っていた金貨をコインケースから取り出して、

「ニセモノとすり替えたりしてないよな?」


 手の中の金貨は、灯りに照らされて控えめに輝いていた。

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