第24話 無敵への回答
攻撃がすり抜ける能力。もし風や気体に関わる能力なら、一つだけ有効な可能性がある。
「ヴィクトル、盾の裏に付いているライフルは分かっているよな? 組み立てや解体、メンテの仕方を教えたよな?」
盾の裏側に視線を落とし、一拍置いて頷いた。
「メンテの時に発射装置の圧力を抜く為の弁を開けろ。強制吸気ユニットは止めなくていい。魔力で空気の流れを作るのが目的だから、撃てなくなってもいい」
ヴィクトルはすぐに操作を開始した。発射装置本体の真下の弁を手動で開放させる。そこから溜まっていた空気が吹き出した。空気圧で弾丸を撃ち出す武器なので、これで一時的に撃てなくなった。
強制吸気ユニットは発射後に発射装置内の圧力が低下した時、空気を自動で取り込んで圧力を上げる機能を持つ。これを停止させずに弁を解放させると、人工魔石からの魔力供給が続く限り、発射装置内に空気の流れが発生する。
エアコンやサーキュレータに似た空気が動く音が微かに聞こえてきた。
「これなら奴の能力に干渉出来るかもしれない。ちょっと試してくれ」
小さく頷いたと同時に、距離を取っていたミウラが走る。ヴィクトルはミウラの方を向いたまま、盾を内側のライフルの銃口が真横に向くように構え直した。
ソロモンは剣を両手で握り後退。真っ直ぐ走って来るミウラが、ヴィクトルをすり抜けてきた場合に備える。
有効かどうかは分からない。思い付きだ。それでも何もしないよりはいい。何もしない者に勝利がやってくるわけがない。勝てなくても、やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい。
剣を握る手に力が入る。集中力が一時的に高まっているからか、左腕の痛みは全く感じない。
「ウッ!? グ……ア……ア……」
ヴィクトルの真正面で苦しむ声を上げるミウラ。それが結果だった。
「今だ! ヴィクトル!!」
ソロモンの叫びよりも速かった。右手の槍を手放しダガーを抜く。躊躇無くミウラの腹部に突き刺した。至近距離では槍よりも取り回しの良いダガーの方が有利。その事を経験で知っているのだ。
「しまった……クソ……」
刺さったダガーから血が滴り落ちてくる。盾の裏に取り付けられた予備ナイフをホルダーから抜いて追加攻撃。防寒着を貫いて胸元に刺さった。もう一本の予備ナイフも突き刺し、ダメ押しの蹴り。
一切の攻撃を受け付けなかったミウラは、全身を走る激痛と共に仰向けに倒れた。
ヴィクトルは槍を拾い、その横でソロモンがミウラを見下ろした。呻き声を上げて体を捻る様子をまだ警戒している。
「……勝負ありだ」
「そう……らしいな……。俺の負けか……」
痛みで歪んだ顔。生気が抜けていく途中の眼で答えた。
「アンタの能力、やっぱり空気とかだったのか?」
「『チェンジエアー』だ。空気操作の能力……。体を空気にして攻撃を防ぐ事も出来る。空気に干渉する力を受けると無力化するが……」
「ビンゴだな。この世界の風魔法は魔力を気体を動かす力に変える。この盾の裏にその魔装具が付いてる」
ミウラは諦めたのか納得したのか、声を出さずに笑った。
「お前の能力……なんて名前だ?」
「『ソロモンズファミリア』だ。使い魔の能力。悪魔が使い魔じゃなくて、悪魔が創った使い魔。スケルトンだけど時々強化される」
ミウラはゆっくりと目を閉じて、
「使い勝手が良さそうだな」
「ああ。最高の相棒さ」
流れた血が雪を赤く染める。命の力が体から離れていく。
「そうかい……。なあソロモン……負けるなよ。俺に勝ったんだから、な」
「勿論だ。お前の分まで戦ってやる」
小さな声を出して笑うミウラに力強い声をかけて、ソロモンは剣を収めた。
「南西大陸に……奇跡を起こす医者がいると聞いた……。欠損した腕や足を元に戻せるって話だ……。有り得ないだろ? 多分プレ――」
ミウラの体が光に包まれていく。言葉の途中で事切れたのだ。程なくして死体は完全に消え去り、刺さっていたダガーとナイフと赤く染まった雪だけが残った。
「元の世界に送り返されたか」
勝利の喜びよりも安堵が心を満たす。ヴィクトルはゆっくりとライフルの発射装置を元に戻す操作をしていた。
「行こうヴィクトル。ゲームはまだ続いてる。俺の腕もちゃんと治療しないとだし、腹も減った。それに早いとこ引き上げないとマズそうだ」
いつの間にか分厚い雲が月と星の灯りを遮っていた。暗い空から雪が舞い降りてきた。
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