幕間

 フェデスツァート帝国のとある街。交通の便も良く、それなりに栄えている比較的規模の大きい街だ。歓楽街の一角は日が傾き始める頃から全身を縛り付ける寒さを超えて、享楽を求める大人の客が集まって来る。星や月がはっきりと見える時間になれば、多くの客が欲望を満たそうと贔屓の店を賑やかす。


 その中のとある風俗店で男が酒を飲んでいる。一般庶民には手を出しにくい価格設定の高級店の個室。傍らには面積の狭い服で男の性欲を刺激する女がお酌をしている。部屋には二人だけ。ベッタリと男に張り付き豊満な胸の谷間を見せつけてくる。


 男は接待をする女の脇の下から右手を回し、揉むように胸に触れるが、誰かが咎める事は無い。ここはそういう店だからだ。


「山の上の城に陣取ってるソロモンっていう奴は何処の王様なんだい?」


 酒が入ったグラスを片手に男は娼婦に問う。


「王族という話は聞きませんわ。夏頃に何処からかやってきて、城を買い取り住み着いたようで」


 控えめな嬌声が混じりながら娼婦は答える。


「城一つ買い取る金なんざ、普通の人間には用意できないよなぁ。何処かの大富豪のお坊ちゃんか、所謂お貴族様って奴なのかい?」

「身分はハッキリとしないようですわ。ただアスレイド王国に領地を持っているみたいですから、アスレイド王国出身で高貴な家に生まれた子ではないかという噂がありますわ」

「アスレイド王国か……」


 本当に、領主様のガキなのか? 何ヶ所も娼館を回ったが情報通の娼婦達も噂程度の話しか知らなかったぞ。


「そこの領地は栄えているのかい?」

「私めが聞いた話ですと未開拓の土地で、殆ど手を付けていないとのことですわ。調査で人が出入りしているそうで、本格的な開拓は来年の春以降になるのではないかと」


 急速に発展しているわけではないのか。


「目先の利く商人達は金になると目を付けているようですわよ」

「まぁそうだろうな」


 現れた時期は俺と同じ。だが元の世界で裕福層だったとしても、この世界でいきなり大金を用意できるとは考えられないよなぁ。


 何かの『能力』なら裸一貫から速攻で城と領地を得るのは可能か……?


「ソロモンって奴に会ったことあるのかい? あるならどんな奴だったか教えて欲しいな」


 胸に触れた右手に軽く力を込めてから、娼婦の耳元で囁くように問う。


「私めは会った事はありませんわ。聞けばまだ十代の少年で、城に籠もって外には殆ど出ないとか。懇意にしている商会がいくつかあって、限られた人から生活用品を買い入れているようですわ」

「城に籠もっているのか。前の街で聞いた話で、強盗を働いていた怪力の女を城で迎撃したと聞いた。その女は獣の姿に変わる力を使ったというが」


「ええ、『ビーストトランス』とかいう力で、討伐に参加した護衛業者達が吹聴していましたわ。城主ソロモンも自ら戦いトドメを刺したと。ただ死体が白い光に包まれて消えたなんて不思議な話も」


 死ねば元の世界に送り返される……だったな。その女は間違いなくプレイヤーだ。しかし戦ったソロモンという少年城主はどうだ? 魔法を使い仲間を作って攻めれば確かにこの世界の人間だけで倒すことは不可能じゃないだろうが。


「なぁそのソロモンっていう奴、何か特別な力を使ったって話は聞いたかい?」

「いえ特には。そういえば骨だけなのに動き回る相方が居る、と聞きましたわ。確かスケルトンという人間でも生き物でも無い存在だとか」

「スケルトンか。スケルトンは珍しいのかい?」

「そのような存在がいるなんて聞いたことがありませんわ。少なくともこの大陸で確認されたのは初めてじゃないかしら」


 この世界で調達した……いや持ち込んだのか。だとすればそれが奴がサポーターから受け取った能力かもしれんな。


 ソロモン。悪魔を使役した伝説がある俺の世界に居たという王様。


 名前に引っ掛かったから確かめに来た。偶々この世界の人間と名前が被っただけということも有り得る。だが俺のサポーターは天使達だったから、悪魔達がサポーターをやる可能性もあるのではないか。そこから偽名を使った。考えられない事ではないかと思うが。


「気になるのでしたら直接訪ねてみれば如何でしょう? 城がある山は帝国と王国とを行き来できる国境でもあります。山道があり誰でも城まで行けるそうですわよ」

「そうか。まあ考えておく。いや、それは後にしようか」


 グラスの残りを一気に飲み干し懐から金貨を一枚取り出す。


「お酒の追加でよろしいかしら?」

「朝まで君で愉しませて貰おうかと思ってね。お相手頼むよ」

「私めで良ければ喜んで」


 エルフやドワーフなんて居ない。魔法だって何でもありの万能なモノじゃない。

 この異世界は思ったよりつまらないと最初は思った。でも俺はこの世界に来て良かったと思ってる。この世界で生きることを楽しんでる。


 失業した。雇用保険も貰えず貯金も無い。付き合っていた彼女には愛想を尽かされ荒れていた。


 この世界で俺はやり直せた。サポーターから貰った力で無双して荒稼ぎ。腹一杯メシが食えて酒も美味い。日本より緩いから金が有れば女も抱き放題だ。


 この世界の方がいい。惨めな暮らしをしていたあの社会なんてクソだ。


 他のプレイヤーがどういう考えかは知らねぇが、俺が好き放題やってるのを邪魔する可能性は高い。そういうゲームだからな。


 戦ってやるさ。俺はいい生活が出来てるんだ。邪魔されてたまるかよ。

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